異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??

頤親仁

第60話『諍闘』

「────────ミンコフスキー時空って知ってるかな?」
ミンコフスキー時空。それを説明するにあたって、まず説明するべきは次元という概念についてだ。
次元というのは、場を構成している軸がいくつあるかを示している量である。
我々が今存在している空間が3次元としている場合が多いが、それは距離のみを取り扱うユークリッド空間という概念であり、実際には我々は“4次元時空間”に存在している。
それは、縦・横・奥行の三つの距離軸に加えて、時間という別種の軸が存在しているため4次元であり、『3+1次元』と表現されるのだ。「じゃあ、美那原みなはらが作ってる鏡は何?」
「アレこそ、真の3次元だよ。今僕たちのいる空間には時間がある。でも、3次元には時間がない。概念そのものが存在していないんだ」
サナエが時計の針を操るとしたら、マサタは時計そのものを消せる。時間という概念がなければ、その空間内は完全に静止する。物体も、空気も、電子も、光子も、波動も、エネルギーも。
そしてそれは、物体レベルではなく空間レベルで発現し、境界に何かが衝突すると、そのものはe(反発係数はんぱつけいすう)が1となって跳ね返る。厳密には、境界面のeが1なのだが。
つまるところ、境界面に衝突した物体は衝突の前後でその速度が全く変化しない。もっとも、空気抵抗や重力影響は受けるが、衝突によって物体が保有する運動エネルギーが、損なわれたり別のエネルギーに変換されることはない。
これは、衝突というより反射と呼ぶに相応しいだろう。
そしてエネルギー単位で反射が起こるということは、光や音でさえも完璧に跳ね返すということと同義である。端的に言えば、3+1次元と3次元との境界面は『森羅万象しんらばんしょうを反射させる壁』であり、それは視覚的には鏡のように見える。
これまでマサタが展開していたのはまさしく3次元であり、この世のあらゆる攻撃は境界面によって反射されてきた。そして、サナエはそれを看破した。
「てめぇの言う通りだよ。俺の能力、てめぇらの言い方をするなら“サイカ”っつーのか?ま、とにかく俺は次元を変えられる。俺はこの能力を〈境界超越Manifold Breaker〉って呼んでる」
「才華は恐ろしいが、貴様自身が低能ゆえに強みを殺しているな」
サナエはそう言うと、後方のウルツァイト窒化ホウ素の一部を刀で切断した。
その破片を今度は刀で貫いた。そして、その刀を大きく一振りする。
すると、貫かれていた破片は空中へと投げ出される。その破片が最高到達点に達した時、サナエは叫んだ。
「〈司刻刀じごくとう〉第二刀術・露舞停ツブテ!」
途端、空中を漂っていた破片は一瞬のうちに軌道を変え、目にもとまらぬ速さでマサタへ向かった。破片の主観的時間を止めたのだ。
「……くっ!」
時速1400㎞/sで接近する物体を回避する術など、無論ありはしない。
それは即ち、飛来する破片を受け入れる他ないということである。
足元をわずかに掠めた破片が、アスファルトに着弾する。
それでさえ、絶大な威力を持ちマサタの体力と肉を削ぐ。
だが、幸運にも致命的な肉体損傷は無かった。
それはサナエにとっての不幸だが。
ともあれ、この千載一遇せんざいいちぐうの機会を逃すわけにはいかない。
マサタは大きく一歩踏み出すと共に、瞬間的にサナエとの空間に鏡の空間・3次元空間を作る。
そして、生み出した3次元空間を2次元へと圧縮し、二人の間の距離を消そうとする。
だが。
マサタの背後から強い衝撃が加わった。
この刹那にサナエに背後を取られたかと思う、だが違う。
自身の背後に人影などない。だが、今も継続的に背後から圧力を加えられている。
その力が加わる位置は部分的で、まっすぐにサナエがいたであろう空間へと向かっている。
理解した。この背中に加わる力は、サナエの才華によるものである事。
そして、背中を押すこの物体は───先刻サナエが飛ばした、ウルツァイト窒化ホウ素の破片であると。
サナエが飛ばした破片の主観的時間を巻き戻せば、それは切断される前の状態に戻る。そして復元される軌道上にいるマサタは、自身で作り出した次元の境界面と修復される破片に挟み込まれることになる。
察すると同時、マサタ自身の体が次元の境界に叩きつけられた。だが、破片には継続的に力が加わっているため、境界面と破片との間に肉体を挟み込まれたマサタは、一切の抵抗が不可能になる。
すると、向こうからわずかに声が聞こえた。
「〈司刻刀じごくとう〉………第三刀術・魅遡斬ミソギ
それは、サナエの時間を操る司刻刀において、物体の時間を巻き戻す能力である。
「さあ、如何どうる。の〈次元の壁〉を消さねば、其儘そのまま迫窄はくさくって死ぬぞ」
サナエの言うとおりだ、時間が経過するごとに破片がマサタを押す力は増している。
このままでは破片が身体を貫通するのも時間の問題だ。
だが、かといって言われるままに才華を解除してもいいのだろうか。
恐らく能力を解除しても、このまま破片に背を押され、待ち伏せしているサナエに首を斬られて終わりだ。
何か、何かこの状況を打開する方法を考えなければ。
が、そう考えている間にも、かかる圧力はみるみる大きくなっていく。
「無様だな。知能が粗末な上に、社会不適合者。あまつさえ剣の才も無いときた。普通にさえれぬ貴様を世は求めてらん。ね」
サナエが冷ややかにそう告げた。
だが、その言葉をマサタは聞き逃さなかった。
「………ぁあ?」
その声には明らかに今までとは異なった明確な殺意と怒気が込められていた。
「……てン…めぇ………。ゆる…さ…ねぇ………」
今にも潰れそうな声音で、憎々し気にそう吐いた。
瞬間。マサタは眼前にある3次元を2次元へと書き換える。
当然、サナエとマサタは一瞬にして接近する。想定通り、サナエは剥き出しの刀身・その鋩をマサタへ向けていた。マサタはそのまま身を翻し、破片をかわす。
「うあああああああ!」
マサタは叫んだ。

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