禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

supico

訓練開始③



「っ左に逃げて!」

 累の声が、届くか届かないかの瞬間、

「っく……!」
「……っぶねっ」

 カマイタチのような風の刃が、大きく地面を抉った。激しい音と共に、衝撃に砂埃が立つ。

 警告が間に合わなかった数人が、かすめたようだった。
 制服が破れ、赤い火傷を抱えた生徒が蹲る。

 それでも、殆どが累のとっさの指示で、大きなダメージを免れたらしい。
 素早く反撃に転じる3班。

「助かったぜ、累っ! みんなっ、攻撃に集中しろ! ニイナは回復を!」

 和久の声を聞きながら、1班からのターゲティングを恐れて移動する。あんな攻撃の的になるなんて、絶対にご免こうむりたい。

 茂みに身を潜めながら周囲を確認すると、負傷者の回復を始めるニイナが見えた。

 綿毛のようなふわふわな髪を乱しながら、真剣な表情で蹲る生徒に声を掛けている。
 そして息を整えたかと思うと、口の中で小さく呪文を呟き出した。
 ぼんやりとした燐光がニイナの手を包み、それを痛みに顔を顰める生徒へかざす。すると直ぐに、生徒の表情が和らいだ。

 負傷した部分をよく見ると、火傷のように腫れた肌の赤みが、じわじわと引いていっている。
 ニイナは回復に適性がある、と紹介されるだけあって、スムーズな回復魔法だった。

 しかし、肉体は治っても、制服は直らない。回復魔法とは、本人の自己回復力を魔法で補うものだからだ。

 破けた制服のまま再び戦闘へと戻っていく生徒を見ながら、せっかくの制服が勿体無い、と庶民的な累である。

 実際は、汚れたり破けた制服は、学校運営側がすぐに修繕・交換してくれるから心配は無用だ。心置きなく訓練に励めるというものなのだが、この綺麗な制服も寿命が短いのかと考えると、けっこう複雑な心境だった。

「——っと」

 視界の端に捉えた魔法の気配に、慌てて回避する。

 数歩のステップで次の茂みへと身を潜めたが、予想外に再び向かってくる攻撃魔法。
 避け過ぎかな? と思いつつも痛いのは嫌なので、ギリギリ当たらない所でやり過ごす。

「見つかっちゃったか……」

 向けられる魔法の数が増えてきた気がする。
 しれっと逃げている累のことを、相手が認識したのだろう。少々うんざりしたが、和久たちの動きに合わせて、目立たないように移動を繰り返した。

「くそっ、4班まだか!?」
「あと5分はかかるっ——」

 和久たちの前線は、もう数分も持たないだろう。
 攻撃に集中すると言いながらも、もう防戦一方だ。

 攻撃力に歴然とした差がある。

「会長と副会長だっ」

 誰かの悲鳴のような言葉と共に、遠くの木の枝から広範囲の閃光魔法が放たれた。

 周囲が眩しさに目を細める中、猫のようにしなやかに着地した一人の生徒が、俊敏に3班へと詰め寄ってくる。尻尾のように翻る長いポニーテールが、魔法の燐光を帯び、薄暗い森の中に光の線を描いた。誰の追従も許さないと言わんばかりの、凛とした美しさを放つ、会長・鷺ノ宮ユーリカ。
 その後ろをぴったりと張り付き、先陣をきる彼女の周囲に防御魔法を張り巡らせるのは、胸元に青いハンカチが見える副会長の冬馬ハルトだ。

 二人とも息一つ乱すことなく、制服も糊付けされたように線が出たまま。
 激しい動きで着崩れている3班と比べると、全く別の行動をしていたのかと疑いたくなる程、その立ち居姿には余裕がある。

「これは終わり、かな……」

 3班に立ち塞がったユーリカが、目の前でそのしなやかな両手を交差させた瞬間、和久たちの周囲に大きな重力場ができた。

「ぐっ……っ!」

 見えない手に押し付けられるような重たさに、和久たちが膝をつく。
 防御魔法を張っているにも関わらず、その上から潰すように覆いかぶさってくるユーリカの魔法。

 それは、離れた場所にいる累をも射程に入れていたようで、予想外の攻撃に反射的に避けてしまった。

 ——まずった……。

 飛び退った姿勢のまま、素早くユーリカを仰ぎ見る。

 すると、驚きと興味深げな、しかし冷静に観察するような瞳と、一瞬、目が合った。

 ——やばっ……。

 もし一人だけ魔法を避けた者がいるならば、次のターゲットは決まったも同然だろう。
 今、真正面からユーリカとぶつかるのは避けたかった。全ての魔法攻撃を防ぐのはオカシイし、適度に負傷して上手く倒れないと、ユーリカの目を欺くのは困難に思える。だからと言って、わかっていて怪我をするのは気が重い。……逆に、体術のみで制圧してくれれば、完璧に勝てる要素が無いから諦めもつくのだが……。

 一瞬のうちに様々な思惑が過ったが、しかし、そんな懸念は不要だった。
 ユーリカらは3班を全滅させるよりも、この訓練の勝敗を決する方を選んでくれたのだ。

 副会長の冬馬が、構成した魔法を右手を払い、4班が進めている拠点設置型魔法を、数秒のうちに崩壊させた。

 魔法の欠片が光の粒子になって、周囲に降り注ぐ——。


 この瞬間、模擬訓練が終了した。


「禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く