禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜
面会:紺碧師団・副師団長①
紺碧師団の副師団長である、アルノルド・ヨークは、近衛魔法士との面会の約束に、魔法学校を訪れていた。
たっぷりとした口髭をたくわえたアルノルドは、鍛えられた体躯に団服が非常に良く似合っている、堂々とした壮年の男だ。焦げ茶色の髪を後ろに撫で付け、鋭い視線で前を見つめる姿は、副師団長としての風格に溢れている。
紺碧校出身のアルノルドにとって、懐かしい寮の特別棟は、彼が在学中と変わらず手入れの行き届いた美しい廊下だった。ここを歩いていると、学生時代の苦楽が思い出され、浮つきそうな気分になるのを自覚した彼は、一つ息を吸って気合を入れ直した。
今日は母校訪問などではない。管轄内で発生している未解決のノクスロス事件について、近衛師団に依頼した件での訪問なのだ。
しかも、これから会うのは、近衛魔法士の中でも別格中の別格、序列入り《ナンバーズ》の魔法士だ。
各色の師団では手に余る厄介な事件に介入し、たった1人で事態を好転させる、超級の魔法士の集まりである近衛師団において、その立場を定めたのが『序列』だ。当然、その順に応じて能力が高く、皇帝陛下の信頼が厚いと言われている。
アルノルドがアポイントメントを取ったのは、そんな近衛師団の中で、序列0位という最高位に座する魔法士だった。しかも、今まで一度も公の舞台に出て来たことがない、噂だけの人物……。
曰く、恐ろしいほどの魔力を身に纏い、ノクスロスをも従えてしまう程の実力を持った、黒髪黒目の、子供、だと。
紺碧師団長からは、見た目に惑わされないように、と言い含められてきたものの、子供だという噂が本当であれば実に嘆かわしい。皇帝陛下の右腕と言っても過言では無い、最高位の近衛魔法士が、そんな子供であれば色々と不具合もあるだろう。魔法の才に恵まれただけの傲慢な子供が、唯一無二の皇帝陛下に、良い影響を与えるとは思えない。それ程の要職は、人生経験の豊富な、立派な大人である近衛魔法士が受けるべき誉れのはずだ。
この扉の向こうにいるであろう件の魔法士が、あまりにも不甲斐ないと感じれば、直訴もやむなし。
アルノルドは、副師団長の証である紺色の飾緒を軽く正した後、目の前の扉をノックした。
使用人の男に案内された客間で対面したのは、噂通り、子供、だった。
「この度は、紺碧師団からの要請を受けていただき、誠に有難うございます。紺碧師団・副師団長の、アルノルド・ヨークと申します」
ぴしりと礼をしたアルノルドは、目の前の豪奢なソファに座る少年を眺めた。
確かに珍しい黒髪黒目をしているが、威厳もなければ覇気もなく、至って普通の魔法学校の生徒、という印象だ。魔法学校の黒い制服がやけに似合っているとは思うが、特別棟の特待生でも、もう少し滲み出るオーラがあろうと首を傾げたくなる。
師団長からの忠告が無ければ、約束の取り違えでもあったのかと疑ってしまうような少年だった。
「峯月累です、宜しく」
座ったままニコリと笑って、軽い挨拶をした少年。
その気安さに唖然としながらも、表情に出すような愚は犯さず、再度深々と礼をした。こんな見た目をしているが、相手は身分の高い近衛魔法士だ。貴族の子供とでも思って、慎重な対応をするに限る。
促されるまま対面するソファに浅く腰を掛けると、すかさず別の使用人の少女が、ティーセットの準備を始めた。先ほどの男もそうだが、この少女も随分見目が良い。立ち居振る舞いも、使用人として相当磨き上げられている、優れた人材だ。こんな場でなかったら、ヨーク家に引き抜きたいと思う程には、羨ましい。
使用人が有能であればあるほど、主人は相応に貴いと言うが……。
思わず使用人のレベルから主人を推し量ってしまい、バツの悪さで座り直す。と、手に触れたソファの布地に驚いた。
家具には拘りのあるアルノルドでも、これ程柔らかで手触りの良い生地は知らない。絶対に市場には流通していないであろう、極上品だ。以前、侯爵家にお邪魔した時だって、これほどの家具には出会えなかった。どう考えても特別な献上品に違いない。
寮の備え付けではなく、持ち込みの家具であることは明白だが、こんな場で日常使い出来るぐらいに、地位も財力もある相手なのかと実感すると、自然と背筋が伸びた。
「改めまして、今回の依頼について詳しい情報をお伝えに参りました。紺碧師団としては不甲斐ないままで、非常に悔しく思っておりますが、民のためご助力頂きたく、お願い申し上げます」
「はいはい、勿論そのつもりです。——で、新しく何かあったんですか?」
あくまでも堅苦しい雰囲気にはしないようだ。まるで雑談かのごとく会話を進めようとする少年に戸惑いつつも、伝えなければいけないことを順を追って話す。
「まず、今回のノクスロスについてですが——」
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