山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
55.決意
久しぶりに会うラウリはすっかり顔色が良くなっていた。
いつもの朗らかなハンサム顔で冒険者協会にやってきたステルを出迎えたラウリは、少しだけ減った書類の山を片づけながら椅子を勧めてくれた。
「ラウリさん、調子が良さそうですね」
「ステル君達のおかげだよ。色々と仕事は残っているが、少しは安心して眠れるようになったのでね」
「騒ぎのおかげで溜まっていた仕事の処理が沢山ありますけれどね」
そう言いながら、すっかり秘書みたいになってしまっているアンナが紅茶を持って来てくれた。
「ステルさん、お疲れ様でした。おかげで私も通常の仕事に復帰できます」
眼鏡の位置を直して、彼女は礼儀正しく一礼。
「アンナさんも大変ですね」
「それはもう。支部長にこき使われましたから」
そして、じっとりとした視線がラウリに送られた。
「いや、その、すまないね。迷惑をかけて」
「いえ、仕事ですから」
素っ気なく言うとアンナは退出していった。
室内にはまったりとお茶を味わうステルと、微妙に引きつった笑みを浮かべるラウリが残された。
「怒ってましたね」
「アンナ君が思った以上に優秀なので頼りすぎたようだ」
そう言ってから、気を取り直したように表情を引き締めるラウリ。
「クリス先輩に会ってきた」
その言葉に、ステルも紅茶のカップを置く。
「それで、どうなったんですか?」
今日ここに来た理由はクリスの処遇や現状についてラウリから伝えたいと連絡があったからだ。
ステルとリリカがクリスティン・アークサイドを捕らえてからもう一週間がたっていた。
「怪我は軽かったようで、元気だったよ。いつも通りの様子で話された」
「そうですか……」
それは何よりだ。大怪我させたり、命まで奪いたかったわけではない。
「なんというか。大人しく捕まってくれているよ。重犯罪者だが、同時に魔剣を起動した情報を知る人物だ。それなりに悪くない待遇の牢屋に入れられている」
「え、それでいいんですか?」
「怪我人は出たが、死人は出ていないからね。それに、あの人なら金を積んで手に入れたい金持ちが山ほどいる」
下手な対応はできないよ、といってラウリは紅茶を一口。
「これから先、クリスさんはどうなるんですか?」
「わからない。それなりの罪には問われるだろうが、適当な理由がつけられて外に出てしまうかも知れない。全てはこれからだ」
どうやら、ラウリにも先行きが読めないような状況らしい。都会というのは複雑だ。
「そういえば、クリスさんはどうしてアコーラ市に戻ってきたんでしょう? 魔剣を持って国外に逃げていれば良かったのに」
「その件についても追求中だ。協力的な態度とは言えないが、近いうちに何かしらの情報は入るだろう」
やれやれ、と嘆息してから、ラウリは引き出しから二枚の書類を取り出した。
「今回の事件の報酬だ。リリカ君の分もある。まだ忙しくてね、渡しておいてくれないか?」
「いいですけど……うぇ! ……いいんですか?」
物凄い金額が書かれていた。一年暮らせるどころか、家が建つ。
「いいんだ。高額の賞金首を捕らえたとでも思ってくれ。君達がやってくれなければ、今頃どうなっていたかわからないのだから」
そう言うラウリの表情は穏やかだが、疲れがにじんでいた。一段落したら休暇を薦めようとステルは思った。
ともあれ、用件はこれで終わりのようだ。紅茶を飲み終えたステルは席を立つ。
「仕事かい?」
「いえ、リリカさんと約束があります」
「私が礼を言っていたと伝えておいてくれると嬉しい」
「わかりました」
言うなり書類にペンを走らせ始めたラウリを背に、ステルは退出した。
○○○
今日の集合場所は王立学院だった。
敷地内の喫茶店にて、ステルは冒険者協会で聞いたことをリリカに伝えていた。
「そう。クリスさんはそんな感じなのね」
「はい。それでこれが報酬だそうです」
「冒険者じゃないのに貰っていいのかし……ら」
書類を目を通したリリカが、金額を見て動きを止めた。
