えっ、転移失敗!? ……成功? 〜ポンコツ駄女神のおかげで異世界と日本を行き来できるようになったので現代兵器と異世界スキルで気ままに生きようと思います〜
2-24 決着
グラーフは最初の1発を受けた時点で、身体を半壊させて死んでいた。
そして闘技場では、致命傷を負った時点で分身体とのリンクが切れる。
本体で目覚めたグラーフは、その後闘技場内で無残に破壊されていく自分の姿を、なす術なく眺めていた。
そして自分が立っていた場所に肉片しか残っていないのを見たとき、言いようのない恐怖が湧き起こり、情けなくも悲鳴を上げていた。
その悲鳴に気づいた、闘技場内にいる陽一の分身体と目が合った。
グラーフは失禁した。
勝負はついた。
ただ、あまりにも凄惨な結果に、歓声のひとつも上がらなかった。
(やりすぎちゃったか……?)
分身体とのリンクが切れ、本体で目を覚ました陽一は、自分に向けられた視線を感じていた。
それは恐怖と、畏怖と、そして非難。
いくら分身体が相手とはいえやりすぎだろう、ということか。
そんな中、アラーナだけは誇らしげな笑顔を浮かべ、陽一のもとに歩み寄ってきた。
「ヨーイチ殿、見事だったぞ」
「あー、うん。ちょっとやりすぎた」
するとアラーナは笑みを浮かべたまま、軽く首を振った。
「問題ない。皆初めての光景に戸惑っているだけだ。辺境の住民、特に冒険者ギルドにいるような連中は強い。いずれヨーイチ殿の力を認める者も出てくるよ」
「そうかなぁ」
「周りをよく見てみろ」
アラーナが耳元に近づき、小さく囁く。
陽一に向いている視線のほとんどは怖れや非難を帯びているが、一部不穏な気配を帯びたものも混じっていることに気づく。
おそらく陽一の持つ武器に興味を示しているのだろう。
「いや、しかしさすがはヨーイチ殿固有の【心装】だな。いつ見ても恐るべき威力だよ」
アラーナがわざとらしく大きな声で陽一に告げる。
陽一固有の【心装】という言葉が響いたあと、先ほどの不穏な気配が一気に薄れた。
それでもまだ興味を持ち続ける者に対して、陽一は軽く【鑑定+】をかけて履歴に残し警戒しておくことにした。
「まぁ、少なくともこれ以降、へんにちょっかいをかけてくるような連中は激減するだろうよ」
一応重機関銃の残弾を確認したが、1発も減っていなかった。
どうやら闘技場の機能でうまく複製できたようだ。
観衆が低くどよめく中、ひとりの女性が駆け出した。
赤い閃光のメンバー、魔道士のメリルが、悲痛な表情でグラーフのもとに駆け寄り、肩を抱く。
「グラーフちゃん!?」
当のグラーフは目の焦点が合っておらず、怯えた表情のままヨダレを垂らしていた。
「グラーフちゃん、だいじょぶけ? なぁ!? グラーフちゃん!!」
そしてメリルは陽一へ振り向き、睨みつけた。
「あんだぁ! グラーフちゃんになんちゅことすっだ、こん人でなすっ!!」
訓練場に憎悪のこもったメリルの悲痛な叫びが響き渡る。
(えーっと……何弁?)
