山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

13.リリカ・スワチカ

 少女が飛んだことに驚きつつも、その行き先を見るステル。
 練習場の端の方、そこを走る屈強な四人の男がいた。
 そのうちの一人が 大きな魔道具を持っている。

 放課後の演習場では武器としての魔導具が試験されていることも多い。

 逃げている四人はえんじ色の制服ではなく丈夫そうな革製の服を着ていた。
 ステルの記憶によると、あれは武術の鍛錬をする学科の生徒たちが身に付けるものだった。
 武術科の学生は練武場と呼ばれる場所で魔導具を使った訓練を良く行っている。
 
 良い成績を残すためには良い魔導具が必要だ。物が新しければ対策が施されにくいのでなお良い。 
 そんな理由で、悪い連中がここで実験されているものに目をつけたのだろう。

「逃がさない!」

 ステルは今度こそ大地を強く蹴る。
 その身に宿した力は過不足無く発揮され、周囲の見物客の間を風のようにすり抜け疾走する。
 彼らは神聖なる実験を冒涜した。魔導具好きのステルにとって許しがたい行為である。

 魔導科の演習場が広いと言っても、故郷の山と比べれば、たかが知れている。
 ステルはあっという間に視界の中に犯人たちを納めた。

「あの女の子の方が先だな……」

 上空を見れば白い鎧の少女の方が相手に近かった。

「このおっ! 大人しく捕まっときなさい!」

  先行していた少女が、空中から男子学生の一人に向かって蹴りを放った。

「ぐぇ!」

 落下スピードが乗った容赦ない一撃で、少女より一回り大きい男が、あっさりと蹴り倒された。
 ステルから見ても見事な蹴りであった。

「って、感心してる場合じゃないっ!」

 犯人はまだ三人残っている。確実に捕らえなければ。
 ステルは加速して、一瞬で研究泥棒の前に大きく回り込む。

「なっ、いつの間に追いついて来やがった!」

 こちらに向かって走りながら一番大きな男が驚きとともに叫んだ。
 恐らくこいつがリーダーだろう。
 その手に棍棒のような魔導具を持っている。

「たった今追いついたんだよ」

 小声でそう呟くなり、ステルは手に持った木剣を振りかぶった。
 そして、そのまま勢いよく投げる。
 一直線に飛んでいった木剣は大男ではなく、その横を走る別の一人の足にうまい具合に引っかかった。

「うわあっ!」

 走っている勢いもあり、かなり派手に転倒した。
 とりあえず、 これで一人は無力化した。

「てめぇ、冒険者だな! 首を突っ込んでくるんじゃねぇよ!」

 大男が手に持っていた棍棒のような魔導具を振りかぶった。
 棍棒が魔力の輝きを発し、男の腕の周辺に風の流れが生まれた。
 
 小舟の翼を破壊した力が放たれるのだろう。下手に避けると周囲の人に危険が及びかねない 。

 ステルの行動は早かった。
 魔導具を使われる前に、終わらせる。

 全身を駆け巡る魔力により飛躍的に向上した身体能力。
 それによる踏み込みで、一瞬で男の懐に飛び込んだ。 

「なっ、はえぇっ」

 腐っても武術科の生徒だ。向こうもステルの動きに何とか気づいたらしい。
 しかし、遅い。すでにステルは次の行動に入っていた。
 すなわち、攻撃である。
 と言っても、それほど危険なものではない。

「よいしょっと!」

 その動作は一瞬だ。
 片手で男の魔導具を持つ手を取り、走っている勢いを利用して、一気に投げ飛ばした。
 もちろん、 頭を打たないように 気を遣った。

「のおおおお!」

 雄叫びをあげながら勢いよく投げ飛ばされる大男。
 豪快に背中から着地して、土煙を巻き上げる。
 それなりに強く叩きつけられたはずだから、すぐには動けないはずだ。

「うん。うまくいった」

 投げるついでにちゃっかり奪い取った棍棒を手にそう漏らす。
 さて、あと一人だ。

 仲間が投げ飛ばされたのを見て、方向を変えて逃げる、最後の一人に目を向ける。
 しかし、ステルがそれ以上の行動を取る必要はなかった。
 空飛ぶ少女が二度目の蹴りを放っていたからだ。 

