異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第92話『褻事』

私はきっと、お姉ちゃんに嫌われている。

朝、目を覚ます。
いつも通りの日常を何度繰り返しても、この瞬間の不快感には未だに慣れない。
「ふあぁ………」
小さく欠伸をして、布団を剥がし、ベッドから降りる。
純白の壁、フローリング張りの床、ふかふかのカーペットと、その上に佇む小さなちゃぶ台。
ここは、つくしハナの部屋である。ハナは身に纏っていた白地に青い水玉模様が描かれた寝間着を脱ぎ捨て、運動用ジャージに袖を通す。
それから、小さな冷蔵庫にしまっていたパンを齧る。
朝食も済ませ、身支度を整え、家を出る。
だが、外はまだ薄暗い。
それも当然だろう、現在の時刻は午前三時半。日は昇りかけで、空はぼんやりと赤いだけだ。
こんな時間に家を出るのは、ハナにとってはいつものことである。
理由は単純だ。
「あっ!ハナちゃん!おはよー!」
しばらく歩き、目的地へと到着すると同時、友人が手を振りながらハナの名を呼んだ。
その友人の背後に聳える建造物には、大きくこう書かれている。
『総合道場』と。
名前の通り、ここは道場である。
一階部分の床は畳になっており、主に柔道や空手道の練習に使われている。
二階部分の床はフローリング製であり、西側の壁は全面的に的が設えられている為、主に剣道と弓道の練習に使われている。
ハナの毎朝の日課。それは、道場で友人に手合わせをしてもらうこと。
もっともハナの場合は友人に手合わせを願うというよりも、稽古を通して友人を作っていると言う方が適当だが。
「おはよ!今日も早いね!」
「当然でしょ?早起きは武道の基本だもん!」
彼女の名前は碧鑼娰へきらじリオ。
剣道部の主将であり、ハナの友人の一人である。
二人は毎朝、この時間に道場で稽古をしている。
ハナは剣道に関して全くの素人であったが、リオの指導により着々と成長している。
この日もいつものように空手、剣道、柔道のそれぞれを教わり、朝六時には朝稽古を終える。
「惜しかったね!私の反応がもう少し早ければね!」
悔しげに、且つ楽しげにハナが叫んだ。
「ははは!あたしは主将だから、簡単に一本は取らせないよ?」
それを聞いたリオも、楽しげに笑いながらハナの肩を叩く。
「まあ、あたしをあそこまで追い込めたってだけでも十分すごいよ!」
「そんなこと言われてもねー……。あんまり嬉しくないよね…」
肩を落としながら、ハナは呟くように言った。
「まあまあ!そんなに落ち込むなって!」
「んー」
「ねぇ、本格的にさ、剣道部に入って一緒に稽古しない?ハナちゃんならすぐに強くなれると思うんだけど」
「ありがとね。でも、大丈夫だよね。私、他にやりたいことあるんだよね」
「そっかー。それならしょうがないな!お互い頑張ろう!」
「ありがとね!頑張ろうね!」
「んじゃー!また後でなー!」
「うん!後で教室でね!」
そう言って手を振って別れた。
一度帰宅したハナは、汗をシャワーで流し、制服に着替えて部屋を出る。
時刻は午前七時半。登下校に関しては問題のない時間だ。
ハナは、とある場所へと足を運んだ。
そこには、濃い朱色の髪をショートヘアーに仕上げた少女が一人、佇んでいた。
右手で英語の単語帳を開き、それと睨み合っている。
少女はハナに気が付くと、単語帳を閉じてハナのもとへと歩み寄ってきた。
既に会話をするには十分に距離は詰まっている。
だが、それでも少女は止まらない。
その少女は、ハナの20センチ手前まで近づいてから、ようやく止まった。
目と鼻の先まで近寄ったその少女の眼鏡越しの両眼は、左眼はエメラルドのような翠色をしており、右眼はルビーのような紅色をしている。
そう、ハナと逆のオッドアイであり、その面もハナに瓜二つである。
少女の名は盡レナ。ハナの、実の姉である。
レナは、しばらく黙ったまま、動かなかった。
「……えっと…………ごめんね。遅くなっちゃったね」
ハナの口から出たその言葉を聞いたそのレナは、そのまま話し始めた。
「そうよね。あなたが私を待たせたんだもの。その言葉は当然よ。私は何でハナが遅れたのか聞きたいの。答えなさい」
「ごめんなさい。友達と朝稽古してたんだよね…」
「ふーん。人の待ち合わせに遅刻するくらいなら朝稽古しない方が良いわ。それか、先に連絡の一つでも入れなさい。できない約束はしないこと。どうしてこんな簡単な事も分からないの?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃなくて、どうしてって聞いてるの」
「………………」
ついに返答できなくなったハナは黙ってしまった。
こんな質問に答えろと言う方が無理な話だ。
ハナとて、自分が分裂できないことも同時に二つの約束をこなすことが出来ないことも知っている。
それに、どちらかの約束を断ったところで、リオもレナも怒らない事も分かっている。
ただ、それでも自分さえ頑張れば、同時にこなせる可能性があるのだ。
ハナから見れば、二人とも大切な人なのだ。
可能な限り断りたくないのもまた事実だ。
ハナはただ、どちらか一方を選べなかっただけだった。
「はぁ。もういい、早く行くわよ」
「……………待って、お姉ちゃん……」
呆れたように溜息を一つ吐き、踵を返して歩き出すレナ。
無言で歩みを進めるその背中を、ハナは無言で追った。
初夏の朝の陽ざしは、アスファルトに突き刺さり、じりじりと空気を焼く。
この陽ざしが、凍った二人の空気を溶かしてくれたらいいのに、と、切に願うハナだった。

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