2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第76話

76


 俺は道という道をひたすら突き進んでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ! あ、あのデカパイめ! いきなり俺を困らせやがって……ッ!」


 まだまだ走る。
 寒々としたブロック塀を視界の端に、真っ赤な絨毯をどこまでも踏み叩く。
 とてもじゃないがこの建物から脱出するまで安心できそうになかった。


 そう、この逃走中に俺は気づけていた。
 この建物が魔王城であることを。


 廊下や階段でひっきりなしにすれ違うのは皆、ファンタジーな魔族だ。
 ゴブリンやトロールの兵士、エルフやシルフの使用人、ミノタウロスの料理番など。老若男女だが、人間なんてただの1人も見つからなかった。


「はぁ、はぁ! で、出口はどこだ!? こんなにバカ広いんなら、案内標識くらい設置しろよッ!」


 魔王城はそれこそ迷宮、ラストダンジョンらしく変わり映えがしなかった。
 なので今自分が何階にいるのかさえわからない。
 もちろん階段のある位置は全ての階でデタラメだ。
 廊下の突き当たりではなく部屋の中にぽつんとあったりもした(悪質)。


「く、くそッ! 窓がないから実は地下だったりすんのか!? 出口から遠ざかってたりすんのか!? やめろよ、そのオチだけはッ!」


 階下へ続く階段探しで奔走する俺。
 だが俺はRPGのキャラではないので、


「―――ぶごんッ!?」


 足が上がりにくくなるほど体力を消耗し、ほんの僅かな段差でつまづいた。
 転倒の拍子に肘を強打し、丁度通りすぎたスケルトン集団には「「「アギャギャギャギャ!」」」と嗤われてしまう。


「…………うぅ。あ、安西先生、おウチに帰りたいです……」


 俺の昔のクラス担任である。好きなスポーツはゲートボール。
 そして口癖は『お前いつ試合してたんだ?』である(鬼畜)。


「はぁ、元いた世界と前の異世界が恋しすぎる……。皆どうしてるかなぁ……ついでにアリスもどこいっちまったんだか……」


「アリスとは誰です?」


「え。」


 転んで突き出された俺の尻。それを見下ろしながら声をかけてきたのは、


「で、デカパイ!?」


 確か、リーゼロッテという名前のサキュバスだ。
 彼女が平然と脳殺おっぱいをぶら下げて背後に立っていた!


「お、お前まさか、魔王の指示で俺を殺しに……!?」
「はい? 違いますが」
「!? ならそのデカパイで俺を殺しに!?」
「いいえツキシド様。わたくしは殺す理由や手段を否定しているのではありません」
「……、んん?」


 あれ? 
 リーゼロッテは俺を殺すためにここまで追ってきたんじゃないのか……?


「魔王様はお怒りのご様子ではありました。ですがツキシド様の部下であるこのわたくしめが、代わって魔王様に許しを請わなかったとでもお考えですか?」


「ぶ、部下っ? お前が、俺の?」


「はい。もしや寝ぼけておられますか?」


「! あ、あぁ、魔王の前でうたた寝していたのは事実だ……」


 俺はゆっくりと立ち上がってリーゼロッテと向かい合う。
 ……俺の頭ひとつ分高い背丈。俺の頭2つ分のおっぱいおっぱい。つまりプラス俺の頭3つ分、彼女には存在感があって。


「? どうされました?」
「あーうん、俺も立派な部下を持っちまったなぁと……」


 言って俺はリーゼロッテから目を外した。大変ご立派なおカラダもそうだが、彼女の顔ばせも文句ナシの美形。長い睫毛とか泣きぼくろとか引き締まった鼻筋とか。いわゆるクールビューティーだった。正直、まじまじとは見ていられない。


「お褒めに与りまして光栄です、ツキシド様」


 リーゼロッテは涼しい顔で、


「わたくしも魔王様の前で脱いだ甲斐があったと、安堵できております」
「…………。はい?」


 脱いだ?


「僭越ながら、一糸まとわぬ姿になるのは大変な勇気が要りました。ましてお相手は魔族の頂点たるご存在です。お気に召していただけなかった場合を思い起こすと、体は火照るどころか、冷えてなりませんでした」


「え、えっと? さっき俺が退室した後、魔王と側近にお前のすっぽんぽん見せたってことでオーケー……?」


「その通りでございます。ツキシド様の老害発言、そちらも不問としていただくために」


「……………………」


 俺は開いた口が塞がらなかった。このサキュバス、頭がおかしい。
 そもそも彼女が魔王に告げ口しなければ脱がずに済んだわけだ。
 マッチポンプすぎる……。


「それで、アリスとは一体誰です?」


 リーゼロッテが再び訊ねてくる。
 気のせいか語気が強い。


「ツキシド様。わたくしになにか重大な隠し事をしてはおられませんか? この魔王城を走り回り……挙句、わたくしが存ぜぬ者の名を口にするとは」


「い、いや、隠し事ってか……」


 リーゼロッテに詰め寄られる。
 激しく揺れるデカパイが目と鼻の先だった(鼻血)。


(こ、こりゃ弱ったな……。これは前の異世界、トピアに俺の正体を感づかれた時と同じ展開だよな。けど、リーゼロッテを頼ってぶっちゃけていいのか、俺?)


 魔族に慣れていないからか自問してしまう。
 それにあんまり早く頼るのもどうなのか。ラノベ主人公的にカッコ悪いような? 
 いや別にそんなことはないんだろうけども……。


 せめてもう少し様子見する時間が欲しい―――そう思い至った俺は、しかしどうにか話題を逸らそうとして、










「どうか、どうかわたくしにも事の真相をお教えください。なぜツキシド様は……この1か月、行方不明になられていたのですか?」










「…………。え?」


 1か月……行方不明……?


