山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

32.魔剣を狙う者

「はぁ、まさか、アーティカさんがラウリさんとそんなに仲良くなっていたなんて……」
「ステル君の保護者だからね、私もしっかりと対応させて頂いているよ。それに、非常に面白い人でもある。おかげで貴重な情報まで頂けた」

 冒険者協会所有の馬車の中。
 下宿で知った驚きの情報を口にしたステルに対してラウリは事も無げにそう答えた。

「アーティカさんって、もしかして凄い魔法使いなんですか?」
「表面上は農場を経営する引退した魔法使いだね。裏面は私にはわからない。魔法使いの世界というのは不得手でね。しかし、魔法使いというのは独自の情報網を持っているものだ。今も昔も神秘的な存在なのに変わりはしない」
 
 現役時代、それで何度か助かった事もある。
 遠い目をしながら、ラウリはそう付け加えた。
 ラウリの過去について、ステルは興味があったが口にはしなかった。何となく、聞くのが悪い気がしたのである。
 二人はこれから魔剣の輸送隊に合流するところである。
 アコーラ市から出た馬車は三台。馬車にはそれぞれ三名ずつの冒険者と水と食料などが乗っていた。
 支部長のラウリがついて来たのは運ばれている物品の重要性を考えて、念のためということだった。
 冒険者が御者まで務める、何とも珍しい一団だった。

 道は舗装されているが、町の中ほど状態が良くないため割と揺れる。
 不平不満が出てもおかしくない乗り心地だが、冒険者にそんな者はいない。
 すでに旅程は二日目。時刻は昼。早朝に出発して、予定ではそろそろ合流だ。
 特にすることも無いので馬車の中では会話が続く。

「魔法結社っていう人たちに魔剣が狙われているんですよね?」
「ああ、アーティカさんに言われて慌てて調べてね。冒険者協会の方でも確認できた。『探求の翼』という王都を拠点にした小さな魔法結社が動いているようだ。考え方が過激すぎて大きな結社から追い出された連中らしい」
「過激っていうと、どんな感じなんです?」
「魔法使いは優れた人間である。古代の栄華を取り戻すために活動すべきだ。……ここまでは良い。個人の自由だ。しかし、その手段として貴重な魔剣や魔法具の類いを強引な方法で集めているのが問題になっている団体だ」
「迷惑ですね。すごく」

 ステルの言葉にラウリは頷いた。

「そう。凄く迷惑だ。首領のカッツという男を始め、存外優秀なのもあって、なかなか捕らえることができていない」
「冒険者協会で賞金がかかったりしないんですか?」
「勿論かかっている。王都の冒険者がずっと追っているよ。しかし、少人数なので動きが速いのと、『探求の翼』の人員が全員魔法使いなので、魔導具の扱いが上手いのが厄介とのことだった」
「魔法使いは優秀だって言ってる人達なのに、魔導具を使うんですか?」

 魔導具は魔法使いを駆逐した技術だ。彼らにとって憎むべき存在ではないのだろうか。
 ステルの素直な疑問にラウリは楽しそうに笑みを浮かべながら答える。

「そこは彼らも上手く考えていてね。古代の魔法こそが本来の姿であり、自分達の扱う魔法は退化している。だから仕方なく魔導具を用いて高みを目指している、とのことらしいよ」
「賢い人達は自分を納得させるのも大変ですね」

 便利だから、では駄目なんだろうか。

「私もそう思う。だがね、世の中、理由を考えるのに熱心な大人は多いものだ」
「大人は大変ですね」
「私もそう思うよ……」

 しみじみと、少し疲れをにじませながらラウリは同意した。多分、色々とあるのだろう。

「ともあれ、私達にとって大事なのは魔導具の扱い長けた厄介な組織が敵だという点だ。……そろそろ森に入るな」
「僕、外に出ますね」
 
 荷物から弓矢を取り出して、ステルは御者台に出る。
 馬車はアコーラ市の西側に広がる農業地帯を抜けて、森に入りつつあった。
 
「この森、前に商隊の護衛をしている時に狼に襲われたことがあるんですよね」

 農地が終わり、街道を飲み込むように現れた森の入り口はステルから見ても不気味だ。
 アコーラ市の人口増加によって森も相当切り開かれたそうだが、見える場所はまだ広く深い。 
 この森は人間の領域を抜けつつあることの印だ。
 ここから先は獣に魔物、悪人にとっては動きやすい環境になる。
 後ろから顔だけ出して様子を見たラウリが言う。

「この辺りの森も大分切り開かれたが、元々が広いからね……。街道を広げて交通量が増えたのが仇になったのか、治安が良くないのは確かだ」

 街道には一定距離ごとに街灯が置かれて明るく照らしているが、まだ足りない。

「狭くなった縄張りから追い出された獣や、金品狙いの強盗が多いそうですね」
「悩ましい限りだよ」

 そこで、二人のやりとりを聞いていた御者の冒険者が「おかげで俺達は食べるのに困らない」と言ったので、ステルは苦笑した。
 平和で安全になればなるほど冒険者の仕事は減る。複雑な心境だ。
 その時だった。
 ステルの耳に、変わった音が聞こえた。

「なにか、聞こえませんか?」
「…………いや、聞こえるか?」

 ラウリに聞かれた御者が首を振る。
 どうやら、二人には聞こえなかったらしい。
 ラウリは仕事用の顔になってステルに問う。

「ステル君。何が起きていると思う?」

 少しの異変も見逃さない慎重さと、ステルに対する信頼。
 その二つが混ざり合った発言だった。
 ステルは心を静めて、耳を澄ます。
 体内を巡る魔力は筋力以外にも五感を強化する。そのおかげで遠くに逃げた獲物を追う事ができるのだ。

「人の声……かな。でも、最初に聞こえたのは爆発した音みたいな……」

 周囲は森だ。見通しが悪く、明るくもない。
 見える範囲で異常は無かった。

「……距離はわかるかね?」
「それほど遠くないと思います」

 言うと、ラウリは静かに頷いた。
 馬車の中に入り、自分の槍を手に取ってから。御者に素早く指示を出し始める。

「一度停車だ。その後、全員装備を確認。それから馬車の速度を上げて進む。……ステル君、すまないが先行してくれるか?」

 ラウリが命令すると、馬車はすぐに停止し、御者は飛び降りて伝令に向かった。

「これを持って行ってくれ」

 ラウリは荷物の中から筒状の魔導具を取りだして放り投げてきた。
 連絡用の信号弾を打ち上げる魔導具だ。簡単な操作で何色かの明るい光を空高く打ち出される。

「襲われていたら赤。何事も無ければ青ですね」
「そうだ。使うと目立つから速やかに移動するように」
「わかりました」

 そう答えるなり、ステルは御者台から飛び降りた。
 着地して、しなやかな動作で疾走へ移り、そのまま森の中へと身を紛れ込ませる。

「はえぇ……」

 一瞬で姿が見えなくなったステルを見たらしく、戻ってきた御者が呆けたような口調で言った。

「ああ見えて、北部の狩人だ。実力を目の当たりにしないと実感はしにくいがな。連絡は済んだな。出してくれ」

 ラウリが槍を手に持ったまま御者台に座ったのを見て、慌てて御者が馬車に乗り込む。

「さて、これから先、どうなることやら……」

 厄介なものに関わる事になってしまった。心中でそう本音を漏らしつつ、ラウリはステルの行った森の中を見据えるのだった。

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