2.5D/リアル世界の異世界リアル
第45話
45
俺はすぐに察知した。
熾兎を呼んだのは大和先生に他ならないと。
そして彼女の登場こそがトピアの不意打ちを失敗に至らしめるものなのだと。
いや違う。すでにこの時点で失敗済みなのだろう。
俺はそんな気がしてならなかった。
「うわっ。よくよく見たらタワシいましたね。すっごい血の量ですけど……これは先輩がやったんですか?」
「……、はい……」
「特訓中に、タワシの腹にブスっと?」
「…………その、通りです……」
これはマズい。非常にマズい。熾兎は異能警察の人間じゃない。部外者のはずだ。俺がトピアと手を組んでいることも、俺が大和先生に殺されるかもしれないってことも、なにも知らないのだ。
(だったら熾兎はトピアを……『兄を殺した犯罪者』と受け取るに違いない!)
これはもう大々的に騒がれてしまう。
事実ではないがトピアは俺を殺したと自白してしまっているし……。
「熾兎、お前はずいぶんと冷静だな? やせ我慢しているのか? 泣きたければ遠慮せず泣いていいんだぞ?」
「……、泣けるわけないじゃないですか」
「それは兄を恨んでいたからだな? やめとけ、一生後悔するぞ。なぜあの時素直に泣かなかったのか、ってな」
「…………」
「だから熾兎よ……。ここは兄の死に泣いておけ……」
大和先生の声調には同情の念が孕んでいた。暖かさも強く感じ取れた。
これにはさすがの熾兎も兄に対する敵対心を捨てて泣き出すかと思われたが。
「や。そもそもタワシ、ホントのホントに死んでるんですか?」
……ギクぅ!?
「っていうか、いつもと変わらない寝顔のような気がするんですけど……」
「そんなわけないだろう。ならもっと近くで兄の死に顔を見るといい。さあ」
「ちょ、ちょっと先生、押さないでくださいよ。あーもう、新調したばかりの靴がタワシの血で汚れちゃったじゃないですか。はぁ、最悪……」
大変信じがたいことに、熾兎は心底嫌がって溜息しているようだった(遺憾)。
「あの、あまり近づかないほうが……。現場保全に支障が出るかもしれませんし……」
「え? どうして殺した先輩がそんなこと言うんですか?」
「! い、いえ。気にしないでください……」
墓穴を掘るとはまさにこのこと。
トピアはトピアでお手上げ状態のようだった。
「どれどれ……。……んー、やっぱり寝顔のまんまですね。シュレディンガーの空箱がそう見せてるとも思えませんし……」
「!? !?」
ち、ちちちちちちち近いッ!?
近すぎて熾兎の息が俺の顔に当たってるんですけど――ッ!?
「あれ? タワシの額に汗が滲んできてるような……?」
「そんなわけないだろう。なら試しに触ってみたらどうだ?」
「はあ!? い、イヤに決まってるじゃないですか!……汚らわしい!」
ツッコんでる場合じゃないけどこの妹ヤバすぎだろう!?
それが亡くなった兄に向ける言葉かよ――ッ!?
「あれ? 今度はタワシの頬がピクついたような……?」
「そんなわけないだろう。なら試しに平手打ちしてみたらどうだ?」
「あ、それ採用で」
バチィィィィィィィ――ン!
という誇大な擬音が聴こえてきそうなほどの苛烈なビンタだった。
思わず俺は痛みを堪えるように眉間に皺を寄せかけ……しかしどうにかそれを防いだ。癒美と奇姫から食らっていたおかげで耐久性が上がったのかもしれない。
「……起きませんね」
「当たり前だ。死んでいるのだぞ」
「でも、そーは見えないんですよねぇ。さっきよりずっと起きそうな気配がするんですよ」
「そんなわけないだろう。ならいつものように起こしてみたらどうだ?」
「わかりました。それでいきましょう。生きてたら一発で起きますよ」
へ? 一発で起きるってことは……あ、アレですか!?
まさかアレをする気なんですかマイリトルシスター!?
待って、あれはガチで犯罪級なんだって!
やめ、やめやめやめやめ――――――ッ!?
「さっさと起きろタワシ!」
「ぐぶふぅー!?」
……はい!
腹フェチ妹による見事な両膝ダイブでした――ッ!!