 予想外というか、なんというか。
 俺にだって答えようのない質問に、困惑してしまった。


 リーゼロッテの瞳はただ真っ直ぐで、嘘を吐いているようには見えない。
 だからツキシドが彼女の前からいなくなっていたのは本当なんだろう。
 で、ツキシドは隠し事をしていると。もちろん行方不明になってた件で。


「お答えくださいツキシド様。部下のわたくしを放置し、他の……アリスという女と世界を旅していたのではないですか?」


 おおう、あながち間違ってないからビックリ。
 ……んじゃもう、それでいくかな。


「…………ああ、バレてしまっては仕方ないな。そうだ、お前の予想通りだ。俺はアリスと恋に堕ち、自分の役割すら投げ出すほど彼女を酷く愛した。愛して愛されて、2人だけの世界を見つけに旅立ってしまったのだ。そしてこうして……フラれて帰ってきたわけだ……!」


 まぁそんなわけないんですけどね――(爆笑)!!


「う、ぷぷ。か、隠していてすまん、リーゼロッテ。彼女が……アリスが、俺を毎晩眠らせてくれないほど魅力的だったのだっ。彼女はまさに女神のようでなっ、心も体も清らかだったのだっ、ぷ、ぷはっ!」


 やべ、普通に笑ってしまった! もうこれ失敗だろ! 嘘だってすぐバレるだろ! 自分で言っておいてなんだが、俺も魔族だとすれば、女神のような女に恋するわけないしな!?


「……なるほど。それが真相だったのですね。そしてその失態を魔王様に報告した途端、彼女にフラれたムカムカが再発したと。そして王城内をランニングしたくなったのですね?」


「へ?」


 なぜかリーゼロッテが納得していたので俺は目を点にしてしまう。しかもどうやらツキシドは……自分が行方不明になっていた理由を、先ほど魔王達に伝えていたらしい。


 無論行方不明の真相はアリスとの駆け落ちではない。それは俺の創作だ。
 となると本当の真相が気になるところだが―――。


「お前、今の俺の話を信じてくれたのか……?」
「はい。その通りでございます」


 頷くリーゼロッテ。


「え、マジで? なんで? 俺、ばりばり笑っちまってただろ?」
「と仰られましても。ツキシド様のお言葉を素直に信じ込むことの、なにがおかしいのですか?」
「――――あ」






『お前の言葉を、信じ込ませル―――』






 そこでようやく俺は著者の発言を思い出して合点がいった。
 右手首に嵌めていたアリスバンドを確認し、手をぽんと叩いた。


(アリスバンドに付け加えられた、新たな設定。相手が人間だろうが魔族だろうが関係なく、俺の言葉を信じ込ませる。だからリーゼロッテも信じ込んでくれたのか!)


 よくよく考えたらとんでもない設定だ。魔王に『自害したら楽になれますよ』と言ったらそれで終わりなのではないだろうか(←天才w by著者)。


(……ん? 待てよ? じゃあアレはどうしてダメだったんだ? 俺が魔王達に語った世間話。結婚式の引出物のくだり。誰も全然信じてくれなかったじゃないか……)


 もしかして条件があるのか? 
 それとも単に著者が設定を忘れてミスったのか?


 いやサッパリだ。頭で考えるだけじゃわかりそうにない。
 ……よし、ここはリーゼロッテを使ってアリスバンドの設定を探ってみるか。


「……なぁ、俺からも話、させてもらっていいか?」
「? はい」


 ええと、信じ込ませるんだよな。
 となるとイエスノーとか具体的な回答を促す質問全般は無意味か。
 地味に不便だな。


「そうだ、お前……バストサイズを俺に教えると気分が楽になれるぞ」
「……。そうなのですか? Mカップですが」


 え、ええええええむうううううううう(M)!?


「? あまり気分は……変わりませんが?」
「い、いや、そんなことないだろ? ちょっと楽になっただろ?」
「……、申し訳ありません。正直に申し上げますと、悪化しました」


 リーゼロッテがデカパイを隠しながら身を引いた。
 ……どうやらリアルに悪化させてしまったらしい。な、ならばっ!


「すまん、変な話を持ちかけた俺が悪かった。だが次のは本当だ。ちゃんと効果覿面だから、聞いてくれ」


「はい。なんでしょう?」


 リーゼロッテが向き直ってくる。
 俺は彼女のデカパイに恐る恐る指を差すと、


「そ、その胸、デカすぎて肩が凝るだろ……?」
「はい。その通りでございますが」
「だったら良かったな。……この俺に胸を揉ませれば、肩が2度と凝らなくなるぞ」
「……。ツキシド様。わたくしを怒らせたいのですか?」
「!?」


 あれ!? ものすっごい殺気なのだが!? 
 リーゼロッテたん、指の関節をポキポキ鳴らし始めてるのだが!? 
 もしかせずとも逆効果!?


「お、落ち着いてくれ! この程度のセクハラで怒ってたらお前、この先俺の部下としてやってけないぞ……!?」


 言ってすぐ、俺は火に油を注ぐ言葉だったと気づき「し、しまっ!?」と慌てて口を手で隠す。同時にリーゼロッテの鉄槌を覚悟したが、


「そうですね。失礼いたしました」
「……………。え?」
「ツキシド様、そろそろ火ノ国に戻りましょう」


 リーゼロッテは右手を廊下の壁に押しつけると、


「魔王有力候補は魔王城に長居すべきではありません。よくおわかりのはずです」


 次の瞬間、彼女が触れていた壁にゲートが出現する。
 異空間へと繋がっていそうな青々と混濁した世界が覗けていた。






「さぁ、中へどうぞ。ドラゴン族がツキシド様との再会を待ち望んでいますよ」





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