異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第88話『憶起』

鵞糜サナエ。
彼女の歩んだ生涯を、ここでは記す。
西暦2001年、3月15日に彼女は生まれた。
少し頑固だが、真面目で正義感に満ちた父親。病弱だが優しく、女としてのあり方を教えてくれた母親。
そして、決して強くはなかったが、向上心があり、守ることと手本になることの難しさを自分に教えてくれた『弟』。
彼女の名前を鵞糜サナエと言ったが、これは語弊がある。
サナエの出生時の姓は『美那原』であり、彼女はマサタの実の姉である。
裕福な家庭ではなかったが、家族四人で幸福に生活をしていた。
そんなある日だった。
中学2年生になったサナエは剣道部に入部した。
彼女の文武両道、質実剛健な性格から男女を問わず人気があり、勉学においても部活動においても優秀な成績を修めていた。
そして、部活終わりの帰り道。
朱色に染まった空の下で、昼間の直射日光と、その黒体放射ですっかり焼き上がったアスファルトを踏みつけながら、サナエは自宅へと向かっていた。
田舎の薄暗く窮屈な路地裏では、ブロック塀の上で三毛猫が溶けている。
そんな猫を眺めていたときだった、背後から声をかけられた。
「おねぇさん、部活お疲れ様〜」
幼気な少女のような声音でそう言われる。
慌てて振り返るが、その姿は見えない。
「そっちじゃないよ〜、こっちこっちぃ!」
その声に釣られ、視線を投げ上げる。
するとそこには、塀の上で脚をパタつかせる少女がいたのだ。
サナエは、彼女に出会った。
背丈や声色から察するに、年齢は10や11程度だろうか。
その顔は、夕焼けの逆光でよく見えない。
塀の高さは約180cm。
それなりの高さがあるため危険であると考えたサナエは、少女に注意をした。
「其処から落ちると危い。早く降りなさい」
「えーっ、やだよー」
不服そうな声で少女が返す。
「其れに、直に日も暮れる。親御さんが心配する前に帰りなさい」
「んもぉー!おねぇさんとお話ししたいの!」
速やかに家へと帰そうとするサナエの反応に、少女はそう喚き出した。
こうなってしまった子供は厄介で、なかなか動かないのだ。
サナエはため息を一つつくと、塀へ向かって両手を突き出し、少女へと声をかけた。
「ほら、おいで」
だが、少女はサナエの腕に甘えることはなく、無視をするように話を始めた。
「あっ!おねぇさんの肩にあるそれ!シナイでしょ!?」
「ん。ああ、左様だ」
「私知ってるよ!おねぇさん剣道部でしょ!」
「ふふ、良く知って居るな。其の通りだよ」
「もしかしておねぇさんって、ケッコー強い?」
「如何だろう…。断言は出来ぬが、弱いつもりは無いな」
「だと思ったー!私そういうの、一目見るとわかっちゃうんだよねー」
「良い特技だな、少し羨ましいよ」
「えへへー、でしょでしょー?」
「ああ、降りて詳しく話を聴かせてくれぬか?」
褒めることで機嫌を良くした少女を自然な流れで塀から下ろそうとする。
しかし少女はまたも言葉を続けた。
「待ってー!もう一個分かったことがあるの!」
「ん?何だ?」
「おねぇさんのおかぁさん、病気でしょ?」
「…………!?」
そこで初めて、サナエは少女の異常さに気がついた。
自身のことに関しては、洞察力次第で多少のことは分かるのかもしれない。
だが、自分の親族の情報に関して知り得ることは絶対にないのだ。
「何故其れを知って居る…?何者だ……?」
「おねぇさん、気づくのおそぉーい。そんなんじゃぁ、やられちゃうよぉ?」
少女はそう言いながら塀の上で立ち上がると、そのまま闊歩し始めた。
その言葉を聞いたサナエは、竹刀袋から素早く竹刀を取り出し、その切っ先を少女へ向けた。
「何のつもりだ…?如何やって其れを知った?」
「そんなのどーでも良いじゃん。おねぇさんはさ、おかぁさん助けたいの?」
「黙れ、質問に答えろ」
「答えなかったらどうするの?その竹刀で叩くのかなぁ?」
「質問に答えろと言って居るんだ」
怯えた様な、或いは怒った様な声でそう言い放つ。
すると瞬間、少女の声音が変わった。
「チッ………話通じねぇー…」
否、声自体は変わっていないのかもしれない。だが、その声音から放たれる雰囲気が、一気に重厚感を増した。
「おねぇさんさぁ、私のこと倒す気ないでしょ?」
「否、何時でも貴様を討てるぞ」
「嘘だね。私が年下の女の子だからって、手抜いてるでしょ?」
「何時でも貴様を討てると言ったのが聞こえぬのか?」
「じゃあおねぇさんはさ、刃物を持った大男が目の前に現れてもそんな対応するの?しないでしょ?自分から仕掛けるよね?」
「当然だ。貴様は刃物を持たぬ小童こわっぱだからな」
「じゃあ、私には勝てるってこと?」
「無論だ」
「……………………舐めんなよ?」
瞬間、少女の右手が瞬いた。
かと思うと、喉に激痛が生じた。
「………はがっ!?」
慌てて自分の喉に触れる。
するとそこには、注射器の様なものが刺さっていた。
「んなっ!?」
それを喉から引き抜き、少女の方を睨め付けるが、そこに少女の姿はなかった。
その代わりに、背後から嘲笑が聞こえた。
「それ、タダの麻酔だよぉ?」
直後、再び首筋を痛みが襲う。
「本名は─────コッチだから」
感覚と直勘から、首の右側から注射器を突き刺されているのだと察する。
引き抜こうとするが、徐々に全身から力が抜けていく。
「麻酔が回って、力入んないでしょ?まあ、どうせ苦しむんだから麻酔があったほうがいいよね?」
「…………は、はぁ……ぅぁあ……」
今のサナエには、声と呼ぶに足らぬ掠れた呼吸音で返答することしかできなかった。
「はい、おしまい。まあ、どんな症状になるかは分かんないけど、役に立つと良いね」
暗く沈んでいく視界は、少女のその言葉を最後にプツリと途絶えてしまった。

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