2.5D/リアル世界の異世界リアル
第28話
28
暗くなるまで俺は異能力の獲得に努めたが、最初のパンチラの風以降、新たに異能力が発現することはなかった。
「数時間でひとつと考えれば優秀です。もっとも、大会で使える異能力でなければ意味がありませんが」
「……悪かったって言ってるだろ」
いつもの無表情とは裏腹にトピアの言葉は刺々しかった。よほどパンチラの風が気に入らなかったらしい。
ちなみに俺が他に想像してみたのは、簡単そうなものから順に『トピアにくしゃみさせる』『魔法陣を俺の足元に出す』『俺が透明人間になる』『トピアの体を宙に浮かせる』『トピアが俺に愛の告白する』だった。
それぞれの名前は恥ずかしいので割愛させてもらおう。
(それにしても上手くいかないもんだ。強く想像できても運や遺伝的素質がなければ再現しない……。この条件が厳しいな)
手さぐり感がありすぎてモチベーションを上げにくく、その代わりに集中力がどんどん減っていってしまうのも問題だ。想像している時に『どうせ徒労に終わるんだろ』なんて考えてしまう。それがますます発現を難しくする。
だからそう。
この世界で異能力者になれずにいる人間は、きっと今の俺の心境の末に諦めてしまったのだ。
「今日の特訓はこれで終わりますが、部屋に戻った後も頑張ってみてください」
「……おう」
「それと最後にひとつアドバイスです。思い入れが強いと、発現しやすいです。たとえばわたしの加速装甲は、わたしが幼い頃によく視ていたテレビアニメによってもたらされた異能力です」
「へえ、意外だな。女子なら魔法少女じゃないのか」
「魔法少女も試しましたよ。でも発現しませんでした。……残念です」
トピアが短く息を吐く。
その落胆ぶりは相当な努力をしたからこそなのだろう。
「憑々谷君もそういった誰かになりきろうとした経験、ありませんか?」
「無い、とは言わないが―――」
俺は数時間前を思い出す。
「でもお前、真似をするのは無理って言ってなかったか?」
「はい。ですがこの場合は違います。わたしはアニメを視て兄と毎日変身ごっこしていた記憶があって。ですがアニメは内容どころかタイトルすら覚えていないんです。結果、わたし自身が変身しているイメージだけが残った」
なるほど。そりゃ都合よく忘れているものだ。
「ただ、わたしが言いたいのは、断片化されても覚えている過去の記憶のように、長い期間強く印象に残り続けているのなら、案外真似でも発現できるかもしれない、ということです」
「長い期間……か」
となると10年前とかだろうか。それほど昔なのに頭の中に残ってる記憶だったら、確かにいけそうな気はする。
しかしながらだ。異能力に使えそうなガキの頃の記憶って、そうそうあるものじゃない。俺が実際に真似してたのはお笑い芸人の1発ギャグくらいだ。相手を笑わせるか冷めさせる効果しか発揮できない。
「いや、ダメだな。使えそうなモンはない」
「そうですか。……ならもう、オリジナルしかありませんね」
「待て。著者が俺に使わせた異能力あるだろ。あれならどうだ?」
真氷城塞、武神ノ剛腕、第三支配。
これらの想像は他人の真似にならない。
「思いつくと思いました。確かに君自身が使ったので想像しやすいはずです。ですがあれらは派生能力であり、習得方法が異なります」
「んん? 俺が今オリジナルで考えてんのは万能能力?」
「そうです。想像のみで発現できる異能力は、万能能力に該当します」
「なら派生能力は?」
「前にも言いましたが万能能力の習熟や応用です。ついでに補足しておきたいことがあります」
トピアが口を紡ぐ。
「万能能力と派生能力。その2種間の決定的な違いとして、万能能力はオリジナルを無尽蔵に産み出せますが、派生能力は数が決まっており今や出尽くしてしまっているとされています」
「えっ、そうなのか?」
「ただし専門的根拠はありません。皮肉な話ですが、新しい派生能力と認められず万能能力と決め付けられるケースが後を絶ちませんね。これを分かり易く言うなら……わたしが新種の生物を発見しても、周囲の人から『新種はもういないだろうからそれは新種じゃない』と身も蓋もない感じに否定されてしまうんです」
「本当に身も蓋もないな」
「まぁ仕方ありません。他人には見分けがつかないんです、万能能力と新たな派生能力は」
そりゃそうだろう。万能能力の習熟と応用じゃ他人にはわからない。唯一の判断材料はその異能力が強力かどうかだけ。さすがに無理がある。
