2.5D/リアル世界の異世界リアル
第59話
59
月明りによって落とされた、熾兎の小さな影。
それを踏みつけた瞬間に、ようやく著者の操縦から解放された。
「ねぇ、これ以上付いてこないでくれる? 死ぬほど不快なんだけど?」
人気のない路地で立ち止まる、嫌悪感丸出しの熾兎。
大きな瞳は半開きとなっており、小鼻は鼻孔を広げていて怒り鼻。
ホヤホヤな頬や唇も露骨に歪んでいた。
ならばよろしい! と嬉々として踵を返そうとする俺。
しかしその前に、
「ってか、頭のネジ吹っ飛んだの? 保安委員の言い付け守ってあたしを女子寮に送り届けようなんてさ。おかしくない? ここ半年弱のタワシなあんたなら、普通言い付け破ってるでしょうよ?」
「……と言われてもな」
俺には憑々谷子童の記憶がほとんどない。半年弱なんて細かく指定されたところで実の妹に対する普段の彼を顧みることは不可能だ。だから俺はそう答えるしかなかった。
すると熾兎は「ちっ!」と舌打ちし、
「あのね、じゃあもっと言わせてもらうけど、さっきの友達への扱いはなに? 所詮は使い切り?」
「……それは」
「はっ、とことんクズすぎて呆れるわね。あたしあんたのこと大嫌いなのに、あんたに代わって謝りたかったもしれないわ!」
「……、」
「最強の異能力者になって、自分は誰よりも強いからって、じゃあいっそのこと人間も辞めちゃった気でいんの?」
「さ、さすがにそれは、」
「ああもうバッカじゃない? ホントもうバッカじゃないの? そもそも誰のおかげで最強になれたと思ってんのよ?」
「……。え?」
「え、じゃないでしょ。全部が全部、あたしのおかげでしょーが?」
「お、お前のおかげ、だと? ど、どういうことだ……?」
つい俺は素で口に出してしまっていた。
意外すぎた熾兎の言葉に、反応せずにはいられなかった。
俺は、最強の異能力者……???
最強の異能力者なれたのは、熾兎のおかげ……???
(い、いいや。これは著者が決めた設定だ。そういうまだ明かしてなかった設定があるなら、受け入れるだけだ)
だがなんだろう。
俺はどうしても嫌な予感がしていた。
「そのマジっぽい反応。うん、間違いないわ。やっぱあんた今……記憶喪失なんだ」
「んなっ……!?」
先ほど俺が素で訊ね返してしまったからだろう。
熾兎が似て非なる俺の事情を嗅ぎ付けてきた。
「トピア先輩からあんたが大会に出ること聞かされて、おかしいとは思ってた。なんで今更、大会に出る気になったのかって。……だから後日、あんたに試したのよ」
「お、俺に試したって……。なにを?」
「『優勝しない限り退学になる』って。評定会議の仕組みとか教えてあげたでしょ」
「っ!?」
ま、まさか!?
あれは俺が記憶喪失かどうかを判断するためでもあったのか!?
い、いや! そうとしか考えられない!
「―――さすがに気づいた? 異能力者最強のあんただったら、体調に問題ない限り大会は優勝できるって認識のはずなのよ。けどあんたはあの時、明らかに絶望した顔付きになってた」
う、嘘……だろ? 著者はそこまで練った上で、熾兎にああだこうだ言わせてたのか? や、ヤバい、著者を少し見くびってたかもしれない……(汗)。
「けど、あの後もあたしはまだ半信半疑だった。だってあんた、記憶喪失にしては普通にあたしと話できてたし」
「それは……。トピアがサポートしてくれたおかげだろう……」
「可能性はそれが一番高いでしょうね。例の手合せで関係をもってたから、一緒に特訓もしていたと。だったらどうして記憶喪失のあんたは、今回の大会に出る気になったの?」
それは奇姫にエントリーさせられて……いや、これは回答に相応しくないな。
こっちだ。
「記憶喪失の俺なら……大会に出て、全力で戦ってすぐに負けることができる。学園最強の噂を完全否定できると思ったんだ……」
「はあ? 完全否定して、どうするっての?」
「それは……。噂の真偽を確認しようとしてくる輩が、現れないように……」
要は奇姫みたいなヤツだ。アイツは俺を別人と疑うと同時、俺が学園最強かを探ろうと戦いを吹っ掛けてきた。そんな輩を消したいのは、別に変な理由じゃない。
「まぁわかったわ。納得しといてあげる。そんで? あんたはあたしから優勝しないと退学と知ったわけだけど、ここ3日間くらい、学園の外かどっかでトピア先輩と合宿でもしてたの? 記憶喪失だけど退学はイヤだから頑張って優勝目指そうって?」
「そうだ……方針転換、したんだ……」
認めざるを得ない俺。その直後だった。
―――熾兎が腹を抱えて笑い始めたのは。
「あは、ははははははははははは! それって本気!? 正気なの!? 失ったのは過去の記憶だけじゃあないんでしょ!? 今までに手に入れてきた異能力もなんでしょ!?」
「…………っ!」
そうだ、ああそうだよ! 実際は記憶喪失でもそのせいで異能力を失ったわけでもないが、とにかく今の俺が強力な異能力をなにひとつ所持していないのは事実だ!