メリルが発したのはひどく訛りの強い方言であり、陽一の持つ【言語理解+】はそれを彼が思う『田舎っぽい方言』ふうに翻訳した。
なので、具体的にどの地方の方言というものではない。
そもそもメリルは日本語を話していないのだから。
「1発で勝負さ決まってたべ!? あげにボロボロにする必要なかったんでねべか!?」
メリルはグラーフの肩を抱き、陽一を睨みつけながら非難を続けた。
「あー……ごめん」
確かにちょっとやりすぎたかな、とも思っていたので、陽一は素直に謝ってしまった。
そこへアラーナが陽一とメリルのあいだに割って入る。
「で、2戦目はどうするのだ?」
そう、この決闘は2本勝負ということになっていた。
1戦目は闘技場で、2戦目は闘技場を使わずに、との取り決めだった。
「う……あ……」
2戦目は闘技場を使わない。ということは、あれが現実になるということだ。
グラーフはメリルの陰に隠れるような格好で彼女にしがみつき、ガタガタと震えながら短く呻くだけだった。
「んなもんできるわけねべ!? 見だらわかっぺよ!!」
「ではヨーイチ殿の不戦勝ということでかまわないな」
「好きにすりゃええべ」
「お待ちください」
陽一の不戦勝を認めたメリルに異を唱えたのは、赤い閃光のメンバー、ハーフエルフのグレタだった。
「この勝負はもともとグラーフさまから申し出たもの。このまま不戦敗というのは納得できません」
「お、お前《め》、なに言うてるだか!?」
メリルが信じられないものを見るような目でグレタを見る。
そして助けを求めるようにほかのメンバーを見たが、その表情からおおむねグレタに同意しているようにみえる。
「お前《め》ら正気《しょうぎ》け!?」
「メリルさんこそ正気ですか? グラーフさまはいずれ英雄として名を馳せるお方。戦えば敗れることもありましょうが、戦わずに負けを認めるなどあってはならないことです」
「そうだねぇ……。そっちがよければ日をあらためて2戦目をお願いしたいところだけど」
「あ、アラーナさま、できればご一考ください……」
アラーナは一瞬眉をひそめたが、軽く首を振って陽一のほうを見た。
「私がどうこう言うことではない。決めるのはヨーイチ殿とグラーフだ」
「あー……」
「ちょっど待づだぁ!!」
メリルが陽一の言葉を遮る。
「あげなバケモンと闘技場の外《そど》で闘《ただが》ったら、グラーフちゃん本当《ほんど》に死んじまうべ?」
(バケモンは俺じゃなくて武器なんだけど……、まぁ否定はできないか)
メリルとしてはなんとしても2戦目を阻止したいところだが、ほかのメンバーは納得しない。
「初戦は不意を突かれましたが、手のうちがわかった以上戦いようはあるでしょう?」
「だよねぇ。このまま負けっぱなしじゃかっこ悪いし」
「わ、私は、グラーフさんに、負けたまま終わってほしくない……」
「お前《め》だづ見でわがんねがったか? アレは1回2回闘《ただが》ったところで対処でける代物《しろもん》じゃねべさ!!」
「だとしても、このまま不戦敗などありえないことです!!」
「んだども、死んじまったらなんにもなんねぇべ!?」
「赤い閃光の名誉は守られます!!」
「んな……!?」
メリルは絶句する。
そしてほかのふたりの同意しているような表情に怒りが湧いてきた。
「名誉なんてくそっ喰らえだぁ!! 命あっての物種《ものだね》たべ!!」
「くっ……、恥を知りなさいこの田舎者!!」
「あー、盛り上がってるとこ悪いけどちょっといいかな?」
言い合うメリルとグレタを諌《いさ》めるよう、少々間延びした調子で陽一が割って入った。
「そもそも2戦目云々は俺の武――いや、【心装】が闘技場で使えなかった場合、泣きの一戦をお願いしようって意味で言いだしたことだから。無事【心装】が使えた以上、勝敗云々関係なく2戦目は無効ってことでいいと思うんだけど、どうかなグラーフ君?」
陽一の提案を聞いたグラーフは、陽一の目を見ようとはせず、相変わらずメリルにしがみついた状態で何度も頷いた。
「な……グラーフさま、それでいいんですか!?」
グレタの問いに、グラーフは答えない。
彼女からも目を逸らしたまま、ただガタガタと震えている。
「グラーフさま!?」
「ねぇグラーフぅ、それはちょっとダサいと思うんだけど」
「げ、幻滅します……」
あらためて3人のメンバーから責められ、ようやくグラーフは口を開いた。
「……死にたぐね……」
「「「は……?」」」
「オラぁ、こんな所《とご》で死にたぐねべさぁ!! うわあああああん!!」
そしてグラーフはメリルの胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくった。
それを見たメンバーの反応はさまざまだ。
盗賊のミーナはやれやれとばかりに呆れた表情で肩をすくめ、重戦士のジェシカは大きくため息を吐いて肩を落とした。