「とおおおぉぉっ!」
「ぐほぉっ」

 叫びと共に背中に蹴りを入れられた男は、前のめりに転倒し、演習場の土の地面を軽快に滑ることになった。
 地味に痛そうである。

「よしっ。みんな、捕まえるの手伝って!」

 少女がそう言うなり、学生たちが集まってきて男を捕らえにかかった。
 あっと言う間に研究泥棒の全員が捕縛される。
 どうやら、一見落着のようである。

「あ、この魔導具、どうすればいいんだろう?」

 手に持った棍棒を見て、所在なく佇むしかないステルである。
 そもそも持ち主を知らないのだ。
 そんな風に困っていると、白い鎧の少女がこちらに歩いてやってきた。
 少女はステルの前まで来ると満面の笑みで言う。

「手伝ってくれてありがとう! あなた、 すごい動きするのね! どこの科の人かしら?」
「あ、仕事で来てる冒険者だけど……」
「冒険者っ!? あなた、面白いわね。その杖を持ち主に返した後、時間あるかしら? お礼にお茶の一杯くらいごちそうするわよ?」

 そう言って手を差し出してきた少女に、ステルは棍棒を手渡した。

「時間なら少しはあるから大丈夫だけど」
「ほんと? 若い冒険者の人と話せるなんて嬉しいわ。わたしはリリカ・スワチカ。 よろしくね」

 そう言ってリリカと名乗った少女は、空いた手で握手を求めてきた。 


    ○○○



「せっかく奢るのに。こんなのでいいの?」
「ええ、これで十分ですよ」

 思いがけず魔導科の事件に巻き込まれたステルだったが、話の流れでリリカと共にお茶をすることになってしまった。
 二人は現在、学院の敷地内に設けられた喫茶スペースにいた。
 テーブルの上には紅茶とケーキ。
 雑談の時間である。

 あの後、研究泥棒は学院の職員に引き渡された。
 成績と素行の悪い生徒なので、厳しい処分が下されるという。
 リリカは「多分、退学ね」と言っていた。怪我人が出てもおかしくない事態を引き起こしたのだから、それも仕方ないだろう。
 
 しかし、その後が問題だった。
 リリカにお礼も兼ねてと誘われたお茶の席。
 彼女の瞳は爛々と輝き、好奇心の塊となって自分に視線を注いでいる。

 ステルが手入れの行き届いた庭の見える喫茶スペースにいた。
 ちなみに最初はもっとお高い、お金持ち向けの場所に案内されそうだったので断った。
 リリカという少女、特別な魔導具を持っている事から察するに、かなりのお嬢様であるらしい。
 そのお嬢様が言う。

「まずは。改めてお礼を言わせてちょうだい。……手を貸していただきありがとうございました。心よりお礼申し上げます」

 丁寧に頭を下げられ、ステルはちょっと焦る。

「え、いや、こちらこそ。差し出がましいことをしたかなって……」
「そんなことないわ! あなた、凄く興味深い!」
「きょ、興味?」
「だって、十級なんでしょ? それなのに凄く強いじゃない。魔導具を持った相手に見事な身のこなし。しかも、動きに迷いがなかった。忙しくてちらっとしか見えなかったけど、ただものじゃないわ」
「見てたんだ……」

 ステルも少し見ただけだが、このリリカという少女はかなりの手練れのようだ。
 研究泥棒への動きにまるで迷いが感じられなかった。おそらく、それなりの訓練を積んでいるのだろう。
 あの空飛ぶ魔導具の鎧だって、一朝一夕で使いこなせるものでは無いように見えた。

「色々聞きたいこともあるんだけれどね。こう、何から話せばいいのかしら。あ、そうね、わたし、こう見えて冒険者に憧れてるの」
「え? でも、学院の生徒さんで冒険者はたまに見かけますけど」

