リトルシスターズ!

四宮カイト

第15話 「アユ兄に戻ってきてほしいから……」

  
 週末、俺は春菜とともにテニスクラブに行った。
 春菜の中学校には硬式テニス部はない。 
 だから家の近くにあるテニスクラブに彼女は通っている。
 ちなみに俺は妹のインストラクター。
 春菜は、中学から始めたにも関わらず、すでに全国大会常連にまでこぎつけた。
 そんな妹をサポートするのが俺の仕事。
 

 「アユ兄、はやく!」


 「わかったから、袖を引っ張るなって」
 

 テニスコートに行くと、俺の元インストラクターがいた。
 彼の姿を目にするのは本当に久しぶりで挨拶すると、
 

 「久しぶりだね、歩くん。最近は日程が合わなくて、2ヶ月ぶりだね」
 

 「お久しぶりです、前川さん。自分も挨拶が遅れてしまって申し訳ありませんでした」
 

 前川周平(まえかわしゅうへい)さん、30前半。
 この桜ヶ丘テニスクラブのコーチ。
 彼は元プロでその実力は世界ランキング上位に食い込んでいたほどだ。
 1年前まで俺にテニスのイロハを教えてくれた人でもある。


 「今日は妹さんと練習かい?」


 「はい、中学最後の大会も近いので」
 

 「私も指導が終わったら少し練習を見させてもらってもいいかな?」


 「むしろこちらからお願いしたいくらいです!」


 などと言って前川さんと別れてから、夏美の待つコートに行く。
 春菜は素振りをしていたが俺に気づくと


 「遅いよ、アユ兄!」
 

 「ごめん、ごめん。すぐ準備するから」
 

 俺は軽く準備運動を済ませラケットとカゴいっぱいのボールを準備した。


 「今日は何からやりたい?」


 「フォアのストロークうちたいっ!」


 「わかった」


 夏美のプレイスタイルは後方からの打ち合いを得意とするベースラインプレイヤー。

 女子は男子よりも腕力、体力が劣るため、なかなか得意とする人もいないので有利になる。
 
 だけど本当にすごいのはすべての打ち方、ボレー、カット、その他諸々もほぼ完璧に打ち分けることだ。

 その才があってか中学入学で始めて、今では全国レベル。

 俺も、あいつが初めて全国出場を決めたときは自分の目を疑ったが……。


 「アユ兄、何ボサッとしてるのさ。はやく
ボール出してよ」

 「ハイよ!」




 それから午前中みっちり練習した。

 日が傾き始め、正午をまわったことに気づいた。
 夏海の動きも少し鈍くなってきたので休憩を取ることにした。


 「昼飯食べるか」


 「アユ兄、まだまだイケるよ……」


 「声に張りがないぞ妹よ、ちょっとは休憩しろ」


 「……、わかったぞ」


 外は暑いのでジムの休憩所に夏海は向かった。
 自分も向かおうとするが、ちょうど午前の教室を終えた前川さんが見に来ていた。


 「歩くん、夏海さんの状態はどうかな?」


 「いい感じに仕上がってきていると思います」


 俺は苦笑いを浮かべたが、その表情から前川さんは何か察した。
 

 「その表情は何か納得行かないところがあるんだね」


 「わかりますか?」


 「長い付き合いだからね。私で良ければ相談に乗るよ」


 俺は大先輩に尋ねることにした。
 

 「実は……」

 
 「夏美さんのプレイスタイルの一貫性のなさに疑問があると?」


 「はい、ストロークの打ち合いのときはすごくのびのびとしてるんです。だけど、どう表現すればいいのか……、完璧を求めすぎているというか……」


 夏海のプレイスタイルが打ち合い特化なのは、見てわかる。
 だけど、練習に付き合って分かったが、様々な打ち方にも完璧を異常なまでに求める節がある。
 

 「別に上を目指してる以上、全部の打ち方を正確に打てるのは強い武器になるからいいんじゃないか?」


 「それは分かってるんですが、彼女、ストロークは楽しそうに練習するのに、他の打ち方を練習するときなぜかつらそうに見えるんですよ」


 「歩くんの言いたいこともわかる。だけどそれは夏海さんの目標に近づくための努力だから」


 「目標ですか……」


 「少し前の話なんだけどね……」



 前川さんは2年前夏海がテニスクラブに入ったときのことを懐かしそうに語った。
 4月、桜ヶ丘テニスクラブに新しいメンバーが入ってきた。
 適度な運動を求めた大人や、強くなりたくて加入した若者。
 前川さんはその時、小学生から中学生の新入部員の練習を見ることになった。
 彼は最初に子どもたちにこんな質問をした。


