氷結のテルラ

茶ノ助

四、アクイラ魔法学校

 魔法学校への入学を決意したアカリはとうとう入学式の日を迎え、今は丁度魔法学校への道を歩いているところだった。アカリとテルラの家は都市の少し外れにあり、ちょっと歩けばレンガ造りの中世を思い出させるような建物が立ち並ぶ。
 そして、魔法学校はそんな都市の中央にあるという。学校名はこの都市から、アクイラ魔法学校。


「うん、やっぱり似合うよアカリ」


「そう? 制服を着るのは久しぶりじゃないはずなのになんだか変な違和感があるよ」


 アカリは折れてなどいない制服の襟をいじり、違和感の正体を探っているように見せる。
 その隣を歩くテルラは、アカリの顔を見上げて首を傾げる。


「住む世界も変わって、新しい学校に行くわけだし違和感があるのは普通のことじゃない?」


「それもそうなんだけど……。いや、やっぱりなんでもないかも」


「なにそれ、変なアカリ」


 アカリには確かに違和感があった。だがそれは恐らく新しい環境へ対するものではなく、長いこと感じることがなかった高揚感。長い間忘れていたが故に、その正体が何であるか分からなかったのだ。


「それよりさ、まだあんまり実感が湧かないんだよね」


「実感って?」


 唐突にそんなことを言い出すアカリに、テルラは再び首を傾げる。
 アカリは不必要に前後左右を見渡し、


「街並みは確かに変わってるなって思うんだけど、それでもどこかの国にはありそうな街並みだし、周りにいるのはみんな人間だし、確かにお腹の鍵とかについてはびっくりしたけど……」


「ふーん? つまりアカリはこの世界が本当に、俗に言う『異世界』かどうか疑問に思ってる訳だ?」


 アカリはテルラのその問にコクリと頷く。するとテルラは、「それじゃあ……」と呟き突然にアカリの手を取った。


「テルラ?」


「いい? 瞬きしちゃダメだからね?」


 テルラは掴んだアカリの手をギュッと握る。
 その刹那―――、


「……え?」


 アカリは確かに言われた通り瞬きをしなかった。目にグッと力を入れ、無意識にしてしまう瞬きを防いだ。
 そして力を入れた目に映っていたのは、レンガ造りの建物が立ち並ぶ通りのはずだった。
 しかし今アカリの目に映っているのは、異様な存在感を醸し出して聳え立つ黒く巨大な建物。
 それは、アカリの視界にその全容を映し出すことができないほど大きな建物だった。


