山育ちの冒険者  この都会(まち)が快適なので旅には出ません

みなかみしょう

10.魔物

 ステルは夜明けまで待った。
 日が暮れてからの戦いは不便だし、魔物を取り逃す恐れがあるからだ。
 山の夜は寒かったが、着ている服に仕込まれた魔導具が暖めてくれた。これを用意してくれた母に感謝である。
 特殊な瞑想法で睡眠と覚醒の中途のような状態で休憩し、朝日が昇るのを見て行動を開始した。

 まずは、親玉を狙う!
 
 木から木へと飛び移り、人間ではありえない経路を使って砦の裏手、オークがいると思われる木造部の上方へとステルは向かう。
 途中の剥き出しの見張り台の上にゴブリンが一匹いた。
 ステルは迷わず手に持った石を投擲。
 魔力によって強化された筋力で投じられた石は狙い違わず、ゴブリンの頭蓋を砕く。
 汚い血をまき散らしながら見張り台からゴブリンの死体が落ちた。

 手早く片づけないといけないな。
 
 魔物達は朝に弱い。しかし、見張りが死んだのに気づかない程間抜けでも無い。
 すぐに迎撃態勢を整えてしまうだろう。
 
 そう判断したステルは砦の裏手に着地。木造部の全貌が明らかになった。
 丸太で組まれた小屋と扉。小さな窓が設けられ、最低限外は見えるようになっている。
 粗末ではあるが、魔物が作るにしては上出来な部類であった。

 内部から何匹かの魔物の気配がある。
 窓からこちらを覗き込んでいるのが見えた。

「そこっ!」

 ステルは窓目掛けて石を投げ込む。
 内部から悲鳴が聞こえた。痛みの悲鳴では無く、仲間が即死したことによる恐怖の叫びだ。
 これで相手は恐慌状態。
 このまま中に入って殲滅しようと思った時だった。

「グオオオオオオオォォォ!!」

 周囲の空気が震える程の雄叫びと共に、扉を砕いて現れる者があった。
 二メートルを超える人型の魔物。
 オークである。
 その手に巨大な棍棒を持った巨人の末裔は、怒りに染まった目でステルを睥睨する。

「やあ、おはよう」

 並の人間だったら腰を抜かして命乞いするような状況だが、飄々とした態度でステルは挨拶をした。

「オオオォオォォオオオオ!!」

 それを見て更に気を悪くしたオークが、棍棒を振り上げて突撃してきた。
 魔物の身体能力は高い。巨体が信じられない速度で接近し、ステル目掛けて棍棒を振り下ろす。
 それだけではない、この短い時間に弓を用意したゴブリンによって砦の中から矢が放たれていた。
 ゴブリンの矢は小さく、オークにとってはかすり傷だが、人間はただではすまない。
 
 しかし、ステルにとっては、どちらの攻撃も大した問題ではなかった。
 まず、手にした木剣に魔力を通し、先に到達する矢の気配を斬る。
 オークもゴブリンもその目で捉えきれない剣筋は正しく全ての矢を迎撃した。
 
 次にオークの攻撃。
 こちらは遅いから対処はもっと簡単だ。
 後ろに結んだ黒髪をたなびかせ、ステルは大地を蹴る。
 振り下ろされる棍棒を軽く回避し、そのまま跳躍。
 いきなり目の前に現れた人間の姿を見て、オークは驚愕の表情を浮かべていた。

「さよなら」

 一言呟き、木剣を一閃。
 木剣に纏わせた魔力は、刃の部分で高速回転するようになっている。
 そのおかげで、単なる木剣でも恐るべき切れ味を誇る。
 オークの首は安物の剣くらいなら止めるくらい強靱な肉に守られているが、ステルの木剣は容易に切り裂く。
 
 つまり、ステルは一撃でオークの首を落としたのである。

 ステルが軽やかに着地したのと、オークの首が血しぶきをまき散らしながら地面に落ちたのは同時だった。
 その光景を見たゴブリン達は即座に恐慌状態に陥った。
 自分達の強いリーダーが一瞬でやられたのだ。そのことを理解できただけ、彼らは優秀だった。

 しかし、ステルは敵の集団が崩壊した瞬間を見逃さない
 ゴブリン達が『逃げる』という選択肢を浮かべる前に駆けだし、砦に突入する。
 薄暗い砦内部で気配を頼りに武器を振るう。
 視界が悪いのは気にならない。そういう訓練を幼い頃から積んでいるのだから。
 木剣、拳、それと周辺で見つけた雑多な武器を使って、ステルが砦内のゴブリンを全滅させるまで、そう時間はかからなかった。 

 そして、数十分後。

「さて、どうしようかな……」

 ゴブリンを倒して静かになった砦で、ステルは悩んでいた。
 オークの砦を殲滅した事を報告しなければならない。
 いや、実際には「怪しい砦の中に入ったらオーク軍団が全滅していた」という苦しい説明をするつもりだ。
 どちらにせよ、報告の信憑性を上げるためにも証拠が必要だろう。
 では、何を持って行けば証拠たり得るだろうか。
 やはり首だろうか。

