2.5D/リアル世界の異世界リアル
第62話
62
「―――はっ!?」
俺は現実に帰って来たような感覚を伴って我に返った。さらに気づいた時には両手両膝を地面にぴったりと付けており、まさしくorzポーズだった。
「ったく、ようやくお目覚めって感じなわけ?」
そのアニメ声に顔を上げると、退屈そうに路地の壁に背を預け、スマホ画面を素早く操作している熾兎の姿があった。ゲームでもしていたのだろうか。
「もしかしてお前……。俺が起きるのを待ってたのか……?」
「そりゃあね。タワシなあんたが記憶喪失から回復できたのか、しっかり確認しとかなきゃなんないし」
「……、記憶喪失」
言うまでもないが違う。これも著者の仕業だ。著者は俺を『以前の記憶がない憑々谷子童』で初期設定していた。そして先ほど熾兎が発効した異能力をトリガーとして、俺に『憑々谷子童の過去の記憶』を無理矢理植え付けたのだ。
「どうなの? あたしの怪物姿を見て、まるっと全部思い出せたの?」
「……、いや。全体的に大雑把だったしな。中学2年より前はほぼノータッチだった。恐ろしく手抜きだった」
「は、はあ? あんたってばどんだけ酷く頭打ってたのよ? 悪化してんじゃない? ここにきて言ってる意味が超わかんないだけど?」
そりゃあ熾兎という創作キャラにはわからないだろうよ。だが俺に死んで欲しいと思っているなら尚更、一生俺のことわからないままでいやがれってんだ(怒)。
(……ただまぁ、うん。妹からの好感度が最悪だったのは、兄のせいだったんだよな。俺個人としては兄よりコイツに同情する。ってか、兄に同情するヤツなんているのか?)
最強の異能者になりたいって、もうそれは厨二病っぽいんじゃなくて完全に厨二病じゃないか。いくらなんでも目標が高すぎだし、そんなだからあれほど兄想いだったコイツを乱暴に扱うハメになったわけだろ。
(もうな、『残念すぎてんのは兄のテメエだろ!?』ってキレ気味にツッコミたくてたまんないだろ。あとアイドルになるための売名行為だったらなんだってんだ? そんくらい全然構わないだろ……)
それにどうしてもムカついたんなら『俺の妹がアイドルになれたのは最強の異能力者になった俺のおかげ』とでも言い触らせばいいじゃないか(天才)。
と、熾兎がスマホをしまいながら俺に近づいてくる。
へたり込んだ体勢のままの俺を真顔で見下ろすと、
「ま、なにも思い出せなかったらそれでもオッケーだったんだけどね。思い出せないほうが幸せだろうし?」
「……、そんなわけないだろ。記憶喪失は悲しいことだ」
「普通のヒトならね。あんたの場合は違うって言ってんのよ。……じゃあ訊くけどさ、最強の異能力者になりたいっていう病的なまでの願望は今ある?」
「ないな」
俺自身は最初からあるはずもない。ラノベ主人公的に一度はなってみたいと思う程度だ。
「もうその願望がないんだったらさ。異能力に執着しない生活ができるっしょ?」
「……執着?」
「あたしはね。異能力と無縁の環境に身を置いた方が、かえって殺されずに済むと思ってるわけよ」
「こ、殺される? この俺がか?」
「そ。思い出せてないみたいだから教えてあげるけど。あたしとあんたはその昔、異能力をひとつも発現できてなかった頃……強盗目的の異能力者に殺されかけてんのよ」
「えっ、マジか……」
異能力者の強盗犯か。まぁこの世界には異能警察が存在してるんだし、そんな救いようのない強盗犯も存在しないはずがなかったか……。
「でね? あんたはその事件、奇跡的に発現した異能力でどうにか強盗を撃退できたんだけど……。まるでその奇跡の代償みたいに、ただならない恐怖を覚えてしまったのよ」
「……恐怖」
当然、だろうな。
妹と一緒に殺されかけたんだしな……。
「だからあんたは『殺されたくない』って。誰にも殺されたくないから、最強の異能力者になりたいって思うようになったわけ」
「なるほど……」
最強の異能力者になれば強盗犯なんて無傷で確保できるだろう。
もちろん妹を守ってやったり助けてやるのも楽勝だ。
そうか、つまり彼は厨二病ではなかったんだな。どちらかと言えば、その事件後も平気そうにしている熾兎が異常だったのだ。
「……それで、さっきの話に戻るのか? 異能力と無縁の環境のほうが、かえって殺されずに済む、だったか」
「そ。この学園で事故とかが起きて殺される確率と、犯罪被害に遭って殺される確率。あんたはどっちが高いと思う?」