「終わりましょう。とにかく君が使った派生能力は諦めてください」
「……わかった」
トピアがシュレディンガーの空箱を解除する。
俺は彼女と共に資材倉庫を出た。
「疲れましたか?」
「そりゃあな」
体力的にはそうでもないが、精神的にはぐったりだった。夕飯も食わずに眠ってしまいそうな自信がある。
「でしたら来ませんか? わたしの部屋に」
「は?」
「ご馳走します。大したものは作れませんが、それでもいいなら」
「! 行く! 行くに決まってんだろ!」
トピアの手料理にありつけると理解した途端、俺のテンションは急上昇だった。
「あ、ですが今日は寮長に許可とってませんね。どうしましょう。他の女子生徒に騒がれなかったらそれで済む話ではあるのですが」
「……な、なんだったら俺の部屋で作ってくれてもいいん、だぞ?」
恐る恐る提案してみる俺。しかしトピアは首を横に振った。
「却下です。他の男の部屋にだけは間違っても入るなと、婚約者から指示されてますので」
「………………そっすか」
あー、婚約者殺してぇー。
「では窓から一緒に入りましょう。アリスに開けてもらいます」
俺1人だと不審者だと断定されてしまうからだろう。トピアはそう言って俺と中庭へ歩を進めた。
中庭はなにも植えられていない花壇があるくらいだ。身を隠せるような木々なんてなかった。俺は一瞬不安になったものの、ほぼ全ての部屋窓がカーテンで閉じ切られていた。
「ラッキーですね。これなら誰にも見られずに済みそうです」
堂々と前を歩くトピア。俺も安心して続いた。花壇を踏まないように気を付けながら対角線上に進み、ある窓辺の前に立つ。
部屋には明かりが点いていない。その部屋の窓を迷わずノックするトピア。
「これで他人の部屋だったら笑えるな」
「ですね」
だが杞憂だったようだ。
しばらくしてカーテンの隙間からアリスがひょっこり顔を出し、
「あいあい! ここに神様はいましぇーん!」
「開けてください」
「どのようなご用向きでしゅかー!」
「いいから」
「………………あい」
トピアの真顔攻めが効いたらしい。
アリスは怯えた顔で窓の施錠を解いた。
「中にどうぞ、憑々谷君」
窓を開け、先に部屋に入るよう促してくる。
…………、
……………………、
「待っていても、わたしからは上がりませんよ?」
「! な、なんのことだ?」
くそー、先に上がらせてパンツ見ちゃう作戦がバレていたか。漫画や小説じゃあるある過ぎな展開だから気づくか(残念)。
「―――しっかし、ちゃんとトピアの言いつけを守ってるんだな?」
その後はトピアが調理のためにキッチンに。俺は昨日と同じ位置に座り、アリスもまたベッドの上でごろごろしている。
「まーね。トピアが友達からゲーム借りてきたんだよ。これ」
と言い、アリスは携帯ゲーム機を俺に寄越してきた。知らないハードだとすぐにわかった。現行のゲーム機は横長ばかりだが、アリスが手にしていたのは明らかに縦長だったからだ。
「このゲーム機で暇潰ししてたのか?」
「そうそう」
「どんなゲームだ?」
「やってみるといいよー。あたしは休憩中だから貸したげるー」
縦に長い液晶画面。いったいなにが映し出されるのかと興味を思った俺は、電源ボタンを見つけて押した。
どうやらスリープモードにしていたらしく、すぐに俺の目にタイトル画面が飛び込んできた。
『胸板でもできるッ!』
「……………………、いったいなにができるんだ…………?」
素でツッコんだ後、俺は眩暈を覚えた。いや落ち着け俺。なにを考えているんだ。
胸板だろ。胸板でできることと言ったらあれしかないだろ(常考)。
あれだよな。
あれだろ。
あれしかねえよ。
(……………………………………あ、あれが思い浮かばない……)
「あれ? やらないの? 手が止まってるよ?」
「!……いやぁー、これってノベルゲームだろ? 進めたらお前に悪いと思ってな」
「別にいいよ。それ、胸板で失敗した前でちゃんとセーブしてあるし」
胸板で失敗したッ……!?
(や、やべぇぞ! 胸板の使い方が気になっちまったじゃないか! 生理的に怖くてたまんないのに!)
というかこれ貸したトピアの友達、頭おかしいだろ! タイトル名だけでキワモノってわかるわ! トピアに合うとでも思ったのか!?
「そ、そうか。なら心配ないな。じゃあちょっと、ほんのちょっとだけ……やってみるか……」
ゲーム機を持つ手が震えているが、俺は覚悟を決めてボタンを押す!
