フロレアル
誇り高き職業
 今では幽霊の暴走も収まり、聖騎士団の活躍の場も少なくなってきていた。
 「まぁ、最近は幽霊の出没も減っていますし、段々と良くなってきているんじゃないですか?」
 「そうなんじゃけどな...」
 軽く笑いながらメネクに話しかけるも、少し不安そうな顔をして花の庭を見つめていた。
 その理由も分からなくはない。幽霊の暴走も収まると、聖騎士団の仕事は殆ど無くなる。楽な仕事な上に、高い給料と権力を持った人間はどうなるか...
 「しかし、オドラン、これからどうするんじゃ?」
 「どう、って。この店を続けるつもりですよ」
 「やはりか、そうなると人手が必要じゃないのか?」
 「あぁ、確かにそうですね」
 あんまり人が来ない店ではあるが、1人でやって行ける訳でもない。買い出しや店の整備もあるし、客が来た時にはカウンターとキッチンは離れられなくなる。
 何かと不自由になるのは分かりきった事だ。
 この状況を待っていたかのように、メネクが話を切り出す。
 「なら、バイトなんかどうじゃ!バイトの募集をかけるんじゃよ!」
 「えぇ、バイトですか?」
 何故かハイテンションになっているメネクは子供のように紙とペンを持ってきた。
 「チラシを作って街に撒くんじゃよ、したらこれを拾った奴がきっと来るじゃろ」
 「......」
 「......?なんじゃ?」
 「今、何するって言いましたか?」
 「だから、バイトを募集するんじゃ!」
 「はぁ...」
 いや、あんまり乗り気じゃないんですが。
 バイト募集って、新人のよく分からない奴とかも来るかもしれないのに。今までメネクさんと一緒に働いてきたこの場所に、いきなり新しい人を入れるのは少し抵抗があるな。
 それにチラシ配りって。普通に街のギルドに行けば職業募集の掲示板が貼ってある。正式な募集じゃないと、あんまり信憑性が得られない気がするしなぁ。
 「ふんふん〜、ふん〜っと、時給は...」
 何故か乗り気なメネクはペンで勝手にチラシを作っていく。
そもそも、この街は裕福な住民が多い。こんな怪しげなチラシを見てバイトをしたいと思う奴がいるのだろうか?
 「...角を曲がって、街はずれの...」
 あぁ、地図まで書いちゃって。
 まぁギルドの掲示板に貼るのはお金がかかるし、撒いた方がコストが安いんだろうけど。時給 銀貨8枚って、この街のアルバイト最低基準の値段だ。
 「よし、最後にあれを...」
 殆ど書かれたチラシを除くと...
 
 
 バイト募集!!
 街はずれのカフェ(フロレアル)で働く者求む!
 時給 銀貨8枚  昇格により増加!
年齢職業、種族や階級は不問!誰でもwelcome!
 面接有り
場所  街はずれのフロレアル(古代樹の森の近く)
 ↓地図
 募集人数 4人!早いものガチ!
 
なにやら、小さな草を貼って、額を拭う仕草をする。
 「出来たのぅ!」
 「いや、出来てないし、出来ちゃダメだからコレ」
 咄嗟に止める俺、オドラン・オリヴィエ 19歳
「なんじゃ、儂のチラシに文句あるんか?」
 「ありますよ!」
 あるも何も、時給最低賃金で、非公認の募集、早い者勝ち、それに...
 「面接ってなんですか!面接って!誰かやるんですかコレ!」
 「お前」
 「俺かよ!って、メネクさんがやるんじゃないんですか?」
 「何を言っとる、この店は明日からお前の店じゃ、一緒に支えてく仲間はお前が決めんでどうする!」
 いや、言ってることは間違ってないんだけどさ
 普通、ギルドでアルバイトの選出が行われ、それによって正式な従業員が加わるというシステムのはずなのだが。
 「メネクさん、普通にギルドに申請して掲示板に乗せてもらいましょう。そっちの方が安心ですって」
 
 「ダメじゃ、ギルドの連中はケチつけてごっそりと金を取られてしまうじゃろ!」
 「確かにそこそこお金はかかりますけど、信憑性に欠けます。これじゃ誰も来ませんよ」
 「大丈夫じゃ!ホレ!これを貼っつけておいたから心配するな!」
 そう言って指さしたのは、最後に貼った草の葉だった。
 
 「家で取れた四葉のクローバーの押し花じゃ、これは幸運を呼ぶ効果があるからこれで完璧じゃよ」
 これはメネクさんが育てていた庭のクローバーだ。幸運を呼ぶクローバーは人気があり、その中でも(四葉)と言われている葉のクローバーはお守りや、アクセサリーの素材で取引されている。街で売れば、葉1枚、金貨1枚の値がつくほど高価なもので、最近ではブームの品物だ。
 「メネクさん、これ......」
 メネクさんがここまでしてくれるのには理由がある。恐らくメネクさんは聖騎士団の奴らが嫌いなのだろう。戦争を収めた聖騎士団が、権力や財を持ち始めて新たな戦乱を起こそうとしている彼らが...。
 
 「儂は、この店に希望を持っておる。、その為には儂が出来ることはする。精一杯な。じゃから、お前に店を守って欲しいんじゃよ。頼めるか?」
 ギルドには聖騎士団が所有する物件が幾つかある。その中でこんなひっそりと開店しているカフェの募集なんか、騎士団たちに宣伝を妨害されることはよくある事だ。
 メネクは恐らくその事を予期してチラシを街に撒こうとしているのだろう。俺はメネクさんに確認するように聞いた。
 
 「非効率ですよ?」
 「それでも構わんよ」
 「どうせ、ホームレスとかそんな人達しか来ませんよ?」
 「大切なのは身分じゃなくて、人の中身じゃ。いつも言っとったじゃろう」
 「本当に俺でいいんですか?」
 「お前以外に誰がおる。後悔はせん。」
 やっぱりメネクさんは心の底から思っているんだろう。
 この国の戦乱を起こしてしまった人々に に少しでもくつろげる場所を作りたいのだと。
 「それじゃ儂はもう行く、日もくれる。実家の家までは3日もかかるからな、早くせんと馬車が無くなっちまう。」
 「またいつでも遊びに来てくださいね」
 「もちろんじゃ、しばらくしたらまた来る。怠けとったら承知せんからな!」
 「分かってますよ、それじゃあ、お元気で」
 「あぁ、最後に一つだけ確認させとくれ」
 「はい、なんですか?」
 「お主は、聖騎士団になる気は無いのか?」
 春風の通り過ぎる夕暮れは、いつもより暖かく感じた。
 「はい、入る気はありませんよ」
 微笑みながら答えた俺の言葉は夕日に照らされているこの景色の中、メネクに届いた。メネクは目を閉じて微笑みを返した。
 「あとを任せたぞ」
 そう言って、カフェ・フロレアルから一人の男が出ていった。
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