旅人少女の冒険綺譚
5-1「慰めの報酬」
ヴェデルティア王国のギルド本部で保護されてから数日が過ぎた頃。シャルルは放心状態が続いていた。
マスターの眠るベッドの隣で静かに座っている。時折、ギルドのメンバーがシャルルに声をかけると、笑顔で答えてはいるものの、覇気は無かった。
もしもあの時__。
もしもあの時こうしていれば__。
それかあの時何もせずにいれば___。
そんな事ばかり考えてしまう。
あの時は冷静では無かったとも思う。勝てない相手に、仲間がやられてこのまま逃がす訳には行かなかったのだ。
あのまま、椿が立ち去るのを待つと言うことが出来なかったのだ。その結果__。
「私...何やってんだろ...大人しく...あのまま荷台に...隠れていれば良かった....。身の程知らずって...こういうことを言うのかな...」
深いため息を一つ零すと、また泣きそうになってしまった。自分の行ってしまった後悔の念は中々消えない。悔やんでも悔やみきれない悔しさに、心を蝕まれていく。
そんな中。マスターの眠る部屋のドアが開いた。そこにはギルドのサブマスターを務めているケイの姿があった。
「シャルルちゃん、朝ご飯出来たけど...一緒に食べない?」
優しい声だった。ケイはマスターの幼馴染みの女性で、マスターの婚約者だと聞いていた。
初めてケイにあったとき。シャルルは泣きながら私のせいだと。罵声を浴びせられても、斬られようとも、いっそ殺されてもいいと泣きながら謝ったという。
しかしケイは、何もせずに優しく微笑みながらシャルルの頭を撫でて、「彼が守った命だもの。そんなことしたら、私があの人に怒られちゃう。だから泣かないで?大丈夫、彼は強い人からきっと帰ってくるわ」と許してくれたのだ。
しかし、シャルルはこの後悔を、懺悔を。いっそ罵声や物理的な物で罪滅ぼしをさせて欲しいと願っていたのだ。ケイの優しさがどれだけシャルルの心を締め付けているか、知るよしも無い。
シャルルは込み上げる色々な気持ちを必死に押し殺し笑顔を作る。
「ありがとう...いただきます」
「うん、それじゃあ1階に行こっかシャルルちゃん」
シャルルは部屋を後にして、ケイの後に続いて歩く。1階について、食堂のドアを開けると、ギルドのメンバー達が既に朝食を食べ始めていた。シャルルが中に入ると冷たい目線でシャルルを見る者もいた。「あいつをマスターが守ったらしいぞ...」「奴がマスターを...」等。耳打ちで話す者もいた。
少し気まずい雰囲気の中、後ろの空いている席に座り、準備されていた朝食を食べ始めた。ケイはシャルルの前に座り、食べる様子を眺めている。
「美味しい?シャルル」
「うん、とっても。」
「そう。」
たわいも無い会話だ。でもシャルルにとっては、それだけでも心が痛い。何故ここまで優しくなれるのか、まだ幼いシャルルにとっては分からないことだった。
トーストを食べながら、少しだけ周りを見渡す。やはり、周りの目が気になって仕方が無かった。そして、シャルルはケイに言った。
「あの、私...そろそろ此処を出ようと思います。きっとこのまま私がここに居たら迷惑になりそうだし」
「...そう、ごめんなさいね。やっぱり居心地悪いかしら」
「そういうのじゃなくて...。散々迷惑をかけてしまったし...。これ以上は...」
「そう...ごめんね。」
「いいや、謝るのはこっちの方だよ...。本当に..色々ごめんなさい...」
少し寂しそうに笑う姿に、またこちらも泣きそうになった。謝るのはこっちだと心から叫びたい。
「シャルルちゃんは悪くないから...泣かないで?貴女は頑張ってくれたじゃない...彼もきっと感謝してるわ。」
「...うん...それでもごめんなさい...」
自然と溢れた涙を、ハンカチで拭ってくれた。その優しさに甘えたい気持ちもあるが、そうも言っていられない。
