2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第48話

48


 トピア目がけて一挙に掻き集められた極太の針千本が、大気を揺らして爆ぜた。


「と、トピアッ!?」


 俺は愕然と殺戮の現場を見上げ、彼女の名を叫んだ。
 そして同時に、この急展開こそがバトルものにおける『お約束』なのだと悟った。


 だがそれにしたって残虐非道な光景だった。俺が惚れた少女をこんな目に遭わせる著者には殺意が湧いた。これで彼女を殺したなら……たとえお前の創作物だろうと俺は絶対に許さない!!


「ハハ、フハハハハハハハ! やはり今のを一瞬で否定するのは厳しいよなァ!?」


 打って変わって大和先生は悪役のそれだった。
 蠱惑的な唇を粗雑に歪ませ、したり顔で嗤っている。


 だが。
 彼女はまだこの戦いの勝者になったわけではなかった。


「…………ですが。当たるはずありませんよ」
「!? トピア……!」


 よかった、トピアは生きていた! たぶん空間移動テレポートを使ったんだろう、いつの間にか倉庫の出入口側に回り込んでいた。 


「この異能力のことはわたしが一番わかっています。当然、発効から攻撃に至る時間が短い異能力には対応しにくい欠点も」
「ふん、わたしもわかっているぞ。己の異能力をゴミと片づけた相手にさえ、お前は警戒を解かんとな?」
「わたしには一生を誓った婚約者がいますからね。大好きな彼と死別したくない強い気持ちがそうさせているんです」
「…………、妙だな。今この瞬間、憑々谷よりお前を殺したくなった」


 はい……。俺も死にたくなってきました。
 涙の味も変わった気がします……(薄味)。


「(ツっきんさー? いい加減トピアは諦めて次の恋に進んだらどーなの?)」
「(……そうっすね。俺に攻略する隙がないと言いますか、別の男が攻略済みですしね……)」


 じゃあトピアを寝取りたいかといえば、本音のところはこちらから願い下げなのだ。まず寝取るという発想自体がありえない。はっきり言ってラノベ主人公のやることではないだろう。


 異論は認める。あくまで俺が羨むラノベ主人公は寝取らないということだ。
 それにもしかしたら俺も……寝取るラノベ主人公も悪くないって考え直すかもしれないわけで(外道)。


「(トピアの幸せは俺の幸せってことで……。諦めます……)」


 こんな切迫した状況ではあるけれども、さらば俺の初恋の人。
 俺の与り知らないところで幸せな家庭を築いてくれよ……。


「(あはははー、そのカオ激しくダサーい! 超ウケるぅー!)」


 ……あぁ、お前みたいなウザキャラは問答無用で無視だこんちくしょう! 
 というか俺はトピアの次の合図を待ってる身だ。涙で前を見えなくしている場合じゃない!


「さてトピアよ。わたしが負けを認めたと決め付けたあたり、お前こそわたしを下に見てはいないか? どうなんだ? ん?」
「その問いに答えるつもりはありません」


 時間稼ぎはさせないとばかりに、トピアが大型銃で虚空を薙ぐ。
 再び光の塊が産み出された。


「やれやれ。わたしは左腕を負傷しているのだぞ? 少しは休ませてくれてもいいだろうに……」


 火照った体を冷ますためか、大和先生がブラウスの第2ボタンを外した。
 その時にはすでに光の塊がビームを放っていたが、






「どれ、仕方ない。わたしも本気を出してやろう―――」






「「!?」」


 それはもう驚くべきことに。俺達が先生の言葉を聞き切るよりも先に、矛盾喰らいの護神龍ドラゴンが20匹近く同時発効されていた。


 血気盛んなドラゴン達は主人の視界を奪うくらいに密集するや、飛来したビームの悉くを鱗の壁によって受け始めた。


「さあどうだ!? この護神龍ドラゴン達を否定するならするといい! すぐにわたしが復活させてみせるがなァ!?」
「……っ!」


 挑発的な笑みを浮かべた大和先生をトピアが睨み据える。
 その彼女らしくない表情は俺に彼女の意志を看破させた。


 間違いない! 
 彼女は……トピアは、大和先生の挑発に乗ろうとしている!


「(ねぇ、まだなの?)」
「(そうだ、合図はまだだからお前は大人しくしててくれ!)」


 焦れったそうなアリスを戒め、俺自身も逸る心をどうにか抑え込んだ。


(いや、なにも問題ないはずだ。トピアのことだから計算ずくなんだと思う。挑発に乗ろうが乗らまいが、大和先生に勝つ算段がついているんだ!)


 俺はそう信じたい……!