「……、前者なのか?」
「さあ。そこんとこは調べてないし。けど怪我人が断然多いのは違いないわ。特に武闘大会じゃあ熱くなってしまう生徒が大勢いるしね。あたしは前者だと確信してる」
「……」
熾兎の言いたいことが段々わかってきた。
そしてそれはすぐに彼女の口から吐き出された。
「本気のあんたと戦ってみたくなったから一応試したけど。あの異能力でも記憶喪失が治らないんだったら、もう大会は諦めなさい。あんたは学園を辞めて、残りの人生を無能力者としてひっそり生きればいい。それが今のあんた自身のためなのよ」
「…………はっ、ははは……」
「? なにが面白いのよ?」
「いや、お前も厄介な兄を持って大変だなー、って思ってよ?」
笑い出しながら俺はゆっくりと立ち上がる。
手についた汚れを丁寧に払い落とし、俺の妹に返事してやった。
「だがすまんな? そのお前なりの親切には応じられない。俺は大会を諦めないし、ってか絶対に優勝してみせる。記憶喪失の俺自身がすでに決めたことなんだよ」
「! はっ、ははは……」
「ああ、お前も面白くなっちまうよな。だがお前に笑われても俺は―――」
と、次の瞬間。
「ざッ、けぇんじゃァ、ないってんのよッ……!!」
「ごがッ!?」
絞り切るような胴間声と共に、熾兎の強烈な足蹴りが俺の腹にめり込んだ。
やはりなにか異能力で強化しているのだろうか、細い脚なのに俺の体は相撲取りに全力タックルされたかのような勢いで突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
さらにその直後、
「記憶喪失のあんたが大会でナニできるってんのよ!? じゃあこれは防げんの!?」
「ンな!?」
大鎌だ! 死神が持っていそうな大鎌の刃部分!
それだけが熾兎の周囲に数多顕現し、その全てが俺に向かって続々と飛んできた! 無論防ぐなんて不可能だ!!
「…………、ほらね。やっぱあんた、異能力失ったままじゃん」
「っ!」
俺の体を細断する寸前で、全ての刃の動きがぴたりと止まっていた。
俺は首筋数センチのところで止まった刃に呆然自失するしかない。
「さすがにこういう凶器で神聖な大会を汚す大バカ野郎はいないわ。けどね、異能力を一切発効しないで勝てるほど戦いは甘くないのよ」
「…………」
「なのにあんたは絶対に優勝してみせる、ですって? はっ、だったらやってみればいいじゃない! 異能力を発効しないまま負けちゃって、この学園の恥さらしになってしまえばいいわ! そんなに皆に望まれて退学したいんだったらッ!!」
「……」
「ふん。なにが最強の異能力者よ。……ただの一度も最強できてないじゃない」
刃が、消えた。
それから、熾兎の小さな背中も。
「―――はっ!?」
俺は現実に帰って来たような感覚を伴って我に返った。さらに気づいた時には両手両膝を地面にぴったりと付けており、まさしくorzポーズだった。
「ったく、ようやくお目覚めって感じなわけ?」
そのアニメ声に顔を上げると、退屈そうに路地の壁に背を預け、スマホ画面を素早く操作している熾兎の姿があった。ゲームでもしていたのだろうか。
「もしかしてお前……。俺が起きるのを待ってたのか……?」
「そりゃあね。タワシなあんたが記憶喪失から回復できたのか、しっかり確認しとかなきゃなんないし」
「……、記憶喪失」
言うまでもないが違う。これも著者の仕業だ。著者は俺を『以前の記憶がない憑々谷子童』で初期設定していた。そして先ほど熾兎が発効した異能力をトリガーとして、俺に『憑々谷子童の過去の記憶』を無理矢理植え付けたのだ。
「どうなの? あたしの怪物姿を見て、まるっと全部思い出せたの?」
「……、いや。全体的に大雑把だったしな。中学2年より前はほぼノータッチだった。恐ろしく手抜きだった」
「は、はあ? あんたってばどんだけ酷く頭打ってたのよ? 悪化してんじゃない? ここにきて言ってる意味が超わかんないだけど?」
そりゃあ熾兎という創作キャラにはわからないだろうよ。だが俺に死んで欲しいと思っているなら尚更、一生俺のことわからないままでいやがれってんだ(怒)。
(……ただまぁ、うん。妹からの好感度が最悪だったのは、兄のせいだったんだよな。俺個人としては兄よりコイツに同情する。ってか、兄に同情するヤツなんているのか?)
