盲者と王女の建国記
第24話 だんらん
「改めまして、王家の……いえ、リセリルカ様の使用人のエリーです」
「あ、ケルンです、ケルン・ツィリンダー」
エリーを先頭に、三人は街区南に着けてある馬車を目指す。
目の見えないケルンは、リセリルカに腕を引かれながら。
その最中、エリーは器用に風魔法で自身を浮かせながら進行方向と逆――すなわちケルンの方を向き、改めて自己紹介をした。
盗賊団の根城への突入を考え、エリーとヅィーオは行動を共にしていたが、リセリルカの安否が確認されたことでその必要は無くなり。
寧ろ、人通りの少ない石の街区前とはいえ、見張りを付けず馬車を放置しては奪われても文句は言えない――そういった理由から、ヅィーオは馬車の見張り番をしていた。
「ケルン様、今から私どもが乗ってきた馬車までご案内いたします」
ピンと張った涼やかな声が、ケルンの耳朶を打つ。
分不相応な名称で呼ばれた只の少年は、たまらないとばかりに苦笑した。
「ええっと……ケルン"様"だなんて、なんかむず痒いですよ。エリーさんは声からして俺よりもずっと年上でしょう?」
「いえ、ケルン様はリセリルカ様のご友人。主への敬意と同等……までとはゆきませんが、それに準ずる対応をさせていただきます」
微笑みを浮かべながら、エリーは使用人服の裾をつまみ上げ丁寧に一礼した。
彼女は、ケルンの目が見えないことを知っているにもかかわらず。
その行為から、少年に向けられる確かな敬意が見て取れる。
「いやそんな……畏れ多いっていうか、きっとエリーさんの方が俺よりずっと立場も上なのに」
「あー、諦めてケルン。エリーは言い出したら聞かないから」
苦い顔をしながら、ケルンの手を引いているリセリルカが口を挟んだ。
エリーはケルンから視線を移し、リセリルカを観察する。
じとーっと見つめてくるエリーに、今度はリセリルカがたじろぐ番だった。
「それにしてもリセリルカ様……かなり消耗しておいでですね? 作戦の段階であれだけ、私ども従者も付いて行くと言ったのに――少し、失礼します」
エリーはそう言うと、リセリルカの額に自分のそれをピタリとくっつける。
「……あっ。ちょっと、私は大丈夫よ?」
上目遣いで従者を見つめながらそんなことを言う主に、エリーは余計に心配を募らせた。
ふらふらと体幹が安定しない、リセリルカの歩き方。
青白く血色の悪い顔に、低い体温を感じて。
やはり無理矢理にでも付いていけばよかったと、エリーは少し後悔をした。
「何があったか、教えてくださいますね? リセリルカ様のお力を以ってして、ここまでの消耗は尋常ではありません」
己の見通しの甘さが招いたなうな結果に、少し渋るような態度を見せていたリセリルカだったが、観念した様子で話し出す。
「うっ……ちょっと予想外の事態が起きたのよ!! ――私も、多分エリーも知らない魔法が、ゲリュドに使われていたわ。系統としては、他者を操る上級以上の幻魔法みたいだったけど」
「幻魔法によって、肉体の限界を引き出すような魔法でしょうか? 系統は違えど、リセリルカ様の雷魔法のような」
「そんな生易しいものではなかったわね……肉体の限界を超えて、力を引き出していたわ。それと、」
「――――ゲリュドは、既にケルンが殺していたのに」
***
「ほぉ……死者を操る魔法ですかい? 死霊術なんかとはまた違った?」
老練の兵士は太い腕を組み、主人に向けて低い声を漏らした。
「うーん、私は死霊術を見たことが無いし、何とも言えないのだけれど……戦闘時に、目が潰れていなかったのなら、また違ったのかもしれないわ」
その声に、考えを巡らすリセリルカ。
――三名は、閑散とした石の街区から足を踏み出し、街区南で馬車の見張りを行っていたヅィーオと合流していた。
合流後、リセリルカ、エリー、ヅィーオの三名の中でいつものように情報の共有が行われる。
その中に、当然の如くケルンも招き入れられていた。
「あの……俺、場違いじゃ?」
「場違いどころか、盗賊団殲滅において、貴方は当事者でしょうに。それに、あの場では私よりもケルンの方が感知に長けていたでしょう? 何か気づいたことがあれば、お願い」
