2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第16話

16


 トピアは昨夜ランニング中、全裸で行き倒れていたアリスを発見したという。


「この子が学園に侵入したとは思えなかったので、保護したのです」
「あは♪」


 そして目を覚ましたアリスから事情を聴いたという。自分は本物の神様であること、ある童貞少年の願いを叶えてやったこと。それが小説の世界でラノベ主人公になることだったこと……。


「君の口からラノベという単語が出た時、もしかしたら君がその童貞少年なのではないかと思ったのです」
「さらっと童貞言うな」
「実際君とこの子の話した内容には合致する点が多々ありました。それで2人は無関係ではないな、と。こうして会わせてみる決断に至りました―――」


 現在、俺とトピアはテーブルを挟んで座っており、アリスはベッドの上でごろごろしながら煎餅をかじっている。ちなみにアリスにはきちんと服を着用させてあった。


「そうか……。じゃあどうしてアリスは電気を点けないで風呂に?」
「わたしが点けるなと言っておいたからです。誰もいないはずなのに風呂場の窓から明かりが見えたら怪しまれるじゃないですか」
「あ、そうか。お前は授業受けてるはずだもんな」
「テレビもです。消音にしておけば問題ありませんが、結局音量を上げたくなると思ったので視聴自体を禁止にしました」
「トピアってば厳しいんだよぉー。じゃあなにして過ごせばいいのって話じゃん?」


 そりゃ確かに。この部屋じゃ俺だって時間を潰すのは困難だ。そしてアリスがちゃんと言いつけを守っているのが意外だった。暇なら外出すればいいだろうに。


「だって神様の力が回復してないんだもん。これじゃ人間が相手でも勝てないよ」
「お前はどんな人間と戦うつもりなんだよ……?」
「強姦魔に決まってるじゃん。あたしみたいな美女の敵でしょ? 黙って歩いてるだけでも襲われちゃうよ、やーん♪」


 黙れなにが『やーん♪』だ。嬉しがってるじゃないか。


「……まぁともあれ無事でなによりだ。アリスパパとの死闘で腹に穴開けてたし、てっきり死んでしまったものかと、」
「ううん? あの後あたし死んだよ?」


 アリスはすげなく言った。


「パパに殺されて、でも蘇った感じ。きっと著者が治してくれたんじゃないかなぁ?」
「……、かもな。あの世界も著者がつくったもんだし」
「今思うとすごいよねっ、パパを召喚って。本気で戦ったらパパに勝っちゃうかも?」
「それはない。退避したんだろ、お前が言ったことだ」
「あ、そだね。忘れてた」


 てへっ、と頭をコツンするアリス。
 するとトピアが「続き、よろしいですか?」と割って入ってきた。


「この子の持論はともかく、外に出るべきではないのはわたしも同意でした。なので神様の力が回復してからでも遅くないと、この子を説得したんです」
「信じたのか?……アリスが神様だってことを」
「はい。今時そんな嘘を吐く人間もいないかと考えまして」


 な、なるほど。
 その考え方はなかった……(感心)。


「すごいなお前。信じるってリスクがデカいし、まして得体のしれないヤツの言葉だろ。とてもじゃないが俺には無理だ」


 ついトピアに尊敬の眼差しを送ってしまう俺。
 しかしトピアは無表情のままで、


「そうですか? でもわたしにも君のお話のなかに1つ、どうしても信じられない箇所がありますよ」
「……、俺が奇姫に殺されたことか」
「はい―――」


 トピアがこくりと頷いた。


「奇姫を庇いたいからではありません。君は最強の異能力者なのになぜ奇姫に負けたのか、純粋に理解できないのです」
「今の俺とお前の知ってた俺は違うからだ」


 としか言いようがなかった。


「それはわかっています。そうではなくて……想像がつかないのです」
「はぁ、想像か……」


 俺がなぜ奇姫に負けたのか。原因は決まっている。著者のせいだ。それはトピアも俺の説明から汲み取ってくれているはずだ。
 つまり、よっぽど俺の敗北がトピアにとっては信じがたかったのだろう。


 だが俺からすれば、俺が最強の異能力者であることのほうが信じられない。国を滅ぼした経験はなかったわけだし、じゃあなにをもって俺が最強とされているのかさっぱりだ。


(……なあ著者。最近流行りの俺つえーラノベにあやかりたい気持ちはわからなくもない。けどやるんだったら説得力くらい持たせろ。入学後の検査結果なんて説得力皆無だろうが。そんなんで国家組織である警察が動くわけもないんだ)


「今の君は記憶していないでしょうけど」
「ん?」
「3ヶ月くらい前でしょうか。わたし達のクラス担任が高熱で早退してしまい、急遽3年生と1年生で手合せする授業があったんです」
「手合わせって……異能力で戦うのか?」
「はい。ちなみに体育の授業に該当しますね」


