2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第64話

64


 学園の敷地一角にある、大闘技場―――。


 国営を思わせるその巨大施設は、某有名コロシアムの現代風味だった。
 建物の円形を形作る曲面壁には複数の出入口が設けられ、楽に指定の観覧席に辿り着けるようになっている。また、地下には補助体育館、大道場、研修室、休憩室、宿泊室、浴室、食堂などの充実したサービスが提供されているとのことだった(トピア談)。


 やはりと言うべきか、メインであるこの1階の闘技グラウンドには屋根がなく。
 ……ただでさえ直射日光をモロに浴びて辛いのに、武闘大会開会式は校長先生のありがたいお話と引けを取らない長さだった。






『―――それでは最後にご報告を。今回の武闘大会、1年に1度の無差別戦では……参加者504名中、過去最多! なんと219名もの生徒が1回戦を棄権しました! どうぞ皆様、彼らの英断に盛大な拍手をお送りください!』






 というアナウンスがあってすぐに拍手大喝采。俺の周りに整列する生徒達もしみじみとした様子で手を叩いており、観覧席にいる多くの保護者や来賓もまさかのスタンディングオベーションだった。


 これには唖然と棒立ちになってしまう俺であり、


(えっ、なにこれ? 宗教? 宗教なのか? この拍手って要る? おかしくね? じゃあ全員棄権したらどうなるんだ? 最高に素晴らしいことなのか? じゃあ大会なんてやらないほうが良くね? 俺なんか間違ってるか?)


 などと心の中でツッコみまくった。……まぁもっとも、全校生徒は皆真っ白な制服で闘技グラウンドに集合していたので、とっくに俺には宗教かなにかに見えていたのだが。


 そんな風に俺だけ理解できず拍手しないでいると、なぜか前列のほうから1人の男子生徒がずかずかと俺の元にやって来た。


 見覚えはある。俺が奇姫の落としたハンカチで悩んでた時にしゃしゃり出てきた、著者が露骨に操ってたNPCだ。


「おいお前ッ! ここは空気読んで拍手しとけよ! 誰のおかげでだらだらと1回戦から戦わずに済んだと思ってんだ! 言わせんな恥ずかしい!」


「やかましいわッ!!」


 そんなのはトピアのおかげに決まってんだろーが! 
 著者おまえなんかじゃないだろ! 


「くたばれ! 俺TUEEE系ラノベ主人公!」


「! はっ、なぁにが俺TUEEEだ、設定だけだろうが!?」


 俺は喧嘩上等とばかりに、


「それどころか俺には最強の自覚もねえし一国を滅ぼせる気もしてねえよ! この意味がわかるか!? オメーはな、オメーで考えた設定すらろくに活かせてねえ、ド素人作家ってことなんだよッ!」


「…………拍手しろ!」


「無視か!」


 まぁ図星だったんだろう。
 男子生徒は俺の指摘から逃げ出すように来た道を駆け足で戻っていった。


 当然ながら拍手なんてするはずもなく。俺は長かった開会式を終えると、いち早くこの闘技グラウンドの入場口へ向かい、すぐ脇の階段を上がって自分の観覧席に着席した。






『これより1回戦を執り行います。1回戦を棄権した生徒の皆さんは、速やかに指定の観覧席へ戻ってください。続いて1回戦に出場する生徒の皆さんは、大会運営の指示に従い、速やかに闘技グラウンドの各ブロックに対応した闘技リング付近にて整列してください―――』






 観覧席からは闘技グラウンドが一望できた。
 輪投げでも綺麗に並べたかのように円状の金属パイプが地面に3×3で計9か所半没されてある。これがそれぞれの闘技リングなわけだ。
 また中央の闘技リング以外には石灰でAからHの白文字がはっきりと書かれてあった。


 ぞろぞろと大勢の生徒達がひしめき合いながら闘技グラウンドを移動している。
 まだ1回戦を始めるには時間がかかりそうだったので、俺はこの観覧席にも目を向けてみた。


「……なんつーか。想像以上だよな……」


 闘技グラウンドを取り囲む観覧席、その内の来客者用の席は超満員となっていた。
 1回戦の開始を待ちわびているらしく空席はほぼない。
 飲食したり雑談したりスマホで暇を潰したり。
 各自好き勝手に残りの待機時間を消化している模様だった。


 また1階の……特等席と言えばいいんだろうか。そこにはいかにもオーラの違う人物達がテレビカメラに向けて愉しそうに語り合っていた。
 間違いなく芸能人だ。そして全国のお茶の間へ生中継中といったところか。
 カメラマン含めテレビスタッフらしき人影も忙しなく働いているのが窺えた。


