英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第26話「人間を凌駕する者」

振り上げた錫杖と剣が触れ合うと、まず手始めに、盛大な爆音とともに大地が大きく削られた。巨岩をも粉砕する一撃の衝撃波が、必然的にそうさせたのだ。


圧倒的な力量の変化に唖然とする観衆一同。だが、時間は止まることなく、同時に観衆が思考を止める余裕はない。次の瞬間には二撃目が繰り広げられる。


「ふッ!」
「はぁッ!」


気合一声。目にも留まらぬ速さで剣戟を始める二人によって、たちまち会場は異常な地形へと変貌していく。


いや、速度においてはそれほど速いわけでもない。魔力による身体強化で動体視力を強化すれば、学生でもなんとか見える程度には遅い。


しかし【顕現武装フェルサ・アルマ】同士の戦闘は、これだけでは止まらない。剣戟など、彼女たちにとっては前座でしかない。


幾度かの攻防の末、互いに退いたユリアとシルフィアは、両手を前へと突き出す。


「ーー眷属よ」
「ーー子等よ」
「「行けッ!!」」


【顕現武装】の特性の一つである「属性の顕現」によって、二人の魔術に詠唱は必要ない。自身がイメージした存在が魔力をエネルギーとして消費し、思い通りに形を現す。


そして、ユリアの想像によって生み出された土塊つちくれ蜥蜴とかげ達と、シルフィアの想像によって生み出された魚群が、敵将めがけて放たれた。


バババババァァァーーーーン!   と、爆発に近い破裂音が響き渡るたび、水飛沫と砂煙が宙を舞い、そのあまりの音の大きさに観衆は耳を塞いだ。


しかし、それでもなお二人は無傷。膨大な魔力が消費されたものの、戦況の変化は一切起きていない。砂と水の煙の中、姉妹はともに腹立たしそうに歯を噛んだ。


「だァァァ!」


だがユリアは止まらない。いや、止まっている余暇など無いのだ。


魔剣祭の試合時間は僅か十分。その内の五分を、自分の力試しにと使ってしまったため、残り時間はたったの五分しかない。


時間は一秒たりとも無駄にはできない。事実、一対一の戦いの場において、一秒というものは途轍もなく長い。【顕現武装】の姿であれば、なおさらだ。


故にユリアは決断を早めた。迷っている時間は必要ない、無駄な思考で行動を鈍らせている時間は必要ない、と。


ユリアは前に出た。自身がもっとも得意とする剣術で、相手に勝てると思しきその技術で戦いを拓けるために。






ーーだが、それを読めないシルフィアではなかった。戦闘経験という埋められない差が、シルフィアの【顕現武装】によって強化された思考速度をさらに加速させる。


剣術による戦闘でユリアに分があるのは、もはや明確だ。戦場を近接戦に持っていかれては、シルフィアの敗北率は格段に上がってしまう。


ゆえに、シルフィアがとった行動は、とても単純な後方撤退だった。だが、それだけではない。


「荒ぶれ」


自身は後方へと跳躍しながらも、イメージを乗せた言葉を発して魔術を発動。


すると突如、会場の大地がひび割れ、その隙間から多量の水が噴き出てきた。地中に眠っていた地下水が、シルフィアの言葉によって導かれるように排出されたのだ。


地下水はみるみるうちに会場の半分以上を水溜りにし、水は必然的にユリアの疾走を妨げる。だが、ユリアにとってはそれは些事でしかない。


けれども、シルフィアの魔術はまだ終わりを見せていない。


絶海の蒼姫セイレーン》であるシルフィアにとって、水とは自身の眷属であり一部。シルフィアの命令によって、地下水は首の長い蛇ーー水竜のように形を変え、ユリアめがけて襲いかかった。


「ち…………ッ」


襲いかかる模造水竜の頭数は、およそ五十。個々の攻撃力は大したこと無いとはいえ、模造水竜に動きに遮られて距離を詰められないのでは、戦況を動かすなどと口にすることすら烏滸おこがましい。


だから、ユリア自身も賭けに出た。前進しつつ前方を阻む模造水竜を叩き切る。コンマ一秒でも反応が遅れれば、その時点で大きなダメージを負ってしまう。一瞬の油断すら許されない。