流石のお嬢様といえど驚いたらしい。
「……これ、貰っちゃっていいの?」
「賞金首を捕まえたと思って欲しいって、お礼と一緒に言われましたよ。ラウリさんから」
「ちょっとこれはパパとママに相談しなきゃいけないわね。あ、冒険者協会と関わったってばれて怒られるかも……」
「だ、大丈夫なんですか?」
冒険者への道が閉ざされてしまいかねない危機だ。
リリカの両親がどの程度厳しいかは知らないが、心配になる。
そんなステルの内心をよそに、あっけらかんとした様子でリリカは言った。
「大丈夫よ。それにわたし、冒険者になるのやめたの」
「そうですか。それは良かった。……はい?」
いきなりの爆弾発言である。あまりにも自然な口調だったので、後半を普通に流すところだった。
「だから、わたし、リリカ・スワチカは冒険者になるのはやめたの。ちゃんと考えた結果よ」
「そ、そんな唐突に。いいんですか?」
「あら。ステル君だって反対してたじゃない」
「それは……そうですけど」
拗ねたような口調で言われて、反論の余地を奪われてしまった。確かに彼女が冒険者になることには反対したが、こんなにあっさりと心境が変わるとは思っていなかったのだ。
「結局ね、冒険者ってわたしにとって憧れの職業なんだけど、なりたい職業じゃなかったんだなって、今回色々経験して思ったの。そうね、物語の中の英雄とかお姫様みたいに素敵って思ってて、自分がなりたいわけじゃなかったというかね」
それは自分が冒険者の物語だけを見ていたからだろう。クリスを捕まえた後、リリカはそう自身の憧れに結論したのである。
まあ、いざ、自分が当事者になってみると、思ったのと違ったというか、そんなところだ。
「それにね。やりたいことができたの」
「冒険者よりもってことですか?」
「そう。わたし、魔導具の研究者になるわ。それで、ステル君の装備を作りたいの」
「……えっと、それはどういう?」
これまた唐突な発言だ。研究者はわかる。リリカに向いた職業だと思う。今回だって、クリスの魔導具の弱点を教えてくれたりと色々と助けて貰った。
しかし、装備を作るとはどういうことだろう。
「今回の事件で一緒にいてわかったの。ステル君、貴方、着ている服はいいけれど、それ以外が貧弱すぎるわ。だから、わたしが特別製のを作ってあげる」
心底楽しそうに、リリカはそう宣言した。
ステルとしては、嬉しいような困ったような微妙なところだ。
「えっと、僕はそんなにお金ありませんよ?」
「今回の報酬があるでしょ? それに大丈夫よ。試験品ってことにするし、魔導具業界なら色々とコネもあるから。結構役に立てると思うけど、嫌かしら……?」
流石にいきなりな話だという自覚はあるのだろう。ちょっと弱気な態度でリリカが聞いてきた。
そういう風にこられるとステルは弱い。
「そ、そんなことは。嬉しいですけど、いいんですか?」
「いいのよ。気づいたのよ、わたし、冒険者になってやりたいことより、魔導具の世界でやりたいことの方が沢山あるって」
それは迷いや不安を振り切った、彼女らしい笑顔と共にされた宣言だった。
「わたしのこれからの夢は、魔導具の技術で色々とすること。世の中を良くするとか、大きなことは言えないけれどね。ステル君、手伝ってくれるかしら?」
彼女らしい明るさと強さを見せて、最後に照れながら出されたその問いかけに、ステルは笑顔で応じる。
「はい。僕で力になれることがあれば、遠慮なく言ってください」
その言葉に、リリカは遠慮がちな様子で言う。
「じゃあ、まずは一つお願いがあるかな。あのさ、敬語で話すの、やめてもらっていい? わたしたち……友達でしょ?」
「えっと………」
リリカは年上だ。だから、ステルが敬語なのは別におかしくないと思う。
どうしたものか、と迷った時、リリカが今日一番とも言える真剣な眼差しでこちらを見ているのが目に入った。
自分の未来を見据え始めた琥珀色の瞳が、一心に、そして不安げに揺れている。
「わかった。これからはそうするよ、リリカさん」
「うん。よろしくね!」
