異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第82話『強剛』

「〈摩滅戦士Abrasion Knight〉・RUB」
そう呟いたアツシは、その両手をゆっくりと後頭部の方へと動かした。
それにより顔面の皮膚が一気に張り、マサタの面が醜く歪む。
通常こんなことをされたとしても、ある程度皮膚が伸びると手の皮膚と顔面の皮膚が滑ることで、ただ手が動くだけなのだ。
だが、アツシのそれは違う。
才華により、自身の手の摩擦係数が異常に上昇している。
故に、皮膚間の滑りが生じない。
まるで接着剤でくっつけられたかの様に、しっかりと癒着する。
それはつまり、皮膚が限界まで張っているにも関わらず、さらに顔面の皮膚を伸ばされるということ。
当然そんな事をされれば、顔面の皮膚は……………裂ける。
「あ……………あぅぁ……」
叫びたい。だが、叫べない。
悶絶するほど痛い。なのに、動けない。
「安心しろよ、殺さねェからよォ。お前から頼まねェ限りは、な」
そういうと、引っ張る手にさらに力が加わる。
鼻の頭から人中にかけての皮膚が一気に張る。
そして。
パリィッ。
「…………えっ?」
新聞紙を破る様な、そんな音が鼓膜を揺らす。
一瞬何が起こったか分からない。
少しして、激痛が顔面を襲った。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
痛い、痛い、痛い、痛い───────痛い!
動かなかったはずの肉体が、痛覚信号によって運動を始める。
少し動くだけでも痛かったはずなのに、それすら忘れてのたうち回る。
きっと忘れたわけじゃない。
そんなことが気にならぬ程、この痛みが強すぎるのだ。
「うるせェなァ」
アツシが自分を見下ろしている。
その冷め切った表情は、先程の笑みとはかけ離れていた。
子供が遊び込んで飽きたおもちゃを見るような、そんな冷酷さがあった。
「ンじゃァ、終わりにすッかァ…」
そう言うと、アツシはマサタのアテスターを右手のナイフで切断しようと馬乗りになった。
右手を振り上げ、喚き疲れて動けなくなったマサタの喉へ目掛けて、その右手を振り下ろす。
マサタはそれを───────半ば無意識のうちに受け止めていた。
「ァあ?」
「まだだ………俺はまだ……負けちゃいない」
マサタは左手で傷口を抑え、アツシをきつく睨め付けた。
その行動原理は、分かりきったものだった。
本当はこんなに痛いことすぐにやめて、治療してほしい。
でも、そんな行動をとったりしない。
当然だろう。存在しない選択肢は選べないのだから。
逃げないのは、負けるのが恥ずかしいから、負けるのが嫌いだから、負けるのが情けないから、負けるのが怖いから。どれもきっと間違いなく行動原理に含まれているだろう。
だが、決定的にマサタを突き動かすもの。
それは単純な…………………怒り。
勝って、コイツを見下ろしてやりたい、コイツに泣きべそをかかせてやりたい、コイツに土下座の一つでもさせてやりたい。
コイツに……………間違いを認めさせたい。
「ンだよ、まだ喋れンのかよ…。サクッと負けた方が楽なのによォ」
アツシがゆっくりと、立ち上がる。
その後、マサタもまた立ち上がる。
身体中から、骨が軋む異様な音が聞こえる。
だが、気に留めている余裕はない。
可及的速やかにコイツに勝たなければ、俺の身体がもたない。
焦燥感と嫌悪感が身体の歯車を無理やり回している。
マサタのそんな行動原理は動作に現れ、ギクシャクと身体が動いていく。
「あァー、だりィだりィ。無駄な手間かけさせンな…よッ!」
言い切ると同時に、アツシがこちらへ駆ける。
「〈境界超越Manifold Breaker〉ァァアアアアア!!」
マサタは、力の限りに叫んだ。

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