異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第105話『絶入』

戦況は、圧倒的な劣勢。
数えきれないほどの触腕は、一本一本が強力な破壊力を有しており、それらは切断されても活動を止めない。
故に、触腕に対して刃物による切断攻撃はあまり効果がない。どころか、敵の戦力を拡散しまい、こちらが追い込まれてしまう。
有力な攻撃方法は、コウジの〈等重変換Epual Dead-Weight〉で消し飛ばすか、ヒカリの〈自在周波数FREEQUENCY〉で放射線を照射するか、マサタの〈境界超越Manifold Breaker〉で異次元に飛ばすかである。
そしてそのいずれも、実行に移すのは難しい。
だからと言って、それは【排斥対象イントゥルージョン】の駆除や地域住民の保護を放棄していい理由にはならない。
才華を持ち、且つ人々の記憶から抹消された彼らにできるのは、「死を認識されない兵士」であり続けることだろう。
「そっちはどうね?」
背中越しにハナが訪ねる。
「ギリ大丈夫だけど………ちょっとヤバいかも……」
苦しそうな笑みを浮かべながら、リオが笑う。
腹部に微かな裂創を受けているようで、制服の上からじんわりと赤いシミが広がっていく。
「ああっ!もうっ!うざったいよね!」
迫りくる触腕を薙ぎ払いながら、後ろ向きにゆっくりとリオへと近づく。
そして、彼女のすぐ傍へと到着すると同時、リオの肩を持ち、叫んだ。
「お姉ちゃん!〈為一不二─定圧神通熱Temperature〉!」
叫んだ瞬間、肉体が一気に上空へと飛び上がる。
ハナとレナの才華が同時に発動することで、気圧と気温は二人の意のままに操れる。
その才華によって、足元の気圧を急激に上昇させ、頭上の気圧を急激に低下させる。
その圧力差により生じる爆風は、少女二人の肉体を吹き上げるのには十分すぎる力を有していた。
だが、そんな中空にさえも、その触腕は迫る。
「…………くっ!」
苦悶の表情を浮かべながら、ハナがその触腕を切り落とす。
だがその切断された触腕でさえも、慣性力により上空へと上がり続ける。
そもそも、中空の自分たちに追いつける速度で迫ってきた時点で、切断という選択肢は悪手であった。
「チッ!」
舌打ちしながら、リオが自身の刀を取り出し、その峰で迫りくる触腕を下方へと叩き下ろす。
だが。
「あがぁッ!」
その動作が傷口にも響いたのか、苦痛にその表情が歪む。
「り、リオちゃん!大丈夫なのね!?」
慌てたように、そして心配そうにハナが問いかける。
「……うぁあ……んぁぁあ……」
リオはそれに対して、言葉では返事が出来なかった。
酷く苦しげにうめき声をあげるだけだ。
その時だった。
リオの顔に陰りが見えたのだ。
いや、この表現には語弊があると言えるだろう。
リオの顔は最初から陰っていた。
そこに更に陰りが増したのだ。
────────────────────物理的に。
頭上を見上げる。
そこには、すぐ近くまで迫った触腕があった。
それに気が付くとほぼ同時に、アテスターから声が響く。
「ハナ!上よ!!」
自分たちは中空。既に躱せない距離まで迫っている。
無論、今からあれを切断することもできない。
もし切断できたとしても、それは重力にしたがい、自分たちのもとへ降ってくる。
自分たちよりも速く、触腕が上方へと移動した時点で、視野に入れておくべきだったのだ。
触腕が、頭上で待ち受けている可能性を。
遠方から飛来した弾丸が、触腕を貫く。
レナが援護として狙撃してくれたのだろう。
だが、それも効果を示さない。
切断や破壊には至らないようだ。

…………………ああ、終わった。

瞬間、触腕の先端。
人間の掌のようなそれが拳を握り、ハナとリオを殴り下ろした。
その圧倒的な撃力は、刹那、視界を白く潰す。
上昇時の倍の速度で降下し、やがて2人の肉体は着地する。
着地と呼ぶにはあまりにも凄惨なそれは、衝突や墜落と揶揄する方がきっと適当だ。
激痛が肉体を駆け抜け、訳が分からないほど体が軋む。
肉体を駆け抜けた鈍痛は、四肢の末端まで行き渡ると、固定端反射をしたかのように再び体の芯へと返ってくる。
身動きはおろか、体に力を加えることすらもできない。
自身の肉体にどれだけのダメージが加わったのかは分からない。
少なくとも今言えることは────私はアレには勝てないということだろう。
レナの心配する叫び声が、アテスター越しに響いてくる。
何を言っているかは理解できない。
それでも、良かった。
良かった。
嘘でも、形だけでも、体裁上だけでも、姉が私を心配してくれて、本当に良かった。
触腕が暴れながら、周囲の建物を破壊していく。
その触腕に横薙ぎにされたビルが、まるで木の枝のように折れ、大量の瓦礫が頭上から降りしきる。
その瓦礫の下敷きになったハナは、朦朧としていく意識の中で、最後に大きく聳えるそれを見た。
ああ、これが………………………死か。
瞬間、ハナの意識は断絶されてしまった。

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