「これは一体……?」


「びっくりした? ここは今日からアカリが通う魔法学校だよ」


 テルラは握っていたアカリの手をゆっくりと解く。
 一方のアカリは、手が繋がれているのか解かれているのかなんて気にも留めないほどの驚きを感じていた。


「それは雰囲気で何となくわかるというか、いや確かにびっくりはしたけどそれよりも……」


「ふふっ。これで納得してくれた? ここがちゃんと『異世界』だってこと」


 アカリの脳はこのコンマ一秒ほどの出来事を処理できていなかった。
 それもそのはず、突然視界に映っていた景色がガラリと変わったのだから。


「これはね、無属性魔法『ルウ』。瞬間移動の魔法だよ」


「魔法……。瞬間移動……」


 このときアカリは、完全にこの世界が『異世界』であると認識した。
 そう認識すると共に、アカリの両の手には汗がじわりじわりと滲み出る。


「この魔法は簡単だから多分すぐ教わると思うよ」


「マジ、ですか」


「マジのマジだよ」


 二人は向き合っていた顔と顔を、魔法学校の壮大な校舎へ振り向かせながら会話する。


「じゃあ中に入ろっか。生徒じゃなくても学校には入れるし、途中まで付いてくよ」


「うん、ありがとう」


 そうしてアカリとテルラは大きく開かれた鉄門を、流れゆく人たちと同じようにくぐって行った。


 ~~~


「生徒ナンバー二五四、アカリ・アマノさんですね。ご入学おめでとうございます。こちらは学生証ですので、本校に在籍している間はなくさないようお願いしたします。では、どうぞお進み下さい。お連れ様もご一緒で大丈夫ですよ」


 黒い三角の帽子に黒いローブに身を包んだ受付嬢は、そう言ってグレーの学生証をアカリに渡す。
 入学者が多いからか、受付はおよそ二十人態勢だ。それでもそれぞれの列には多くの生徒が並んでいて、改めてこの学校の壮大さを感じる。


 学生証を受け取ったアカリは、それをまじまじと眺めながらテルラと並び歩く。
 学生証に書かれている名前やら性別やらの入学申請は、アカリが眠っている間にテルラが済ませておいたらしい。
 するとアカリは、学生証に気になる記載を見つけた。


「ねえテルラ、この『天付』ってなに?」


「それは単純に天使付きの略だよ。つまりはデュオになってる人のこと。逆にそうじゃない人の学生証には『天無』ってかかれているはずだよ」


「天使無しの略か。ちなみに割合ってどんなもんなの?」


「アカリ含めて五人もいないんじゃないかな。そもそも天使自体の数が少ないからね」


「そんなに少ないのか……」


 それを聞いたアカリは少々不安を感じていた。数が少ないというのは言い換えれば珍しいということだ。
 そして珍しいことやものは、どの世界でもどの時代でも目立ってしまうだろう。
 つまりは、前の世界で少し他人の目に入れば蔑まれてきたアカリにとって、目立つというのは恐ろしいことなのだ。


「大丈夫だって。確かにデュオはちょっと珍しいかもしれない。でもだからってひどいことしてくる人なんていないよ。むしろ、みんなアカリに興味持ってくれて友達もできるかもよ?」


 不安げな顔を見たテルラは、アカリの胸中を察したのかそんな言葉をかける。


「マイナス思考はやめるんでしょ? それにそんなやついたら私がやっつけるって言ったじゃん。だから安心して。前の世界と同じようにはならない。私が保証するよ」


 テルラはそう励ますと、俯き気味のアカリをニッと笑顔で見上げた。


「そう、だったね。ごめん、暗い顔しちゃって。初めからこんなんじゃダメだよね」


 励ましの言葉をもらったアカリは、パシンパシンと二回頬を叩いて気を持ち直した。
 今のアカリにはテルラが付いてる。それだけで十分なのだ。






「それじゃあ、僕そろそろ行くよ。ずっと付き添ってもらうわけにもいかないし」


 入学式が行われるホールの前までやってきたアカリは、テルラにそう一時の別れを告げる。
 それにテルラも頷こうとするが、ハッとした表情で上着のポケットから何かを取り出した。


「この鍵、アカリが持っててくれないかな?」


 テルラが取り出し見せたのは、心通の鍵だった。


「どうして?」


「別にどうしてってわけでもないんだけど、アカリが持っててくれた方が安心するんだよ。それに、何か起きたら鍵を開けてくれれば私もそれを知れるからね」


「分かった。じゃあ僕が持っておくよ」


「ふふっ。ありがと」


 アカリはテルラの小さな手の平に乗った鍵を受け取り、ズボンのポケットにしまった。
 それでテルラが安心してくれるなら造作もないことだった。


「それじゃ、行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい。学校終わりそうな時間になったら迎えに来るよ。通学路、省いちゃったからね」


 そう言って笑顔で送り出すテルラ。この時、ちょっと夫婦みたいと思ったのは内緒らしい。


 ~~~


 入学式が行われたのは、全校生徒を収容できるほど大きなライブ会場のような建物だった。普段は魔法の実践授業が行われたりと様々な場面で使われる魔法闘技場らしい。


 中央にステージがあり、それを取り囲むように席が設置されている。
 アカリの席付近から見るとあまりにも遠すぎるからか、ステージを映すモニターが四方に一枚ずつ中央の天井から吊るされている。


