山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません
31.魔剣について
「ステルさんに依頼があります」
冒険者協会に行くと、受付嬢アンナはステルを見るなり、そんなこと言い出した。
「ああ、魔剣の展示会の警備のことですね。もう依頼が来ていたんですか」
今日は依頼の確認に来たのだが、既に話が通っていたようだ。
話が早くて助かるなと思ったら、アンナから予想と少し違った答えが返ってきた。
「実はその依頼の関連で追加がありまして……」
眼鏡の位置を直しながら、少し申し訳なさそうな口調でアンナが言う。
「関連?」
「はい。現在、展示品の輸送隊が市の西側から向かっているのですが、そちらの護衛です」
「護衛って、そんな重要な物品なら凄く強い人がついているんじゃないですか?」
魔剣の警備のために『剣姫』と呼ばれる有名な冒険者が来ると聞いた。アコーラ市までだってその人がいるものだと思っていたのだが。
「仰るとおりです。輸送は順調なのですが、支部長が『ここに来るまで一度も襲撃がないのはおかしい。念のため、迎えに行こう』と言い出しまして、急遽、支部から依頼が出されたのです」
「それで、展示会の依頼も貰っている僕にもということですか」
「はい。ちょうどいいということで。あ、勿論、報酬は別に用意しています」
「それはありがたいですが……」
ステルは少し考えた。
支部長のラウリはわざわざ無駄な依頼を出す人間では無い。彼が襲撃を想定しているのは、それなりの根拠あるのだろう。
『見えざる刃』としての依頼が来ているわけではないが、ステルに依頼を出す程度には警戒しているということだろうか。
何事も起きなければ楽に報酬が貰えるし、急ぎで別の仕事が入っているわけでもない。
つまり、特に断る理由もない依頼だとステルは判断した。
「じゃあ、その依頼も受けます」
「良かったです。では、詳しい説明を……」
依頼が受領されると、アンナはいつもの調子で説明を始めてくれた。
○○○
協会を出て下宿に帰るまでの道中でステルはある事に気づいた。
そういえば、自分は魔剣についての知識が少しも無い。
警備の対象について知識が殆ど無いのは流石に不味いのではないだろうか。
そんな風に思案するうちに、下宿に戻ればその手のことに非常に詳しい人物がいることに思い至った。
「と、いうわけで。僕に魔剣のことを教えてください。アーティカ先生」
「……夕食の後に教えて欲しいことがあるって言うから何かと思ったら、魔剣についてだったのね」
「なにか不味かったですか?」
「いえ、お仕事に関わる事だし、私が教えるのが適任でしょうね」
紅茶の入ったカップを置いて、息を吐くアーティカ。
この家主はリリカ嬢との人間関係で相談でもされるのかとちょっと期待していたのだった。
期待と違う相談だったが、無下にもできない。むしろ積極的に教えるべき内容だろう。
「それで、ステル君はどんな内容の依頼を受けたのか、教えてくれる?」
「えっと、ユリアナさんのお父さんが経営するホテル。エイケスタという所で魔剣の展示会をするそうで、その警備を依頼されました。それで、協会に行ったら魔剣が市内に輸送される護衛も追加で頼まれまして。……どうしました?」
「……学院に出入りしているから良いコネクションが見つかるかと思っていたんだけれど、凄いところを引き当てたわね」
ホテル・エイケスタの経営者一族と言えば、エルキャスト王国有数の富豪だ。その令嬢と知り合うなど、冒険者に限らず、どれだけの人間が羨むことだろうか。
だが、それはそれだ。
幸い、今回の魔剣はアーティカもよく知っていた。
「今回展示される魔剣が非常に貴重なものだって話は聞いているかしら?」
「はい。でも、冒険者協会でも『貴重な魔剣』くらいの説明しか受けれなかったんです」
なるほど。それで不安になるのは生真面目なステルらしい。
護衛対象について事前に知っておくのは対象が何であれ、大切なことだ。
「ステル君が警備する魔剣は北の大迷宮で発見されたものよ。迷宮といっても、古代の魔法使いの研究施設だったみたいなんだけれどね」
北の大迷宮。アコーラ市北部、ステルの故郷から離れた山中で発見された巨大施設である。