「では今から徹底的に攻め込んでみるとしましょう」


 トピアが翼をはためかせて一層高く飛び上がった。大和先生の頭上付近まで高速移動し、そこで大型銃を薙いで光の塊を芽吹かせると、






「もっとも、わたしにはあなたに負けるビジョンが終ぞ見えませんが」






「! 甘いぞトピア!?」


 もはや赤子の手を捻るかのごとく空間移動テレポートで大和先生の背後を取ったトピアは、しかし大和先生が発効した大剣によって機先を制される。
 振り向きざまの一振りが彼女の後退を余儀なくさせたのだ。


「いいえ。甘いのはあなたのほうです」


 しかしただでは引き下がらないのが彼女だった。
 後退飛行の軌道上に新たな光の塊が蒼白く渦巻いている。
 さらに大和先生のドラゴンが複数掻き消えていた。3匹くらいだろうか。


「どうです? 正面、頭上、背面とわたしの異能力に囲まれてしまったご気分は?」
「……ふん! この程度でわたしが負けるビジョンを見られても困るぞッ!?」


 鼻を鳴らしつつ大和先生がドラゴンを増員した。10匹は確実に現れただろう。
 三方向より放たれるビームの流星群に対し、ドラゴン達はアーチ橋のような格好を作り上げることで防御を固めた。


 かくして湧き起こったのは果てしない爆炎と轟音の連鎖だった。
 もはや攻撃の手が凄まじすぎて何が何だかよくわからない。
 ゲームの改造やバグで荒ぶってる感じ、としか言いようがない。
 ただ、トピアがシュレディンガーの空箱を発効していなければ、学園関係者はもちろん学園敷地外の一般人も大パニックに陥っていたことだろう。


「くく、くくく……ッ! なぁトピアよ、ずいぶんと護神龍ドラゴン達の否定が滞ってるじゃあないかァ!? まさかこれがお前の限界なのかあッ!?」
「そういうあなたはいつまで守り一辺倒なのですか? まさかですがドラゴンを再発効するので手一杯なのですか?」


 俺にはドラゴンの個体数を数えるどころかドラゴンの視認すら困難だ。
 しかし2人の会話から察するに『ドラゴンの否定VSドラゴンの発効』でせめぎ合いになっているようだ。


 なるほど、優勢劣勢はどっちつかずだ。トピアが先生に負けているとは言い難いが、かと言って勝っているとも言い難い。
 恐らくこの膠着状態は2人どちらかの発効限界量が尽きない限り、続いてしまうのだろう。


(……と思ったんだが、どうやら2人共、発効限界量が尽きかけてるっぽいな!?)


 ビームを放つ代償で光の塊が消滅し始めても、トピアには光の塊を新たに補充しようとする様子がない。
 大和先生もそうだ。放たれるビームが次第に減ってきてチャンスのはずなのに、一向にトピアに攻撃しようとしない。ドラゴンの発効もしない。
 トピアの否定によって消され続けてる状況なのにだ。


 やがて光の塊が全て潰え……丁度その時ドラゴン達もまた1匹残らず消え失せた。
 まるで示し合わせたかのようにトピアと大和先生だけが生き残っている。


「どうした? 休憩がしたいのなら制服に戻ればいいだろう?」


 玉の汗を顔中に貼り付け、大和先生がトピアに訊ねた。
 しかしトピアは夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーを発効したまま、






「大和先生。わたしのこの姿を、充分見ましたよね?」






 とだけ。
 息を乱さず質問に質問を返すだけだった。


「??? あぁ、だいぶ拝ませてもらったが……。お前はなにが言いたい?」


 大和先生が首を捻って答える。
 己の質問を蔑ろにされたためか、やや苛立たしげな声だった。


「いえ別に。気にしないでください。―――次は接近戦でいかせてもらいますよ」


 大型銃を消したトピアは、大剣を両手で握り直しながらそう力強く宣言した。
 先ほどの質問は地中にでも埋めてしまえ、なんて訴えたそうに。


「……ほう、これは中々に思い切ってくれるじゃないか。だがまぁお前の判断は正しい。わたしに遠距離からの攻撃は通用せん。さっきわたしが『かかってこい』とお前に促していたのは、そういう意味だからな? ヒントだったのだぞ?」
「そもそも覚えていません。あなたの発言なんて」
「ふふっ、だろうな! お前の学園からの評価はこうだ。『異能力者としての実力は申し分ないが、目上の人間の話に耳を傾けないことがままある』。まさにその通りじゃないか」
「心外ですね。では毒にも薬にもならない話をよく聞けと? 勘弁してください」


 さすがはトピアだった。先ほどの質問は相当不自然だったのに、大和先生を気取らせなかった。


『わたしのこの姿を、充分見ましたよね?』


 あぁ、そうだ! 
 なにを隠そう、あの質問こそが俺への最後の合図……ッ!


