2.5D/リアル世界の異世界リアル

ハイゲツナオ

第14話

14


 お説教なんてクソくらえなわけで、俺が急いで向かったのは―――。


「3分18秒。遅いですよ」
「スリッパなんだから勘弁してくれ……」


 強い日差しに目を細めながら、俺は汗の伝う首筋に手うちわで風を送りつけた。


(……いや、まぁ。確かにお説教なんてクソくらえだけど、もしかしたらこの世界での俺の立場を知れるかもしれない)


 それは有益だなと考えたのだ。これまでの情報が事実だとすれば、少なくとも俺は平凡な主人公ではない。


「まだ乾いてなかったんですか。内履き」
「え?……あぁ、そんなところだ」


 思い出して頷く俺。トピアは奇姫とのやり取りも盗み聞きしていたらしい。
 まったく、どれだけ俺のことが好きなんだ。仕方ないヤツだ。実は屋上に俺を呼んだのもお説教じゃなくて告白のためだったりするのだろうか(期待)。


「憑々谷君」
「お、おう!?」
「なぜ姿勢を正すのですか? まぁいいですけど。……君は半ば脅迫だったとはいえ、奇姫の指示に従ってはならなかったんです」
「し、指示?」
「先ほども言いましたが、武闘大会へのエントリーですよ」


 トピアが屋上の手摺に近づいていった。


「昨日はエントリー受付の最終日。またその日までであればエントリーのキャンセルも可能でした。……そうです、君は駆け込みをしたんですよ」
「え。ちょっと待て、昨日だと?」
「はい。しかしなぜ今度は首を傾げるのですか?」


 それは意外すぎるからだった。エントリーした日が昨日だったなんて。アリスパパとの死闘からだいぶ経ったように思う。1週間寝てたと言われたら信じ込んでしまうかもしれない。


(それはさておき……俺は昨日、巨大な岩石に押し潰され死んだはずだ。なのにこうして生きてるわけで。まぁ著者が俺の死をなかったことに改変したんだろう。だとすれば彼女は―――)


「……いや。奇姫がどうなったのか知りたくてな」
「ずっと寝込んでますよ」
「え?」


 俺は目を点にした。奇姫が……寝込んでいる?


「はい。君が酸欠で倒れた後、あの子はパニックに陥りながらも君に心臓マッサージと……人工呼吸を行ったみたいです。正しい行動とはいえ、君と唇を重ねた事実をまだ受け止められずにいるのでしょう」
「……、嘘だろ?」
「本当です。わたしが直接聞きましたから」
「…………」


 思わず手を口元に添える俺。


(えっ、てことは俺、大事な初チューはアイツと……したのか!?)


 相手は美少女だ。胸も大きい。なのに初チューできて全然嬉しくないんだが。だって俺その時の記憶ないし。アイツの唇の感触なんて残ってるわけないし。
 くそ、すごいガッカリだ。俺も彼女と同じで無視できそうにないな……(落胆)。


「さて、話を戻しましょう」


 トピアが続ける。


「君が駆け込みをしたので、組織は今大慌ての状態です。いかにして君を棄権させるのか。その策を練っているのですよ」
「待て。組織ってのはなんだ?」
「知らないとは言わせませんよ。異能警察……異能力による犯罪を異能力をもって取り締まる、特殊部隊です」


 知らない……。
 な、なんだよ、だったら俺はこの世界の警察に目をつけられているのか。
 冗談じゃないぞ……。






「被害者面はやめてください。君だって自覚はあるはずです。君は……国1つを滅ぼしかねない、非常に危険な異能力者であると」






 ……!? 
 は、はははは! さすがにこの設定はキレてしまうな!?


「い、いきなりなにを根拠に言ってるんだ!? 俺が実際に国1つ滅ぼしたってのかよ? 違うだろ、だったら俺は今牢屋の中だろ。のんきに学生生活していられるはずがないだろ!」
「はい。君の言う通りです。……わたしも社会から永遠に隔離すべきではと、散々社内会議で意見しているのですが……」
「そこ意見すんな! ってかお前、学生のくせに警察官なんだな! そりゃラノベじゃありそうな設定だけどさ!」
「ラノベ?……まぁとにかく、君が危険人物であることは間違いありませんよ。入学後の精密検査で君の異能力値はメチャクチャだったんですし」
「メチャクチャって言うなよ……。具体的にどうだったんだよ……」
「さあ? わたしは君の監視役というだけであり、君に近づいたのもそのためです。君のことを深く知る必要なんてありませんよ」


 それはそれでムカつくな。
 まるで俺に興味がないみたいじゃないか。本当は超あるくせに。


 と、俺が奥歯を噛み締めた時、屋上に一陣の風が吹き付けた。トピアのスカートが面白くらいに捲れあがる。……下着が、白地のパンツが丸見えになった。


(ん……動物の絵柄付きか。羊っぽい顔だけどちょっと違うな。もしかしてあれは……アルパカ、か?)