ステルの軽い申し出に、喜びが溢れるような返事と笑顔が返ってきた。
いつもの朗らかなハンサム顔で冒険者協会にやってきたステルを出迎えたラウリは、少しだけ減った書類の山を片づけながら椅子を勧めてくれた。
「ラウリさん、調子が良さそうですね」
「ステル君達のおかげだよ。色々と仕事は残っているが、少しは安心して眠れるようになったのでね」
「騒ぎのおかげで溜まっていた仕事の処理が沢山ありますけれどね」
そう言いながら、すっかり秘書みたいになってしまっているアンナが紅茶を持って来てくれた。
「ステルさん、お疲れ様でした。おかげで私も通常の仕事に復帰できます」
眼鏡の位置を直して、彼女は礼儀正しく一礼。
「アンナさんも大変ですね」
「それはもう。支部長にこき使われましたから」
そして、じっとりとした視線がラウリに送られた。
「いや、その、すまないね。迷惑をかけて」
「いえ、仕事ですから」
素っ気なく言うとアンナは退出していった。
室内にはまったりとお茶を味わうステルと、微妙に引きつった笑みを浮かべるラウリが残された。
「怒ってましたね」
「アンナ君が思った以上に優秀なので頼りすぎたようだ」
そう言ってから、気を取り直したように表情を引き締めるラウリ。
「クリス先輩に会ってきた」
その言葉に、ステルも紅茶のカップを置く。
「それで、どうなったんですか?」
今日ここに来た理由はクリスの処遇や現状についてラウリから伝えたいと連絡があったからだ。
ステルとリリカがクリスティン・アークサイドを捕らえてからもう一週間がたっていた。
「怪我は軽かったようで、元気だったよ。いつも通りの様子で話された」
「そうですか……」
それは何よりだ。大怪我させたり、命まで奪いたかったわけではない。
「なんというか。大人しく捕まってくれているよ。重犯罪者だが、同時に魔剣を起動した情報を知る人物だ。それなりに悪くない待遇の牢屋に入れられている」
「え、それでいいんですか?」
「怪我人は出たが、死人は出ていないからね。それに、あの人なら金を積んで手に入れたい金持ちが山ほどいる」
下手な対応はできないよ、といってラウリは紅茶を一口。
「これから先、クリスさんはどうなるんですか?」
「わからない。それなりの罪には問われるだろうが、適当な理由がつけられて外に出てしまうかも知れない。全てはこれからだ」
どうやら、ラウリにも先行きが読めないような状況らしい。都会というのは複雑だ。
「そういえば、クリスさんはどうしてアコーラ市に戻ってきたんでしょう? 魔剣を持って国外に逃げていれば良かったのに」
「その件についても追求中だ。協力的な態度とは言えないが、近いうちに何かしらの情報は入るだろう」
やれやれ、と嘆息してから、ラウリは引き出しから二枚の書類を取り出した。
「今回の事件の報酬だ。リリカ君の分もある。まだ忙しくてね、渡しておいてくれないか?」
「いいですけど……うぇ! ……いいんですか?」
物凄い金額が書かれていた。一年暮らせるどころか、家が建つ。
「いいんだ。高額の賞金首を捕らえたとでも思ってくれ。君達がやってくれなければ、今頃どうなっていたかわからないのだから」
そう言うラウリの表情は穏やかだが、疲れがにじんでいた。一段落したら休暇を薦めようとステルは思った。
ともあれ、用件はこれで終わりのようだ。紅茶を飲み終えたステルは席を立つ。
「仕事かい?」
「いえ、リリカさんと約束があります」
「私が礼を言っていたと伝えておいてくれると嬉しい」
「わかりました」
言うなり書類にペンを走らせ始めたラウリを背に、ステルは退出した。
○○○
今日の集合場所は王立学院だった。
敷地内の喫茶店にて、ステルは冒険者協会で聞いたことをリリカに伝えていた。
「そう。クリスさんはそんな感じなのね」
「はい。それでこれが報酬だそうです」
「冒険者じゃないのに貰っていいのかし……ら」
書類を目を通したリリカが、金額を見て動きを止めた。
流石のお嬢様といえど驚いたらしい。
「……これ、貰っちゃっていいの?」
「賞金首を捕まえたと思って欲しいって、お礼と一緒に言われましたよ。ラウリさんから」