最強の異能者になりたいって、もうそれは厨二病っぽいんじゃなくて完全に厨二病じゃないか。いくらなんでも目標が高すぎだし、そんなだからあれほど兄想いだったコイツを乱暴に扱うハメになったわけだろ。
(もうな、『残念すぎてんのは兄のテメエだろ!?』ってキレ気味にツッコミたくてたまんないだろ。あとアイドルになるための売名行為だったらなんだってんだ? そんくらい全然構わないだろ……)
それにどうしてもムカついたんなら『俺の妹がアイドルになれたのは最強の異能力者になった俺のおかげ』とでも言い触らせばいいじゃないか(天才)。
と、熾兎がスマホをしまいながら俺に近づいてくる。
へたり込んだ体勢のままの俺を真顔で見下ろすと、
「ま、なにも思い出せなかったらそれでもオッケーだったんだけどね。思い出せないほうが幸せだろうし?」
「……、そんなわけないだろ。記憶喪失は悲しいことだ」
「普通のヒトならね。あんたの場合は違うって言ってんのよ。……じゃあ訊くけどさ、最強の異能力者になりたいっていう病的なまでの願望は今ある?」
「ないな」
俺自身は最初からあるはずもない。ラノベ主人公的に一度はなってみたいと思う程度だ。
「もうその願望がないんだったらさ。異能力に執着しない生活ができるっしょ?」
「……執着?」
「あたしはね。異能力と無縁の環境に身を置いた方が、かえって殺されずに済むと思ってるわけよ」
「こ、殺される? この俺がか?」
「そ。思い出せてないみたいだから教えてあげるけど。あたしとあんたはその昔、異能力をひとつも発現できてなかった頃……強盗目的の異能力者に殺されかけてんのよ」
「えっ、マジか……」
異能力者の強盗犯か。まぁこの世界には異能警察が存在してるんだし、そんな救いようのない強盗犯も存在しないはずがなかったか……。
「でね? あんたはその事件、奇跡的に発現した異能力でどうにか強盗を撃退できたんだけど……。まるでその奇跡の代償みたいに、ただならない恐怖を覚えてしまったのよ」
「……恐怖」
当然、だろうな。
妹と一緒に殺されかけたんだしな……。
「だからあんたは『殺されたくない』って。誰にも殺されたくないから、最強の異能力者になりたいって思うようになったわけ」
「なるほど……」
最強の異能力者になれば強盗犯なんて無傷で確保できるだろう。
もちろん妹を守ってやったり助けてやるのも楽勝だ。
そうか、つまり彼は厨二病ではなかったんだな。どちらかと言えば、その事件後も平気そうにしている熾兎が異常だったのだ。
「……それで、さっきの話に戻るのか? 異能力と無縁の環境のほうが、かえって殺されずに済む、だったか」
「そ。この学園で事故とかが起きて殺される確率と、犯罪被害に遭って殺される確率。あんたはどっちが高いと思う?」
「……、前者なのか?」
「さあ。そこんとこは調べてないし。けど怪我人が断然多いのは違いないわ。特に武闘大会じゃあ熱くなってしまう生徒が大勢いるしね。あたしは前者だと確信してる」
「……」
熾兎の言いたいことが段々わかってきた。
そしてそれはすぐに彼女の口から吐き出された。
「本気のあんたと戦ってみたくなったから一応試したけど。あの異能力でも記憶喪失が治らないんだったら、もう大会は諦めなさい。あんたは学園を辞めて、残りの人生を無能力者としてひっそり生きればいい。それが今のあんた自身のためなのよ」
「…………はっ、ははは……」
「? なにが面白いのよ?」
「いや、お前も厄介な兄を持って大変だなー、って思ってよ?」
笑い出しながら俺はゆっくりと立ち上がる。
手についた汚れを丁寧に払い落とし、俺の妹に返事してやった。
「だがすまんな? そのお前なりの親切には応じられない。俺は大会を諦めないし、ってか絶対に優勝してみせる。記憶喪失の俺自身がすでに決めたことなんだよ」
「! はっ、ははは……」
「ああ、お前も面白くなっちまうよな。だがお前に笑われても俺は―――」
と、次の瞬間。
「ざッ、けぇんじゃァ、ないってんのよッ……!!」
「ごがッ!?」
絞り切るような胴間声と共に、熾兎の強烈な足蹴りが俺の腹にめり込んだ。
やはりなにか異能力で強化しているのだろうか、細い脚なのに俺の体は相撲取りに全力タックルされたかのような勢いで突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
さらにその直後、
「記憶喪失のあんたが大会でナニできるってんのよ!? じゃあこれは防げんの!?」
「ンな!?」
大鎌だ! 死神が持っていそうな大鎌の刃部分!
それだけが熾兎の周囲に数多顕現し、その全てが俺に向かって続々と飛んできた! 無論防ぐなんて不可能だ!!
「…………、ほらね。やっぱあんた、異能力失ったままじゃん」
「っ!」
俺の体を細断する寸前で、全ての刃の動きがぴたりと止まっていた。
俺は首筋数センチのところで止まった刃に呆然自失するしかない。
「さすがにこういう凶器で神聖な大会を汚す大バカ野郎はいないわ。けどね、異能力を一切発効しないで勝てるほど戦いは甘くないのよ」
「…………」
「なのにあんたは絶対に優勝してみせる、ですって? はっ、だったらやってみればいいじゃない! 異能力を発効しないまま負けちゃって、この学園の恥さらしになってしまえばいいわ! そんなに皆に望まれて退学したいんだったらッ!!」
「……」
「ふん。なにが最強の異能力者よ。……ただの一度も最強できてないじゃない」
刃が、消えた。
それから、熾兎の小さな背中も。
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