2.5D/リアル世界の異世界リアル
第50話
50
「……む、無茶苦茶だ……」
狂ってる。狂ってるとしか言いようがない。
こんな女に好かれるくらいなら、このまま殺されたほうがマシかもしれない。
いくら美人で付き合ってみたいとは思っても、順風満帆に付き合っていける気が、しない。
無意識に俺は、大和先生から逃げるように匍匐前進を始めていた。
だがそれを、
「どこへ行くつもりだ?」
「がはッ!?」
大和先生が新たな異能力を発効したのだろう。見えないなにかが俺の背中に重く圧しかかってきた。俺はカエルが潰れたような体勢で動けなくなってしまう。
「アリ、す……!」
だが俺はアリスを護るべく両腕に鞭を打って地面から上体を浮かせた。本格的に鼻血が垂れ流れてきていたが、それを拭き取る手段もゆとりもありはしなかった。
「……はは、ははは。……こんな惨い扱い、冗談じゃねえっての……!」
空笑いだった。今もし手元に鏡があったなら、あまりの俺の醜さに舌を噛み切って死ねただろう(嘘)。
「だがそうだなぁ。こんなのより余程ヤバい展開は、いくらでも読んだことあるんだよなぁ。ヒロインが首チョンパされたりさぁ、主人公が拷問受けて闇堕ちしたりさ」
「……、なにをくどくど言っている?」
「あんたはまだ生易しいキャラだ……ってことだよ」
「ほう……?」
俺が言い切ってすぐ、先生の本気の蹴りが滑り込むように俺の腹部を突き上げた。
「う、ぐ……がァ!?」
「御託はいい。とにかくお前は異能力を発効しろ。発効してわたしの異能力者の墓場から生き延びてみせろ。……いつまでも地面に這いつくばっていないでな!」
腕を取られ、俺は強制的に立たされた。
しかし直後には俺の頬に先生の拳がめり込んでおり、俺は飛びかけた意識の中、再び地面とキスを交わしている。
「あぁ、ダメだっ! このままでは憑々谷を殺してしまうっ! だがその絶望しきった顔がたまらんっ! あんっ、悔しいっ! 殺したくないのにっ、お前を一生愛したいのにっ、もっともっとお前に絶望して欲しいっ! こんなどうしようもなく超弩Sで困っているわたしをっ、お前の異能力で黙らせて欲しいっ!!」
「…………あ…………ぁ……」
立たされては殴り倒される。その繰り返しがしばらく続いた。
天地を行き来するのはこんな感覚なのだろうか。
俺の意識がこの状況に全くついていけてなかった。
「……はぁ、はぁ、はぁ! つ、憑々谷! お前は至上最高の、男だ! わたしを初めてここまでっ、満足させたのだからな!? だから特別に、特別にだぞ!? 礼をしてやらんことも、ないっ!!」
なにやら考え直すところがあるらしかった。
激しく肩で息をする先生は、すでにボロ雑巾みたいな俺の顔を覗き込むと。
「いいか!? 明後日の、今だ! その時までお前の死を猶予してやる! だが次は、ない! お前を心行くまで痛めつけてから、確実に殺す!」
「……、……」
「くく、くくくっ! 明後日を楽しみにしているぞ……!?」
そう言い置くや資材倉庫の出入口へと歩き出した大和先生。
……だがそんな彼女を俺は、
見届けなかった。
絶対に。引き止めなければならなかった。
たとえ半殺しにされていても、立ち上がらなければならなかった。
俺は発効されたままの異能力者の墓場をぼんやりと見上げ……それから先生の背に向けて、声をかける。