「つ、憑々谷君……」
「……………………悪いトピア、こればっかりは敵わない……はは、ははは……」
重傷の脇腹に両手を添えつつ、俺はトピアに微笑んでみせた。
どこかぎこちないのは言うまでもない。
ちっ! という露骨な舌打ちが聴こえてくる。
「なぁんだ、やっぱタワシ生きてたじゃん。つまんな」
忌々しげな眼差しを俺に向けてくる熾兎。
ちなみに彼女は今イチゴ柄のパジャマを着ていた。これが凄く似合っているのだが、いかんせん彼女を褒め湛える気力がすっかり尽きてしまった。
俺やトピアが無反応のままでいると、熾兎は心底呆れた様子で、
「先生、いくらなんでもこのドッキリは酷すぎじゃないですか? だってターゲットはドッキリとわかったら普通、安心したり喜ぶじゃないですか。あたしその逆なんですけど?」
「…………そう、だな。すまない、ちゃんと次に活かすから今回は許してくれ。なっ?」
「次があるんですね……。まあ別にいいですけど」
そう言うと熾兎は眠たそうに欠伸をしながら資材倉庫の出入口へと踵を返す。
もはや彼女の歩みを止める者はいなかった。
だが。彼女の歩みを誰も止められなかったのではない。止めなかったのだ。
彼女が部外者だから。邪魔だから。
「―――となると、だ。やはりお前を殺すしかないようだな、憑々谷?」
大和先生の眼球が、ギョロリと動いた。
なるほど、次に活かす―――その大和先生の意志は、嬉々として熾兎に伝えられたものだったようだ。自身こそが事実上ドッキリを俺達に仕掛けられた立場にもかかわらず、先生はそれを熾兎に悟らせず誤魔化しきったのだ。
俺は戦慄した。ただのひと睨みだが効果は絶大だった。
俺の頬と脇腹の痛みはほぼ消え失せ、代わりに足腰に力が入らなくなる。
立ちたくても立てそうになかった。
……無論ここが小説の中なのはわかっている。だが俺が知覚しているのは元いた世界そのものと変わらないのだ。だから大和先生という人間《NPC》が怖い。
アリスパパの時のような明確な非現実的要素があるわけでもないから、余計にリアルに感じて仕方ないのだ。
(あぁ、これほどのっぴきならないのは俺の自業自得だ。それもよくわかってる)
仮にもしトピアに不意打ちは失敗すると告げ口していれば。
著者は『不意打ちが失敗すると知っているトピア』を描かなければならなくなる。
そうなれば自然、俺は今よりもずっと落ち着いていられたはずだ。
うん、だからその…………想像以上に後悔しちゃってます(白状)。
「……なぜです」
「ん?」
「なぜあなたは……。熾兎さんに連絡を入れたのですか……?」
トピアの震え声には怒りを押し殺そうとする響きがあった。
さしずめ大和先生を責めたくても諸悪の根源は自分だから責められない、といった心持ちでいるのだろう。俺も同じだった。
「なぜと問うか。ならば答えよう。お前が憑々谷に靡くと読めていたからだ」
「……、理由になっていませんが?」
「おっとそうだな。では改めて答えるとしよう。殺された憑々谷の妹だからだ」
「っ! 加速装甲、発効!」
突如トピアは別人のような形相になってロングドレス型の鎧を纏った。
さらに両手にはそれぞれ大型銃と長剣を産み出している。
「いきなりどうした? わたしがなにかしたか?」
「これ以上バカにしないでくださいっ! あなたは熾兎さんを巻き込もうと企んだ! 違いますか!?」
「違わんが、そんな怒ることか? わたしは憑々谷が生きていると確信した上でアイツを呼んだんだ。だったら、ただのドッキリにアイツを巻き込んでなにが悪い?」
「それは結果論なんです! たとえあなたの中で強い確信があったとしてもっ! それが真実とは限りません……!」
……あぁ、そうだ。その通りだ。
もしもこれがドッキリではなかったら。
大和先生の確信が外れて俺が生きていなかったら。
そしたら熾兎は……どうなったのか。
いや。
あってはならないその結末は、予想したくもない。
「……わたしはさっき、憑々谷君を殺した理由をあなたに伝えましたね。真実味がありませんでしたか? いえ、あったはず! 騙されたフリをしながらあなたは納得できていたはずです! なぜなら、そもそもわたしが異能警察の人間だから!」
その通りだ。俺は記憶力だけが取り柄だからしっかり覚えている。
先生は以前、トピアのことでこのように言っていた。
『上が殺せと命じればアイツは機を窺い実行しなければならない。お前を特訓に誘ったのは、そうなった時のためだ』
―――つまり大和先生は元々、トピアが俺を殺す可能性を考慮できていた!
