2.5D/リアル世界の異世界リアル
第42話
42
しかし結局アリスのお菓子選びで15分も要してしまった(それだけ買い込んだ)俺達は、さっさと今日の特訓に移れるようにと、コンビニを出たその足で資材倉庫へ向かった。
トピアの別荘というだけあって倉庫には彼女の私物が隠されていた。壁に立てかけられたベニヤ板の裏側に大きな段ボール。その中に保管されていたのはアルパカ柄のレジャーシートだ。
トピアはここで飲食することがあるらしく、レジャーシートを手際よく床に敷いたのだった。
「………………。食べづれぇ……」
というわけでアボカド弁当を実食したいところなのだが、うーむ……奇姫から横取りしなければよかったかもしれない。
正直、罪悪感がハンパなかった。今頃泣いているのだろうか……。
「奇姫のことなら気にしなくても大丈夫ですよ。あの子は落ち込みやすい性格ですが心の芯は強いのです。そうじゃなければ保安委員なんて務まりませんよ」
サンドイッチの包装を取り外しながら、トピアが俺の心中を見透かしたように言った。
「……だと、いいんだけどな」
「それともこちらのサンドイッチを食べますか?」
「いや。お前が今食べたいのはそれなんだろ。遠慮しとく」
「では食べましょう。―――いただきます」
いただきます、と俺も小声で呟いてアボカド弁当に箸をつけた。
(……お! タルタルソースとスライスされたアボカド、そして冷たいご飯の調和が取れてて……旨い!)
なんだこれ、どうしたらこんなカツ丼食ってるみたいな感覚になるのだろう。それだったらカツ丼よりずっと低価格で健康的なアボカド弁当のほうがいいじゃないか!
「ふふ、食欲旺盛ですね?」
「あぁ、不思議とカツ丼みたいな触感と味付けだからな。まぁさすがに本物には勝てないが、アボカドのマイルドっぽさも悪くない」
「そうですか。でも、ゆっくり食べないと消化に悪いですよ?」
掻き込むように食が進む俺に対し、トピアが微笑みながら注意を促してくる。
今更言うまでもないだろうが、こんな風に気遣いができる美少女が俺の理想の彼女だった。やはりトピアと添い遂げたい(切実)。
「あははー! ツっきんったらまだトピアのこと諦められないんだねぇ! ばぐばぐー!」
……うるさいな。というかお前、ちっこい体のくせにどうしてそんなハイペースかつ大量にお菓子を取り込めるんだ?
ブラックサ○ダーなんて5袋完食だ。1袋分くらいシートの上に食い散らかしているが。
俺はアリスの下品な食べ方を嫌悪の目で見ていると、
「憑々谷君。先ほどコンビニでお伝えした件ですが」
「あ、そうだった。奇姫のことだろ。……俺がアイツを狂わせたって」
「はい。あの子はとても嫌がるかもしれませんが、やはり君も知っておいて欲しいんです」
どちらからともなく俺とトピアは昼飯の残りをシートの上に置いた。
そうしてトピアが言いにくそうに続けた。
「……憑々谷君、いえ、君じゃない君のことです。わかりやすく『彼』と呼んでおきましょうか」
「そうだな。彼にしておこう」
「ではその彼が、女子寮の公衆浴場を覗こうとして失敗した話は知っていますか?」
「まぁ大体は知ってる。確か防犯システムが作動したんだろ? そんで彼は女子寮から出られなくなって、やむを得ず逃げた先が偶然にも奇姫の部屋だった。……で合ってたか?」
トピアがこくりと頷いた。