 現在モニターには、茶髪のオールバックでキリッとした目が特徴的な男子生徒が在校生代表挨拶をしているところが映し出されていた。


「……それでは、新入生の皆さんがこのアクイラ魔法学校で、充実した学校生活を送れるようお祈り申し上げます。在校生代表、生徒会長フィオ・ロサータ」


 生徒会長は原稿を丁寧にたたみ、一歩下がって深々とお辞儀をする。
 そして顔を上げるとステージ裏へと戻ろうと足を向けるが、首を少しばかり捻り、


「(今、こっちを見た……?)」


 アカリは鋭い視線で睨まれたように感じた。
 正確にはその様子がモニターの端に映っただけで、睨まれたなどというのはただの自意識過剰かもしれないが、アカリは確かに何かを感じたのだ。
 周りを見回すと女子生徒らが「会長かっこいいー!」などとはしゃいでいるが、特に変わった様子はない。


「(なんだったんだろう……)」


 いくら考えても埒が明かないので、アカリはとりあえず目の前の式に集中するよう心掛けることにした。
 生徒会長がステージから姿を消すと、司会の生徒がマイクを持ち式を進める。


「では続きまして、新入生代表挨拶……」


 ~~~


 心掛けるとはいったものの、やはり気になることがあると集中などできなかった。
 あの後の式で覚えていることといえば、新入生代表の女子生徒が緊張からか挨拶で噛みまくってたことだけだろうか。
 あれだけの大勢の前に立たされて、緊張しないほうが無理な話だろう。


 アカリは気の毒にと思うと同時に、あの場にいたのが自分だったらと思うと吐き気が止まらなくなる。
 死んでもそんな役目お断りだ。


 入学式を終えたアカリは、新入生の波に乗り指定されたクラスへと向かうところだった。
 アカリのクラスは一年B組。入学式終了後、モニターで発表されたのだ。


 しばらく生徒の波に揺られていたアカリだったが、運よくBクラスの教室を見つけたので、人と人の間を潜り抜け教室に入る。
 このまま流されていたら、広さが広さの故に迷子になってしまうかもしれないと思ったが杞憂で済んだ。


 教室の中には既に何人かクラスメイトがいて、寝ている生徒や本を読んでいる生徒、荒々しく机に脚をあげている生徒と様々だった。
 アカリは黒板にでかでかと張られた座席表に目を通し、自分の座席を確認する。


 この教室の座席は扇形になっていて、奥の座席ほど教壇を見下ろすように高い。
 アカリの席は中央の前から四列目。丁度教室のど真ん中に位置する席だ。


 アカリは椅子の背もたれを引き、腰を下ろして、ふぅと一息つく。
 入学初日のこの時間は、友達を作る絶好のチャンスだ。


 これだけの数の生徒だと、元々知り合いである人と同じクラスになる可能性は極めて低いと言える。皆アカリと同じでゼロから人間関係を構築することとなるのだ。
 故にアカリが話しかけ、馬が合えば友達になれるかもしれない。


 アカリはもともとコミュニケーション能力が低いわけではない。誰もアカリの事を知らないこの場所なら、誰かに話にかけることなど造作もないことだった。


 ―――だったはずなのだが、


「話しかけるってどうやればいいんだっけ……」


 アカリは虐めを受け始めてから他人に話しかけるということがほぼなかった。
 よって、人に何といって話しかけていいのか分からなくなっていたのだ。


「えっと、こんにちは? いや、今は朝だしおはようございます、か。ちょっと堅苦しいかな。ん? 待てよ? もしかしたらこの世界ではおはようなんて言わないんじゃ? やばいやばいどうしよう。それじゃあ話なんてできないじゃないか……」


 アカリの脳は完全にパニック状態だ。
 自分が何語でテルラと話していたか思いだせばすぐに解決できそうなことを、ずっと考え込んでしまう。


 すると、茶色い長髪をなびかせた女子生徒がスタスタと足音を立ててアカリに近づいてくる。
 しかし、アカリはそれに気づかない。存在すらしない言語の壁という難題にひとり立ち向かっているのだから。


 足音はアカリのすぐ隣で止まり、代わりに椅子を引く音が鳴る。
 女子生徒はアカリの隣に座ると、くりっとした目でアカリをしばし見つめる。