四方八方から姿を現わす模造水竜を鮮やかに切り倒して行きながら、距離を詰めようと必死に駆けるユリア。


足元の水に動きが遮られてなお、ユリアの動きは鮮やかだった。まるで踊るように、華麗にステップを踏みながら次々と模造水竜を切り倒していく。


これならば、と勝利を見つめたユリア。


「…………っ!」


だが、その考えは甘かった。ユリアが詰め寄った分だけシルフィアも後方へと移動して、距離を一定に保っていたのだ。これではいくら詰め寄ろうと駆けたところで、距離間は一向に変化しない。


魔術で威嚇攻撃ーーとも考えたが、この多方向から攻撃を仕掛けてくる模造水竜の群れを撃退しつつ、シルフィアの動きを封じるような魔術をユリアは知らない。


……いや、ある。


ふと、ユリアは思い出す。アランが訓練の中で、ユリアに与えた言葉の中から引っ張り出す。たった一度しか聴いていないが、ユリアにとってはそれすら宝。覚えないはずが無い。


……重要なのは、イメージ。


何よりも鮮明なイメージが、今のユリアにとって最大の武器となる。


……自分を疑ってはならない。


使えるか、使えないかなど、考えなくて良い。使えるのだと確信するだけで良い。


そして、アランから学んだ情報を引っ張り出したユリアは、何の躊躇いもなく行動に起こした。


「傾け」


言葉によって魔術による効果をイメージし、魔力を消費してそのイメージを現実へともたらす。次の瞬間、


「がァ!?   これ、は……っ」


まるで何かに押し潰されるかのように、シルフィアは突如、地面へと片膝をついた。


そう、ユリアがイメージしたのは彼女が得意とする魔術ーー【グラビトン】。魔術の歴史の中で「重力魔術」と分類されているが、これもれっきとした「地属性魔術」だ。


【グラビトン】は相手の移動を阻止する程度の重圧を与える魔術だが、【顕現武装】によって強化された属性概念はその常識を遥かに凌駕する。


普通では測り得ない数値の圧力がシルフィアを襲う。もしもこれを生身で受けていれば、一瞬にして気を失っていただろう。だが、ユリアの本気を醸し出すこの一手が、反射的にシルフィアの戦闘意識へ火をつけた。


「はァァァ!」


イメージした魔術を現実に投影するべく、両手に魔力を込める。どっと大量の魔力が失われた感があったが、それでもシルフィアは構わないと決断した。


刹那、空気中や地面に散乱していた水が一気に凝縮。一本の大きな氷柱が生成された。通常では成し得ない速度での生成だが、【顕現武装】という非常識があってこそできる、理屈の外側の技法だ。