「はい、合っていますが補足しましょう。彼は公衆浴場に隣接するボイラー室の窓から女子生徒達の入浴を覗こうとしたんです。ですがその窓は浴場側からでなければ開けられない仕様となっていました。そのことを知らなかった彼はその窓を強引に開けようとし……防犯システムが作動したのです」
「アホじゃないか」
そのくらい男子寮で確かめておけよ、と言いたい。女子寮も男子寮と同じ内部構造とわかっているからボイラー室で覗こうとしたはずだ。なら、男子寮でちゃんと覗けるか試せよ(呆)。
「彼が部屋に逃げ込んだ時、あの子は着替え中でした。下着姿を見られてしまい混乱していましたが、あの子は彼を匿ってあげることに決めたんです。わたしから保安委員にスカウトされていたにもかかわらず」
「は? お前って……保安委員だったのか?」
「今は違います。保安委員を辞めたんです。異能警察の警察官になるために」
「あー、なるほど。つまり奇姫をスカウトした当時は保安委員で、その後に引き抜きがあったんだな?」
「その通りです。あの子が保安委員に加入した直後でしたね」
トピアが頷くものの、その顔色は曇るばかりだ。
「……話を戻します。彼が起こした騒動があって数日後、あの子は泣き腫らした顔でわたしに真相を教えてくれました。女子寮に侵入し浴場を覗こうとした彼を、部屋に匿ってあげた、と」
「彼が奇姫に、犯行の全てを吐いたんだよな」
「そうです。問い詰めたら答えたそうです。そしてあの子はわたしに……保安委員にはなれないと謝ってきました。自分のやったことは保安委員になる者に相応しくないから、と」
そう、だったのか……。
俺も奇姫のやってることは矛盾しているんじゃないかって疑問だったんだが、実のところは彼を匿ってしまったことで彼女は……保安委員になるのを辞退しようとしていたんだな……。
「でもよ……。そもそもどうして奇姫は彼を匿ってあげたんだ? 彼を匿ってメリットなんかないだろ? むしろ匿ったのがバレたら……アイツも共犯になってしまわないか?」
「一目惚れ、だそうです」
「……は? えっ、マジかよ……!?」
俺は瞠目し、奇姫の理性を疑いかけたが、
「いえ、君は今勘違いをしてますね。あの子が一目惚れしたのはその時ではありませんよ」
「! あ、ああ! なんだ、俺の早とちりだったか。でもそりゃそうか。部屋に侵入された時に惚れるわけないよな!」
とすると奇姫は以前から彼のことが好きで、だからつい彼の味方をしてしまったんだな。まぁそれもそれでどうかとは思うけれども。
(しっかし、やっぱ彼女は正真正銘のツンデレラだったわけだ。ったく、『好きじゃないから反発してんでしょーがー!?』とか、よく本人の前で言えたもんだ)
「……あの子の謝罪や意志を聞いた上で、わたしは説得を試みました。保安委員になる前だからまだ許される部分はある、と。恋は盲目になりがちなので、判断を見誤ることもある、と。その失敗を糧にして保安委員で成功したらいい、と」
「説得、できたんだよな?」
「はい。あの子は保安委員の道を選んでくれました。……くれたのですが……」
「???」
「同時に、ある誓いを立てたんです……。……それは、自分を惑わせた彼には―――憑々谷君には『もう2度と心を開かない、絶対に容赦しない』というものでして……」
「…………………………………………ほほぅ」
できてるか?