 体育か。少し意外だ。
 まぁ異能力の存在する世界なら違和感なんてないのかもしれない。


「それでわたしは異能警察の仕事があったので、途中参加になったんですけど……まだ手合せが始まったばかりで、ペアになれる1年生がいなくて」
「ちょっと待て。もしかしてお前、3年生なのか?」
「はい、君の先輩ですよ」


 ……そうか、よくよく思い出してみたら奇姫がこんなことを言ってたな。
『武闘大会での優勝回数も多く誰に対しても本気で戦うあのトピア』って。
 そりゃ優勝回数が多いんだから1年生ではないよな。見た目は完全に1年生なんだけど。


「あははー、トピアの見た目は完全に1年生だってぇー!」
「ばっ! チクるなよ!?」


 俺は動揺しながらトピアを見た。
 だがトピア本人は気にしてないといった様子で、


「わたしが手合せの相手がいなくて暇にしていた時、君が授業に遅刻してきたんです。理由は寝坊とのことで。授業を受け持っていた大和先生に呆れられていました」
「……へぇ」
「そのやり取りを観察していてわたしは察知しました。先生にあれほど呆れられているのは君が遅刻の常習犯だからなのだと。君は口で言っても聞かないタイプなのだと」


 ……話が見えてきた。


「そこでわたしは閃きました。先生に代わってこのわたしが手合せで君を懲らしめてやればいいと。君を痛めつければわたしも先生も良いストレス解消になりますし」
「動機が不純すぎるだろう!?」


 あ、ありえない。警察官が暴力で解決しようとか!


「まだ眠たそうな君に、わたしはなんの前触れもなく攻撃しました。吹き飛んだ君を追撃して、わたしとの手合せが始まっていることを嫌でも認識してもらいました。鼻血が止まらない君のタンマ集を悉く無視し、わたしが容赦を知らない人物であるとわからせました」
「き、鬼畜だ……!」


 俺は冷や汗が止まらなかった。
 コイツは警察官向いてない……(戦慄)。


「するとどうでしょうか。寝ぼけ眼だった君の目つきが……ナイフのように鋭くなったのです」
「あはは、本気モードだぁー」
「刹那の内に交わされるのは、武闘大会決勝戦のような激しい攻防でした。相当な鍛錬を積まないと開花しない派生能力デリベーションスキルを、わたしと君は出し惜しみしませんでした。ほんの少しでも発効を躊躇えば、そこで勝敗が決まるからです」
「……結果は?」
「わたしが勝ちました。君が突然気絶してしまったからです。異能力を使い過ぎたのでしょう。我を忘れやすい人にありがちなミスです。自分の発効限界をきちんと守らないと、そうやって頭がパンクしてしまうのです。……ただ―――」


 そこでトピアは区切ると、俺に不満そうな目を向けてくる。


「……あれが君の本気かと言われたら、そうではない気がしてなりません。だいいち君は寝起きでした。発効限界はコンディションによっても変わりますので……君が万全の状態だったなら、負けていたのはわたしかもしれないのです。戦いを見ていた生徒も同じように思ったことでしょう」
「そ、そんなに俺は強かったのか?」
「はい。まだなにかを隠した上で、強かった。もちろんエロ本などではありません」


 ……エロ本か。
 やはりそこも盗み聞きされていたのか。


「この手合せがあったのは君への監視を始める直前の出来事です。この出来事のことを正直に上司に告げたらすごい怒られましたね。彼を暴走させたら地球が滅んでたかもしれないんだぞ、と」
「だから俺はナニモンなんだよ……!?」


 溜息しか出てこない……。


「ところで発効限界って何さ?」
「頭をパンクさせずに異能力を発効できる指針のことですね。異能力をコスト、発効限界量をタンクという単位を用いて数値化し―――」
「うん」


「例えばコスト10毎秒の異能力に対し、タンク100の発効限界量だったとしましょう。その異能力を10秒以上発効していると気絶パンクします。なので10秒未満が守るべき発効限界というわけです。……まぁ発効限界量は上限いっぱいになるまで常に微回復していくので、実際の発効限界はもう少し長くなるんですけど」


「んー、よくわかんない。普通にわかりづらい」
「これについては習うより慣れろですね。一度仕組みがわかれば単純ですよ」


 しかしそれを聞いて俺は呻った。


「うーん、けどそりゃ地味に厄介な設定だな。まず異能力によってコストは違うんだろ? あとは……全く同じ異能力でもコストには個人差があるんじゃないか?」
「あります。使い慣れているかいないかで増減します。なので日々の鍛錬が大切なのですよ。頑張ればタンクのほうも数倍に増やせます」


 トピアはどこか誇らしげだった。きっと彼女自身が達成しているからだろう。
 ……うん、ますます俺の最強説が信じれなくなってきた。


「不安顔ですね。しかし無理もありません。君の反応を見る限り、君は異能力についてなにも知らなかったのでは?」
「おう。どんな異能力が使えるかもさっぱりわからん」
「むぅ……やはりマズいですね」


 トピアも突然重く呻いた。……んん???