「……。おーい?」


 しびれを切らした女子生徒はアカリの目を遮るように手を振り、声をかける。
 だが、アカリはなおも気づかない。


「おーい。おーい」


「……」


「入学初日からシカトとかされると悲しくなっちゃうなー。ねぇねぇ」


「……」


 いくら声をかけても気づいてもらえない女子生徒はダッと立ち上がり、両の手の拳を握りしめる。
 女子生徒は怒りのオーラを纏い、整った顔も今はもはや鬼の形相だ。


 そして女子生徒は、なおも気づかないアカリの胸倉を右手で掴み、グッと引き寄せる。


「ねぇって言ってるでしょ!? このタコ!」


 女子生徒はアカリのことを思い切り睨みつけ、言い放った。
 何が起きたのか全く状況把握できていないアカリはただただ呆然としてしまう。


「……タ、タコ?」


「そうよ! 私が話しかけても話しかけてもぶつぶつ呟いてシカトして! どうせ私の悪口でも言ってたんでしょ! このタコタコタコ!」


 もちろん違う。アカリはただ気づいていなかっただけだ。しかし、傍から見れば無視しているようにも見えてしまうのも事実ではあったのだが、


「い、いや、何言ってるのか分からないんだけど……」


「しらばっくれる気!? ほんとサイテー!」


 あくまでアカリは本当のことを話しているだけだ。しかしそれではいつまでも収まりがつきそうにない。
 アカリはそんなときどうすればいいのか知っている。


「なんだか分からないけど、知らないうちに怒らせちゃってたなら謝るよ。ごめん」


 すると、アカリの胸倉を掴んでいた右手は開かれ、解放された―――わけではなく、


「……うぐぅ」


 女子生徒はアカリを許したわけではなく、今度は両手でアカリの胸倉を掴んだ。
 さっきの倍以上の力が加えられ、収まりをつけるどころかさらに怒りを増したようだ。


「……馬鹿にしてるのかなぁ? そんなその場しのぎのごめんなんて聞きたくて怒ってるわけじゃないんだけどぉ?」


「ご、ごめん」


「だーかーらー……」


 そこまで言うと女子生徒は言葉を止めた。
 アカリの胸倉に伸びている腕を掴まれたからだ。
 しかし、掴んだのはアカリではない。


「こら、ククナ。そんなに怒ってばっかだとせっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」


 そう言ったのは黒い短髪の男子生徒だ。これまた整った顔立ちで、スラっとしている。
 世間一般ではイケメンと呼ばれる部類の男だ。


「離して! なんでこんなタコの肩を持つのよ!」


「別に肩を持っているわけじゃない。ただそのタコさんが本当になんで怒られてるのか分からないって顔してるから、一旦止めて話を聞こうと思っただけだ。話を聞いても怒りが収まらないなら、その時はもう止めない」


「話ってなによ! 私はこいつがシカトするから怒ってるだけなんだけど!?」


 ククナという女子生徒は男子生徒の行動が理解できないといった様子で言い返すが、男子生徒はそれを軽くいなし、アカリに話しかける。


「君、名前は?」


「アカリ……」


「アカリね、おーけー。俺はウォルト・スクリアー。気軽にウォルって呼んでくれ。この怒りっぽいやつとは幼馴染なんだ」


「は、はぁ」


 今気づいたのだが、教室にいる生徒の視線はアカリたちに釘付けだ。完全に悪目立ちしてしまっている。
 しかし、ウォルトはそんなこと気にも留めず続けて問う。


「それで、ククナは怒りっぽいけど理由もなく怒ったりはしないと思うんだ。なにか心当たりはないか?」


「さっきその子にも言ったけど、なにも覚えなんてないよ。考え事してたらいきなり胸を掴まれて……」


「なるほどな。じゃあ、ククナに話しかけられてたのも知らなかったわけだ?」


「申し訳ないけど……」


「だ、そうだ。さすがにしらばっくれてるようには見えないがどうだ?」


 ウォルトはそう言うと、ククナの方へ向き反応を伺う。
 するとククナは渋々と言った表情で、


「分かったわよ。ウォルがそこまで言うならもう何も言わない。気づいてようが気づいてまいが無視されたことには変わりはないから気分は最悪だけど」