『お前さ、この1か月で胸板が厚くなったよな』
『へへ……。やっぱりわかるかな?』
『あぁ、すごく綺麗な胸板だぜ……触ってみてもいいか?』
『えっ……いい、けど…………あっ』
『筋肉と脂肪のバランスが絶妙だ。やっぱこんな胸板、見たことがない』
『も、もう……いきなり激しく触らないでよ……』
『ああ? なに言ってんだお前。激しくて当然だろ』
『え?』
『お前が俺に許可出した時点で……お前の胸板は、俺のもんなんだよッ!』
『あんっ! つ、憑々谷君ッ!』
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺の自我は崩壊した。
ゲーム画面では上半身裸の野郎2人が熱い抱擁を交わしているシーンに切り替わっている。
「ど、どったのいきなり!?」
「……はは、ははは。なぁアリス、なんで俺まだ生きてんの? 確かに俺今、ちゃんと死を受け入れたはずなんだけどな。おかしいよな?」
「まぁ断末魔に聞こえなくもなかったけど……」
「あぁ、これもラノベ主人公になったおかげか。なら著者には感謝しないとなぁ。今のは完膚無きまでにオーバーキルだったぞ。少なくともBLが死ぬほど苦手な俺にとってはな!」
「感謝? でもこれって著者が仕組んだことじゃないの? 君の名前で収録されてるし。それとも今、操られ中?」
そんなのどっちでもいい。俺はオーバーキルから生き延びることができた。
今はただその事実だけに喜びを感じていたいんだ。
「そうだよ、俺はなんて幸せ者なんだ! 神様に出会えて、ラノベ主人公になれて、これから好きな子の手料理が食べられて! これ以上なにかを望むのは、愚かな行為に他ならない!」
「え!? トピア好きになっちゃったの!?」
「ああ、好きになっただけだ! またアルパカパンツが見たいとか、トピアと付き合いたいとは微塵も思っていない!」
「えっと、ひとまず頭は大丈夫だよね?」
「大丈夫どころか冴え渡っている……ッ!」
とその時、俺は指が力んでゲーム機のボタンを―――押してしまった。
『よしッ! じゃあいつもの胸板相撲を始めようぜ! 樋口っち!』
「ほぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺は――――失神した。
暗くなるまで俺は異能力の獲得に努めたが、最初のパンチラの風以降、新たに異能力が発現することはなかった。
「数時間でひとつと考えれば優秀です。もっとも、大会で使える異能力でなければ意味がありませんが」
「……悪かったって言ってるだろ」
いつもの無表情とは裏腹にトピアの言葉は刺々しかった。よほどパンチラの風が気に入らなかったらしい。
ちなみに俺が他に想像してみたのは、簡単そうなものから順に『トピアにくしゃみさせる』『魔法陣を俺の足元に出す』『俺が透明人間になる』『トピアの体を宙に浮かせる』『トピアが俺に愛の告白する』だった。
それぞれの名前は恥ずかしいので割愛させてもらおう。
(それにしても上手くいかないもんだ。強く想像できても運や遺伝的素質がなければ再現しない……。この条件が厳しいな)
手さぐり感がありすぎてモチベーションを上げにくく、その代わりに集中力がどんどん減っていってしまうのも問題だ。想像している時に『どうせ徒労に終わるんだろ』なんて考えてしまう。それがますます発現を難しくする。
だからそう。
この世界で異能力者になれずにいる人間は、きっと今の俺の心境の末に諦めてしまったのだ。
「今日の特訓はこれで終わりますが、部屋に戻った後も頑張ってみてください」
「……おう」
「それと最後にひとつアドバイスです。思い入れが強いと、発現しやすいです。たとえばわたしの加速装甲は、わたしが幼い頃によく視ていたテレビアニメによってもたらされた異能力です」
「へえ、意外だな。女子なら魔法少女じゃないのか」
「魔法少女も試しましたよ。でも発現しませんでした。……残念です」
トピアが短く息を吐く。
その落胆ぶりは相当な努力をしたからこそなのだろう。
「憑々谷君もそういった誰かになりきろうとした経験、ありませんか?」
「無い、とは言わないが―――」
俺は数時間前を思い出す。
「でもお前、真似をするのは無理って言ってなかったか?」
「はい。ですがこの場合は違います。わたしはアニメを視て兄と毎日変身ごっこしていた記憶があって。ですがアニメは内容どころかタイトルすら覚えていないんです。結果、わたし自身が変身しているイメージだけが残った」