 そう、この大会、日本異能学園の武闘大会は。もしかせずとも甲子園や箱根駅伝などと同じく、国民的行事になっているのだろう……(怖気)。






『試合準備が整ったようです。それでは武闘大会1回戦、第1試合……始め!』






 1回戦を棄権した生徒達がまだ観覧席に戻りきれていない状態ではあったものの。
 しかし事は急ぐのか大会運営から戦いの火蓋が切られた。


「おぉ……」


 すでに俺で勝者が決まっているBブロックを除いた、AからHの闘技リング。
 その各内側で一斉に異能力の発効が繰り広げられていった。
 中でもAブロックがド派手だった。
 見知らぬ男子生徒を中心に火柱が立ち上がったのだ。


「ん? 火柱……?」


 もしやと思い、俺はAブロックの闘技リングに目を凝らしてみると、『おーっほっほっほ!』とでも高笑いしてそうなポーズを取っている奇姫がいた……。


「アイツ棄権してないのか……。いやまぁ別に文句はないが……」


 しかし奇姫は案外強い異能力者なのかもしれない。
 他の闘技リングで戦っている異能力者のと比較してみても彼女だけは別格。
 いや、というか他が極端に酷い!
 水鉄砲とか雪玉とか! 花火とか植物召喚とか! 
 一体なにがしたいんだ、お前らはパフォーマー志望かっ!


「な、なるほど。どうりでトピアが保安委員にスカウトするわけだな……。アイツは男の夢、透明人間にもなれるしなぁ……」


 程なくして奇姫の対戦相手が両膝をついて降参。
 彼女が火柱の発効を解き、意気揚々と闘技リングを後にしたのだった。






『―――止め! 第1試合を終了してください。決着がつかなかった生徒は大会運営に申し出てください。ビデオ判定となります』






 試合の制限時間は5分間だった。
 アナウンスが入ると同時に闘技リング内に残っていた生徒達が戦いを止める。
 次の試合に出る生徒と入れ替わるようにして闘技リングから退いていった。






『試合準備が整ったようです。それでは武闘大会1回戦、第2試合……始め!』






 そうしてまた異能力のぶつけ合いが繰り広げられていった時、俺は背後から声をかけられた。


「憑々谷君! Bブロック突破おめでとっ!」
「……お、癒美か。おっす」
「おっすう!!」
「……、……」


 ……今回。
 俺の挨拶を真似してきたのは、癒美ではなく樋口だった(不幸)。


「って、あれ? どうしたんだ憑々谷? あんまり嬉しそう……じゃないよな? 悩みがあるなら俺がじっくり聞いてやるぞ?」


「と言いながら俺の隣に座るな! ええい、悩みなんてこれっぽっちもねーから立てよ!」


「嘘吐け。お前は嘘を吐く時、顎を引くんだ。今明らかに引いてたぞ」


「いや明らかに引いてねーよ! イケメンのくせにテキトーだなお前っ! どんだけ俺とイチャつきたいんだよっ!?」


「そりゃあ、お前と俺の仲だしな?」


「反吐が出るわッ!」


 席を立つ気配がない樋口。仕方ないので俺は諦めて別の席に移ろうと腰を上げる。
 が、その直後には反対側の席に癒美が腰を下ろしていた。
 ……はぁ。人気者すぎてラノベ主人公は辛い……(溜息)。


「っと、そうだ。癒美?」


「ん? なに?」


「俺の怪我、お前の異能力で癒してくれたんだろ? その、サンキュな?」


「あぁ……ううん、いいよお礼なんて……。もう何か月も前から同じことしてるだけだし……。わたしにできるのってそれくらいだから……」


「そ、そうか」


 熾兎の中の怪物を倒すための特訓。その治癒サポートのことを言っているんだな。
 そして物悲しそうな表情になったのは、やはり例の手合せの結末が関係しているのだろう……。


「なあお前ら、一体なんの話してるんだ?」
「黙れリア充爆ぜろ」
「ドッカーン!! よし! 爆ぜたから俺にも教えてくれないかっ!?」


 樋口が両手で爆発を表現していたが、イケメンらしい対応すぎるんで完全無視だこんちくしょう。というかこの話題は終了だ終了。他に気になることあるし。


「……なぁ。お前達2人がここにいるってことは、棄権したのか?」
「うん。わたし治癒系の異能力しか持ってないし。戦えないもん」
「俺はお前と同じBブロックでな。皆が棄権してるの知ったから空気読んだんだ」
「……、そうか」


