不老不死とは私のことです

6W

入学式編 6話


「でもさぁ、雀ちゃん」

拗ねたように唇を尖らせた父が私を呼んだ。私の名前を呼ぶその声色は、あくまでも娘に対する優しいもの。

しかし、優しい筈なのにそれはどこかとても冷たい。もしもここで返答を間違えれば私は、これまでのどんな思い出や愛情も関係なくこの人に失望されると、何故か理解するのだ。

「蒼樹様がやれ、、と仰ったのに、それ以外の選択肢はあるかい?例えば阿久津夫妻が善人だったとして、それは蒼樹様の御命令よりも優先することなのかな?」
「いいえ、そんなことは有り得ません。というか、比較対象にすらそれはなりはしない」

私の、いや私たちの役目は西園寺の行く手を遮る邪魔な枝葉を剪定すること。たかが枝切り鋏に感情など不要だし、善悪の問題は刃を振るうその主人が考えればいい事だ。

「誤魔化さないでください。今話題にしているのは対象と私が敵対する確率はどれだけあるかってことです……あと、その顔も辞めてください。燕がするなら可愛いでしか無いですけど、いい歳こいたオッサンが唇尖らせるとキモイだけです。燕なら可愛いですけど!」
「酷い!ていうかなんで2回も言ったの!そりゃ燕くんは可愛いけど、俺の息子だよ?!」
「……?」
「なんか訳の分からないこと言ってるーなんて言いたげな顔はやめて!」

うりゅっと目元を潤ませた父が嫌でそっと目線を逸らした。おかしい、朝からストレスの連続で、完全回復している筈の胃がキリキリ痛い。昨日、厳しい訓練の末に破裂したダメージはもう残ってないはずなんですけど!太〇胃散、太〇胃散はどこですかっ!

もしくは心の清涼剤(燕のこと)でもいいので何か私に癒しをください。

「無駄な時間過ごしてていいの?出発まであと三十分もないけど」
「無駄って……」

壁にかけてある時計を指しながらクロエが口を挟む。見れば確かに予定をだいぶ押していた。父が机の上で更に項垂れたのは無視することにした。

「ああっ!燕と過ごせる時間がっ」

予定ではこんな話サッサと終えて、燕と最後に遊ぶ時間を作る筈だったのに。だって、うちの燕はまだ3歳なんですよっ。

いくら、うちの燕が聡明な子(主観)だからって、長期間顔を合わせなければきっと忘れられてしまう気がする。そしてそうなったら、絶望で心臓が止まる自信しかない。

だから、それを防ぐために最後の最後に甘やかしまくって、私=素晴らしいお姉ちゃん像を印象づけておくつもりだったのに……。

「最早一刻の猶予も無いので、話をまとめにかかりますけど、私たちは柚様のボディガードに専念すればいいって事でいいんですよね」

サラっと任務から阿久津氏まわりの文言を消す高等技術だ。これが成功すれば、私は柚様の身の安全さえ守っていれば良く、生存確率は格段に上がるといって良いだろう。

「ハハ。それで話が済むなら、わざわざ雀ちゃんとクロエくんを高専なんかにやらないさ……学ぶ事があまり意味無い以上、異能者だと顔が割れてない駒が多い方が良いんだから」

ちっ。通じなかったか。

その上コイツ、サラっと異能者は全て行かなければならない、、、、、、、、、、高専をスルーする発言に出ましたね。理屈は分からなくもないんだけど。

「本当は、お嬢様が阿久津くんを完全にたらしこんでくれるなら話は早いんだけどねぇ」
「いや無理でしょ」

柚様はそりゃあ文句のない美少女ですし?ちょっと天真爛漫過ぎるところに目をつぶりさえすれば、性格も良けりゃ家柄も良い超優良物件といっても過言ではない。

普通の男であればこれで充分どころか骨抜きだったろうに。

しかし、当の対象は恐らく、復讐のために10年もの長きに渡って意志を曲げず牙を研いできた猛者だ。その努力に彼が元々持っていた始祖としての才能が加わって、私なんかじゃどうにもならない次元に達しているのだろうということは考えなくてもわかる。

そんな人間が、たかが恋、、、、なんかで10年の悲願を忘れるだろうか?ことここにおいて、資料を見る限りどう見ても英雄気質な彼のことである。無理だろうなぁ、というのが私の予想で、多分外れてない。

「だよねぇ。此方に引き入れるのが最善だけど、それも無理、か。そうなるとやっぱり、このままこの才能の申し子を国に渡すのは、西園寺としてはちょっと困るんだよねぇ」

父の眼鏡の奥の目が獰猛な光を帯びる。

「やっぱりちょっと消しとこっか?」
「いやいや、ちょっとコンビニにお使い頼むくらいの軽やかさ出されても困ります」

「ええー。だってさっきまで雀ちゃん、消す気満々だったじゃない」
「普通に無理です……」

さっきまでの殺る気やるきは知らなかったからですし!心裡留保のメじゃないです。私に荷が重いなんてレベルじゃねえぞ、コルァ(内心のみでの巻舌)!

「まあ、冗談はこれくらいにして。こういう感じにややこしいから、柚様と彼の関係を続けて貰う訳にはいかないんだよね」

「そうですね。ヤる事ヤって孕むくらいはまあ良いんですけど、最悪なのは柚様ごと駆け落ちに出られるのが面倒です。……むしろこの場合、破局した後、こさえたお子様だけ連れて柚様が西園寺に留まって頂くのはどうでしょうか?種的な馬的に。母体も種も確保出来てガッツリ美味しいと思います!」
「す、雀ちゃん。分かるけど、言い方……」




明日3月10日は更新をお休みさせて頂きます。

「不老不死とは私のことです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く