できてないだろ(常考)。
だったら奇姫は保安委員になる代償に惚れた男を捨てようとして、結果、ツンデレラになったのだ。本当は俺とイチャイチャしたくてたまらないのだ。
「なので不可視顕現を用いて覗き見したり、武闘大会で優勝するよう指示したり、憑々谷君を偽者と推測して殺しかけてしまったのは……全部あの子自身が立てた誓いが原因なんです。本を正せば彼のせいなんですよ」
「……だからアイツが残念キャラになったのもそうだって?」
納得できないことはない。
彼に悪影響されて残念キャラになったという設定には同情の余地もないわけではないのだ。
「はい。君も気づいていると思います。あの子はまだ憑々谷君が好きなんです。そうじゃなければ『ラブラブですね』だなんて焚きつけたわたしの感想に、耳まで真っ赤にしませんよ」
「まぁ確かに。あれじゃ気づかないほうがおかしいっての。……んで、そんな狂いまくってるアイツに俺はなにをしたらいいんだ?」
これは勘だった。俺が奇姫になにかして欲しいから、トピアは俺にこうして話してくれたんじゃないか、と。
「わたしはあの子に、あの時立てた誓いを取り下げてもらいたい。ただそれだけなんです」
対してトピアは即答した。
彼女の蒼い瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
「今のわたしにとってあの誓いはあの子への不安材料でしかありません。だって先ほどコンビニでの振る舞いがまともじゃないのは一目瞭然じゃないですか」
「ああ。まともじゃないな」
「これがもし、ですよ? もしエスカレートして、憑々谷君とは無関係なところにも及んでしまったら……。果たしてあの子は、保安委員のままでいられるでしょうか?」
なるほど。トピアはツンデレ奇姫の今後が気がかりだったのか。
「んー、不安材料ってのは理解できるが……少し話が大げさじゃないか? ほら、時間帯によってテンション違うヤツいたりするだろ? アイツもご飯時だったから、ちょっと浮かれてたのかもしれない。学園も休みだから尚更な」
「いえ。学園は休みでも保安委員の仕事はあります。制服着てたじゃないですか。午後も校内を見回ったり休憩室で待機するんですよ。たとえご飯時でも、保安委員が浮かれていいはずないんです。突然なにが起きてもいいように、四六時中、厳戒態勢ですね」
「……、ンな油断ならん仕事がこの世に存在するのか……?」
保安委員の実状は全く掴めないものの、これはトピアが正しいのだろう。
(一応奇姫だって俺を憑々谷子童の偽者―――不法侵入者と疑ってかかっていたわけだしな)
日本異能学園……異能力者の生徒が集まる高校か。正直、異能力というイレギュラーさえ除けばごく普通の平和な高校に思えるのだが、やっぱり違うようだ。
「いや、でもそうだな。アイツがなにをやらかすかわからない以上、楽観視はできないな。だからアイツには誓いを取り下げてもらうべきだ。…………ただ、な」
それって、かなり難しいと思うんだが。
(だって奇姫はその誓いのせいでツンデレラモード中なんだぞ。誓いを取り下げてもらうってことは、ある意味、俺にデレるってことだろ)
そんな攻略済みみたいなハッピー展開は、絶対神()の著者が許さないはずだ。
「君の心の声は聞こえてますよ。この件で自分にはなにもできない、と。わたしもその通りだと考えてました」
「? じゃあどうしてわざわざ俺にこのことを?」
「それは……たぶんですけど、君にあの子を嫌いにならないで欲しいから、です」
「……、そうか」
俺が奇姫を嫌いになる理由は、まぁある。
というか沢山あるじゃないか。さっきトピアが言ってたのがそれだ。
覗き見と優勝指示と殺人未遂。もちろんまだまだある。
ビンタも土下座もアボカド弁当も。あと忘れてはならない初チューもだ。