さらに残りの模造水竜を器用に動かし壁として、ユリアから回避選択を奪った。そして竜ですら一撃で屠れそうな鮮やかな氷柱が、ユリアに目掛けて放たれた。


先が鋭く尖った氷柱は、失速することなく、むしろ加速を続けながらユリアに迫る。衝突までおよそ二秒といったところか。


地属性の【顕現武装】の最たる特徴は、物理攻撃に対して圧倒的な防御力を誇る点だ。ゆえに、今のユリアに向けての脆弱な物理攻撃は無策としか思えない。


だが、ユリアは直感的に理解した。この一撃は絶対に受けてはならないと。理論による決断ではなく、本能による恐怖が訴えた。


だからといって回避は不可能。ユリアに下された方法は、眼前から迫る氷柱を破壊するしかない。ユリアにとって、これほどの崖っぷちはいつ以来だろうか。


ーーしかし、いや、「だから・・・」と言うべきか。


ユリアはそれ・・を決断することに、一瞬の迷いすら必要としなかった。


【グラビトン】を使ったことによる副作用なのか、ユリアはあの日ーー自分の眼前に地竜が現れた日のことを、唐突に思い出した。


巌のような猛々しい胴体。人など容易に飲み込めそうな口に並ぶ、短剣に相当する牙が唾液によって爛々とする。こちらを睨む双眸は、まるで深淵を覗き込んでいるようだ。


竜という人々にとっての厄災。生きる伝説と語られる父ーーリカルドですら、真竜と呼ばれる竜の上位種は撃退することしかできなかった。


一言で表して、絶対的の象徴。


そんな絶対的な竜が得意とする一撃がある。魔力を込め、息を吸い、そして放つ。竜としての代名詞とも言うべき技が。


……いける。


大地殻の竜姫ガイア》となった彼女は、本能的にそれ・・ができることを悟った。喉に魔力を込め、ほんの少し息を吸い込み、足裏で大地を強く掴む。


脳裏でイメージを繰り返し、その威力を、その凄まじさを鮮明に思い出す。込み上げてくる力の奔流をコントーロルし。そして、




「ーーがァッ!!」




叫ぶように吐息ブレスを放った。膨大な魔力を内包した小さな空気の弾丸は、周囲の空気を切り裂くように直進する。


そして氷柱に衝突すると、まるで飴細工のように、いとも容易く木っ端微塵にしてみせた。これには観客もどよめきが抑えられない。


しかし、それだけでユリアの吐息は収まらなかった。そのまま空気を穿ち、凄まじい速さで駆け抜けて行くと、


『『『ーーーーッッ!?』』』


観客への飛び火を防ぐための防護結界に、ほんの少し亀裂が入った。


かの高名な結界魔術師たる殺戮番号No.4、リリアナ=マグレッティが渾身を込めて稼働させていた特注の結界に、僅かだが、亀裂を生じさせた。


結界に現れた亀裂を見て、観衆やそこら辺の帝国騎士ならば、「すごい」の一言で完結させてしまうかもしれない。だが、この場にいた英傑たちはその凄まじさを見て、手に汗をにじませた。


リリアナが渾身を込めて作った結界は、端的に言うならば、普通の攻撃では亀裂を生み出すことすら不可能な代物だ。それこそ、一撃で百メートル周囲を消滅させられる程度の威力が無ければ、絶対にできるはずもない。


つまり、今のユリアの吐息は、それほど複雑な技術を必要としないにもかかわらず、あれほど短時間の溜めチャージで、ここら一帯を焦土に化せる威力を内包していた、ということになる。


まさしく竜の姫。その名は伊達では無いというわけだ。


「らァァァ!」


そして、自分を取り囲んでいた模造水竜たちを、剣を横薙ぎに振るってある程度倒したユリアは、その間を掻い潜り、水柱を立てるほどの凄まじい脚力で、膝をつくシルフィアの元へと向かった。


【グラビトン】の影響によって移動不可となったシルフィアは、残りの模造水竜を駆使して時間稼ぎを試みるも、安定しない精神状態で操る模造水竜では、ユリアの凄まじい速度には追いつかない。


……確かに、今のユリアは強い。


素直に認めよう。自分よりも下の序列にいたはずのユリアは、新たな力を手にすることによって、自分と同じ領域に到達した。たとえそれが、アラン=フロラストの手助けによる結果だったとしても、その実力は本物だ。


そして何より素晴らしいのは、ユリアの発現させた【顕現武装】だ。


アランの推測では、地属性の【顕現武装】は体外に魔力を放出できないことから、詠唱無しに魔術を扱えないと思われていた。


だが、ユリアはそれを覆すように無詠唱魔術を実現した。彼女の【顕現武装】が未熟だからという限定付きかもしれないが、それでも彼女の編み出した奇跡は、シルフィアを驚愕させた。


やはり、自分とは違い、ユリアには父と同格の才能がある。感じたく無くとも、嫌でもそれを理解してしまう。


……けど。


シルフィアは知っている。たとえどれほどの才能があろうとも、それが勝因に繋がるわけでは無いと。勝敗に絶対は無いと。


そして、【顕現武装】を手にしてユリアが強くなったからといって、それがシルフィアが弱くなったという結論には、決して繋がら無いこと。


さあ、ユリアが強さの一端を見せてきたのだ。返礼として、私も応えねばならない。


すでに手は打ってある。咆哮に関しては想定外であったが、その程度の軌道修正などシルフィアには造作も無いことであった。


「ーーさて、次は私のターン


「ぜェァァ!!」


なんとも不気味なシルフィアの一言を耳に受けながらも、ユリアの剣撃に躊躇いはない。


岩をも砕く絶対的な一撃に対し、【グラビトン】の重圧に捕らえられたシルフィアは微動だにしない。それが何を意味するのか、対面するユリアにすら分からない。


だが、それでいい。


知略でシルフィアと競おうなどと、そんな敗北必至な勝負を挑むのは愚策でしかない。今この場においてユリアが優れているのは、「才能」という一点のみだ。


ゆえに、この一撃の後に何が起きたとしても、予想外や不思議などという思考は一切無い。なにせ相手はシルフィアだ。そこまで容易に倒せる人物ではない。


だからこのチャンスは逃さない。千載一遇、奇跡とも呼べる絶好のタイミング。これを逃せば、二度とシルフィアには一太刀も浴びせられないかもしれない。


容赦なく、確実に仕留める。その意気を剣身に込めーーーー、
































「…………ぇ?」


破砕の一撃は、シルフィアに直撃した。

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