なるほど。そりゃ都合よく忘れているものだ。
「ただ、わたしが言いたいのは、断片化されても覚えている過去の記憶のように、長い期間強く印象に残り続けているのなら、案外真似でも発現できるかもしれない、ということです」
「長い期間……か」
となると10年前とかだろうか。それほど昔なのに頭の中に残ってる記憶だったら、確かにいけそうな気はする。
しかしながらだ。異能力に使えそうなガキの頃の記憶って、そうそうあるものじゃない。俺が実際に真似してたのはお笑い芸人の1発ギャグくらいだ。相手を笑わせるか冷めさせる効果しか発揮できない。
「いや、ダメだな。使えそうなモンはない」
「そうですか。……ならもう、オリジナルしかありませんね」
「待て。著者が俺に使わせた異能力あるだろ。あれならどうだ?」
真氷城塞、武神ノ剛腕、第三支配。
これらの想像は他人の真似にならない。
「思いつくと思いました。確かに君自身が使ったので想像しやすいはずです。ですがあれらは派生能力であり、習得方法が異なります」
「んん? 俺が今オリジナルで考えてんのは万能能力?」
「そうです。想像のみで発現できる異能力は、万能能力に該当します」
「なら派生能力は?」
「前にも言いましたが万能能力の習熟や応用です。ついでに補足しておきたいことがあります」
トピアが口を紡ぐ。
「万能能力と派生能力。その2種間の決定的な違いとして、万能能力はオリジナルを無尽蔵に産み出せますが、派生能力は数が決まっており今や出尽くしてしまっているとされています」
「えっ、そうなのか?」
「ただし専門的根拠はありません。皮肉な話ですが、新しい派生能力と認められず万能能力と決め付けられるケースが後を絶ちませんね。これを分かり易く言うなら……わたしが新種の生物を発見しても、周囲の人から『新種はもういないだろうからそれは新種じゃない』と身も蓋もない感じに否定されてしまうんです」
「本当に身も蓋もないな」
「まぁ仕方ありません。他人には見分けがつかないんです、万能能力と新たな派生能力は」
そりゃそうだろう。万能能力の習熟と応用じゃ他人にはわからない。唯一の判断材料はその異能力が強力かどうかだけ。さすがに無理がある。
「終わりましょう。とにかく君が使った派生能力は諦めてください」
「……わかった」
トピアがシュレディンガーの空箱を解除する。
俺は彼女と共に資材倉庫を出た。
「疲れましたか?」
「そりゃあな」
体力的にはそうでもないが、精神的にはぐったりだった。夕飯も食わずに眠ってしまいそうな自信がある。
「でしたら来ませんか? わたしの部屋に」
「は?」
「ご馳走します。大したものは作れませんが、それでもいいなら」
「! 行く! 行くに決まってんだろ!」
トピアの手料理にありつけると理解した途端、俺のテンションは急上昇だった。
「あ、ですが今日は寮長に許可とってませんね。どうしましょう。他の女子生徒に騒がれなかったらそれで済む話ではあるのですが」
「……な、なんだったら俺の部屋で作ってくれてもいいん、だぞ?」
恐る恐る提案してみる俺。しかしトピアは首を横に振った。
「却下です。他の男の部屋にだけは間違っても入るなと、婚約者から指示されてますので」
「………………そっすか」
あー、婚約者殺してぇー。
「では窓から一緒に入りましょう。アリスに開けてもらいます」
俺1人だと不審者だと断定されてしまうからだろう。トピアはそう言って俺と中庭へ歩を進めた。
中庭はなにも植えられていない花壇があるくらいだ。身を隠せるような木々なんてなかった。俺は一瞬不安になったものの、ほぼ全ての部屋窓がカーテンで閉じ切られていた。
「ラッキーですね。これなら誰にも見られずに済みそうです」
堂々と前を歩くトピア。俺も安心して続いた。花壇を踏まないように気を付けながら対角線上に進み、ある窓辺の前に立つ。
部屋には明かりが点いていない。その部屋の窓を迷わずノックするトピア。
「これで他人の部屋だったら笑えるな」
「ですね」
だが杞憂だったようだ。
しばらくしてカーテンの隙間からアリスがひょっこり顔を出し、
「あいあい! ここに神様はいましぇーん!」
「開けてください」
「どのようなご用向きでしゅかー!」
「いいから」
「………………あい」
トピアの真顔攻めが効いたらしい。
アリスは怯えた顔で窓の施錠を解いた。
「中にどうぞ、憑々谷君」
窓を開け、先に部屋に入るよう促してくる。
…………、
……………………、
「待っていても、わたしからは上がりませんよ?」
「! な、なんのことだ?」