(でもまぁ俺も奇姫に変なことしてたしなぁ。お互い様だろ。だから嫌いになるなってお願いされても、正直ピンとこないんだよな……)
「―――ぐえっぷ!」
とその時、ずっと蚊帳の外だったアリスがゲップをした。
「うぇぇ……。吐きそう……」
見れば、アリスの腹がとんでもなく膨れていた。
トピアの大事なメイド服は、今にも張り裂けてしまいそうだった。
「お、お前、全部お菓子食ったのか!? あれだけ買ってやったのに、もう未開封なのがひとつもない!?」
「え? あぁ、もしかしてツっきんも食べたかった? いいよー、残りはあげる♪」
「誰が好き好んでシートに落ちまくってるお前の食べこぼしをいただくってんだよ!? ってかお前が食え! すぐ食い切れッ!」
「うぶぶぶ!? や、ちょっとストップ、今そんなおっきなの捻じ込まれたら………。………お、おえええええェェェェ!!」
アリスがリバースした。
しかし結局アリスのお菓子選びで15分も要してしまった(それだけ買い込んだ)俺達は、さっさと今日の特訓に移れるようにと、コンビニを出たその足で資材倉庫へ向かった。
トピアの別荘というだけあって倉庫には彼女の私物が隠されていた。壁に立てかけられたベニヤ板の裏側に大きな段ボール。その中に保管されていたのはアルパカ柄のレジャーシートだ。
トピアはここで飲食することがあるらしく、レジャーシートを手際よく床に敷いたのだった。
「………………。食べづれぇ……」
というわけでアボカド弁当を実食したいところなのだが、うーむ……奇姫から横取りしなければよかったかもしれない。
正直、罪悪感がハンパなかった。今頃泣いているのだろうか……。
「奇姫のことなら気にしなくても大丈夫ですよ。あの子は落ち込みやすい性格ですが心の芯は強いのです。そうじゃなければ保安委員なんて務まりませんよ」
サンドイッチの包装を取り外しながら、トピアが俺の心中を見透かしたように言った。
「……だと、いいんだけどな」
「それともこちらのサンドイッチを食べますか?」
「いや。お前が今食べたいのはそれなんだろ。遠慮しとく」
「では食べましょう。―――いただきます」
いただきます、と俺も小声で呟いてアボカド弁当に箸をつけた。
(……お! タルタルソースとスライスされたアボカド、そして冷たいご飯の調和が取れてて……旨い!)
なんだこれ、どうしたらこんなカツ丼食ってるみたいな感覚になるのだろう。それだったらカツ丼よりずっと低価格で健康的なアボカド弁当のほうがいいじゃないか!
「ふふ、食欲旺盛ですね?」
「あぁ、不思議とカツ丼みたいな触感と味付けだからな。まぁさすがに本物には勝てないが、アボカドのマイルドっぽさも悪くない」
「そうですか。でも、ゆっくり食べないと消化に悪いですよ?」
掻き込むように食が進む俺に対し、トピアが微笑みながら注意を促してくる。
今更言うまでもないだろうが、こんな風に気遣いができる美少女が俺の理想の彼女だった。やはりトピアと添い遂げたい(切実)。
「あははー! ツっきんったらまだトピアのこと諦められないんだねぇ! ばぐばぐー!」
……うるさいな。というかお前、ちっこい体のくせにどうしてそんなハイペースかつ大量にお菓子を取り込めるんだ?
ブラックサ○ダーなんて5袋完食だ。1袋分くらいシートの上に食い散らかしているが。
俺はアリスの下品な食べ方を嫌悪の目で見ていると、
「憑々谷君。先ほどコンビニでお伝えした件ですが」
「あ、そうだった。奇姫のことだろ。……俺がアイツを狂わせたって」
「はい。あの子はとても嫌がるかもしれませんが、やはり君も知っておいて欲しいんです」
どちらからともなく俺とトピアは昼飯の残りをシートの上に置いた。
そうしてトピアが言いにくそうに続けた。