古代の魔法使いは実験内容の流出を怖れていたのか、辺鄙なところに研究所を構えるのは珍しい事では無い。この遺跡もそんな類の一つだ。
北の大迷宮はここ十年で最大の遺跡の一つとされ、凄腕の冒険者達が八年の月日をかけてようやく踏破した。
魔剣はその冒険の最後にして最大の発見物だ。
「数多の冒険者の犠牲と引き替えに発見された魔剣よ。用途はおろか、銘すらわかっていない。色々あって発見した冒険者からエルキャスト王国へ渡って、アコーラ市の施設で詳しく調べられる事になったと聞いているわ」
「それが何で展示されるんですか? 研究室に直行でいいと思うんですが」
「政治的な理由らしいわよ。例えば、ユリアナさんのお父さんがこの国に来るように動いた見返りに展示会を頼んだ、とかね?」
「難しいやりとりがあったんですね」
その辺りのやりとりはユリアナもよく知らない。魔剣自体が珍しいので、各方面から情報を集めていたのだが、何だか色々と政治的な綱引きがあったそうだ。
「とにかく、ステル君にとって大事なのは魔剣についてよね。アコーラ市に来る前に研究者が散々調べたそうだけど、膨大な魔力と複雑な魔法陣を内部に持っていること以外、わからなかったという話よ」
「詳しいですね」
「私も魔法使いの端くれだもの、そのくらいの情報は入ってくるわよ」
微笑みながら紅茶を口に運ぶ。魔剣のそのものについてはここからが本題だ。
「ステル君、大昔、魔法使いが強い魔剣を作るためにどんな手段を使ったか知ってる?」
「えっと、やっぱり凄い魔法を使ったんじゃないですか? ホテルの地下で見た魔導具は魔法陣が沢山動いて凄かったですね。あんな感じで、沢山の魔法使いが凄い魔法を使って作ったのかな?」
「正解よ。ただし、現実は酷いものでね。当時の魔法使いは、魔法の武具を作るために、生け贄を使ったのよ」
「生け贄って……」
「魔導具は魔力を蓄える機構として魔集石を使っているけれど、当時の人々は『生き物』を使ったのよ。人間、エルフ、ドワーフ、あるいは高い魔力を持つ獣達。一度に沢山の命を奪う事も珍しくなかったわ」
魔法使いが権力を握っていたのは今から二千年以上も前の話だ。詳しい歴史は失われ、遺跡で発見される資料や、怪しい伝承でしか当時の状況は把握できない。
ただ、大がかりな魔法を使うときに生け贄が捧げられる事は、資料も伝承も共通している。
「宝石とか金属も魔力を蓄える特性があるんじゃないですか?」
「生き物ってね、魔法使いの才能があるなしに関わらず、毎日ちょっとずつ魔力を使って、食べたり寝たりするだけで回復しているの。そのおかげか下手な素材よりも、強引に魔力を詰め込みやすいのよ」
「……さっき、北の迷宮は実験施設だって言いましたよね」
「ええ、魔法使い以外には地獄のような場所だったと思うわ。遺跡になっていて何よりね」
魔法使いであるアーティカ自身、心からそう思う。
多大な命を犠牲にして魔法を使う時代が終焉していなかったら、自分もそちら側にいたかもしれないと思うと正直ぞっとした。
「ステル君が警備する魔剣はおびただしい犠牲の結晶みたいなものね」
「危険じゃないんですか?」
「わからないわ。武器という観点でいえば、現代の魔導具の方が大きな破壊を生み出すかも知れない。どちらかというと、剣に内包されている魔法陣の価値が凄いでしょうね」
古代の魔法使いは現代の魔法使いよりも高度な魔法を扱っていた。
彼らの残した魔法陣は魔導具にも応用が効くため、研究対象としての価値は非常に高い。
たかが一本の剣が一国の未来を左右することになっても少しも不思議では無い。
「ラウリさんが神経質になるわけですね」
そんな説明を聞いて、ステルは深く頷いた。
アーティカに相談して正解だった。話を聞いて、素直にそう思う。
ステルは魔剣のことを貴重な発掘品のように考えていたが、どうやらとんでも物だったらしい。
「襲撃を警戒するわけですね」
「それも根拠が無いわけじゃ無いのよ。魔法結社と言ってね。古き魔法を賛美する時代遅れの団体があるの。そこの一部の過激な人たちが狙っているわ」
「また、はっきりと言いますね」
「勿論よ。だって、ラウリさんにその情報を伝えたのは私だもの」
事も無げにアーティカがそう言うと、ステルは目を見開いて驚いた。