「ちょっとこれはパパとママに相談しなきゃいけないわね。あ、冒険者協会と関わったってばれて怒られるかも……」
「だ、大丈夫なんですか?」
冒険者への道が閉ざされてしまいかねない危機だ。
リリカの両親がどの程度厳しいかは知らないが、心配になる。
そんなステルの内心をよそに、あっけらかんとした様子でリリカは言った。
「大丈夫よ。それにわたし、冒険者になるのやめたの」
「そうですか。それは良かった。……はい?」
いきなりの爆弾発言である。あまりにも自然な口調だったので、後半を普通に流すところだった。
「だから、わたし、リリカ・スワチカは冒険者になるのはやめたの。ちゃんと考えた結果よ」
「そ、そんな唐突に。いいんですか?」
「あら。ステル君だって反対してたじゃない」
「それは……そうですけど」
拗ねたような口調で言われて、反論の余地を奪われてしまった。確かに彼女が冒険者になることには反対したが、こんなにあっさりと心境が変わるとは思っていなかったのだ。
「結局ね、冒険者ってわたしにとって憧れの職業なんだけど、なりたい職業じゃなかったんだなって、今回色々経験して思ったの。そうね、物語の中の英雄とかお姫様みたいに素敵って思ってて、自分がなりたいわけじゃなかったというかね」
それは自分が冒険者の物語だけを見ていたからだろう。クリスを捕まえた後、リリカはそう自身の憧れに結論したのである。
まあ、いざ、自分が当事者になってみると、思ったのと違ったというか、そんなところだ。
「それにね。やりたいことができたの」
「冒険者よりもってことですか?」
「そう。わたし、魔導具の研究者になるわ。それで、ステル君の装備を作りたいの」
「……えっと、それはどういう?」
これまた唐突な発言だ。研究者はわかる。リリカに向いた職業だと思う。今回だって、クリスの魔導具の弱点を教えてくれたりと色々と助けて貰った。
しかし、装備を作るとはどういうことだろう。
「今回の事件で一緒にいてわかったの。ステル君、貴方、着ている服はいいけれど、それ以外が貧弱すぎるわ。だから、わたしが特別製のを作ってあげる」
心底楽しそうに、リリカはそう宣言した。
ステルとしては、嬉しいような困ったような微妙なところだ。
「えっと、僕はそんなにお金ありませんよ?」
「今回の報酬があるでしょ? それに大丈夫よ。試験品ってことにするし、魔導具業界なら色々とコネもあるから。結構役に立てると思うけど、嫌かしら……?」
流石にいきなりな話だという自覚はあるのだろう。ちょっと弱気な態度でリリカが聞いてきた。
そういう風にこられるとステルは弱い。
「そ、そんなことは。嬉しいですけど、いいんですか?」
「いいのよ。気づいたのよ、わたし、冒険者になってやりたいことより、魔導具の世界でやりたいことの方が沢山あるって」
それは迷いや不安を振り切った、彼女らしい笑顔と共にされた宣言だった。
「わたしのこれからの夢は、魔導具の技術で色々とすること。世の中を良くするとか、大きなことは言えないけれどね。ステル君、手伝ってくれるかしら?」
彼女らしい明るさと強さを見せて、最後に照れながら出されたその問いかけに、ステルは笑顔で応じる。
「はい。僕で力になれることがあれば、遠慮なく言ってください」
その言葉に、リリカは遠慮がちな様子で言う。
「じゃあ、まずは一つお願いがあるかな。あのさ、敬語で話すの、やめてもらっていい? わたしたち……友達でしょ?」
「えっと………」
リリカは年上だ。だから、ステルが敬語なのは別におかしくないと思う。
どうしたものか、と迷った時、リリカが今日一番とも言える真剣な眼差しでこちらを見ているのが目に入った。
自分の未来を見据え始めた琥珀色の瞳が、一心に、そして不安げに揺れている。
「わかった。これからはそうするよ、リリカさん」
「うん。よろしくね!」
ステルの軽い申し出に、喜びが溢れるような返事と笑顔が返ってきた。
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