盲者と王女の建国記

てんとん

第2項23話 ベルグ攻防戦 南門Ⅱ

 都市ベルグ南門の眼前で、深い藍色の外套を纏った骸骨デヴォルと、白髪の老兵ヅィーオが対峙している。
 都市門前の草地には、骸骨の身代わりにされヅィーオに斬り伏せられた兵士が転がり。
 未だ状況を理解できていない様子の、桃花ももはな髪の冒険者ラファーレは、呆然とその光景を眺めていた。

「おぉい、何をしとるか!! 早よぉ門を閉じろッ!!」

 ヅィーオは大盾を構えつつ、南門の開閉担当の兵士に閉門を促す。
 老兵の主人である、リセリルカからの命は『冒険者をベルグ内に入れるな』というもの。
 二人の冒険者の内、死亡したと思われていた一人――『オルガン・アソート』の正体が魔族と分かった今、リセリルカの言葉の真意がヅィーオの中で明らかになった。

(……あの骸骨は都市ベルグ内へ侵入する為、死んだ冒険者に扮装したという訳か)

 『門を閉じろ』という兵士に対するヅィーオの命令――その言葉を聞いた瞬間、デヴォルが門内に駆け込もうと、骨だけの手足を素早く動かしていた。

「おうぉう――ぴんぴんしとるじゃ無いか、狸寝入りが上手いのぉ。骸骨の魔族よ!!」

 デヴォルの進行を妨げるように、大盾を構えたヅィーオが前方に立ち塞がる。
 同時に初老の眉白びせつの足元から、陽炎のような揺らめきがその体の輪郭を覆ってゆき。
 先のヅィーオの戦闘を見ていたデヴォルは、不可視の攻撃を警戒して足を止めた。

「なンでっ!? オルガンは、魔族ダった……ノ??」

 やっと状況の理解が追いついたのか、ラファーレが桃花色の髪を揺らし、デヴォルに向けて震える声で問いかけた。
 未だ屍人リビングデットに侵されていない、その顔の左半分だけを歪ませながら。

「『2度言わせないでくれ。私の名はデヴォル・アンダーリッチーだ。君の言う、"オルガン・アソート"は、既に私が殺している』」

「……うソだ、ダって、今回の依頼クエストでは。あタしとオルガンはずっと、一緒ニ居たハズなのに!!」

 ラファーレは、自身の記憶を必死に辿ろうと目を閉じる。
 ――突如として。彼女の喉からヒュッとか細い悲鳴が漏れ、力が抜けたかのようにその場にへたり込む。

「『思い出そうとするのはやめた方がいい。意図的に、君が思い出せないよう私が記憶を封じているのだからね』」

 視線――落ちくぼんだ骸骨の眼窩がんかの奥底に怪しく光る光源を、ヅィーオの方に油断なく向けながら、デヴォルは冒険者に感情を感じさせない声で言った。
 へたり込んで動かないラファーレの体。その表皮からは紫色の靄のようなものがじわりと滲み出している。

「死霊術か……操れるのは死者・・だけと聞き及んでいたが、なッ!!」

 先の斬り伏せた兵士と同様の変化に、ヅィーオは目を細め――素早く地を蹴り、デヴォルとの距離を詰める。

「『おっと――ラファーレ君、私を守りたまえ!!』」

「なっ……体ガ、勝手ニ!?」

 紫色の靄に包まれたラファーレの体が勝手に動き、向かい来るヅィーオに槍を突き出した。
 動き自体に淀みは無く、屍人のようにちぐはぐなものではない。確かな威力を感じさせる澄んだ風切り音に、老兵は陽炎を纏った大盾を合わせる。
 ――鉄の大盾と魔物の硬殻で作られた槍の穂先が激突し、高い激突音。

「――ぐっ、ハっ!?」

 同時に、盾から発された衝撃波により、ラファーレの体が槍ごと吹き飛ばされた。
 ベルグ前の草地を勢いよく転がり、5Mメルト程吹き飛んで――まるで痛みなど感じていないように、ゆらりと不気味な動きで起き上がる。
 ただ、そこに現れているものだけが彼女の本心なのだろう。桃花色の髪から覗く素の顔半分に、恐怖を張り付けていた。