 まぁ評価ポイントの累計がマイナスにならない限り退学処分とはならないみたいだしな。大会に出場するだけで5ポイントは貰えてるんだし、そんな低ポイントでも学園での序列さえ気にしなければ痛くも痒くもないはず。


「だが! 俺が棄権したからには、絶対に優勝しろよな!?」


「あ、あぁ……」


 樋口にプレッシャーをかけられると逆に優勝したくなくなる俺。
 とはいえ優勝しなければ退学決定なので俺は渋々生返事してやった。
 すると、


「おいおい憑々谷!? 頼むからもっと気合入れて返事してくれよ! こっちが余計に不安になっちまうだろ!?」


「はあ? なんだよ、俺の優勝はお前に関係ないだろうが……」


「あるから言ってんだよ! まさかお前、今まで武闘大会に興味なかったから、知らないのか!?」


「? さっぱりだが?」


「あーもうしょうがねえなぁ! ホントお前は俺がいないとダメだなっ!」


「な、なんなんだよ……」


 死ぬほど今の発言を撤回してもらいたかったが、俺は樋口の気迫に呑み込まれる形で聞く側の立場になってしまっていた。


 そこで彼が取り出したのは財布だった。さらに札入れのところからお札ではない薄っぺらいなにかを数枚引き抜き、それを俺に手渡してくる。


「ん……『第8回武闘大会優勝者予想ゲーム! 当たったら学園でなんにでも使えちゃうプレミアム商品券を大進呈!!』……って、えっ? どうして俺の名前書かれてあるんだ?」


「読んだなら理解できないか? 俺がお前の優勝を予想してるからだよ。それ、控えの券な」


「ああ、この3枚がそうなのか。……ってことは、この予想ゲームが当たって欲しいから、お前は俺に優勝しろと?」


「そうだよ。もちろんダチとしてもお前に優勝して欲しいと思ってるけどな?」


「…………」


 よくよく見ると、右下に小さく『1口1000円』と記載されていた。高っ。
 つまり樋口は3000円払ってこの予想ゲームに参加しているわけか。


「これ、どこで買えるんだ?」
「買いたいのか? だったら大会運営に訊くといいぞ」
「えっ? これって学園の企画でやってんのか?」
「当然だろ。そうじゃないと誰も買わないだろ?」


 ……う、ううむ? なんだかちょっと複雑な気分になるな? 
 公営ギャンブルとでもとらえておけばいいのだろうか?


「けど、1回戦が始まってから買うと当たった時のリターンがしょぼいぞ? たったの1.2倍だ」


「あ、書いてあったな。……大会当日、1回戦の時までに買うと1口につき1200円分の商品券が貰え……大会前日までに買うと2000円分……3日前までに買うと4000円分で……はあ!? 1週間以上前までに買うと、1万円分、だと!?」


 10倍だ10倍! 
 太っ腹だなこの学園!


「けど、1週間も前に購入しようなんて誰も考えないからな? トピア先輩が良い例だ。優勝候補なのに急遽棄権しただろ?」


「あー……」


 うわ、俺のせいじゃないか。
 トピアの優勝を予想して事前に買ってたヤツには申し訳ないな。
 だがまぁ、それがギャンブルってものだろう(鼻ホジ)。


「ちなみにお前はこれ、いつ買ったんだ?」
「俺は前日だな。当たれば6000円分の商品券だ」
「……癒美は?」
「わ、わたしは買ってないよ。ごめんね?」
「いや、謝られても困るんだが……」


 だってこれ、俺が優勝しても俺にはなんらメリットないだろ。
 俺と予想して当たったヤツらからは崇められそうだけども……。


「!……って、まさか」


 おい今ピンときたぞ? 
 この予想ゲームって……実はアイツの伏線だったりするんじゃ?






「おーっほっほっほ! ごきげんよう憑々谷子童! あたしの勇姿を観た感想をわざわざ聞きに来てやったわよ!?」






 ああこれ確定だ! 確定だよ! 
 普通わざわざ来ねえもん(確定)!


「き、奇姫……」
「なによ?」


 すぐ背後で仁王立ちしていた奇姫に対し、俺は恐る恐る樋口の控えの券を見せると、


「お前これ、いつ何口買った……?」
「え! バレてたの!?」
「いいから正直に答えろよ……。お前これ、いつ何口買った……?」


 すると奇姫は「はン!」と大きく胸を張った。
 そして大層自慢げに、


「パパからもお金借りて、1週間前に、1000口よ!!」


 ……100万円。
 お疲れ様でした。



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