(あークソっ、クソったれが! せっかくアリスがいれば優勝できると確信できかけていたのに!)
熾兎の挑発的な態度が、俺の優勝を霞ませやがる!
「あはは! 前と変わらず絶望した顔付きじゃん♪ だったらさぁー……あたしが全部思い出させてあげよっか?」
「……………………、は?」
と、俺が口をあんぐりと開けて間もなくだった。
「オニイチャンだけのエクストラボーナスステージ、発効」
妹の熾兎が、やや低い声音でそう呟いた。
「んなぁ!?」
するとどうだろう。路地の景観が一瞬で消失し、その一瞬で赤黒いドーム状の空間に切り替わった。結界、と言えばまさにそれっぽいかもしれない。RPGのラスボスと戦う時のような、露骨な異次元空間だった。
そして。
目の前にいたはずの、熾兎は―――。
「!! お、お前はッッ!?」
俺は顎が外れそうな勢いで叫び、驚愕した。
その姿、こんな短時間の内に忘れるはずがない。あのトラウマものだった夢を、その吐き気がしてもおかしくないグロキモな姿を……ッ!
「……オニイチャン」
「!! あ、ああああああああああああああああああああッッッ!?」
な、なんだよこれ!!
俺の頭の中に、未だかつてない膨大な量の文章が、流れ込んでくるッ―――!?
月明りによって落とされた、熾兎の小さな影。
それを踏みつけた瞬間に、ようやく著者の操縦から解放された。
「ねぇ、これ以上付いてこないでくれる? 死ぬほど不快なんだけど?」
人気のない路地で立ち止まる、嫌悪感丸出しの熾兎。
大きな瞳は半開きとなっており、小鼻は鼻孔を広げていて怒り鼻。
ホヤホヤな頬や唇も露骨に歪んでいた。
ならばよろしい! と嬉々として踵を返そうとする俺。
しかしその前に、
「ってか、頭のネジ吹っ飛んだの? 保安委員の言い付け守ってあたしを女子寮に送り届けようなんてさ。おかしくない? ここ半年弱のタワシなあんたなら、普通言い付け破ってるでしょうよ?」
「……と言われてもな」
俺には憑々谷子童の記憶がほとんどない。半年弱なんて細かく指定されたところで実の妹に対する普段の彼を顧みることは不可能だ。だから俺はそう答えるしかなかった。
すると熾兎は「ちっ!」と舌打ちし、
「あのね、じゃあもっと言わせてもらうけど、さっきの友達への扱いはなに? 所詮は使い切り?」
「……それは」
「はっ、とことんクズすぎて呆れるわね。あたしあんたのこと大嫌いなのに、あんたに代わって謝りたかったもしれないわ!」
「……、」
「最強の異能力者になって、自分は誰よりも強いからって、じゃあいっそのこと人間も辞めちゃった気でいんの?」
「さ、さすがにそれは、」
「ああもうバッカじゃない? ホントもうバッカじゃないの? そもそも誰のおかげで最強になれたと思ってんのよ?」
「……。え?」
「え、じゃないでしょ。全部が全部、あたしのおかげでしょーが?」
「お、お前のおかげ、だと? ど、どういうことだ……?」
つい俺は素で口に出してしまっていた。
意外すぎた熾兎の言葉に、反応せずにはいられなかった。
俺は、最強の異能力者……???
最強の異能力者なれたのは、熾兎のおかげ……???
