禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

supico

とある教会の話①

***



「先ほどは大変でしたね。ですが魔法士部隊のおかげで、誰も犠牲になることが無く、本当に幸いでした。皆で協力し、街の復興を目指しましょう」

 夜の教会では、夕方に発生したノクスロスの襲撃を受けて、街の人間が集まっていた。
 誰もが恐怖の体験に身を竦め、二度と厄災が襲いかからないように、黒い羽の生えた十字架へ祈りを捧げる。

「でもシスター。少し前に、隣町との境界辺りにも、ノクスロスが出ましたよね。その時に魔法士様が、滅してくれた筈だったんでは?」
「……短期間に、こんな近い場所に現れるなんて……、前回消滅させきれて無かったんじゃ……」
「でも今日現れたノクスロスは、魔法士様の魔法で消されたのを見たよ。もう大丈夫じゃない?」

 興奮したように、矢継ぎ早に話をする人々。

 事後処理が終わり、魔法士たちが帰ってしまった不安感を、会話で紛らわそうとしているらしい。
 だが、話題の中心が不安の種についてでは、余計に感情を揺さぶられるだけだろう。

 アミナは、若干25歳のシスターではあるが、この街では唯一の教会を任されているベテランだ。
 先程の騒動では気が高ぶってもしょうがない、と思いつつも、何とか落ち着いてもらおうと努めてゆっくり語り掛ける。

「魔法士様は、今日現れたノクスロスについて、殲滅した、と仰いました。ですから、それ以上の想像をして、不安を感じる必要はありません。今まで通り、ノクスロスに狙われるようなことがないよう、この街からより多くの魔法士を輩出できるよう、祈りを捧げましょう」

 そう言いながら穏やかな表情を向ける。

 人々が聞きたいのは、『もう襲撃はないから、安心していい』という言葉だろう。
 しかし、魔法士でもないシスター・アミナには明言できるはずがない。
 そして魔法士も、言わなかった。

 ノクスロスが、いつ・どこで・誰を襲うかなんて、誰にもわからないのだ。わからないから、明日来るかもしれない不安を口にするより、一旦は終わったのだ、と印象付けた方が精神衛生上よろしい。

 ……本当は、他に2件、ノクスロスの襲撃を知っている、なんて言ってしまったら、住人たちはパニックだろう。
 どの状況も、全て魔法士部隊が速やかに対応してくれたおかげで、大事には至っていない。ここの住人たちに、その話が伝わっていないというならば、知らぬふりをしておくのが一番だ。

 しかしアミナ自身、この短期間での出現回数は異常に思えてならないのだ。

 生まれてからこれまで、遠目に1度しか見たことなかったノクスロスを、続けざまに4回も見てしまったのだ。
 魔法士部隊は、毎回、殲滅したと言ってくれているが、5回目の襲撃を心構えしておくべきだろうか……。

 住人たちには、心安らかに過ごすよう促しながら、自らは恐怖に身を竦めている。なんて矛盾だ。
 しかし、それを口にすることはできない。
 平然を装い、率先して普段通りの日常を送るしかない。

「さぁ皆さん。もう夜も遅い時間となりました。明日からのこともありますし、そろそろお休みください」
「……それもそうだな」
「もうこんな時間になっていたのね。早く帰りましょ」

 ひとまずは不安を口に出したことで、多少スッキリしたらしい。
 ここで何を言っても仕方ないと、次は壊れた街中をどうやって直すか、明日からの作業分担を相談しながら身支度をしている。

「じゃあシスター。今日はありがとうございました」
「さようなら、お気をつけてくださいね」
「シスターもゆっくり休むんだよ」

 連れ立って教会を後にして行くのを見送る。
 いつもいつもアミナは見送るだけの立場だ。それを特別苦に思ったことはなかったが、今日だけは物寂しい。

 アミナ自身、多少なりとも興奮しているのかもしれない。
 何だか浮き足立つような気分で、疲労感の割に、頭が冴えていて眠れそうもなかった。
 それでも明日も夜明けからお務めがあるのだ。
 眠れなくても休まないといけない。

 そんなことを考えながら、小さくなる人々の背中を見ていると、なぜか、一人の少女が教会へ向かって来るのに気付いた。

 もう殆どの者は家へ向かう道の途中だ。それに逆らってたった一人で歩いてきた少女は、アミナの前で足を止めた。

「シスター・アミナ……」
「シャオリン、どうしました?」

 夕方の祈りの時間にも来てくれていたシャオリンは、背中の中頃まで伸びた髪を一つに結い、簡素なワンピースの上には、お気に入りだと自慢していたセーターを羽織っていた。
 見た限り、怪我などは無いようで、襲撃の被害には合わなかったのだろうと安堵する。

 じゃあ一体どうしたのかと、一応シャオリンの後方を確認してみるも、他には誰もおらず、本当に一人きりのようだ。

 教会の中は明るいが、外は街灯だけが頼りの暗闇。普段、一家で清掃などの奉仕活動をしてくれているので、家族同然の付き合いではあるが、さすがにお家の人も心配する時間だろう。
 何より、襲撃の直後なのだ。

「……ちょっと……お祈りしようかな、と思って……」

 どこか消沈しているようなシャオリン。
 先程の一件で、不安定になっているのかもしれない。が、ならば尚の事、家族の側にいるのが安心だろう。

「うーん……、ですが、今日はもう遅いですし……、明日の朝にしませんか? 送っていきますから、一緒に帰りましょう」

 なるべく笑顔で気安く、帰宅を促してみるが、シャオリンの表情は晴れない。

「ちょっとだけで良いの……ダメかな……?」

 教会に祈りに来る人は、何らかの不安や苦悩を、祈るという精神統一によって自己解決させたい者が多い。シャオリンも同様なのだろう。
 ここを頼って来てくれたのは本当に嬉しいし、気落ちしている姿を見てしまうと、力になってあげたくなる。だが、襲撃直後なのだ。家の人も心配しているだろうと思うと、長居させるべきではない。

 それでも、少しだけ、という妥協点を探すならば……。

「……では、私はシャオリンを送って行くために、教会の戸締りをします。……その間だけ、中で待っていますか?」

 優しく問いかけると、少しの間をおいて、シャオリンがニコリと笑った。
 戸締りの間だけ好きにして良いということが、言外ながら伝わったのだろう。

 ホッとしたような表情のシャオリンを連れて、教会の扉を開いた。



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