「もう直ぐに行ってしまうの...?」
「ご飯食べて...落ち着いたら出ようと思います。」
「出るときは一言、声かけてね。引き留めたいとかじゃなくて渡したいものがあるから」
「はい...。わかりました。あ、それとご馳走様でした。」
ご飯を食べ終わり、用意された客室へと戻った。シャルルは手帳を開き、今までの出来事を書いていった。悔しい気持ちや、悲しい気持ち。嬉しかった気持ちを文字として残す。
自分の気持ちを整理する事は大切だ。
落ち込んでいる時も、嬉しいときも。
前に進むためにも今の気持ちを整理していった。
羽ペンを置いて、一呼吸。
ゆっくりと手帳を閉じて、また一呼吸。
それから荷物を纏めていった。
未だに決心は揺らいでいるけど、いつまでもギルドのメンバーでは無いのに住み続ける訳にはいかない。
荷物を纏め、再びマスターの眠る部屋へと足を運んだ。扉を少し開けて部屋の中を見るとケイが窓際に座り愛おしそうにマスターの頬を撫でていた。愛おしくてたまらないと言った優しくも寂しげな表情で、目覚めることが無いマスターの髪を撫でる。
きっと__。
きっと私が助けてみせる。
シャルルは心に堅く誓う。
そして静かに、部屋のドアを閉じたのだった。
それから数時間後__。
「ギルド本部先にて」
「ケイさん、ギルドの皆さん。お世話になりました。」
シャルルは深々と頭を下げた。
優しく声をかけてくれる人も居れば、冷たい目線で見てくる人も居る。
「いえいえ...ごめんなさいね。はいこれ。今回の仕事の報酬」
握り拳ほどの皮の袋を、シャルルはケイから受け取った。驚いた様子でケイを見る。
「え...受け取れないです、今回は...私は何にも出来てないですし...」
「いいの。今回は受け取って?そうでもしないと私の気が済まないから...」
「で、でも...」
「大丈夫。今回の依頼主の店主から、シャルルちゃんに渡してくれと言われた報酬だからね。それに、聞いたわ...。初めての仕事だったって...。それにあんなことが起きて__。それでも貴女は、彼の心配をしてくれた。彼の為に戦って、そして泣いてくれたでしょう?それが嬉しかったの。」
「......でも...私...」
「大丈夫よ。彼はきっと帰ってくるわ。だからそんな顔しないで?女の子に暗い顔なんて似合わないもの。」
ケイはシャルルを撫でながら笑った。
シャルルは改めて思う。ケイは強い女性なのだと。こんな優しくて、強い女性になりたいと。
「私...うん、分かりました」
シャルルも笑ってみせた。空元気でも、偽の笑顔でも良い。どんなに悲しくても、辛くても。笑える強さを持てるように。
今はまだぎこちない笑顔かも知れないけれど、きっと強く優しく、そして胸を張って笑えるように。
「それじゃあ、改めてお世話になりました。お元気で。」
「うん...また遊びにおいでね?シャルルちゃん」
「はい。」
お互い笑顔で別れを告げた。
そしてシャルルは歩き出した。
ケイはシャルルの背中を眺めながら小さく手を振って見送る。再びケイは、マスターの眠る部屋へと訪れ、窓際の椅子に座りマスターに声を掛けた。
「本当に良い子だったわね...シャルルちゃん...。貴方が命を賭けてまで守ろうとした気持ちが分かるわ。」
ケイはマスターの頬を撫でる。
「あの子はきっと、強くなるわ。もしかしたら...貴方よりも強くなるかもね...?早く起きないと置いて行かれちゃうわよ...?」
優しい声で話しかけ、髪を撫でる。
「今まで...ずっと戦い続けで頑張ってきたものね...今はゆっくり、おやすみなさい...」
額に口付けを落とすと、ケイは微笑む。
ふと窓の外をケイは見上げた。窓の外には、青い色の小鳥達が空を自由に飛び回っていた。
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