異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第120話『訣辞』

鈍痛の中で、ゆっくりと意識が覚醒していく。
少しして、右手の冷たい感触と、左足の激痛を感知できるようになる。
「ううぅっ………うああぁ」
苦悶の声が声帯を震わせる。
遅れて、両目が開き、聴覚が音を捉え、鼻腔が香りを認識する。
その視界は、真っ赤に染まっていた。それは、自身の血液が眼球を覆っていたが故。
その聴覚は、絶えず耳鳴りが響いていた。それは、強い衝撃が頭部に加わったが故。
その鼻腔は、生臭い血液の匂いで満ちていた。それは、周囲一帯に血溜りが出来ていたが故。
やがて少しずつ、目が見えるようになっていく。
その曖昧な視界で、自身の右手を捉えた。
そこには、切断され、冷え切った人間の左手があった。
ハナは一目見て理解した。これは、レナの左手であると。
「……ぅあ…?えっ………?」
本来なら言葉として発現すべきそれは、衝撃のあまりに単純な音としてのみ現れた。
首から上を頻りに動かして、この左手の持ち主を探す。
そして見つける。それを。
自身から前方60mの位置に血だまりを発見する。
その血だまり、表面が波紋を広げていることに気づく。
そのまま、視線を上へと持ち上げる。
それをレナであると理解するには、少し時間が必要だった。
制服は汚濁と破損だらけで、その悉くが自身の負傷によるものだ。
朱色の髪に溶け込んで見えにくいが、確かにその髪には血液が大量に付着していた。乱れたその髪の毛が、顔面を覆っていた。
そしてその肉体は、見るに堪えない程に破損していた。
左手は欠損し、左腕は内側から破かれたように皮膚が裂けていて、右脚は深い切り傷によって今にも千切れそうにぶら下がっている。左脚は膝関節が反対方向に曲がっている。
そしてそれら以上に目を引いたのは、彼女の身体を貫く無数の【排斥対象】の触腕だった。
人間の腕の形を模したそれは、レナの全身を貫いていた。
その触腕にぶら下がる形で、レナは空中に固定されていたのだった。
「あ……あああぁ…………あ、あ、あああああああああ………………」
唐突で残酷な視界からのその情報に、ハナは知性を失ったような声しか出せなかった。
姉が、憧れの姉が、尊敬している姉が、目の前で、見るも無残な姿になっている。
すると、レナはゆっくりと首を動かした。
幸い、まだ息はあるらしい。これなら、治療さえ成功すれば、助かるかもしれない。
一縷の望みが、ハナの中に芽吹く。
するとレナは、ゆっくりと唇を動かし始めた。
その声は直接ハナの鼓膜を震わせはしなかったが、アテスター越しにハナの元へと届いた。
「い、今まで…あり…が………とう……。だっ……大好き…よ、ハ─────────────」
しかし、レナがその言葉を最後まで言い終える事は無かった。
ぱしゅっ。
排斥対象の触腕が───────────────────────レナの首を刎ねた。
空中を、レナの顔が舞う。その顔が描いた軌跡に、血液が、残像のように残る。
「あっ………」
やがてその顔は地面に着地し、幸か不幸か、ハナの眼前へと転がった。
レナの顔と、目が合う。見開かれた両目が、まるで自分を叱責しているようで、罪悪感と恐怖が肺腑を満たした。
「…ぅぅうあぁ…」
目の前で目まぐるしく変化していく状況と、その最悪な展開に、頭脳の処理が追いついていかない。
目の前のレナの顔と、未だに空中に残った肉体は、ゆっくりと花びらへと変わり、散っていく。
白く細かい花びらが美しく舞っていく姿は、さながら花吹雪といったところだろうか。
しかしその美しさは、状況の残酷さを加速させた。
その花びらの一枚が、ハナの頬に触れて、ゆっくりとまたどこかへと消え去った。
その異様な光景の前に、言葉は全くの無力で。
言葉などよりも遥かに弱いハナは、その場でただ一人、受け入れ難い姉の死を、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

すると突然、眼前に人影が差しこんだ。
その顔は、逆光の中に立っている為見ることが出来ない。
その人影は、振り返り、片言な日本語でハナに尋ねた。
「オマエ、RenaTsukushi、キライ?」
「……………はっ?」

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