「……憑々谷君、いえ、君じゃない君のことです。わかりやすく『彼』と呼んでおきましょうか」
「そうだな。彼にしておこう」
「ではその彼が、女子寮の公衆浴場を覗こうとして失敗した話は知っていますか?」
「まぁ大体は知ってる。確か防犯システムが作動したんだろ? そんで彼は女子寮から出られなくなって、やむを得ず逃げた先が偶然にも奇姫の部屋だった。……で合ってたか?」
トピアがこくりと頷いた。
「はい、合っていますが補足しましょう。彼は公衆浴場に隣接するボイラー室の窓から女子生徒達の入浴を覗こうとしたんです。ですがその窓は浴場側からでなければ開けられない仕様となっていました。そのことを知らなかった彼はその窓を強引に開けようとし……防犯システムが作動したのです」
「アホじゃないか」
そのくらい男子寮で確かめておけよ、と言いたい。女子寮も男子寮と同じ内部構造とわかっているからボイラー室で覗こうとしたはずだ。なら、男子寮でちゃんと覗けるか試せよ(呆)。
「彼が部屋に逃げ込んだ時、あの子は着替え中でした。下着姿を見られてしまい混乱していましたが、あの子は彼を匿ってあげることに決めたんです。わたしから保安委員にスカウトされていたにもかかわらず」
「は? お前って……保安委員だったのか?」
「今は違います。保安委員を辞めたんです。異能警察の警察官になるために」
「あー、なるほど。つまり奇姫をスカウトした当時は保安委員で、その後に引き抜きがあったんだな?」
「その通りです。あの子が保安委員に加入した直後でしたね」
トピアが頷くものの、その顔色は曇るばかりだ。
「……話を戻します。彼が起こした騒動があって数日後、あの子は泣き腫らした顔でわたしに真相を教えてくれました。女子寮に侵入し浴場を覗こうとした彼を、部屋に匿ってあげた、と」
「彼が奇姫に、犯行の全てを吐いたんだよな」
「そうです。問い詰めたら答えたそうです。そしてあの子はわたしに……保安委員にはなれないと謝ってきました。自分のやったことは保安委員になる者に相応しくないから、と」
そう、だったのか……。
俺も奇姫のやってることは矛盾しているんじゃないかって疑問だったんだが、実のところは彼を匿ってしまったことで彼女は……保安委員になるのを辞退しようとしていたんだな……。
「でもよ……。そもそもどうして奇姫は彼を匿ってあげたんだ? 彼を匿ってメリットなんかないだろ? むしろ匿ったのがバレたら……アイツも共犯になってしまわないか?」
「一目惚れ、だそうです」
「……は? えっ、マジかよ……!?」
俺は瞠目し、奇姫の理性を疑いかけたが、
「いえ、君は今勘違いをしてますね。あの子が一目惚れしたのはその時ではありませんよ」
「! あ、ああ! なんだ、俺の早とちりだったか。でもそりゃそうか。部屋に侵入された時に惚れるわけないよな!」
とすると奇姫は以前から彼のことが好きで、だからつい彼の味方をしてしまったんだな。まぁそれもそれでどうかとは思うけれども。
(しっかし、やっぱ彼女は正真正銘のツンデレラだったわけだ。ったく、『好きじゃないから反発してんでしょーがー!?』とか、よく本人の前で言えたもんだ)
「……あの子の謝罪や意志を聞いた上で、わたしは説得を試みました。保安委員になる前だからまだ許される部分はある、と。恋は盲目になりがちなので、判断を見誤ることもある、と。その失敗を糧にして保安委員で成功したらいい、と」
「説得、できたんだよな?」
「はい。あの子は保安委員の道を選んでくれました。……くれたのですが……」
「???」
「同時に、ある誓いを立てたんです……。……それは、自分を惑わせた彼には―――憑々谷君には『もう2度と心を開かない、絶対に容赦しない』というものでして……」
「…………………………………………ほほぅ」
できてるか?