「……み、見ましたね」


 トピアは慌てたように裾を抑え、羞恥に頬を赤らめる。ようやくヒロインっぽい一面が見られて、俺は嬉しくなった。


「なぜニヤニヤしているのですか? わたしの下着をバカにしてるんですか? いえ、そうです。そうとしか考えられません。わたしが大好きなアルパカを……嘲笑っているんです」
「いやいや、そんなわけないから」


 否定したものの俺はまだトピアの可愛い表情が見れたことに笑っていた。
 するとトピアはさらに頬を赤らめ、


「あぁ、いいこと思いつきました。今から君を病院送りにします。そうすれば来週末の武闘大会に君は参加できなくなりますね。組織が危惧している大会での君の暴走を防げますね」
「は? お、おい……?」


 こちらに歩み寄ってくるトピアから殺気が感じられ怯んでしまう俺。
 や、やばい! これは奇姫の時と同じ展開なんじゃ―――!?






「以前の手合せがわたしの実力と思わないことです。―――加速装甲ブーストアーマー、発効!」






 そう叫ぶやいなやトピアは右腕を前に突き出した。するとその指先から光の粒子が溢れ出し、トピアの体を包み込む。……全ての光が力を失ったかのように消失した時、トピアの格好は制服ではなくなっていた。


「なん……だそりゃ!?」


 ―――それは、甲冑ほど本格的なゴツさはないものの、コスプレにしてはやり過ぎ感のある武装だった。カチューシャ型の防護ヘルメットに、ロングドレス型の鎧。肌の露出はほとんどないが、胸と腰のラインがくっきりと見えるので中々色っぽいデザインだ。
 さらに右手にはSF小説で登場しそうな機能美をまとった大型銃。左手には流麗なフォルムの長剣だ。


 え。まさかその加速装甲ブーストアーマーというのも異能力なのだろうか。
 ゲームの世界みたいでカッコいい武装だった。


「? どうしたんですか? こちらは戦闘態勢です。無防備でいられると逆に殺しにくいのですが」
「こ、殺し!? 病院送りじゃないのか!?」
「死人も一旦は病院に送られるかと。まぁさすがに冗談ですが。ただ―――」


 骨の1本や2本は覚悟してください―――。
 そう呟くと同時、トピアが猛スピードで突っ込んできた!


「って、待て! ちょっと待ってくれ!」
「却下します」


 長剣が俺の髪をかすめとっていった。
 ……は、はえええええええええええええ!?


「? なぜまだ無防備なのですか? ひょっとして君はドM?」
「なわけあるかっ、俺はSだ! ドは付かないので健全な男だ!」


 ピンチなのになにを言っているんだろうね、俺は。
 無性に悲しくなってきた。


「はい? ケン、ゼン?」
「おいジト目やめろ。リアルでそれ見ると超傷つくから」


 大和先生は大人だからかジト目されても問題なかったが、トピアのような幼気な少女からのは精神ダメージがハンパなかった……(汗)。


 俺が嫌がる表情を浮かべると、なぜかトピアは思案顔になった。


「しかしなるほど……。奇姫が君を疑うのも無理ありませんね」
「え?」
「憑々谷君。今度はわたしが無防備になるので、ちょっと本気でかかってきてくれませんか?」
「……え? え?」
「さあ、どうぞ」


 どういうカラクリなのか、トピアは両手の武器を一瞬で消した。


(は?……本気でかかってこい、だと? なにが狙いで武器を消したんだ?)


 確かに下ろした両手には力が入っているようには見えない。彼女は完全に無防備だ。反撃する気があるようにも……見えない。


「遠慮はいりません。わたしの気が変わらない内にどうぞ」
「そ、そう言われてもだな……」
「わたしを疑っているのであれば、いいでしょう。―――加速装甲ブーストアーマー、解除」


 再びトピアの全身から光の粒子が溢れ、そしてまた掻き消える。制服姿に戻ったトピアは、さらになんと降参のポーズを取りながら俺に近づいてきた。


「?……なぜなにもしないのですか?」
「いやー、だってその……。……この状況で触ったら犯罪だろ?」


 首を傾げるトピアに、俺は内心ドキドキしながらそう告げた。
 ……や、そりゃ異性の体には触ってみたい。だが今はセクハラOKなんじゃなくて攻撃OKなわけで。すべすべした彼女の脚を触るのは許可されていないのだ。


「この状況で触ったら、犯罪……。この状況で触ったら、犯罪……なるほど」


 トピアが俺の発言を繰り返す。
 噛み締めるようにゆっくりと。そして、






「―――君、憑々谷君ですけど、憑々谷君ではないですね」






 核心をつかれ、俺は唖然とするしかなかった。 


「やはりそうなのですね。奇姫は学園の保安委員です。彼女の目には君が不法侵入者に映ったようですが、あながち間違いではなかったと」
「ど、どうして気づいたんだ……?」
「ふふっ。逆に気づかないほうが難しいですよ。口ぶりこそ紳士ですけど性格は残念なくらいに変態なはずですしね、憑々谷君は。セクハラの常習犯なんですよ」
「……、」
「そんな犯罪者同然の君が、どうして今更、犯罪だからといって異性の体に触れるのを嫌がるんです?」
「! そ、それは確かに」


 確かに言えている。
 この俺がセクハラ常習犯―――つまり『トピアの知っている憑々谷子童』ではない証拠になる!