だから俺を殺す理由の真実味があったかどうかなんて議論自体、いちいちするまでもないんだ!
「……ふふっ。よくもまぁ一方的に怒鳴り散らしてくれるものだ。わかっているぞ。お前は責任逃れがしたいだけなのだろう?」
「いいえ」
「保安委員になった時から大事に育ててきた自分の正義に泥を塗りたくない、ってな。お前は今、責任の一端をわたしに押し付けたくて必死なのだ」
「いいえ! わたしはわたしの不始末を認めたいんです! あなたの軽率な言動全てに怒りたいから!」
そう叫んでトピアは長剣の切っ先を大和先生に向けると、
「わたしはあなたから憑々谷君を護ります! 異能警察を去る覚悟であなたを拘束するんです! それでもわたしの正義が最後に勝つと信じて!!」
「! ははっ、つまりあれか!? お前はわたしどころか異能警察全体の正義をも正すつもりでいるのだな!? 憑々谷を護るのが異能警察にとって正しい正義であると!?」
大和先生が満面の笑みを作り、歓迎するように両腕と両手を広げた。
「……いいえ。さすがにそこまでは望んでいませんよ。わたしの正義に一定の支持が集まれば、それで充分です」
「無理だな。お前は国ひとつ滅ぼしかねない危険人物に味方するのだ。それも仕事仲間であるこのわたしに牙を剥く形でな?」
「……、憑々谷君」
長剣の切っ先と視線を大和先生向けたまま、トピアは俺に声をかけてくる。
「わたしのことは全然気にしないでくださいね。君は自分の心配だけしていてください。いいですか? この先ずっとですよ?」
「…………えっと……」
しかし俺はなにも言い返せなかった。ベストな言葉が求められている気がしてならず、俺はそれを考えるので精一杯だった。
とはいえ難しいに決まっていた。
例えるなら愛の告白への返答みたいなものだ。大事な局面だからこそ慣れていない俺にはなにも思いつかない。
するとトピアがちらと俺を横目で見……クスリと笑った。
次の瞬間、音もなく彼女の姿が消え、気づけば大和先生のすぐ背後に現れていた。
空間移動したのだ。
「―――ふッ!」
そうして彼女はノータイムで長剣を振り下ろす。
先生の油断しきった背中へ、なんら躊躇いもなく―――!
俺はすぐに察知した。
熾兎を呼んだのは大和先生に他ならないと。
そして彼女の登場こそがトピアの不意打ちを失敗に至らしめるものなのだと。
いや違う。すでにこの時点で失敗済みなのだろう。
俺はそんな気がしてならなかった。
「うわっ。よくよく見たらタワシいましたね。すっごい血の量ですけど……これは先輩がやったんですか?」
「……、はい……」
「特訓中に、タワシの腹にブスっと?」
「…………その、通りです……」
これはマズい。非常にマズい。熾兎は異能警察の人間じゃない。部外者のはずだ。俺がトピアと手を組んでいることも、俺が大和先生に殺されるかもしれないってことも、なにも知らないのだ。
(だったら熾兎はトピアを……『兄を殺した犯罪者』と受け取るに違いない!)
これはもう大々的に騒がれてしまう。
事実ではないがトピアは俺を殺したと自白してしまっているし……。
「熾兎、お前はずいぶんと冷静だな? やせ我慢しているのか? 泣きたければ遠慮せず泣いていいんだぞ?」
「……、泣けるわけないじゃないですか」
「それは兄を恨んでいたからだな? やめとけ、一生後悔するぞ。なぜあの時素直に泣かなかったのか、ってな」
「…………」
「だから熾兎よ……。ここは兄の死に泣いておけ……」
大和先生の声調には同情の念が孕んでいた。暖かさも強く感じ取れた。
これにはさすがの熾兎も兄に対する敵対心を捨てて泣き出すかと思われたが。
「や。そもそもタワシ、ホントのホントに死んでるんですか?」
……ギクぅ!?
「っていうか、いつもと変わらない寝顔のような気がするんですけど……」
「そんなわけないだろう。ならもっと近くで兄の死に顔を見るといい。さあ」
「ちょ、ちょっと先生、押さないでくださいよ。あーもう、新調したばかりの靴がタワシの血で汚れちゃったじゃないですか。はぁ、最悪……」
大変信じがたいことに、熾兎は心底嫌がって溜息しているようだった(遺憾)。
「あの、あまり近づかないほうが……。現場保全に支障が出るかもしれませんし……」
「え? どうして殺した先輩がそんなこと言うんですか?」
「! い、いえ。気にしないでください……」
墓穴を掘るとはまさにこのこと。
トピアはトピアでお手上げ状態のようだった。
「どれどれ……。……んー、やっぱり寝顔のまんまですね。シュレディンガーの空箱がそう見せてるとも思えませんし……」
「!? !?」
ち、ちちちちちちち近いッ!?