弓士のグレタは怒りと失望が混ざったような表情で、顔を真赤にしてプルプルと肩を震わせていた。
「ああ、グラーフちゃんかわいそうに……怖がらねぐてもええべ。私《わす》が守ったるでなぁ……」
メリルはグラーフを胸に抱き、何度か頭をなでたあと、彼をお姫さま抱っこの要領で彼を抱え上げた。
「辺境ったら怖ぇ所《とご》だべ……。田舎さ帰《けぇ》って、のんびり畑でも耕すべ、な?」
メリルはグラーフをなだめながら訓練場を去っていく。
彼女が自分よりふた回りほども大きいグラーフを軽々と抱え上げることができたのは、身体強化系の魔術を使っているのだろうと予想される。
「ちょ……ちょっと待ちなさい!!」
まだ納得がいかないのか、グレタがふたりのあとを追おうとしたのだが、アラーナが肩をつかんで止めた。
「君たち、いい加減にしないか」
「あ……ぐ……」
姫騎士は無表情に近かったが、それでも目に怒りが宿っているのはわかる。
それがなにを意味するものかはともかく、その矛先が自分に向いていると理解したグレタは、恐怖で身体がすくみ声が出なくなった。
アラーナの手が肩から離れされたあと、へたり込みそうになるのを必死でこらえる。
ふと周りを見てみると、自分たちに視線が集まっているのに気づいた。
その多くが非難と軽蔑をはらむものであり、急に居心地が悪くなってくる。
「行くよー」
ミーナがそう言って歩き出したので、グレタとジェシカも続き、3人は訓練場をあとにした。
(グラーフさまがあのような不甲斐ない真似をするから……!!)
自分たちに向けられた非難の原因を、グレタはそう解釈した。
ミーナたちが訓練場を出ると、野次馬たちも散り始めた。
「ヨーイチ殿、おつかれさま」
「ホント、いろんな意味で疲れたよ……」
「ふふ……。まぁ、今日頑張ったおかげで今後の面倒事は一気に減るだろうよ」
「……だといいけど」
陽一はやれやれとばかりに首を振る。
「さて、私たちも帰るか」
「うん……、てどこへ? 宿とか取ってる?」
「あー、そのことなんだがな……。まぁとにかく私の定宿《じょうやど》に行こうか」
ふたりは冒険者ギルドを出て宿屋へと向かった。
そして闘技場では、致命傷を負った時点で分身体とのリンクが切れる。
本体で目覚めたグラーフは、その後闘技場内で無残に破壊されていく自分の姿を、なす術なく眺めていた。
そして自分が立っていた場所に肉片しか残っていないのを見たとき、言いようのない恐怖が湧き起こり、情けなくも悲鳴を上げていた。
その悲鳴に気づいた、闘技場内にいる陽一の分身体と目が合った。
グラーフは失禁した。
勝負はついた。
ただ、あまりにも凄惨な結果に、歓声のひとつも上がらなかった。
(やりすぎちゃったか……?)
分身体とのリンクが切れ、本体で目を覚ました陽一は、自分に向けられた視線を感じていた。
それは恐怖と、畏怖と、そして非難。
いくら分身体が相手とはいえやりすぎだろう、ということか。
そんな中、アラーナだけは誇らしげな笑顔を浮かべ、陽一のもとに歩み寄ってきた。
「ヨーイチ殿、見事だったぞ」
「あー、うん。ちょっとやりすぎた」
するとアラーナは笑みを浮かべたまま、軽く首を振った。
「問題ない。皆初めての光景に戸惑っているだけだ。辺境の住民、特に冒険者ギルドにいるような連中は強い。いずれヨーイチ殿の力を認める者も出てくるよ」
「そうかなぁ」
「周りをよく見てみろ」
アラーナが耳元に近づき、小さく囁く。
陽一に向いている視線のほとんどは怖れや非難を帯びているが、一部不穏な気配を帯びたものも混じっていることに気づく。
おそらく陽一の持つ武器に興味を示しているのだろう。
「いや、しかしさすがはヨーイチ殿固有の【心装】だな。いつ見ても恐るべき威力だよ」
アラーナがわざとらしく大きな声で陽一に告げる。
陽一固有の【心装】という言葉が響いたあと、先ほどの不穏な気配が一気に薄れた。
それでもまだ興味を持ち続ける者に対して、陽一は軽く【鑑定+】をかけて履歴に残し警戒しておくことにした。
「まぁ、少なくともこれ以降、へんにちょっかいをかけてくるような連中は激減するだろうよ」
一応重機関銃の残弾を確認したが、1発も減っていなかった。
どうやら闘技場の機能でうまく複製できたようだ。
観衆が低くどよめく中、ひとりの女性が駆け出した。
赤い閃光のメンバー、魔道士のメリルが、悲痛な表情でグラーフのもとに駆け寄り、肩を抱く。
「グラーフちゃん!?」
当のグラーフは目の焦点が合っておらず、怯えた表情のままヨダレを垂らしていた。
「グラーフちゃん、だいじょぶけ? なぁ!? グラーフちゃん!!」
そしてメリルは陽一へ振り向き、睨みつけた。
「あんだぁ! グラーフちゃんになんちゅことすっだ、こん人でなすっ!!」
訓練場に憎悪のこもったメリルの悲痛な叫びが響き渡る。
(えーっと……何弁?)
