山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

62.王立学院中央図書館にて

 王立学院には図書館がいくつかあり、今回向かったのは一番古い建物で中央図書館というものだ。
 中央図書館は塔を改造した建築物で学院の中心にある。

 見た目は古いが、中は改装されて綺麗で快適だ。各階には壁も含めたあらゆる場所に書架が並び、本棚の隙間を埋めるように設置された机で学生達が勉学に励んでいる。

「ここが噂に名高い王立学院中央図書館。古今東西の冒険譚、英雄譚といった書物が選り取り見取りなのですね。うへへ……」
「だから姫様、『うへへ』はおやめください。それはそれとして、ここには沢山の論文も保管されているのです。勿論そこには有望な研究も。ぐへへ……」
「あの、お二人とも、早く中へ入りましょう。人が見てますから」
「ステル君、結構状況に慣れるの早いわよね……」

 何かに感心しているリリカの案内で一行は中に入る。キョロキョロする王家の主従を連れて、向かう先は上階だ。
 ステル達の目的地は、最上階に作られた特別室だった。
 そこは一目でわかるくらいお金のかけられた豪華な室内。
 中央図書館は背の高い建物だ。学院の敷地のみならずアコーラ市の景色まで一望できるこの部屋は学院が大切な客をもてなすために使われているという。
 そしてそこに、ステルに見覚えのある人物がいた。

「ベ、ベルフ教授!?」
「なんでここに!」

 そこにはテーブルの上に書物を並べたベルフ教授が待ち構えていた。
 いつもよりも良い衣服に身を包んだ教授は、立ち上がって落ちついた口調で言う。

「王女に招かれたのですよ。初めまして、ヘレナ王女。お目にかかれて光栄にございます」

 教授らしい隙の無い仕草で一礼。
 すると、ヘレナ王女が華やかな笑みを浮かべて礼を返す。

「こちらこそ、薬草学の権威であるベルフ教授にお会いできて嬉しいです。ね、アマンダ」

 そう言われた横のアマンダは、固まっていた。
 文字通り、彼女の表情には何の動きも無かった。かすかに震えてすらいる。

「アマンダさん、大丈夫ですか?」

 問いかけたリリカの方を向きもせず、アマンダの視線は一心にベルフ教授に注がれていた。

「お……お……」

 なんか声が漏れた。
 そして、今初めて歩き出しましたとでもいうような怪しい動きで、アマンダはベルフ教授の前まで行く。
 目の前に着くと、彼女は深々と頭を下げた。

「お会いしとうございましたあぁ! 教授の学者として歩んできた道、そして研究の成果、このアマンダ、心より尊敬しております!」
「えっと……。ヘレナ様?」
 
 いきなりのことに戸惑ったステルが主に聞くと、王女は微笑んで答える。

「ベルフ教授は女性の研究者に対して風当たりの厳しい時代に、道を切り開いた学者なのです。アマンダは昔から尊敬していて、学生時代は薬草学を独学で学んでいたくらいなのですよ」
「な、なるほど」

 ちょっと困っているベルフ教授と感激しているアマンダを見て納得するステルである。

「アマンダ。そろそろ落ちつきなさい。教授が困っているわ」
「はっ。申し訳ありません。つい我を忘れて……」

 王女に言われてようやくアマンダが顔を上げた。
 一方のベルフ教授の方は困り顔だが、それほど迷惑そうでもない様子。

「いえ、ヘレナ王女から『ちょっと驚くような反応をされるかもしれないけれど、どうか見守ってあげてください』と事前に説明をして貰っていましたから」
「姫様から?」

 アマンダの視線を受け、王女が頷く。

「せっかく王立学院に来たのですから。日頃から私の御世話をしてくれている、アマンダへの贈り物です」
「ひ、姫様……」

 感激し、その場に跪くアマンダ。

「感動的な光景……なんですよね」
「そうよ。……多分」 

 あまりの感情の起伏に、ステルとリリカは場の流れから完全に置いていかれていた。

「あの、ところでベルフ教授のそれ、講義の準備みたいですけれど」

 机の上の書籍や書類に気づいたリリカが指摘すると、教授がこちらを向いた。

「ええ。私はここでアマンダさんに薬草学の特別講義をする予定です。リリカさんも良ければどうぞ」
「な、なんという光栄な……っ」

 その内容を聞いて、アマンダが悶えていた。忙しい人だとステルは思った。
 一方のリリカは微妙な顔だ。ここに来て講義とは思っていなかったのである。

「リリカさん、どうかお願いします。アマンダに一時間ばかり付き合ってあげてください」

 様子を見ていたヘレナ王女が、あろうことか頭を下げてきた。
 流石にこれは断れる状況ではない。リリカはここに学院の代表として来ているのだから。

「構いませんけれど。ステル君もですか?」

 その言葉に、ヘレナは首を横に振った。

「私は別の用件があります。ステルさんにはそれに護衛として着いて来て頂きたいのです」
「えっ。いいですけれど。アマンダさんが……」

 護衛騎士が護衛から外れるのは流石に問題なんではないだろうか。
 そう思ったら、アマンダがステルと王女をじっと見てから言った。

「承知しました。ステル様。姫様をお願いします」

 その視線は驚くほど真剣なものだった。
 尊敬する人物の講義というご褒美に負けた者に出来る目では無い。そう思えた。

「わ、わかりました」

 思いの外強い意志を見て、ステルは承諾する。意味も無くされた話ではないのかもしれない。

「では、ステルさん、私とこちらへ」
「ステル君、い、いってらっしゃい」

 色々と状況についていけてない様子だが、一応リリカが送り出してくれた。
 学問の時間に入った二人を残して、ステルは王女と別の部屋への扉をくぐる。

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