できてないだろ(常考)。
だったら奇姫は保安委員になる代償に惚れた男を捨てようとして、結果、ツンデレラになったのだ。本当は俺とイチャイチャしたくてたまらないのだ。
「なので不可視顕現を用いて覗き見したり、武闘大会で優勝するよう指示したり、憑々谷君を偽者と推測して殺しかけてしまったのは……全部あの子自身が立てた誓いが原因なんです。本を正せば彼のせいなんですよ」
「……だからアイツが残念キャラになったのもそうだって?」
納得できないことはない。
彼に悪影響されて残念キャラになったという設定には同情の余地もないわけではないのだ。
「はい。君も気づいていると思います。あの子はまだ憑々谷君が好きなんです。そうじゃなければ『ラブラブですね』だなんて焚きつけたわたしの感想に、耳まで真っ赤にしませんよ」
「まぁ確かに。あれじゃ気づかないほうがおかしいっての。……んで、そんな狂いまくってるアイツに俺はなにをしたらいいんだ?」
これは勘だった。俺が奇姫になにかして欲しいから、トピアは俺にこうして話してくれたんじゃないか、と。
「わたしはあの子に、あの時立てた誓いを取り下げてもらいたい。ただそれだけなんです」
対してトピアは即答した。
彼女の蒼い瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
「今のわたしにとってあの誓いはあの子への不安材料でしかありません。だって先ほどコンビニでの振る舞いがまともじゃないのは一目瞭然じゃないですか」
「ああ。まともじゃないな」
「これがもし、ですよ? もしエスカレートして、憑々谷君とは無関係なところにも及んでしまったら……。果たしてあの子は、保安委員のままでいられるでしょうか?」
なるほど。トピアはツンデレ奇姫の今後が気がかりだったのか。
「んー、不安材料ってのは理解できるが……少し話が大げさじゃないか? ほら、時間帯によってテンション違うヤツいたりするだろ? アイツもご飯時だったから、ちょっと浮かれてたのかもしれない。学園も休みだから尚更な」
「いえ。学園は休みでも保安委員の仕事はあります。制服着てたじゃないですか。午後も校内を見回ったり休憩室で待機するんですよ。たとえご飯時でも、保安委員が浮かれていいはずないんです。突然なにが起きてもいいように、四六時中、厳戒態勢ですね」
「……、ンな油断ならん仕事がこの世に存在するのか……?」
保安委員の実状は全く掴めないものの、これはトピアが正しいのだろう。
(一応奇姫だって俺を憑々谷子童の偽者―――不法侵入者と疑ってかかっていたわけだしな)
日本異能学園……異能力者の生徒が集まる高校か。正直、異能力というイレギュラーさえ除けばごく普通の平和な高校に思えるのだが、やっぱり違うようだ。
「いや、でもそうだな。アイツがなにをやらかすかわからない以上、楽観視はできないな。だからアイツには誓いを取り下げてもらうべきだ。…………ただ、な」
それって、かなり難しいと思うんだが。
(だって奇姫はその誓いのせいでツンデレラモード中なんだぞ。誓いを取り下げてもらうってことは、ある意味、俺にデレるってことだろ)
そんな攻略済みみたいなハッピー展開は、絶対神()の著者が許さないはずだ。
「君の心の声は聞こえてますよ。この件で自分にはなにもできない、と。わたしもその通りだと考えてました」
「? じゃあどうしてわざわざ俺にこのことを?」
「それは……たぶんですけど、君にあの子を嫌いにならないで欲しいから、です」
「……、そうか」
俺が奇姫を嫌いになる理由は、まぁある。
というか沢山あるじゃないか。さっきトピアが言ってたのがそれだ。
覗き見と優勝指示と殺人未遂。もちろんまだまだある。
ビンタも土下座もアボカド弁当も。あと忘れてはならない初チューもだ。
(でもまぁ俺も奇姫に変なことしてたしなぁ。お互い様だろ。だから嫌いになるなってお願いされても、正直ピンとこないんだよな……)
「―――ぐえっぷ!」
とその時、ずっと蚊帳の外だったアリスがゲップをした。
「うぇぇ……。吐きそう……」
見れば、アリスの腹がとんでもなく膨れていた。
トピアの大事なメイド服は、今にも張り裂けてしまいそうだった。
「お、お前、全部お菓子食ったのか!? あれだけ買ってやったのに、もう未開封なのがひとつもない!?」
「え? あぁ、もしかしてツっきんも食べたかった? いいよー、残りはあげる♪」
「誰が好き好んでシートに落ちまくってるお前の食べこぼしをいただくってんだよ!? ってかお前が食え! すぐ食い切れッ!」
「うぶぶぶ!? や、ちょっとストップ、今そんなおっきなの捻じ込まれたら………。………お、おえええええェェェェ!!」
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