メリルが発したのはひどく訛りの強い方言であり、陽一の持つ【言語理解+】はそれを彼が思う『田舎っぽい方言』ふうに翻訳した。
なので、具体的にどの地方の方言というものではない。
そもそもメリルは日本語を話していないのだから。
「1発で勝負さ決まってたべ!? あげにボロボロにする必要なかったんでねべか!?」
メリルはグラーフの肩を抱き、陽一を睨みつけながら非難を続けた。
「あー……ごめん」
確かにちょっとやりすぎたかな、とも思っていたので、陽一は素直に謝ってしまった。
そこへアラーナが陽一とメリルのあいだに割って入る。
「で、2戦目はどうするのだ?」
そう、この決闘は2本勝負ということになっていた。
1戦目は闘技場で、2戦目は闘技場を使わずに、との取り決めだった。
「う……あ……」
2戦目は闘技場を使わない。ということは、あれが現実になるということだ。
グラーフはメリルの陰に隠れるような格好で彼女にしがみつき、ガタガタと震えながら短く呻くだけだった。
「んなもんできるわけねべ!? 見だらわかっぺよ!!」
「ではヨーイチ殿の不戦勝ということでかまわないな」
「好きにすりゃええべ」
「お待ちください」
陽一の不戦勝を認めたメリルに異を唱えたのは、赤い閃光のメンバー、ハーフエルフのグレタだった。
「この勝負はもともとグラーフさまから申し出たもの。このまま不戦敗というのは納得できません」
「お、お前《め》、なに言うてるだか!?」
メリルが信じられないものを見るような目でグレタを見る。
そして助けを求めるようにほかのメンバーを見たが、その表情からおおむねグレタに同意しているようにみえる。
「お前《め》ら正気《しょうぎ》け!?」
「メリルさんこそ正気ですか? グラーフさまはいずれ英雄として名を馳せるお方。戦えば敗れることもありましょうが、戦わずに負けを認めるなどあってはならないことです」
「そうだねぇ……。そっちがよければ日をあらためて2戦目をお願いしたいところだけど」
「あ、アラーナさま、できればご一考ください……」
アラーナは一瞬眉をひそめたが、軽く首を振って陽一のほうを見た。
「私がどうこう言うことではない。決めるのはヨーイチ殿とグラーフだ」
「あー……」
「ちょっど待づだぁ!!」
メリルが陽一の言葉を遮る。
「あげなバケモンと闘技場の外《そど》で闘《ただが》ったら、グラーフちゃん本当《ほんど》に死んじまうべ?」
(バケモンは俺じゃなくて武器なんだけど……、まぁ否定はできないか)
メリルとしてはなんとしても2戦目を阻止したいところだが、ほかのメンバーは納得しない。
「初戦は不意を突かれましたが、手のうちがわかった以上戦いようはあるでしょう?」
「だよねぇ。このまま負けっぱなしじゃかっこ悪いし」
「わ、私は、グラーフさんに、負けたまま終わってほしくない……」
「お前《め》だづ見でわがんねがったか? アレは1回2回闘《ただが》ったところで対処でける代物《しろもん》じゃねべさ!!」
「だとしても、このまま不戦敗などありえないことです!!」
「んだども、死んじまったらなんにもなんねぇべ!?」
「赤い閃光の名誉は守られます!!」
「んな……!?」
メリルは絶句する。
そしてほかのふたりの同意しているような表情に怒りが湧いてきた。
「名誉なんてくそっ喰らえだぁ!! 命あっての物種《ものだね》たべ!!」
「くっ……、恥を知りなさいこの田舎者!!」
「あー、盛り上がってるとこ悪いけどちょっといいかな?」
言い合うメリルとグレタを諌《いさ》めるよう、少々間延びした調子で陽一が割って入った。