「気づかないのですか憑々谷君。今の君はつまるところ『記憶喪失になった最強の異能力者』です。このことが異能警察にバレたら……君は本当に社会から永遠に隔離されるか殺されてしまいますよ?」
「んだねー。なに犯すかわかんないしー。あははー!」


 愉快そうにポリポリと煎餅をかじるアリス。
 もちろん俺は一緒に愉快になんてなれなかった。


「確かにマズいな。ってかお前も警察側の人間だろ? すでにバレてるんだが」
「ですね。でも事情が事情ですし、わたしは聞かなかったフリをしたいと思います」
「……すまん。すごい助かる」


 俺は素直に感謝した。トピアに全てを伝えてよかったと安堵した。


「ただし、条件があります」
「あぁ、言ってくれ」
「……1つ、わたしに話したことは他の誰にも一切口外しないこと。……2つ、君の元いた世界に関連して進展があったら必ずわたしに報告すること。……3つ、組織にはなにがあっても絶対に逆らわないこと。……4つ、わたし指導の下で異能力についてきちんと1から学ぶこと。―――これらを約束できますか?」


 立てられた4本の指を見つめながら、俺は縦に頷いた。


「決まりです。では早速とりかかっていきましょう。武闘大会まであまり時間がありませんし」
「え? もしかして俺って出場するのか? ってか、出場していいのか?」
「本来はダメです。なので初戦で負けてください」


「ん? 棄権できるんじゃないのか? いかにして俺を棄権させるのか……組織がその策を練ってるってお前言ってたよな?」
「わたしの中で考えが変わったんです。これは君の噂を一蹴するチャンスだと」


 俺の噂……憑々谷子童の噂といえば。


「確か奇姫が口にしてたよな。……俺が学園最強じゃないか、って噂だろ」
「はい、わたしとの手合せが原因でしょう。まぁ真実は『国1つ滅ぼしかねない危険人物』なのですがね?」
「……、続けてくれ」


 俺はげんなりしながらもトピアに話を進めるよう促した。






「君は初戦、全力で戦ってください。そして当然のように負けてください。すると学園生徒は君の噂は嘘だったのだと信じ込みませんか?……手合せでわたしと互角に戦えたのは、偶然に偶然が重なって起きた出来事で……君は学園最強ではなかったのだと」






「! そうか! そのために異能力を学ぶんだな!?」
「はい。組織は騙せませんがこれで奇姫のような噂を確かめる生徒はいなくなるはずです。それは君にとってプラスですし、わたし達組織にとってもプラスです。……組織が望むのは、君と世界の平穏なのですから」


 そこでトピアが立ち上がる。
 喉が渇いたらしくお茶のペットボトルとコップを持ってきた。


「初戦出場の可否は心配いりません。わたしがどうにかします。君は異能力を使った戦闘ができるよう特訓に集中してください。人並みにはならないと逆に疑われてしまいますよ」
「ああ……でも大会は来週末なんだろ? 間に合うか?」
「普通に考えたら間に合いませんね。今日が10月8日、木曜日なので……あと8日間ですか。―――どうぞ」
「サンキュ」


 お茶の注がれたコップを受け取る俺。
 もはや話を聞いていないアリスも「あんがとー」と言ってトピアから受け取った。


「たった8日間なのでできることは限られています。異能力の習得と発効限界の理解と戦闘の立ち回りでしょうか。いずれも基礎です。基礎中の基礎です」
「だ、大丈夫だ。俺はラノベ主人公なんだからな……!」


 やべ、景気づけに言ってみたがプレッシャーしか感じない。
 俺は基礎って言葉に弱いのかも。腹が痛くなってきた……。


「そうです、とにかく前向きにとらえてください。そもそもこのチャンスは君が記憶喪失だからこそ成立するんです」
「? どういうことだ?」
「わざと『わたしの知っている強い君』が初戦に負けたなら、その負け方に不自然さが残ってしまうんですよ。戦い慣れた人達には簡単に見抜かれてしまうものなんです」


 負け方に不自然さが残る、か。
 確かに熟練者の手抜きはバレやすいかもしれない。


「ずぶの素人だからこそ、全力で戦って学園最強を否定できるわけだな……」
「念のためお聞きしますけど、学園最強と噂されるのも満更ではなかったりしますか?」


 どうやら見透かされていたようだ。
 トピアのその質問に対し、俺は即答できなかった。


 あの時を思い出す。奇姫に奇襲された時だ。……俺は著者によって強制的に異能力を使わされ、そのおかげで気分が高揚していた。


(正直、あれは快感だった。俺は最強のラノベ主人公になれたのだと本気で思った。一生このままでいいとすら思いかけたな)


 誰よりも強くて周りからちやほやされている自分を想像できたからだ。
 ……だけど―――。


「いや。所詮は噂だろ。別に嬉しくない」


 だけど―――悪くないかもしれない。
 ステータスが平凡なラノベ主人公も、異性にモテさえすれば……。



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