「うーん。やっぱり首だよなぁ……」

 かなり嫌だがそう判断し、オークの首を持って来た袋に包む。いらない布も使って何重にも包み込んだが、どうしたって血がにじみそうだ。
 
「……よし、街まで走ろう」

 こんなものを持って何日も移動するのはご免なので、街まで走る事にした。
 ここからアコーラ市まで、馬車だと二日かかるがステルが本気で走れば一日だ。
 首も新鮮なままだろう。

「途中で荷物も回収しなきゃなぁ」

 ぼやきながらも、ステルは風のように駆けだした。


     ○○○


 それから一日、ステルは走り続けてアコーラ市に到着した。
 野山を駆ける狩人出身といえど、流石に疲れた。ちなみに疲れた主な要因は距離を短縮するため山を突っ切ったからである。
 
 勿論、薬草採取の保管庫も持って来ている。
 さて、冒険者協会と王立学院、どちらに向かうべきか。
 
「……先に報告かな?」
 
 少し悩んでから、ステルはまず冒険者協会に行くことに決めた。
 生首を持って学び舎に入るのをためらったのである。

 アコーラ市内で走ると目立つので乗合馬車を利用し、無事に冒険者協会に到着。
 受付を見るとアンナがいた。
 運が良い事に誰の応対もしていない。 

「こんにちは。アンナさん」
「はい、こんにちは。って、ステルさん? どうかしたんですか? 予定より大分早いですよ?」

 眼鏡の向こうの目を見開いてアンナが驚いた。無理も無い。予定の半分くらいの日数で帰って来たのだから。

「ちょっと問題が発生しまして」
「問題? 山崩れでもありましたか?」
「オークがいました。ゴブリンと一緒に」
「へ?」

 深刻な表情から呆然とした表情へと、激しく感情を動かすアンナ。
 あえてその空気を読まず、ステルは話を続けた。
 袋を取り出し、縛った紐を緩め、。

「これを見てください」

 オークの生首をアンナに見せた。

「ひっ……」

 それ以上、アンナは悲鳴を上げなかった。
 彼女は優秀かつベテランの受付。何とかギリギリのところで踏みとどまったのである。
 一方のステルは、一気に血の気の引いたアンナを見て、申し訳ない気持ちになった。

「あ、すいません。不用意なことを……」
「うっ……いえ、こうでもしてもらわないと信じられない話です……。ステルさん、ちょっと奥へ……」

 ふらふらと立ち上がったアンナに促されて、ステルは試験を受けた時と同じ部屋に通された。
 部屋に入るなり、アンナは紙の束とペンを用意して言った。

「支部長がいないので、とりあえず私が報告を聞きます。恐らく、後で詳しい聞き取りがあるでしょう」

 ラウリ支部長不在とはタイミングの悪い。こういう時こそ偉い人の相談したかったのだが。
 あと、アンナの目が恐かった。いきなり生首はやはりやりすぎだったか。

「僕、なんか悪いことしましたか?」
「逆です。オークの砦がアコーラ市の近辺にあったというのが問題なのです。他にオークの群れがいないかの調査も始まるでしょう。この街を守るために……」

 首を振ってステルの疑念を否定しつつ、アンナは言った。
 その声音は深刻そのものだ。
 一職員から見てもオークの砦というのはそれだけ大事なのだ。

「確かに、この街にオークの軍勢がなだれ込んだら大変ですね……」
「壊滅はしませんが。人が多い分、被害は大きくなりますね。そんなわけで魔物からの守護は冒険者の使命の一つです」
「あの本にも書いてありましたね」
「ちゃんと読んでいてくれていて何よりです。では、オークを見つけた場所と時間、規模を教えてください。それまでの詳細を……」「大体ですけど、地図に書いて来ました。時間は……」

 懐から採取用の地図を出して説明をする。
 しばらくして、アンナが質問してきた。

「……ステルさん、二つほど質問いいですか?」
「はい。なんでも」
「まず、砦の中のオークとゴブリンが全滅してたってどういうことですか?」
「え、さあ? 僕は証拠代わりに首をとってきただけですから。凄く強い人が通りかかったんじゃないですか?」

 じっとこちらを見てくるので、思わず目を逸らす。
 疑われている……。もっと別の理由を考えるべきだった。

「二つ目の質問。ステルさん、どうやってここまで来たんですか? 現場から下山して馬車で街に入るまで、急いでも二日はかかりますが……」
「うっ……」

 こちらも物凄い疑われていた。
 ステル的には強引に押し切れると思っていたのだが、冷静に指摘されると無理な気がしてきた。

「えっと、その……ほら、僕は北部の山育ちですから!」
「…………」

 務めて明るく誤魔化したら、じっとりとした目で凝視された。
 笑顔で固まったステルを見つめたアンナは、ため息を一つつくと、

「……まあ、いいでしょう。支部長が出張中ですので、明日の朝、またこちらに来てください。それまでにこちらで話し合っておきます」

 それ以上の追求をやめて、書類を作り始めた。

「あの、オークの首は?」
「……私が預かっておきます」

 凄く嫌そうな顔で返答された。

「なんか、すいません」
「大丈夫です。仕事ですから」
「それじゃ、僕は仕事の報告に行きますんで」
「はい。お疲れ様でした。また明日」
「失礼しましたっ」

 気まずいのでステルは慌てて室内から退出した。

「…………」

 一人になった室内で、しばらく沈黙してから首を傾げながらアンナが言う。

「え? 採取も済ませて来たの?」

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