 「どうしてこのクラブに入ろうと思ったの?」


 別に大した質問じゃない。
 彼自身、答えはどうでもよかった。
 だけど子どもたちの意見は裏がなくて、正直だから聞いていると初心に帰ることができるらしい。
 子どもたちは間を開けずに、


 「強くなりたいから」

 
 「面白そうだから」
 

 この単純な気持ちが胸の重荷を取り除いてくれる。
 前川さんは、新入部員のなかで一人だけ他の子どもたちより歳上で先程から口を開かない女の子に気づく。
 

 「君はどうしてテニスをやりたいと思ったの?」


 すると彼女の瞳から誰よりも真剣でそれでいてワクワクしてるのが伝わってきた。


 「夏海はお兄ちゃんのように強くなりたい!」


 いつもならここで相づちをうって話を変えるだけだが……。


 (この娘にここまで言わせるお兄さんとは……)


 興味と躊躇いが頭の中で葛藤したが、結局聞くことにした。


 「君のお兄さんもテニス選手なの?」


 「ウン、アユ兄は本当に強いんだよっ!」


 「君は小鳥遊歩君の妹さんかな?」


 「ハイ、アユ兄がここでテニスしてたって聞いたから入った!」


 彼女はそれから毎日練習に勤しんだ。
 メキメキ上達して、1年もしないうちに県大会の切符まで手に入れてしまった。
 
 1年前の夏、ちょうど夏海が14になった頃全国大会一歩手前まで来ていた。
 それでも毎日テニスしかしてないのではと疑うほど気を抜かずに練習していた。
 前川さんは流石に練習のしすぎだ、と注意したらしい。


 「どうしてそこまで練習に打ち込むのかな?」


 どう見たってハードな練習で、見ているこちらからもその苦しさは伝わってくる。


 「……夏海が始めたのはアユ兄に戻ってほしかったから……」


 楽しそうにテニスに打ち込んでいた兄が全国大会が終わってすぐにテニスをやめた。
 夏海は楽しそうにテニスをする兄に憧れたらしい。
 もう一度あのプレイを見たい……。
 彼女の瞳は真剣で悲しそうで、だけどどことなくワクワクもしていた。


 「夏海が楽しくやってるのを見れば、アユ兄がもう一度戻って来てくれるから!」

  
 彼女が完璧を求めるのは兄のプレイスタイルに近づけるため、そのプレイを兄に見てもらいテニスの世界に戻ってきてもらうため。


 「……そうか」


 前川さんはそれ以上何も言えなかった。





 その話を聞いた俺は複雑な気持ちになる。


 「自分は夏海に嘘をついてしまいました……」


 俺はテニスをやめたとき、夏海から、どうしてやめたのか、と聞かれたことがあった。
 そのときに心配をかけさせないために、つまらないからだ、と言ってしまった。
 その適当な言葉が夏海のことを苦しめていたのかと思うと、自分のことが情けなく許せなかった。


 そのとき前川さん、いやコーチはピシャリと言った。


 「その考えを捨てなさい」


 「……!?」


 「今の夏海さんはとても楽しそうにテニスをしている。彼女の始めた経緯がどうであれ君がすべきことは自身を責めることじゃない。それは彼女に罪悪感を植え付けるだけだ。本当に夏海さんの気持ちに答えてあげたいのなら、楽しみなさい」



 久しぶりのコーチ口調に驚きながらも俺は今の考えが夏海のためにはならないことに気づく。


 そこに夏海が来た。
 ほっぺに米粒がついていた。
 俺は前川さんに向きなおり言った。


 「ありがとうございました!」


 俺の吹っ切れた顔にコーチは満足そうに頷いた。
 俺はすぐさま夏海に近寄り、ほっぺの米粒をとってやった。


 「夏海、試合でもするか」


 「ヤッタ〜〜〜〜〜ッ、久しぶりにアユ兄と試合ができる!」


 そこで俺の腹が盛大な音をたてた。
 

 「ごめん、飯食べてから……な?」





 
 
 


 

「リトルシスターズ!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く