「『……ああ、老兵どの。殺さないよう気をつけたまえよ、彼女はまだ生きている・・・・・ぞ?』」

「人質という訳か……いかにもらしいことをするな、魔族よ」

 先の攻防の間に、デヴォルはヅィーオから距離を取っていた。
 視線も油断なく老兵を観察していて、ヅィーオが持つ中距離攻撃の『飛刃ヒジン』という手札も曝した後。
 加えて、骸骨の魔族にはラファーレという人質が居る。
 彼女が生きているという言葉がブラフの可能性は捨てきれないが、ヅィーオの感覚はそれが真だと告げていた。

 ヅィーオが斬り伏せた兵士とは訳が違い、ラファーレは冒険者だ。戦闘職であることに変わりないが、彼女らは金を貰って魔物を狩り、あるいは都市を守る。
 市内における確定的な身分が無く、都市の庇護を十全に受けているわけではない者たち。彼ら彼女を生かすも殺すも、自分自身の意志だ。
 自分で受けた任務クエストで死ぬのなら、本望だろうが。

 都市の長であるリセリルカの家臣であるヅィーオが、そんな生きている冒険者に手を掛けたなどあっては、冒険者組合シャフトと対立しかねない。
 ただでさえ兵士と冒険者は、戦いに身を置く職業柄であるのに互いに認め合おうとしないのだから、そんな不祥事は火に油。

(……最悪の場合は、斬ることになるが)

 だが、ヅィーオにとってはリセリルカの命令こそが最優先事項だ。
 一人のヒト種としては、操られている女冒険者を助けたいと思ってはいるが、それを優先してデヴォルを門内に入れることなどあってはならない。
 見た通り、この外套を纏う骸骨はヒトを操れるのだから。大量のベルグ市民を――それも生きている状態で操られたとあっては、もはや状況は詰みに等しい。
 故に、ここが。ヅィーオの守る南門が、最後の砦と言っても過言ではない。

「『君は見た所、生粋の武人だね。魔法に覚えが無いようだが、これが死霊術と分かるのか?』」

 デヴォルは骨だけの手を顎骨に当て、考える様な所作で言う。
 笑っているのか。カタカタと、顎骨が開閉した。

(にじみ出す紫色の靄と、自身の意思に反した行動を強制する――死霊術。死者しか操れないという前提で考えていたが……少し違うようだな)

 少しでも魔族の情報を得ようと、ヅィーオは骸骨が喋るに任せる。
 無論、構えは解かない。体を覆う陽炎のような揺らめき――練気レンキをより一層強く纏って。

「『信じる信じないは君次第だが、そうだな……ラファーレ君は半分生きている。だから殺すと、その半分が死ぬ』」

 ラファーレが、顔を歪ませながらデヴォルの傍に近づき。
 骸骨は骨だけの指先で、赤黒く染まっていない彼女本来の肌白が残る部分を指す。
 デヴォルの言葉から察するに、屍人リビングデット化が進んでいない体の半分を『生きている』と表現しているようだ。

(なるほど、どうやら術の発動には屍人化が関係しているのか。だとすると、全ての屍人はこやつによって操られることになる。厄介な……)

「『魔法と対を成す、武人が扱う技術。フォルロッジで幾度か見かけたな――老兵どのは『練気レンキ』使い、だろう? 纏う練気が透明なのは初めてだが……』」

 デヴォルが、ゆったりと両の手を広げる。外套の袖と裾から紫色の靄が噴き出し。噴き出した靄が規則性をもって集まり出す。
 靄が地面に浮かび上がらせたのは、紫色の幾何文様――魔法陣だ。

 魔法に精通しないヅィーオは、その予備動作に魔力が込められていることを見抜けなかった。

「くッ――『砕魔サイマの盾』!!」

 ヅィーオは練気を盾の表面に集中させ、何重にも重ねる。
 そうして鍛えた盾に生成されるのは、魔力を弾く見えないクッションだ。
 ――ただ、その性能はミゥやエイシャの『白魔法』と比べるべくもなく、弱く脆い。
 ヅィーオは同時に、右手に持つ剣にも練気を込めておく――魔法を放ち終えたデヴォルの隙を突くために。

「――『怨嗟の奏鳴カースシャウター』」

 魔法名と共に、魔法陣から禍々しい紫の光が放たれる。
 ――同時に、魔力が込められた身の毛もよだつ骸骨の哄笑が、都市ベルグに向けて放たれた。

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