「俺が憧れるラノベ主人公ってのはなぁ……。敵から情けを受けてまで……。生き延びようとは考えねえんだよ……」
「……なっ!?」
10メートルほど離れたところで勢いよく振り返ってくる大和先生。
俺が自力で立ち上がったことに心底驚いている風情だ。
だがそれはそうだろう。俺だってこんなボロボロの体で実際に立ち上がれる自信はなかったのだ。
「それになぁ、俺がここで生かされちまったら……トピアがまた頑張っちゃうだろうが……。なぁ、著者、そうなんだろ……? 読者もそう思うよなぁ……?」
「お、お前はなにを言って、」
「俺はトピアが大好きなんだよ……大好きでたまらないんだよ……。迷える子羊になってた俺に、強く優しく手を差し伸べてくれたんだ……。ホント世話になりっぱなしで……けど俺は彼女になにも返せなくて……。気遣いが得意な彼女と婚約してるヤツが……死ぬほど妬ましかった……」
俺はトピアに目を移した。人形のように動かないままの彼女は、それこそ人形のような安らかな寝顔で沈黙していた。
あそこで彼女と添い寝ができたらな、なんて頭を過ってしまう。
「よ、よくわからんが……だから、なんなのだ? まさかトピアにこれ以上迷惑かけたくないから、今すぐわたしに殺されたいと抜かすのか……?」
「はは、そんなわけねえだろ……。…………俺の異能力を、あんたに見せてやるんだよ」
「! おぉ!? ど、どんなだ、やると決めたんならさっさとやれ!」
かかってこい! とばかりに先生は両手首をスナップさせて俺を呼んでいる。
そこでようやく俺は口元の血を袖で拭うと、
「あぁ。ただし1回ぽっきりだ。あんたを黙らせるにはそれで充分ってことで……。しっかり目に焼き付けておけよ……?」
「無論だ! さぁ、発効してみせろ、憑々谷ァ!!」
「だったら遠慮なく行かせてもらうぜッ!!」
俺は大和先生に向かって駆け出した。
駆け出しながらトピアとの鬼ごっこを思い出す。
(あれと比べたら一瞬でしかない! まだ余裕で動けるだろ!)
精神論で全身を叱咤させ、走るスピードを増していく。
「! なるほど、近接系の異能力なのだな!? さすがのお前でもコスト300倍ならば遠距離からの攻撃は厳しいか!」
「ああそうだ!」
穴ぼこだらけの地面に足を取られそうになるも、俺は一切の懸念を棄て全速力で突き進む!
「はぁ、はぁ、嬉しすぎて心臓が止まってしまいそうだッ! だがなァ憑々谷!? 近接系とは言うが発効は数秒程度が限界だろう!? それでもわたしを黙らせることが可能なのか!?」
「……ああそうだ!」
あと5メートル! 勝負はもうすぐそこだ!
「い、好いッ!? お前の最初で最後の異能力が、発効前からすでにとてつもない殺意を放っているッ!? わ、わわわわたしは、これからどうなってしまうのだっ、ああっ!? ぞ、ゾクゾクが止まらんっ!? こ、これはやはりわたしがっ、超弩Sではいられなくなる時がっ、とうとうやってきたのかッ!?」
「ああ、そうだよ! あんたのマジキチな超弩Sはなぁ、俺の、俺の、俺のおおおおおオオオオオオオオオオオ――――――――ッ!!」
興奮冷めやらぬといった態度で己自身を熱く抱き締めている大和先生に。
俺は呼吸を惜しんでまで言葉を継いでみせた……!