その様子が面白かったので、にっこり笑いながら、アーティカは言葉を続けた。
「お姉さん、こう見えてもそれなりの魔法使いなのよ?」
冒険者協会に行くと、受付嬢アンナはステルを見るなり、そんなこと言い出した。
「ああ、魔剣の展示会の警備のことですね。もう依頼が来ていたんですか」
今日は依頼の確認に来たのだが、既に話が通っていたようだ。
話が早くて助かるなと思ったら、アンナから予想と少し違った答えが返ってきた。
「実はその依頼の関連で追加がありまして……」
眼鏡の位置を直しながら、少し申し訳なさそうな口調でアンナが言う。
「関連?」
「はい。現在、展示品の輸送隊が市の西側から向かっているのですが、そちらの護衛です」
「護衛って、そんな重要な物品なら凄く強い人がついているんじゃないですか?」
魔剣の警備のために『剣姫』と呼ばれる有名な冒険者が来ると聞いた。アコーラ市までだってその人がいるものだと思っていたのだが。
「仰るとおりです。輸送は順調なのですが、支部長が『ここに来るまで一度も襲撃がないのはおかしい。念のため、迎えに行こう』と言い出しまして、急遽、支部から依頼が出されたのです」
「それで、展示会の依頼も貰っている僕にもということですか」
「はい。ちょうどいいということで。あ、勿論、報酬は別に用意しています」
「それはありがたいですが……」
ステルは少し考えた。
支部長のラウリはわざわざ無駄な依頼を出す人間では無い。彼が襲撃を想定しているのは、それなりの根拠あるのだろう。
『見えざる刃』としての依頼が来ているわけではないが、ステルに依頼を出す程度には警戒しているということだろうか。
何事も起きなければ楽に報酬が貰えるし、急ぎで別の仕事が入っているわけでもない。
つまり、特に断る理由もない依頼だとステルは判断した。
「じゃあ、その依頼も受けます」
「良かったです。では、詳しい説明を……」
依頼が受領されると、アンナはいつもの調子で説明を始めてくれた。
○○○
協会を出て下宿に帰るまでの道中でステルはある事に気づいた。
そういえば、自分は魔剣についての知識が少しも無い。
警備の対象について知識が殆ど無いのは流石に不味いのではないだろうか。
そんな風に思案するうちに、下宿に戻ればその手のことに非常に詳しい人物がいることに思い至った。
「と、いうわけで。僕に魔剣のことを教えてください。アーティカ先生」
「……夕食の後に教えて欲しいことがあるって言うから何かと思ったら、魔剣についてだったのね」
「なにか不味かったですか?」
「いえ、お仕事に関わる事だし、私が教えるのが適任でしょうね」
紅茶の入ったカップを置いて、息を吐くアーティカ。
この家主はリリカ嬢との人間関係で相談でもされるのかとちょっと期待していたのだった。
期待と違う相談だったが、無下にもできない。むしろ積極的に教えるべき内容だろう。
「それで、ステル君はどんな内容の依頼を受けたのか、教えてくれる?」
「えっと、ユリアナさんのお父さんが経営するホテル。エイケスタという所で魔剣の展示会をするそうで、その警備を依頼されました。それで、協会に行ったら魔剣が市内に輸送される護衛も追加で頼まれまして。……どうしました?」
「……学院に出入りしているから良いコネクションが見つかるかと思っていたんだけれど、凄いところを引き当てたわね」
ホテル・エイケスタの経営者一族と言えば、エルキャスト王国有数の富豪だ。その令嬢と知り合うなど、冒険者に限らず、どれだけの人間が羨むことだろうか。
だが、それはそれだ。
幸い、今回の魔剣はアーティカもよく知っていた。
「今回展示される魔剣が非常に貴重なものだって話は聞いているかしら?」
「はい。でも、冒険者協会でも『貴重な魔剣』くらいの説明しか受けれなかったんです」
なるほど。それで不安になるのは生真面目なステルらしい。
護衛対象について事前に知っておくのは対象が何であれ、大切なことだ。
「ステル君が警備する魔剣は北の大迷宮で発見されたものよ。迷宮といっても、古代の魔法使いの研究施設だったみたいなんだけれどね」
北の大迷宮。アコーラ市北部、ステルの故郷から離れた山中で発見された巨大施設である。
古代の魔法使いは実験内容の流出を怖れていたのか、辺鄙なところに研究所を構えるのは珍しい事では無い。この遺跡もそんな類の一つだ。