 小遣い稼ぎに冒険者をやる学生は珍しくない。この二ヶ月で、簡単な依頼で一緒になったことも何度かある。

「親に禁止されてるのよ……。うち、厳しくてさ。卒業するまで駄目だーって」
「はあ。大変なんですね」
「そう。大変なのよ。それでね、ステル君。あなたに話を聞かせて欲しいの。学生じゃない冒険者の知り合いっていなくてね」
「僕は街冒険者だからあんまり面白い話はないですよ。地味な仕事ばかりです」

 ステルのように街を中心に活動する冒険者のことを街冒険者という。
 比較的安全な街での仕事は低級に回されるので、新人は基本的に街冒険者となるのだ。
 外の世界で活躍する冒険者と比べると、扱いに差があるそうだが、ステルはそれを実感するようなことには遭遇していない。
 都会で好きに過ごせる街冒険者という現状を、ステルはかなり気に入っていた。

「地味な話でいいのよ。それに、あなた凄く強いからどんどん出世すると思うわ。協会から秘密の任務を受けたりとか!」
「ははは……。そんなまさか……」

 すでに秘密の任務を受ける身ですとはとても言えなかった。

 それから一時間ほどかけてステルの日常について色々と聞かれた。
 荷物の護衛や薬草採取など地味な話ばかりだったが、リリカはとても楽しそうに聞いてくれた。
 ステルの方もリリカについていくつか知る事が出来た。

 リリカは一つ年上でエルキャスト王国の外の国から来たらしい。
 しかも、学院内でエリートとされる魔導科の学生だそうだ。
 ただの狩人だった自分とは全く違う人生を歩んだ人。ステルとしてはリリカの話の方が興味深かったりもした。

 そんな、思ったよりも楽しいお茶会だったが、午後六時を告げる鐘が鳴ると終わりになった。

「残念。家に帰る時間だわ。ごめんね、わたしばかり話しかけて」
「いえ、いいですよ。ケーキごちそうさまです」
「別にいいのよ。面白い話を聞けたんだから、むしろお礼を言わなきゃいけないわ」
「そうですか? 大したことは話していませんけれど」
「本物の冒険者の人の話って、なかなか聞けないものなのよ。今日は助けて貰ったし、借りができたわね」
「そんな大げさな……。リリカさんなら一人でも何とかなったと思いますけれど?」

 率直な感想を言うと、リリカは暗い顔になって返した。

「加減がね、難しいのよ。この魔導具、試作品だから」
「へぇ……」

 興味を引かれる話だ。
 アコーラ市に来て以来、ステルが一番興味を持つようになったのが魔導具だった。
 今では買いもしない商品のカタログを読んだり、面白い魔導具を探して商店街を冷やかす事もある。
 
「お、魔導具に興味あるの? わたし魔導科だから色々とお話しできるわよ?」
「ほんとですかっ。それは楽しみです……」

 思わず前のめりになったしまい、「しまった」とステルは思った。
 目の前のリリカが「よっしゃ、釣り上げた」とドヤ顔していたからだ。
 物凄い満足気な笑顔を浮かべながら、リリカは右手を出してきた。

「リリカ・スワチカ。魔導科三年。実は飛び級してるの。改めて宜しくね。ステル君」

 色々と勢いがあってちょっと疲れる女性だが、ステルはその笑顔に悪い印象を受けなかった。
 自分に素直で、明るく、知性を感じさせ、少しだけ思慮深さを覗かせる。
 正直、嫌いなタイプではない。
 リリカがステルに興味を持ったように、ステルもリリカを面白いと思ったのである。
 だからステルは笑顔で握手に応じた。

「はい。宜しくお願いします」

 にっこり笑って、リリカは付け加えた。

「あなたの不思議な技の秘密、今は聞かないでおくわ。そのうち解き明かしてみせるから」

 朗らかな笑みの向こう、琥珀色の瞳の奥に獲物を狙うギラついた感情がちょっとだけのぞいていた。

 その後、なんだかどっとつかれたステルは、帰宅すると早めに眠ったのだった。

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