「ラノベらしい弩ケンゼンなSでッ!! 攻略してやるってんだァ――――ッ!!」
「……!? な、ん……!?」
俺が咆哮した瞬間、大和先生のスカートが足下から吹き上がる強風で面白いくらいに捲れ上がった。
なんの前触れもなく濃紺の下着が丸見えになった彼女は―――トピアと同じでやはりそれは女性的本能なのだろう―――咄嗟にスカートの裾を両手で抑えた。
そうして俺は。
その隙だらけな彼女の一瞬を断じて逃がすまいと。
限度一杯まで引き絞っていた右肘を、すぐさま解き放った。
俺の握り拳が、狙い違わず彼女の眉間に突き刺さった。
「……………………、」
「……………………は。どぅ、だ?……これ、が。ぉうれの、ぃのう、りょ。……ぱン、ち……らの……ヵ―――」
大和先生がどうなったのかわからないまま。
そこで俺の意識は墓場の呪いに奪われた。
「……む、無茶苦茶だ……」
狂ってる。狂ってるとしか言いようがない。
こんな女に好かれるくらいなら、このまま殺されたほうがマシかもしれない。
いくら美人で付き合ってみたいとは思っても、順風満帆に付き合っていける気が、しない。
無意識に俺は、大和先生から逃げるように匍匐前進を始めていた。
だがそれを、
「どこへ行くつもりだ?」
「がはッ!?」
大和先生が新たな異能力を発効したのだろう。見えないなにかが俺の背中に重く圧しかかってきた。俺はカエルが潰れたような体勢で動けなくなってしまう。
「アリ、す……!」
だが俺はアリスを護るべく両腕に鞭を打って地面から上体を浮かせた。本格的に鼻血が垂れ流れてきていたが、それを拭き取る手段もゆとりもありはしなかった。
「……はは、ははは。……こんな惨い扱い、冗談じゃねえっての……!」
空笑いだった。今もし手元に鏡があったなら、あまりの俺の醜さに舌を噛み切って死ねただろう(嘘)。
「だがそうだなぁ。こんなのより余程ヤバい展開は、いくらでも読んだことあるんだよなぁ。ヒロインが首チョンパされたりさぁ、主人公が拷問受けて闇堕ちしたりさ」
「……、なにをくどくど言っている?」
「あんたはまだ生易しいキャラだ……ってことだよ」
「ほう……?」
俺が言い切ってすぐ、先生の本気の蹴りが滑り込むように俺の腹部を突き上げた。
「う、ぐ……がァ!?」
「御託はいい。とにかくお前は異能力を発効しろ。発効してわたしの異能力者の墓場から生き延びてみせろ。……いつまでも地面に這いつくばっていないでな!」
腕を取られ、俺は強制的に立たされた。
しかし直後には俺の頬に先生の拳がめり込んでおり、俺は飛びかけた意識の中、再び地面とキスを交わしている。
「あぁ、ダメだっ! このままでは憑々谷を殺してしまうっ! だがその絶望しきった顔がたまらんっ! あんっ、悔しいっ! 殺したくないのにっ、お前を一生愛したいのにっ、もっともっとお前に絶望して欲しいっ! こんなどうしようもなく超弩Sで困っているわたしをっ、お前の異能力で黙らせて欲しいっ!!」
「…………あ…………ぁ……」
立たされては殴り倒される。その繰り返しがしばらく続いた。
天地を行き来するのはこんな感覚なのだろうか。
俺の意識がこの状況に全くついていけてなかった。
「……はぁ、はぁ、はぁ! つ、憑々谷! お前は至上最高の、男だ! わたしを初めてここまでっ、満足させたのだからな!? だから特別に、特別にだぞ!? 礼をしてやらんことも、ないっ!!」
なにやら考え直すところがあるらしかった。
激しく肩で息をする先生は、すでにボロ雑巾みたいな俺の顔を覗き込むと。
「いいか!? 明後日の、今だ! その時までお前の死を猶予してやる! だが次は、ない! お前を心行くまで痛めつけてから、確実に殺す!」
「……、……」
「くく、くくくっ! 明後日を楽しみにしているぞ……!?」
そう言い置くや資材倉庫の出入口へと歩き出した大和先生。
……だがそんな彼女を俺は、
見届けなかった。
絶対に。引き止めなければならなかった。
たとえ半殺しにされていても、立ち上がらなければならなかった。
俺は発効されたままの異能力者の墓場をぼんやりと見上げ……それから先生の背に向けて、声をかける。