「そもそも2戦目云々は俺の武――いや、【心装】が闘技場で使えなかった場合、泣きの一戦をお願いしようって意味で言いだしたことだから。無事【心装】が使えた以上、勝敗云々関係なく2戦目は無効ってことでいいと思うんだけど、どうかなグラーフ君?」
陽一の提案を聞いたグラーフは、陽一の目を見ようとはせず、相変わらずメリルにしがみついた状態で何度も頷いた。
「な……グラーフさま、それでいいんですか!?」
グレタの問いに、グラーフは答えない。
彼女からも目を逸らしたまま、ただガタガタと震えている。
「グラーフさま!?」
「ねぇグラーフぅ、それはちょっとダサいと思うんだけど」
「げ、幻滅します……」
あらためて3人のメンバーから責められ、ようやくグラーフは口を開いた。
「……死にたぐね……」
「「「は……?」」」
「オラぁ、こんな所《とご》で死にたぐねべさぁ!! うわあああああん!!」
そしてグラーフはメリルの胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくった。
それを見たメンバーの反応はさまざまだ。
盗賊のミーナはやれやれとばかりに呆れた表情で肩をすくめ、重戦士のジェシカは大きくため息を吐いて肩を落とした。
弓士のグレタは怒りと失望が混ざったような表情で、顔を真赤にしてプルプルと肩を震わせていた。
「ああ、グラーフちゃんかわいそうに……怖がらねぐてもええべ。私《わす》が守ったるでなぁ……」
メリルはグラーフを胸に抱き、何度か頭をなでたあと、彼をお姫さま抱っこの要領で彼を抱え上げた。
「辺境ったら怖ぇ所《とご》だべ……。田舎さ帰《けぇ》って、のんびり畑でも耕すべ、な?」
メリルはグラーフをなだめながら訓練場を去っていく。
彼女が自分よりふた回りほども大きいグラーフを軽々と抱え上げることができたのは、身体強化系の魔術を使っているのだろうと予想される。
「ちょ……ちょっと待ちなさい!!」
まだ納得がいかないのか、グレタがふたりのあとを追おうとしたのだが、アラーナが肩をつかんで止めた。
「君たち、いい加減にしないか」
「あ……ぐ……」
姫騎士は無表情に近かったが、それでも目に怒りが宿っているのはわかる。
それがなにを意味するものかはともかく、その矛先が自分に向いていると理解したグレタは、恐怖で身体がすくみ声が出なくなった。
アラーナの手が肩から離れされたあと、へたり込みそうになるのを必死でこらえる。
ふと周りを見てみると、自分たちに視線が集まっているのに気づいた。
その多くが非難と軽蔑をはらむものであり、急に居心地が悪くなってくる。
「行くよー」
ミーナがそう言って歩き出したので、グレタとジェシカも続き、3人は訓練場をあとにした。
(グラーフさまがあのような不甲斐ない真似をするから……!!)
自分たちに向けられた非難の原因を、グレタはそう解釈した。
ミーナたちが訓練場を出ると、野次馬たちも散り始めた。
「ヨーイチ殿、おつかれさま」
「ホント、いろんな意味で疲れたよ……」
「ふふ……。まぁ、今日頑張ったおかげで今後の面倒事は一気に減るだろうよ」
「……だといいけど」
陽一はやれやれとばかりに首を振る。
「さて、私たちも帰るか」
「うん……、てどこへ? 宿とか取ってる?」
「あー、そのことなんだがな……。まぁとにかく私の定宿《じょうやど》に行こうか」
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