くそー、先に上がらせてパンツ見ちゃう作戦がバレていたか。漫画や小説じゃあるある過ぎな展開だから気づくか(残念)。
「―――しっかし、ちゃんとトピアの言いつけを守ってるんだな?」
その後はトピアが調理のためにキッチンに。俺は昨日と同じ位置に座り、アリスもまたベッドの上でごろごろしている。
「まーね。トピアが友達からゲーム借りてきたんだよ。これ」
と言い、アリスは携帯ゲーム機を俺に寄越してきた。知らないハードだとすぐにわかった。現行のゲーム機は横長ばかりだが、アリスが手にしていたのは明らかに縦長だったからだ。
「このゲーム機で暇潰ししてたのか?」
「そうそう」
「どんなゲームだ?」
「やってみるといいよー。あたしは休憩中だから貸したげるー」
縦に長い液晶画面。いったいなにが映し出されるのかと興味を思った俺は、電源ボタンを見つけて押した。
どうやらスリープモードにしていたらしく、すぐに俺の目にタイトル画面が飛び込んできた。
『胸板でもできるッ!』
「……………………、いったいなにができるんだ…………?」
素でツッコんだ後、俺は眩暈を覚えた。いや落ち着け俺。なにを考えているんだ。
胸板だろ。胸板でできることと言ったらあれしかないだろ(常考)。
あれだよな。
あれだろ。
あれしかねえよ。
(……………………………………あ、あれが思い浮かばない……)
「あれ? やらないの? 手が止まってるよ?」
「!……いやぁー、これってノベルゲームだろ? 進めたらお前に悪いと思ってな」
「別にいいよ。それ、胸板で失敗した前でちゃんとセーブしてあるし」
胸板で失敗したッ……!?
(や、やべぇぞ! 胸板の使い方が気になっちまったじゃないか! 生理的に怖くてたまんないのに!)
というかこれ貸したトピアの友達、頭おかしいだろ! タイトル名だけでキワモノってわかるわ! トピアに合うとでも思ったのか!?
「そ、そうか。なら心配ないな。じゃあちょっと、ほんのちょっとだけ……やってみるか……」
ゲーム機を持つ手が震えているが、俺は覚悟を決めてボタンを押す!
『お前さ、この1か月で胸板が厚くなったよな』
『へへ……。やっぱりわかるかな?』
『あぁ、すごく綺麗な胸板だぜ……触ってみてもいいか?』
『えっ……いい、けど…………あっ』
『筋肉と脂肪のバランスが絶妙だ。やっぱこんな胸板、見たことがない』
『も、もう……いきなり激しく触らないでよ……』
『ああ? なに言ってんだお前。激しくて当然だろ』
『え?』
『お前が俺に許可出した時点で……お前の胸板は、俺のもんなんだよッ!』
『あんっ! つ、憑々谷君ッ!』
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺の自我は崩壊した。
ゲーム画面では上半身裸の野郎2人が熱い抱擁を交わしているシーンに切り替わっている。
「ど、どったのいきなり!?」
「……はは、ははは。なぁアリス、なんで俺まだ生きてんの? 確かに俺今、ちゃんと死を受け入れたはずなんだけどな。おかしいよな?」
「まぁ断末魔に聞こえなくもなかったけど……」
「あぁ、これもラノベ主人公になったおかげか。なら著者には感謝しないとなぁ。今のは完膚無きまでにオーバーキルだったぞ。少なくともBLが死ぬほど苦手な俺にとってはな!」
「感謝? でもこれって著者が仕組んだことじゃないの? 君の名前で収録されてるし。それとも今、操られ中?」
そんなのどっちでもいい。俺はオーバーキルから生き延びることができた。
今はただその事実だけに喜びを感じていたいんだ。
「そうだよ、俺はなんて幸せ者なんだ! 神様に出会えて、ラノベ主人公になれて、これから好きな子の手料理が食べられて! これ以上なにかを望むのは、愚かな行為に他ならない!」
「え!? トピア好きになっちゃったの!?」
「ああ、好きになっただけだ! またアルパカパンツが見たいとか、トピアと付き合いたいとは微塵も思っていない!」
「えっと、ひとまず頭は大丈夫だよね?」
「大丈夫どころか冴え渡っている……ッ!」
とその時、俺は指が力んでゲーム機のボタンを―――押してしまった。
『よしッ! じゃあいつもの胸板相撲を始めようぜ! 樋口っち!』
「ほぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺は――――失神した。
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