異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第84話『譏笑』

「ヨソミしてンじゃねェよ!」
その声は、背後から響いた。
振り返り切る前に、視界の端で上方からこちらへ接近するそれに気がついた。
アツシだ。
跳躍したアツシが、飛びかかってくる。
その手には、アーミーナイフが握られていた。
この隙に、アツシはナイフを回収していたのだ。
そんなことに思考を割いている間にも、アツシはこちらへと接近している。

その表情は、勝利宣言をするかの様に笑っていた。

「──────────〈境界超越Manifold Breaker〉…」
マサタが呟いた瞬間。
アツシの肉体は、大きく後方へと吹き飛んだ。
壁面へと衝突した肉体は、その衝撃で肺内の空気が全て抜け、それは声として発現する。
「………かはァッ!」
あのとき笑っていたのは、他でもないマサタであった。
マサタの才華は、次元を変える能力。
それは低次元を高次元へと変更することも、無論能力の範疇である。
マサタがこの決闘中に移動目的で2+1次元へと転移させた空間は全て、『薙刀の刃』へと保管していた。
それは、鏡の向こうは2+1次元であるから。
鏡の向こうには奥行きがない。
だが、鏡の外と同様に時間があり、縦軸と横軸がある。
即ち、距離軸が今いる空間より一つ少ない2+1次元と言えるだろう。
事実、マサタが自身の分身体を生産するときもこの方法を用いていた。
鏡に反射した自分を3+1次元へと転移させることで、鏡の向こうの自分を引き摺り出していたのだ。
それと同じことを、たった今、空間で行った。
背中にナイフを突き刺され、自身の前方の空間を2+1次元へと書き換えた。
その際、書き換えた空間を、背中のナイフへと転移させる。
そして、背後からアツシが接近する。
それを確認し、背中のナイフに保管された空間を、再び3+1次元へ展開する。
そうすることで、マサタとアツシとの間に物理的な距離を生み出すことが出来る。
その空間が展開されるエネルギーにより、アツシの肉体は大きく後方へと移動することとなり、肉体を壁面へと衝突することになるのだ。
そして、アツシは衝突の際の衝撃を無効化することができない。
摩擦ゼロの物体を破壊することを考えるのなら、その物体を壁を床などに衝突させることを考える方が合理的である。
摩擦力がゼロであると言うことは、弾丸も刃もその物体に触れたとしても滑ってしまう。
それはつまり、弾丸も刃もその物体に対してエネルギーの放出を行えないと言うことである。
しかし、その摩擦の無い物体自体が運動をしているとなれば話は異なる。
物体は壁や床に衝突することで壁面を押す形になる。
そして物体が何かを押すとき、運動法則の第三法則に則り、必ず作用反作用の法則が生じる。
二物体A,Bの間でAがBへと力を加えるとき、AはBから押し返される。
つまり物体は、押した力と同じ力で押し返される。
これは、たとえ摩擦係数がゼロに近くとも揺るがぬ真理である。
物体そのものに壁を『押させる』ことによって、間接的に壁から『押される』状況を作り上げることが可能なのだ。
これを、アツシの肉体で行ったのだ。
アツシが壁へと与えた力と等しい力でアツシは背を押されることとなる。
その衝撃は、決して小さくない。
事実、アツシは未だに苦しそうに地を這っている。
そこに生まれる感慨はなく、殺虫剤をかけられたゴキブリを眺める様な、そんな感覚だった。
そのまま速やかに、アツシの元へと歩み寄る。
「………ぅぁあ……ぁあがぁあ………」
呻き声を上げながら、アツシが立ち上がる。
だが、あれほどの衝撃を一身に受けたアツシの戦闘能力は決して高くない。
しかしそれは、マサタも同じこと。
背中に突き立てられたナイフの痛みを必死に堪えながら、マサタはその歩を前へと出す。
二人の距離は着実に縮む。
そして、二人の距離が2メートルを切った時。
「ゥおらァあああ!」
仕掛けたのはアツシ。
右手でナイフを逆手に握り、大きく振り上げる。
きっと普段のアツシなら、こんな行動はしないのだろう。
攻撃の予備動作が大きいと、それからの攻撃の軌道が読まれやすい。
格闘技において、その予備動作は可能な限り減らすのが理想的である。
そうすれば、相手が攻撃を認知してから回避するまでの時間が減り、的中率が上昇するのだ。
だが今のアツシは、目に見えて慌てていて、焦っている。
今までこれほどまで追い込まれたことがないのだろう。
そんなアツシの攻撃を回避することは、決して難しくなかった。
だが、マサタの体にダメージがない訳ではない。
この場合の最善の動作を考える。
このまま体を動かしてナイフを躱すか?
否、回避しきれる確証がない。
ならば。
「………………ンなッ!?」
マサタはその右手で、ナイフを受け止めた。

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品