「俺が憧れるラノベ主人公ってのはなぁ……。敵から情けを受けてまで……。生き延びようとは考えねえんだよ……」
「……なっ!?」
10メートルほど離れたところで勢いよく振り返ってくる大和先生。
俺が自力で立ち上がったことに心底驚いている風情だ。
だがそれはそうだろう。俺だってこんなボロボロの体で実際に立ち上がれる自信はなかったのだ。
「それになぁ、俺がここで生かされちまったら……トピアがまた頑張っちゃうだろうが……。なぁ、著者、そうなんだろ……? 読者もそう思うよなぁ……?」
「お、お前はなにを言って、」
「俺はトピアが大好きなんだよ……大好きでたまらないんだよ……。迷える子羊になってた俺に、強く優しく手を差し伸べてくれたんだ……。ホント世話になりっぱなしで……けど俺は彼女になにも返せなくて……。気遣いが得意な彼女と婚約してるヤツが……死ぬほど妬ましかった……」
俺はトピアに目を移した。人形のように動かないままの彼女は、それこそ人形のような安らかな寝顔で沈黙していた。
あそこで彼女と添い寝ができたらな、なんて頭を過ってしまう。
「よ、よくわからんが……だから、なんなのだ? まさかトピアにこれ以上迷惑かけたくないから、今すぐわたしに殺されたいと抜かすのか……?」
「はは、そんなわけねえだろ……。…………俺の異能力を、あんたに見せてやるんだよ」
「! おぉ!? ど、どんなだ、やると決めたんならさっさとやれ!」
かかってこい! とばかりに先生は両手首をスナップさせて俺を呼んでいる。
そこでようやく俺は口元の血を袖で拭うと、
「あぁ。ただし1回ぽっきりだ。あんたを黙らせるにはそれで充分ってことで……。しっかり目に焼き付けておけよ……?」
「無論だ! さぁ、発効してみせろ、憑々谷ァ!!」
「だったら遠慮なく行かせてもらうぜッ!!」
俺は大和先生に向かって駆け出した。
駆け出しながらトピアとの鬼ごっこを思い出す。
(あれと比べたら一瞬でしかない! まだ余裕で動けるだろ!)
精神論で全身を叱咤させ、走るスピードを増していく。
「! なるほど、近接系の異能力なのだな!? さすがのお前でもコスト300倍ならば遠距離からの攻撃は厳しいか!」
「ああそうだ!」
穴ぼこだらけの地面に足を取られそうになるも、俺は一切の懸念を棄て全速力で突き進む!
「はぁ、はぁ、嬉しすぎて心臓が止まってしまいそうだッ! だがなァ憑々谷!? 近接系とは言うが発効は数秒程度が限界だろう!? それでもわたしを黙らせることが可能なのか!?」
「……ああそうだ!」
あと5メートル! 勝負はもうすぐそこだ!
「い、好いッ!? お前の最初で最後の異能力が、発効前からすでにとてつもない殺意を放っているッ!? わ、わわわわたしは、これからどうなってしまうのだっ、ああっ!? ぞ、ゾクゾクが止まらんっ!? こ、これはやはりわたしがっ、超弩Sではいられなくなる時がっ、とうとうやってきたのかッ!?」
「ああ、そうだよ! あんたのマジキチな超弩Sはなぁ、俺の、俺の、俺のおおおおおオオオオオオオオオオオ――――――――ッ!!」
興奮冷めやらぬといった態度で己自身を熱く抱き締めている大和先生に。
俺は呼吸を惜しんでまで言葉を継いでみせた……!
「ラノベらしい弩ケンゼンなSでッ!! 攻略してやるってんだァ――――ッ!!」
「……!? な、ん……!?」
俺が咆哮した瞬間、大和先生のスカートが足下から吹き上がる強風で面白いくらいに捲れ上がった。
なんの前触れもなく濃紺の下着が丸見えになった彼女は―――トピアと同じでやはりそれは女性的本能なのだろう―――咄嗟にスカートの裾を両手で抑えた。
そうして俺は。
その隙だらけな彼女の一瞬を断じて逃がすまいと。
限度一杯まで引き絞っていた右肘を、すぐさま解き放った。
俺の握り拳が、狙い違わず彼女の眉間に突き刺さった。
「……………………、」
「……………………は。どぅ、だ?……これ、が。ぉうれの、ぃのう、りょ。……ぱン、ち……らの……ヵ―――」
大和先生がどうなったのかわからないまま。
そこで俺の意識は墓場の呪いに奪われた。
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