北の大迷宮はここ十年で最大の遺跡の一つとされ、凄腕の冒険者達が八年の月日をかけてようやく踏破した。
魔剣はその冒険の最後にして最大の発見物だ。
「数多の冒険者の犠牲と引き替えに発見された魔剣よ。用途はおろか、銘すらわかっていない。色々あって発見した冒険者からエルキャスト王国へ渡って、アコーラ市の施設で詳しく調べられる事になったと聞いているわ」
「それが何で展示されるんですか? 研究室に直行でいいと思うんですが」
「政治的な理由らしいわよ。例えば、ユリアナさんのお父さんがこの国に来るように動いた見返りに展示会を頼んだ、とかね?」
「難しいやりとりがあったんですね」
その辺りのやりとりはユリアナもよく知らない。魔剣自体が珍しいので、各方面から情報を集めていたのだが、何だか色々と政治的な綱引きがあったそうだ。
「とにかく、ステル君にとって大事なのは魔剣についてよね。アコーラ市に来る前に研究者が散々調べたそうだけど、膨大な魔力と複雑な魔法陣を内部に持っていること以外、わからなかったという話よ」
「詳しいですね」
「私も魔法使いの端くれだもの、そのくらいの情報は入ってくるわよ」
微笑みながら紅茶を口に運ぶ。魔剣のそのものについてはここからが本題だ。
「ステル君、大昔、魔法使いが強い魔剣を作るためにどんな手段を使ったか知ってる?」
「えっと、やっぱり凄い魔法を使ったんじゃないですか? ホテルの地下で見た魔導具は魔法陣が沢山動いて凄かったですね。あんな感じで、沢山の魔法使いが凄い魔法を使って作ったのかな?」
「正解よ。ただし、現実は酷いものでね。当時の魔法使いは、魔法の武具を作るために、生け贄を使ったのよ」
「生け贄って……」
「魔導具は魔力を蓄える機構として魔集石を使っているけれど、当時の人々は『生き物』を使ったのよ。人間、エルフ、ドワーフ、あるいは高い魔力を持つ獣達。一度に沢山の命を奪う事も珍しくなかったわ」
魔法使いが権力を握っていたのは今から二千年以上も前の話だ。詳しい歴史は失われ、遺跡で発見される資料や、怪しい伝承でしか当時の状況は把握できない。
ただ、大がかりな魔法を使うときに生け贄が捧げられる事は、資料も伝承も共通している。
「宝石とか金属も魔力を蓄える特性があるんじゃないですか?」
「生き物ってね、魔法使いの才能があるなしに関わらず、毎日ちょっとずつ魔力を使って、食べたり寝たりするだけで回復しているの。そのおかげか下手な素材よりも、強引に魔力を詰め込みやすいのよ」
「……さっき、北の迷宮は実験施設だって言いましたよね」
「ええ、魔法使い以外には地獄のような場所だったと思うわ。遺跡になっていて何よりね」
魔法使いであるアーティカ自身、心からそう思う。
多大な命を犠牲にして魔法を使う時代が終焉していなかったら、自分もそちら側にいたかもしれないと思うと正直ぞっとした。
「ステル君が警備する魔剣はおびただしい犠牲の結晶みたいなものね」
「危険じゃないんですか?」
「わからないわ。武器という観点でいえば、現代の魔導具の方が大きな破壊を生み出すかも知れない。どちらかというと、剣に内包されている魔法陣の価値が凄いでしょうね」
古代の魔法使いは現代の魔法使いよりも高度な魔法を扱っていた。
彼らの残した魔法陣は魔導具にも応用が効くため、研究対象としての価値は非常に高い。
たかが一本の剣が一国の未来を左右することになっても少しも不思議では無い。
「ラウリさんが神経質になるわけですね」
そんな説明を聞いて、ステルは深く頷いた。
アーティカに相談して正解だった。話を聞いて、素直にそう思う。
ステルは魔剣のことを貴重な発掘品のように考えていたが、どうやらとんでも物だったらしい。
「襲撃を警戒するわけですね」
「それも根拠が無いわけじゃ無いのよ。魔法結社と言ってね。古き魔法を賛美する時代遅れの団体があるの。そこの一部の過激な人たちが狙っているわ」
「また、はっきりと言いますね」
「勿論よ。だって、ラウリさんにその情報を伝えたのは私だもの」
事も無げにアーティカがそう言うと、ステルは目を見開いて驚いた。
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