異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第78話『端緒』

動いたわけでもない、呼吸を止めたわけでもない。
だが、息が荒い。
ここは決闘場。その入場ゲート前の、待合用の椅子である。
その椅子に、一人の少年が腰掛けている。
ダークブルーの短い髪、濃紺の双眸、その名は美那原マサタ。
彼はまさに、これから決闘に挑もうとしていた。
息が荒いのは他でもない、緊張と興奮からである。
手足は細やかに震え、気味の悪い脂汗が皮膚を伝う。
そんな今にも壊れてしまいそうな肉体を精一杯に維持していると、そんなマサタを嘲笑うように軽快なファンファーレが響いてくる。
それと同時に、入場ゲートがゆっくりと開いていく。
『両選手!入場です!』
遠くの浜曷がそう叫ぶ。
だが、その声はまるでマサタに届かない。
マサタはただ、正面で下卑た笑みを浮かべる男を睨んでいた。
その名は、譬聆アツシ。
学園で3番目の戦闘能力と、学園トップの支配力を有する。何より、マサタがこれから決闘を行う対戦相手である。
どちらからとなく、歩みを進める。
自然と、薙刀を握る手にも力が篭る。
両者の物理的な距離はゆっくりと、確実に縮んでいく。
そしてある程度まで近づき、止まる。
その視線は、まるで犀利さいりな刃物の様に、互いの精神を刺し貫く。
そんな視線から、相手が本気で自分を殺そうとしていることが分かる。
皮膚がちりつく様な殺気に当てられながら、両者は決闘開始時の所定位置についた。
わずかな沈黙が、直径200メートルの円状のフィールドを満たした。
その静寂の中、浜曷が息を深く吸い込む。
それはつまり、間も無く開始の合図がかかるということ。
全身が強張り、薙刀を握り込む手にさらに力が加わる。

「戦闘…………………開始ッ!!」

その声が聞こえると同時、アツシが一直線にこちらへ駆ける。
腰からアーミーナイフを取り出したアツシは、そのナイフをマサタのアテスター目掛けて投擲する。
鋒がこちらを向いたまま、狂いなく喉元へ飛んでくる。
それを理解し、ある程度の選択肢が頭に浮かぶ。
この飛来するナイフを、躱すか、受け止めるか、弾くか。
そして選択肢を潰していく。
受け止めることはできない。あまつさえ右手が薙刀で塞がれているのに、左手までもがナイフで塞がれてしまうのは悪手である。
弾くこともできない。薙刀で弾くのは技術的に困難である上に、アツシの才華が不明である以上、彼の触れたものに武器や身体が触れるのは可能な限り避けたいところである。また、才華によって弾くこともできない。マサタの〈境界超越Manifold Breaker〉は展開に少し時間がかかる。
一度展開した異次元障壁を消し、再展開するとなると、その隙に攻撃を受ける可能性が上がるだろう。
ならば最善の行動は、回避に他ならない。
身体を僅かに右へ動かし、そのナイフを躱したマサタは、まっすぐに駆けて来るアツシを見据えた。
アツシとマサタ。
両者の戦闘において、薙刀により攻撃可能な範囲の広いマサタは、アツシが彼自身の攻撃可能範囲まで接近する前に攻撃を仕掛けるべきである。
マサタは、アツシが射程圏内に突入すると同時、アツシの喉元を切り裂こうと薙刀を振り抜いた。
「…………………はっ?」
だが、切れなかった。
回避されたわけでもなければ、受け流されたわけでもない。
きっさきは確かにアツシの喉に触れた。
それなのにその鋒は、アツシを傷つけることなく表面を這うだけだったのだ。

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