リセリルカの言葉を受けて、ケルンはゲリュドを殺したその瞬間を思い出す。
確かな感覚とともに、大男の心臓を自身が持っていた剣が貫いたはずだ。
事実――『生体探知』では、剣を突き立ててから異様な動きをしていたゲリュドは感じ取れなかったのだから。
「……ごめん、確かにゲリュドが死んでいたことぐらいしか」
「そう……ひとまず、置いておきましょうか。どんな魔法か考察するには、判断材料が些か少なすぎるし」
有益そうな情報を提供できない事に、肩を落としたケルン。
励ますではないが、リセリルカはそれを案じて話を終わらせた。
「――では、手筈通りにツィリンダー魔法具店へ向かいます」
「ああ、少し待ってくれ、エリー。儂はまだ少年に挨拶を出来ていない」
リセリルカの身を案じて先を急かすエリーに、ヅィーオが待ったをかける。
――「そういえば、そうでした。ごめんなさい」と丁寧に頭を下げる使用人に、軽く手を上げて応じたヅィーオは、漆黒の髪を持つ少年を見下ろした。
「少年」
「あ、俺はケルン・ツィリンダーといいます。ええと……リセの友達です」
エリーとヅィーオ会話を聞き取っていたケルンは、初老の眉雪に先駆けて自己紹介を行う。
それを聞いて、ヅィーオは目を見開き――
「ほぉ!! お嬢様の愛称に、友達と来たかぁ!!」
直後、豪快な声を上げて、心底可笑しそうに破顔した。
***
街区南に、舗装された石畳を叩く蹄音が反響する。
馬車内に王女と少年を乗せて、エリーとヅィーオは馬を走らせていた。
「なぁ、エリー?」
「何ですか? ……あなたは馬に慣れているからいいかもしれませんが、私はあまり話すと舌を噛みそうで怖いのですが」
ケルンの自己紹介からずっと上機嫌のヅィーオが、エリーを呼び。
エリーはそれに怪訝そうに答えた。
「何者だろうな、あの少年は?」
「……さあ? ですが、リセリルカ様の鑑識眼は確かです。あるいは、王族――いえ、それ以上の何かを持っているのかも」
二人がそんな会話を馬上で繰り広げていると、馬車内から楽し気な声が二つ漏れてくる。
久しく聞かない王女の浮かれた声に、エリーとヅィーオは互いに顔を見合わせ、どちらともなく優しく微笑んだ。
「リセリルカ様、とても上機嫌ですね」
「ああ、良いことだ。お嬢様は幼い割に達観しすぎているからなぁ」
馬車で移動する前にもリセリルカが、
――「屋根に乗せて頂戴?」とエリーに要求した。
盗賊団殲滅の前にもそう頼まれたのだが、それは屋根に飛び移るための足場が必要だったからであり。
理由もなしに、ただでさえ目を引く金髪に、血濡れのドレスの恰好を衆目に晒すのはどうなのかと、エリーに却下された。
思えば、その提案も相当に浮かれている。
普段ならば、自身の恰好を鑑みることなど、リセリルカにとっては当たり前なのに。
「あまりないことだけに、少し心配です」
「儂は分かる気がするが……磨けば光る原石を見つけたとき、既に完成された宝石を見るより心躍ったものよ。エリーは、弟子を取ったことは?」
少し不安げな声を上げるエリーに、ヅィーオは疑問を投げかける。
騎士団に入っていた折に、多くの若者を指導してきたヅィーオは、リセリルカの浮かれた気持ちの半分を理解していた。
もう半分は、きっと、独りで王座を目指しているリセリルカにしか分からない感情である。
「いえ、無いですよ。私はまだ未熟ですので……教えを説くようなことは」
「いい機会だ、取ってみればいいんじゃないか?」
飽くまで他人事のように笑うヅィーオに、エリーは渋い顔をした。
ヅィーオの力量だったり、瞬時の判断力だったりを自分より上だと認めているからこそ、エリーは真面目に言葉を受け止めようとしているのに。
「またあなたは適当に……!!」
「ほら、ベルグ東通りに入ったぞ、ツィリンダー魔法具店は目の先だ」
二人の従者は、馬車馬を巧みに操作して、路地の傍に付ける。
一人は飄々としながら、もう一人は眉根を寄せながら。
王女一行は、魔法具店へと到着した。