(い、いいや。これは著者が決めた設定だ。そういうまだ明かしてなかった設定があるなら、受け入れるだけだ)
だがなんだろう。
俺はどうしても嫌な予感がしていた。
「そのマジっぽい反応。うん、間違いないわ。やっぱあんた今……記憶喪失なんだ」
「んなっ……!?」
先ほど俺が素で訊ね返してしまったからだろう。
熾兎が似て非なる俺の事情を嗅ぎ付けてきた。
「トピア先輩からあんたが大会に出ること聞かされて、おかしいとは思ってた。なんで今更、大会に出る気になったのかって。……だから後日、あんたに試したのよ」
「お、俺に試したって……。なにを?」
「『優勝しない限り退学になる』って。評定会議の仕組みとか教えてあげたでしょ」
「っ!?」
ま、まさか!?
あれは俺が記憶喪失かどうかを判断するためでもあったのか!?
い、いや! そうとしか考えられない!
「―――さすがに気づいた? 異能力者最強のあんただったら、体調に問題ない限り大会は優勝できるって認識のはずなのよ。けどあんたはあの時、明らかに絶望した顔付きになってた」
う、嘘……だろ? 著者はそこまで練った上で、熾兎にああだこうだ言わせてたのか? や、ヤバい、著者を少し見くびってたかもしれない……(汗)。
「けど、あの後もあたしはまだ半信半疑だった。だってあんた、記憶喪失にしては普通にあたしと話できてたし」
「それは……。トピアがサポートしてくれたおかげだろう……」
「可能性はそれが一番高いでしょうね。例の手合せで関係をもってたから、一緒に特訓もしていたと。だったらどうして記憶喪失のあんたは、今回の大会に出る気になったの?」
それは奇姫にエントリーさせられて……いや、これは回答に相応しくないな。
こっちだ。
「記憶喪失の俺なら……大会に出て、全力で戦ってすぐに負けることができる。学園最強の噂を完全否定できると思ったんだ……」
「はあ? 完全否定して、どうするっての?」
「それは……。噂の真偽を確認しようとしてくる輩が、現れないように……」
要は奇姫みたいなヤツだ。アイツは俺を別人と疑うと同時、俺が学園最強かを探ろうと戦いを吹っ掛けてきた。そんな輩を消したいのは、別に変な理由じゃない。
「まぁわかったわ。納得しといてあげる。そんで? あんたはあたしから優勝しないと退学と知ったわけだけど、ここ3日間くらい、学園の外かどっかでトピア先輩と合宿でもしてたの? 記憶喪失だけど退学はイヤだから頑張って優勝目指そうって?」
「そうだ……方針転換、したんだ……」
認めざるを得ない俺。その直後だった。
―――熾兎が腹を抱えて笑い始めたのは。
「あは、ははははははははははは! それって本気!? 正気なの!? 失ったのは過去の記憶だけじゃあないんでしょ!? 今までに手に入れてきた異能力もなんでしょ!?」
「…………っ!」
そうだ、ああそうだよ! 実際は記憶喪失でもそのせいで異能力を失ったわけでもないが、とにかく今の俺が強力な異能力をなにひとつ所持していないのは事実だ!
(あークソっ、クソったれが! せっかくアリスがいれば優勝できると確信できかけていたのに!)
熾兎の挑発的な態度が、俺の優勝を霞ませやがる!
「あはは! 前と変わらず絶望した顔付きじゃん♪ だったらさぁー……あたしが全部思い出させてあげよっか?」
「……………………、は?」
と、俺が口をあんぐりと開けて間もなくだった。
「オニイチャンだけのエクストラボーナスステージ、発効」
妹の熾兎が、やや低い声音でそう呟いた。
「んなぁ!?」
するとどうだろう。路地の景観が一瞬で消失し、その一瞬で赤黒いドーム状の空間に切り替わった。結界、と言えばまさにそれっぽいかもしれない。RPGのラスボスと戦う時のような、露骨な異次元空間だった。
そして。
目の前にいたはずの、熾兎は―――。
「!! お、お前はッッ!?」
俺は顎が外れそうな勢いで叫び、驚愕した。
その姿、こんな短時間の内に忘れるはずがない。あのトラウマものだった夢を、その吐き気がしてもおかしくないグロキモな姿を……ッ!
「……オニイチャン」
「!! あ、ああああああああああああああああああああッッッ!?」
な、なんだよこれ!!
俺の頭の中に、未だかつてない膨大な量の文章が、流れ込んでくるッ―――!?
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