禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

supico

冬馬ハルト②



「私は、とても面白い、と思いましたね」

 意味有り気に輝く瞳で、小さく含み笑いをするユーリカ。
 好戦的にも見える強気な感情を露わにすると、全く別の魅力が露わになる主人の姿に驚きつつも、何がそんなに興味を惹かれたのか不可思議だった。

 それはヴェラーにとっても同様だったのか、

「ほぉ、面白い、とね」
「はい。彼、魔法士は向いてないと思ったんですよね、最初。全然体力もありませんし、闘争心の欠片も感じなかったんです。……でも、一撃も、当たりませんでした」
「当たらなかった……? 何がだね?」
「攻撃が、全く」

 ユーリカが強調するように、強く、短く言い切った。

「……全く……?」
「そうです。一応、実力を見たいじゃないですか、珍しい編入生ですもの。だから私、あまり良いことじゃないとは思ったんですけど、なるべく彼を狙うように周りに指示していたんです。と言っても、彼は隠れていてターゲティング出来なかったので、私が誘導する形で。何度か魔法攻撃を仕掛けました」
「しかし、それを全て防がれた、と?」
「そうです。最後は私自身が、彼をも照準に入れた範囲魔法を使いました。それでも、唯一彼だけが、回避したんです」
「……それは、興味深いねぇ」

 ヴェラーも、楽しげな表情で顎を揉む。

 しかし冬馬にとっては、そこまで2人が注目する意味がわからなかった。

 あれだけひたすら逃げ回っていたのだ。1対1で戦ったわけでもないのだから、攻撃が当たらなかったぐらい、どうというのだ。
 確かに、ユーリカの重力波から逃れたのには驚いたが、正面から対峙して、彼女が本気を出していれば間違いなく当たっていた。3班全員を相手にしていたのだ、1人ぐらい外しても、それを上回る功績がある。

 もし、自身の得意攻撃を躱されたという理由だけで、彼に興味を抱いたのならば、従者としては溜息ものだ。主人の経歴にゴミを混ぜたくはない。

 ……なんて。そんなことを考えていたことが伝わったのか、ユーリカがこちらを向いた。

「不満?」
「…………私には、そこまで彼に興味を抱く理由がわかりません」
「なぜ?」
「少なくとも、逃げ続けただけでは、何の評価もされません。今回の模擬訓練でも、評価は良くない筈です」

 冬馬の言葉に、ヴェラーも頷く。

「そうだね。本人以外に教えるのは良くないんだけど、評価としては、彼、最低点だね」
「あら、ヴェラー教師。言っちゃってるじゃありませんか」
「ふふふ、内緒だよ? 君たち生徒会を信頼しているからの言葉、ってことで。胸の内に」
「承知しましたわ」

 楽しそうに冗談を交わす2人。
 しかし、冬馬は全くそんな気分にはなれなかった。

 問いかけるようにユーリカに視線を投げる。

「私が言いたいのは、そういう成績の話じゃないのよ。魔法を扱う者としての直感、かしら?」

 まるで誤魔化すかのような、曖昧なユーリカの言葉に、苛立ちそうになるのを堪えて続きを促す。

「彼、魔力探知が得意だそうよ。でも、どれだけ優れた探知力があったとしても、それだけじゃ逃げ続けるなんて無理だと思うの。ましてや、体術の苦手な彼が、全部を避けるんだから、相当早い段階での判断が必要だわ」
「……それには、同意します」
「自身がターゲティングされたことを検知して、逃げるタイミング、方向、距離を瞬時に決断するのよ。それって、場数を踏まないとわからないじゃない。彼はそれを難なくやってのけているんだから、十分凄い使い手だと思うの。……もし、彼が体術を鍛えたら、魔法の適正が低いとしても、結構いい線行くと思わない?」

 まるで、ライバルになる可能性がある、とでも言いたげなユーリカの言葉に、反発を覚える。
 ある程度、周囲の実力が上がるのは歓迎すべきだが、ユーリカの圧倒的な才能が霞むような相手は、必要無い。

 しかし冬馬の思いに反して、ユーリカは、歓迎会と称した晩餐を開いて、深入りを始めている。

 非常に頭の痛い事態だ。

 彼がきちんと分をわきまえて、ユーリカを貴べばまだ許せるが、先程の会話の限りでは期待できそうも無い。

 もっと強くあらねば、と思う。
 ユーリカの腹心として、彼女の絶対的な右腕になりたい。
 あんな、突然出てきた編入生をも憂う必要があるのは、自分が弱いからだ。

 もっともっと、力をつけなければ。

 自戒するように心の中で唱える。
 そして、全く納得していないながらも、主人の気持ちを否定するなんて愚は犯さず、小さく頭を下げた。ユーリカの考えはわかった、と伝えるためだ。

 ユーリカの方も、伝わったのならそれでいい、と切り上げたのは、長年の主従関係から来る阿吽の呼吸だろう。
 聡明な主人だからこそ、だ。
 彼女の周囲は、そういう人間だけで構成されるべきなのだ。

 ——全ては自分の裁量にかかっている。

 冬馬の中では、そこに至るまでの思考プロセスに、微塵も矛盾は無かった。


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