「……あっ。もしかして君がわたしの体に触れたがらないのは、単にわたしの体に興味がないから、だったりしますか……?」
「そ、それはない! お前の脚を……す、スリスリしたくてたまらないッ!」
「…………えっ? 本物……?」
「いやいや!? 俺は本物だけど本物じゃない、でたぶん合ってる!」


 トピアが困惑した表情になったので俺はすかさず認めてやった。


(あぁもう、決めた!)


 よし。この子には包み隠さず吐いてしまおう。俺は別世界からきた人間であり実はこの世界はラノベの世界。そして元々存在していた憑々谷子童やお前達はこのラノベの著者の創作物なのだと。
 もちろん今までのありえない体験も全て教えてしまおう。


(……本当はこの世界が小説の中だなんて言うべきじゃないんだろう。けど本人達はその自覚がないはずだ。だからもう説明のために言ってしまって大丈夫だろう。そもそも信じるほうがおかしいんだ)






「―――信じましょう」
「…………。え?」






 やがて俺が全てを打ち明けると、トピアは意外な答えを返してきた。


「君が言ったこと、全て信じると言ったんです」
「な、なんでだ? 普通は信じないだろ?」
「そうですね。君だけなら信じなかったのですが」
「???」


 俺が首を捻った時、再び強い風が屋上に吹き付けた。だが今回はトピアのアルパカ柄パンツは拝めなかった。彼女が神速でスカートの裾を抑えたからだ(残念)。


「……寒くなってきましたね。丁度いいです、憑々谷君。君に会わせたい子がいます」
「会わせたい子?」
「はい。次はわたしの部屋まで来てもらいますよ。女子寮の場所は……わかりませんね?」
「あ、ああ。今日まで男子寮すらわからなかったからな……」
「しょうがありません。ではわたしの体に後ろから抱き付いてください」
「はっ……!?」
「一緒に女子寮まで空間移動テレポートするんですよ。そのほうが手っ取り早いので」
「ま、マジか……!?」
「はい。さあどうぞ」


 背を向けてくるトピア。俺はゴクリと唾を呑み込みながら一歩前に出る。
 えっ、本当にいいのだろうか。
 カップルみたいにギュッと抱き付くことになるのだが……(動揺)。


「あ、ですがその前に」
「おわ!?」


 トピアがツインテを揺らして振り返ってきた。
 あまりに急だったので俺は後ろに倒れてしまった。


「うっかり忘れてましたよ。憑々谷君、まずは世界中のアルパカとアルパカ好きに謝罪してください。先ほどの嘲笑のせいで読者さんが減ったらどうしてくれるのですか?」
「お、お前は著者か。まだ俺に怒ってるんだったら素直に言えばいいだろ……」
「そもそもわたしは怒ってなどいません」


 トピアがきっぱりと答える。俺は色々ツッコミたかったものの、確かに肌寒くて屋内に戻りたい思いだったので、仕方なく詫びを入れることに決めた。


「わかったわかった。ちゃんと謝ったら抱き付いてもいいんだよな?」
「はい。気のせいか今全身に悪寒が走りましたが」


 よし。本人から改めて許しが出た。さっさと謝って抱き付いてしまう。
 俺は咳払いする。そもそもアルパカをバカにしてはいないので、誠心誠意とはいかないが―――。






【じゃあスカートたくしあげてパンツ見せてくれ。このままじゃアルパカご本人様に謝罪できないだろ】






 ……あぁ、俺もそう思う。
 相手の顔を見て謝るのは万国共通の常識だろうし……。


(でもなぁ! でもなぁ! この状況じゃあ『思うだけ』なんだよ! アルパカじゃなくてトピアのパンツが見たいみたいな風に聞こえるじゃないかああああ!?)


「……。憑々谷君。今の発言は君の本心ですか?」


 トピアが無表情のまま訊ねてきた。
 俺は慌てて「ま、まさか! これが著者の仕業なんだよ!」と理解を求めるが、


「そうですか。では著者を恨んでください。先に行って待ってますので、全力で女子寮を探し回ってください、この変態」


 トピアが俺の前から消えたのだった……。



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