近すぎて熾兎の息が俺の顔に当たってるんですけど――ッ!?
「あれ? タワシの額に汗が滲んできてるような……?」
「そんなわけないだろう。なら試しに触ってみたらどうだ?」
「はあ!? い、イヤに決まってるじゃないですか!……汚らわしい!」
ツッコんでる場合じゃないけどこの妹ヤバすぎだろう!?
それが亡くなった兄に向ける言葉かよ――ッ!?
「あれ? 今度はタワシの頬がピクついたような……?」
「そんなわけないだろう。なら試しに平手打ちしてみたらどうだ?」
「あ、それ採用で」
バチィィィィィィィ――ン!
という誇大な擬音が聴こえてきそうなほどの苛烈なビンタだった。
思わず俺は痛みを堪えるように眉間に皺を寄せかけ……しかしどうにかそれを防いだ。癒美と奇姫から食らっていたおかげで耐久性が上がったのかもしれない。
「……起きませんね」
「当たり前だ。死んでいるのだぞ」
「でも、そーは見えないんですよねぇ。さっきよりずっと起きそうな気配がするんですよ」
「そんなわけないだろう。ならいつものように起こしてみたらどうだ?」
「わかりました。それでいきましょう。生きてたら一発で起きますよ」
へ? 一発で起きるってことは……あ、アレですか!?
まさかアレをする気なんですかマイリトルシスター!?
待って、あれはガチで犯罪級なんだって!
やめ、やめやめやめやめ――――――ッ!?
「さっさと起きろタワシ!」
「ぐぶふぅー!?」
……はい!
腹フェチ妹による見事な両膝ダイブでした――ッ!!
「つ、憑々谷君……」
「……………………悪いトピア、こればっかりは敵わない……はは、ははは……」
重傷の脇腹に両手を添えつつ、俺はトピアに微笑んでみせた。
どこかぎこちないのは言うまでもない。
ちっ! という露骨な舌打ちが聴こえてくる。
「なぁんだ、やっぱタワシ生きてたじゃん。つまんな」
忌々しげな眼差しを俺に向けてくる熾兎。
ちなみに彼女は今イチゴ柄のパジャマを着ていた。これが凄く似合っているのだが、いかんせん彼女を褒め湛える気力がすっかり尽きてしまった。
俺やトピアが無反応のままでいると、熾兎は心底呆れた様子で、
「先生、いくらなんでもこのドッキリは酷すぎじゃないですか? だってターゲットはドッキリとわかったら普通、安心したり喜ぶじゃないですか。あたしその逆なんですけど?」
「…………そう、だな。すまない、ちゃんと次に活かすから今回は許してくれ。なっ?」
「次があるんですね……。まあ別にいいですけど」
そう言うと熾兎は眠たそうに欠伸をしながら資材倉庫の出入口へと踵を返す。
もはや彼女の歩みを止める者はいなかった。
だが。彼女の歩みを誰も止められなかったのではない。止めなかったのだ。
彼女が部外者だから。邪魔だから。
「―――となると、だ。やはりお前を殺すしかないようだな、憑々谷?」
大和先生の眼球が、ギョロリと動いた。
なるほど、次に活かす―――その大和先生の意志は、嬉々として熾兎に伝えられたものだったようだ。自身こそが事実上ドッキリを俺達に仕掛けられた立場にもかかわらず、先生はそれを熾兎に悟らせず誤魔化しきったのだ。
俺は戦慄した。ただのひと睨みだが効果は絶大だった。
俺の頬と脇腹の痛みはほぼ消え失せ、代わりに足腰に力が入らなくなる。
立ちたくても立てそうになかった。
……無論ここが小説の中なのはわかっている。だが俺が知覚しているのは元いた世界そのものと変わらないのだ。だから大和先生という人間《NPC》が怖い。
アリスパパの時のような明確な非現実的要素があるわけでもないから、余計にリアルに感じて仕方ないのだ。
(あぁ、これほどのっぴきならないのは俺の自業自得だ。それもよくわかってる)
仮にもしトピアに不意打ちは失敗すると告げ口していれば。
著者は『不意打ちが失敗すると知っているトピア』を描かなければならなくなる。
そうなれば自然、俺は今よりもずっと落ち着いていられたはずだ。
うん、だからその…………想像以上に後悔しちゃってます(白状)。
「……なぜです」
「ん?」
「なぜあなたは……。熾兎さんに連絡を入れたのですか……?」
トピアの震え声には怒りを押し殺そうとする響きがあった。