「(アリス! 準備しろ!)」
「(ばっちこーい!)」


 トピアの勝利に貢献する時がきたのだ。 
 俺達には『これ』くらいしか出来ないのだから、失敗はもってのほか! 
 必ずややり遂げてみせんぞ!


「さぁ、終わりにしますよ、先生?」


 加速して大和先生に差し迫るトピア。
 …………まだだ!


「それはこちらの台詞だ。わたしの手でこの戦いを終わらせてやろう」


 大和先生も大剣を携えて走り出す。
 …………だがまだだ!


「わたしの正義が勝つのか。それともあなたの正義が勝つのか。全て受け入れましょう。わたしが……わたしらしくあるためにッ!!」


 ……………………ここだッ!


「アリス今だあああああああ!!」






「あいあい! 出でよ、名無しの黒骨体ネームレス・マリオネットッ!!」






 次の瞬間、黒い人体標本が5体、低空飛行するトピアを傍で真似るように顕現した。


「なん、だ!?」


 急な出来事に大和先生の足が止まりかけた。
 とはいえ彼女のことだ、瞳に映った異能力の正体を混乱する頭で掴もうとしているはずだ。させてたまるかよッ!


「次だ!」
「あい! テンテーに、萌え豚症候群ブヒステリー、発効!」
「……ぐおッ!?」


 真っピンクの煙が大和先生の視界を奪い尽くす。
 咄嗟に彼女は煙を振り払いつつ前に出てくるが……。


(バカめ! 時すでに遅しなんだよ!)


「んなっ!? トピアの分身……だと!?」


 大成功だ! 
 今の大和先生には人体標本の全てがトピアに見えている! 
 これでチェックメイトだ!


「くそ、一体なにがどうなっている!? わたしはどうすれば……!?」


 混乱の極みに達しているのだろう。夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーによって大剣が消失していることにも気づかず、怒濤のごとく急接近する戦乙女トピアの群れを前に棒立ちになってしまっている。






 ―――だったら自然、戦乙女が1人、いなくなっていることにも気づけない。






「安心してください。あなたを拘束するのが目的ですから」


 トピアが空間移動テレポートで大和先生の背後に回り、再度発効した大型銃の銃身を脳天に叩きつけた。


「……うが、はッ!?」


 大和先生は白目を剥いて膝から崩れ落ちる。
 それから倒れ伏したまま動かなくなった。


 これは、つまり……?


「……おお!?」


 トピアが俺達に微笑んでいた。


「助かりました。憑々谷君、アリス。おかげさまで、わたし達の勝利です」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 勝った! マジで大和先生に勝った! ひゃっほーい! 
 実感はまだ湧かないが俺の死は回避されたってことだ! 
 殺されずに済んだんだ(歓喜)!


「ふふっ、これ以上はないくらいの笑顔ですね? ですがまだまだ浮かれてはいられませんよ? 君は今週末の武闘大会で優勝すると決めたんですから」
「ああ! もちろんだ! こうしてお前が次に繋いでくれたんだ、俺だってお前にカッコいいとこひとつくらい見せて恩返ししてやりてえっての!」
「あははー、ツっきん面白ーい! 戦うフリするだけなのに、カッコつける気満々とかー!」
「ちょ、お前、そこはツッコむなよ!?」
「ヤだ! これがウザキャラの使命なのだー!」
「なっ!? 自分をウザキャラと認めただとぅ!?」
「ふふっ……。期待してますよ、憑々谷君?」
「ああやめてくださいトピアさん! アリスに正論ぶっかけられた時点で恩返しカッコつけなんて無理なんですからーッ!」


 勝利を手にして著しくテンションの高い俺達。
 ……だがそれは、束の間の幸せだった。






 ―――なぁお前サ? ひょっとしてこんなしょっぼいバトルで読者様や僕が納得すると思ってるのかナ???






「……っ!?」


 頭に流れ込んでくる文章という名の著者の声。
 すると程なくして、


『きひ、きひひ、いひ……きひ……いひきひひ。……予定の時間だぁよ?』
「「「!?」」」


 機械的な老婆らしき大音声が、この資材倉庫に響き渡った。
 薄気味悪い笑い方に酷く悪寒が走ったのは言うまでもない。


 そうして俺達が揃って見たのは、今しがたの大音声の出所で―――。






「ふう……。ようやく日付が変わったか。どれ、異能力者の墓場サイキック・セメタリー、発効」






 倒れ伏したまま大和先生が発した言葉。
 まるでそれに呼応するかのように、トピアの絶叫が俺の耳をつんざいた。






「…………あ、あ!? ああああああああああああああああああああ!?」





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