「あ、ケルンです、ケルン・ツィリンダー」
エリーを先頭に、三人は街区南に着けてある馬車を目指す。
目の見えないケルンは、リセリルカに腕を引かれながら。
その最中、エリーは器用に風魔法で自身を浮かせながら進行方向と逆――すなわちケルンの方を向き、改めて自己紹介をした。
盗賊団の根城への突入を考え、エリーとヅィーオは行動を共にしていたが、リセリルカの安否が確認されたことでその必要は無くなり。
寧ろ、人通りの少ない石の街区前とはいえ、見張りを付けず馬車を放置しては奪われても文句は言えない――そういった理由から、ヅィーオは馬車の見張り番をしていた。
「ケルン様、今から私どもが乗ってきた馬車までご案内いたします」
ピンと張った涼やかな声が、ケルンの耳朶を打つ。
分不相応な名称で呼ばれた只の少年は、たまらないとばかりに苦笑した。
「ええっと……ケルン"様"だなんて、なんかむず痒いですよ。エリーさんは声からして俺よりもずっと年上でしょう?」
「いえ、ケルン様はリセリルカ様のご友人。主への敬意と同等……までとはゆきませんが、それに準ずる対応をさせていただきます」
微笑みを浮かべながら、エリーは使用人服の裾をつまみ上げ丁寧に一礼した。
彼女は、ケルンの目が見えないことを知っているにもかかわらず。
その行為から、少年に向けられる確かな敬意が見て取れる。
「いやそんな……畏れ多いっていうか、きっとエリーさんの方が俺よりずっと立場も上なのに」
「あー、諦めてケルン。エリーは言い出したら聞かないから」
苦い顔をしながら、ケルンの手を引いているリセリルカが口を挟んだ。
エリーはケルンから視線を移し、リセリルカを観察する。
じとーっと見つめてくるエリーに、今度はリセリルカがたじろぐ番だった。
「それにしてもリセリルカ様……かなり消耗しておいでですね? 作戦の段階であれだけ、私ども従者も付いて行くと言ったのに――少し、失礼します」
エリーはそう言うと、リセリルカの額に自分のそれをピタリとくっつける。
「……あっ。ちょっと、私は大丈夫よ?」
上目遣いで従者を見つめながらそんなことを言う主に、エリーは余計に心配を募らせた。
ふらふらと体幹が安定しない、リセリルカの歩き方。
青白く血色の悪い顔に、低い体温を感じて。
やはり無理矢理にでも付いていけばよかったと、エリーは少し後悔をした。
「何があったか、教えてくださいますね? リセリルカ様のお力を以ってして、ここまでの消耗は尋常ではありません」
己の見通しの甘さが招いたなうな結果に、少し渋るような態度を見せていたリセリルカだったが、観念した様子で話し出す。
「うっ……ちょっと予想外の事態が起きたのよ!! ――私も、多分エリーも知らない魔法が、ゲリュドに使われていたわ。系統としては、他者を操る上級以上の幻魔法みたいだったけど」
「幻魔法によって、肉体の限界を引き出すような魔法でしょうか? 系統は違えど、リセリルカ様の雷魔法のような」
「そんな生易しいものではなかったわね……肉体の限界を超えて、力を引き出していたわ。それと、」
「――――ゲリュドは、既にケルンが殺していたのに」
***
「ほぉ……死者を操る魔法ですかい? 死霊術なんかとはまた違った?」
老練の兵士は太い腕を組み、主人に向けて低い声を漏らした。
「うーん、私は死霊術を見たことが無いし、何とも言えないのだけれど……戦闘時に、目が潰れていなかったのなら、また違ったのかもしれないわ」
その声に、考えを巡らすリセリルカ。
――三名は、閑散とした石の街区から足を踏み出し、街区南で馬車の見張りを行っていたヅィーオと合流していた。
合流後、リセリルカ、エリー、ヅィーオの三名の中でいつものように情報の共有が行われる。
その中に、当然の如くケルンも招き入れられていた。
「あの……俺、場違いじゃ?」
「場違いどころか、盗賊団殲滅において、貴方は当事者でしょうに。それに、あの場では私よりもケルンの方が感知に長けていたでしょう? 何か気づいたことがあれば、お願い」