さしずめ大和先生を責めたくても諸悪の根源は自分だから責められない、といった心持ちでいるのだろう。俺も同じだった。
「なぜと問うか。ならば答えよう。お前が憑々谷に靡くと読めていたからだ」
「……、理由になっていませんが?」
「おっとそうだな。では改めて答えるとしよう。殺された憑々谷の妹だからだ」
「っ! 加速装甲、発効!」
突如トピアは別人のような形相になってロングドレス型の鎧を纏った。
さらに両手にはそれぞれ大型銃と長剣を産み出している。
「いきなりどうした? わたしがなにかしたか?」
「これ以上バカにしないでくださいっ! あなたは熾兎さんを巻き込もうと企んだ! 違いますか!?」
「違わんが、そんな怒ることか? わたしは憑々谷が生きていると確信した上でアイツを呼んだんだ。だったら、ただのドッキリにアイツを巻き込んでなにが悪い?」
「それは結果論なんです! たとえあなたの中で強い確信があったとしてもっ! それが真実とは限りません……!」
……あぁ、そうだ。その通りだ。
もしもこれがドッキリではなかったら。
大和先生の確信が外れて俺が生きていなかったら。
そしたら熾兎は……どうなったのか。
いや。
あってはならないその結末は、予想したくもない。
「……わたしはさっき、憑々谷君を殺した理由をあなたに伝えましたね。真実味がありませんでしたか? いえ、あったはず! 騙されたフリをしながらあなたは納得できていたはずです! なぜなら、そもそもわたしが異能警察の人間だから!」
その通りだ。俺は記憶力だけが取り柄だからしっかり覚えている。
先生は以前、トピアのことでこのように言っていた。
『上が殺せと命じればアイツは機を窺い実行しなければならない。お前を特訓に誘ったのは、そうなった時のためだ』
―――つまり大和先生は元々、トピアが俺を殺す可能性を考慮できていた!
だから俺を殺す理由の真実味があったかどうかなんて議論自体、いちいちするまでもないんだ!
「……ふふっ。よくもまぁ一方的に怒鳴り散らしてくれるものだ。わかっているぞ。お前は責任逃れがしたいだけなのだろう?」
「いいえ」
「保安委員になった時から大事に育ててきた自分の正義に泥を塗りたくない、ってな。お前は今、責任の一端をわたしに押し付けたくて必死なのだ」
「いいえ! わたしはわたしの不始末を認めたいんです! あなたの軽率な言動全てに怒りたいから!」
そう叫んでトピアは長剣の切っ先を大和先生に向けると、
「わたしはあなたから憑々谷君を護ります! 異能警察を去る覚悟であなたを拘束するんです! それでもわたしの正義が最後に勝つと信じて!!」
「! ははっ、つまりあれか!? お前はわたしどころか異能警察全体の正義をも正すつもりでいるのだな!? 憑々谷を護るのが異能警察にとって正しい正義であると!?」
大和先生が満面の笑みを作り、歓迎するように両腕と両手を広げた。
「……いいえ。さすがにそこまでは望んでいませんよ。わたしの正義に一定の支持が集まれば、それで充分です」
「無理だな。お前は国ひとつ滅ぼしかねない危険人物に味方するのだ。それも仕事仲間であるこのわたしに牙を剥く形でな?」
「……、憑々谷君」
長剣の切っ先と視線を大和先生向けたまま、トピアは俺に声をかけてくる。
「わたしのことは全然気にしないでくださいね。君は自分の心配だけしていてください。いいですか? この先ずっとですよ?」
「…………えっと……」
しかし俺はなにも言い返せなかった。ベストな言葉が求められている気がしてならず、俺はそれを考えるので精一杯だった。
とはいえ難しいに決まっていた。
例えるなら愛の告白への返答みたいなものだ。大事な局面だからこそ慣れていない俺にはなにも思いつかない。
するとトピアがちらと俺を横目で見……クスリと笑った。
次の瞬間、音もなく彼女の姿が消え、気づけば大和先生のすぐ背後に現れていた。
空間移動したのだ。
「―――ふッ!」
そうして彼女はノータイムで長剣を振り下ろす。
先生の油断しきった背中へ、なんら躊躇いもなく―――!
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