「ご、ごめん」


 アカリはククナの怒りを収めようとしている様子を見て、再び謝ってしまう。
 別にアカリに悪意はないのだが、


「はぁあ。あのねぇこの際だから言っておくけど、そのすぐ謝る癖やめなさい? すっごく安っぽく聞こえて人によってはウザがられるわよ? 私は人が出来てるからそのくらいじゃ何とも思わないけど」


「いや、お前さっき相当ぶちぎれてたぞ?」


「ウォルは黙って!」


 ククナはツッコみを入れてきたウォルトの口を塞ぐ。
 ウォルトはすぐさま口を塞いでいる手をどかし、苦笑いを浮かべる。


 アカリはこの二人が少し羨ましかった。なんでも言えるような関係。それはお互いを許しあっている関係。アカリの目にはこの二人がそんな関係であるように思えたのだ。


「でもなアカリ、ククナの言うことは間違ってないと思うぞ。むやみやたらと謝ってばかりじゃ相手を不快にさせる時もあるし、それに男が廃るぞ」


「わ、分かった。でも、最後に一回だけ。気づいてなかったとはいえ、無視しちゃってごめん。傷つけちゃったよね」


 アカリは二人の言葉を真摯に受け止め、深く頭を下げて最後の謝罪をする。


「ふん。ちゃんとしてるとこもあるじゃない。最初からそうすればいいのよ」


 そっぽを向いてそんな口を叩くククナの頭にズシンとチョップが入った。


「お前は謝らなすぎだ。そもそもはお前の勘違いから始まったことだろ?」


「うっそれは……。ま、まあそうね、そういう捉え方もあるかもしれないわね」


 ククナは素直じゃなかった。謝るということにどこか抵抗があるように感じる。


「その、私も悪かったわね。いきなり声を荒げちゃって」


「い、いや別に……」


「それじゃあ、俺たち三人はこれから友達な!」


 ウォルはアカリとククナの中心に入り込み、二人の肩を抱えてそんなことを言う。
 その言葉にククナは、


「ま、そうね。これから一緒に学ぶ仲間だしそういうことにしてあげる」


 ククナの顔は真っ赤だ。恐らくアカリに話しかけたのは友達になりたかったのだろう。
 当のアカリは友達の作り方で悩んでいて、なんとも行き違いが激しい二人である。


「僕と、友達……?」


「なによ、嫌なわけ?」


「いやいやいや! 嬉しいよ、すごく」


 こうしてアカリにこの世界で初めての友達が出来た。ちょっと怒りっぽいククナと正義感溢れるウォルト。アカリの顔には自然と嬉しさに揺られたような笑みが浮かんでいた。


 するとククナがアカリに右手を差し出して、


「ちゃんと自己紹介しないとね。私の名前はククナ・ロサータ。普通にククナでいいわ」


 アカリはその手を取り、自分も自己紹介をしようとした。
 だが、このときアカリは何か引っ掛かるものがあった。


「ククナ・ロサータ……。ロサータ……」


「な、なによ」


 アカリにはロサータという姓に覚えがあった。
 時は少し遡り、入学式へと戻る。


 〜〜〜


 生徒会長がステージを去ったあと、周りの女子生徒らがこんな話をしていた。


「そういえば、新入生代表は会長の妹さんらしいよ」


「ほんとに? てことはすっごく美人な人なのかなぁ」


「かもねぇ。お近づきになってみたいなぁ」


 〜〜〜


 そんな生徒会長の名前はフィオ・ロサータ。アカリは完全に思いだした。


「入学式で噛みまくってた人か!」


 アカリはしまったと思ったが時すでに遅し。ククナの顔は今日一番の怒りで満ちているように思える。
 すると、アカリの前に差し出された手は引かれ、


「うっさいタコォ!」


 ―――バシィン、と軽快な音がアカリの頬から鳴り響いた。
 その音を鳴らした張本人は目に少し涙を浮かべ、頬を赤く染めている。
 どうやらとても気にしていたらしい。


「やっぱり、友達になんてならない!」


「ご、ごめん」


「謝るな! ……いや、これは謝れタコ!」






「はは、ははは……」


 この二人の様子を一歩引いて眺めていたウォルトは、苦笑いを浮かべるしかなかったようだ。

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