リセリルカの言葉を受けて、ケルンはゲリュドを殺したその瞬間を思い出す。
確かな感覚とともに、大男の心臓を自身が持っていた剣が貫いたはずだ。
事実――『生体探知』では、剣を突き立ててから異様な動きをしていたゲリュドは感じ取れなかったのだから。
「……ごめん、確かにゲリュドが死んでいたことぐらいしか」
「そう……ひとまず、置いておきましょうか。どんな魔法か考察するには、判断材料が些か少なすぎるし」
有益そうな情報を提供できない事に、肩を落としたケルン。
励ますではないが、リセリルカはそれを案じて話を終わらせた。
「――では、手筈通りにツィリンダー魔法具店へ向かいます」
「ああ、少し待ってくれ、エリー。儂はまだ少年に挨拶を出来ていない」
リセリルカの身を案じて先を急かすエリーに、ヅィーオが待ったをかける。
――「そういえば、そうでした。ごめんなさい」と丁寧に頭を下げる使用人に、軽く手を上げて応じたヅィーオは、漆黒の髪を持つ少年を見下ろした。
「少年」
「あ、俺はケルン・ツィリンダーといいます。ええと……リセの友達です」
エリーとヅィーオ会話を聞き取っていたケルンは、初老の眉雪に先駆けて自己紹介を行う。
それを聞いて、ヅィーオは目を見開き――
「ほぉ!! お嬢様の愛称に、友達と来たかぁ!!」
直後、豪快な声を上げて、心底可笑しそうに破顔した。
***
街区南に、舗装された石畳を叩く蹄音が反響する。
馬車内に王女と少年を乗せて、エリーとヅィーオは馬を走らせていた。
「なぁ、エリー?」
「何ですか? ……あなたは馬に慣れているからいいかもしれませんが、私はあまり話すと舌を噛みそうで怖いのですが」
ケルンの自己紹介からずっと上機嫌のヅィーオが、エリーを呼び。
エリーはそれに怪訝そうに答えた。
「何者だろうな、あの少年は?」
「……さあ? ですが、リセリルカ様の鑑識眼は確かです。あるいは、王族――いえ、それ以上の何かを持っているのかも」
二人がそんな会話を馬上で繰り広げていると、馬車内から楽し気な声が二つ漏れてくる。
久しく聞かない王女の浮かれた声に、エリーとヅィーオは互いに顔を見合わせ、どちらともなく優しく微笑んだ。
「リセリルカ様、とても上機嫌ですね」
「ああ、良いことだ。お嬢様は幼い割に達観しすぎているからなぁ」
馬車で移動する前にもリセリルカが、
――「屋根に乗せて頂戴?」とエリーに要求した。
盗賊団殲滅の前にもそう頼まれたのだが、それは屋根に飛び移るための足場が必要だったからであり。
理由もなしに、ただでさえ目を引く金髪に、血濡れのドレスの恰好を衆目に晒すのはどうなのかと、エリーに却下された。
思えば、その提案も相当に浮かれている。
普段ならば、自身の恰好を鑑みることなど、リセリルカにとっては当たり前なのに。
「あまりないことだけに、少し心配です」
「儂は分かる気がするが……磨けば光る原石を見つけたとき、既に完成された宝石を見るより心躍ったものよ。エリーは、弟子を取ったことは?」
少し不安げな声を上げるエリーに、ヅィーオは疑問を投げかける。
騎士団に入っていた折に、多くの若者を指導してきたヅィーオは、リセリルカの浮かれた気持ちの半分を理解していた。
もう半分は、きっと、独りで王座を目指しているリセリルカにしか分からない感情である。
「いえ、無いですよ。私はまだ未熟ですので……教えを説くようなことは」
「いい機会だ、取ってみればいいんじゃないか?」
飽くまで他人事のように笑うヅィーオに、エリーは渋い顔をした。
ヅィーオの力量だったり、瞬時の判断力だったりを自分より上だと認めているからこそ、エリーは真面目に言葉を受け止めようとしているのに。
「またあなたは適当に……!!」
「ほら、ベルグ東通りに入ったぞ、ツィリンダー魔法具店は目の先だ」
二人の従者は、馬車馬を巧みに操作して、路地の傍に付ける。
一人は飄々としながら、もう一人は眉根を寄せながら。
王女一行は、魔法具店へと到着した。
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