異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第110話『意企』

ある昼休みの教室だった、それを知ったのは。
教室内の各グループが、昼食を広げながら好きな話題に耽っている。
その教室の中で、レナは一人、黙々とサンドイッチを齧っていた。
会話を弾ませる友人もおらず、勿論話しかける勇気もない。
独りぼっちで貪るパンとハムは、無味無臭でありながら無慈悲で無情だった。
いつも通りでありながら最低なその食事は、レナの中の孤独感を加速させていた。
すると、背中に何かがぶつかった。
「あっ。ごめん」
そんな声が背後から聞こえる。
振り返ると、クラスの中心的な女子らが後ろの席で談笑していた。
その中の一人が、よろめいた拍子にレナに当たったのだろう。
よろめいた少女は、屈みこんで何かを拾い上げた。
レナはそれに釘づけにされてしまった。
それは、雑誌。
しかし重要なのはそこではない。
その表紙に、見覚えのある顔が印刷されていたことだった。
「……………ハナ……?」
レナの声とその視線に気が付いた少女は、レナに話しかけた。
「ん?ああ、これ?そうそう、今回はハナちゃんが表紙なんだよ!凄いよね、つくしさんは頭良いし、妹さんはモデルなんて…。憧れちゃうなぁー」
その少女は羨まし気に、雑誌の表紙を眺めている。
確かに妹がモデルであることは誇らしいし、喜ばしいことだ。
だが、その時のレナの頭にあったのは、異常なまでの焦燥感だけだった。
まずい。まずい。
ハナが…モデル?
このままでは、またハナが…。
しかしその焦燥感も、長続きはしなかった。
即座に思考を切り替えた。
これを、あえて利用してやる。
これを逆手に取れば、私は。
私はハナを……………………………………。
「ね、ねえ。その雑誌、譲ってもらえませんか?」
「…………え?うん、良いけど…」
レナは確信した。
私の────────────勝ちだと。

帰宅後、レナはハナの部屋へと忍び込んだ。
最近のハナは帰宅時間が遅い傾向にある。
現在時刻は十六時過ぎ。これから一時間半は帰っては来ないだろう。
戸を開け、最初に部屋全体の写真を撮る。
部屋に置いてある物の配置が換わってしまえば、ハナに怪しまれてしまう。
大切なことは、ハナに怪しまれないこと。
それからは、物に触れる前に写真を撮り、それからものに触れた。
触れた後は写真と照らし合わせながら、配置を完全に元に戻す。
そして探した。
ハナが表紙を飾った、あの雑誌を。
自身が表紙を飾った雑誌を、果たして持ち歩くだろうか。
否、それはまるでナルシストだ。持ち歩くとは考えにくい。
だが、かと言って保有すらしていないとも考えにくい。
どこか、どこかに。
何かしら、ハナの写真が載った雑誌が潜んでいると、そう考えて良いだろう。
血眼になって探した。
そして、クローゼットの下。
衣装箪笥たんすの一番下の引き出し、その一番奥にそれを見つけた。
それは他でもないハナが、大きく表紙を飾った雑誌だ。
それを見つけ、レナは思わず笑ってしまう。
だが、すぐに行動は起こさない。
大切なのは、ハナに怪しまれないこと。
レナはそれからというもの、ハナの行動をひたすら監視し、その情報を統計し、曜日や月ごとのスケジュールを把握した。
盗聴や盗撮など行わなくとも、ある程度の情報と、長年共に生きたことによる姉妹の勘から、ハナの行動パターンは推測できる。
そして、その時はきた。
ハナが、引き出しの奥にひっそりと隠していた雑誌に触れたのだ。
レナが吹き付けた液体に反応するように、一番下の引き出しに手型が浮き上がった。
予めレナは雑誌に静電気を帯びさせ、粉末状のシュウ酸ジフェニルを付着させておいた。
そして、雑誌を引き出しの奥にしまっているということは、当然、見終えた後に引き出しを閉めるという動作を行うはずである。
シュウ酸ジフェニルが付着した手で引き出しを閉めれば、手を介して衣装箪笥にシュウ酸ジフェニルが付着する。
その衣装箪笥に過酸化水素水を吹き付けると、淡く発光するのだ。
これは、サイリウムなどのケミカルライトが光るのと同じ仕組みである。
レナは百円均一ショップなどで販売されているケミカルライトを分解し、これらの準備を行っていた。
箪笥で、ハナの手の形に淡く光るシュウ酸ジフェニルを、ゆっくりと雑巾で拭きとる。
この時だ。
この時を待っていたのだ。
レナは、ハナが学校へ向かったのを確認してから、再び部屋に忍び込んだ。
引き出しにしまってあるその雑誌を、クローゼットの床へ置く。
そして、クローゼットの扉と床との隙間から、その雑誌の角を僅かに覗かせる。
これで十分。
日付。環境。状態。全てが完璧。
登校する朝も、極めて清々しかった。
学校までの足取りが、こんなに軽やかだったことなんて一度もない。
これで、ハナは……………。
孤独な学校生活は、あってないようなもの。
淡々とこなすだけで、中身なんてまるでない。
帰宅後、扉を開ける。
「ただいま」
瞬間、両親がレナに声をかける。
「レナ、ちょっと来なさい」
来た。
「これ、ハナの部屋にあったんだ」
重い雰囲気の中、父がテーブルの上に雑誌を置く。
レナが今朝、クローゼットに置いた雑誌だ。
おそらく、レナの計画通りに事は進んだのだろう。
「何これ?」
あくまでも、知らないふりをする。
「父さんたちも分からない。これは、本人に直接聞くしかないだろうな」
その言葉を待っていた。
この両親なら、そう切り出すと信じていた。
「とにかく、レナはこんな馬鹿な真似はしないように。アイツにも困ったものだな」
心の中で、笑った。
笑い転げてしまうかと思った。
指をさして、狂ったように笑いたかった。
だが、それを必死でこらえる。
これで、勝てる。
あとは──────────────────────────ハナの帰りを待つだけだ。

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