英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第25話「背中は任せた」

五秒。


これがエルシェナを巨人の手から救出し、三体を殺すのにアランが要した時間。まさに寸の出来事。瞬きすら忘れて、一コマごとの動きに見入ってしまう。


アランが駆使する雷速移動は、実質イフリア大陸で最速と言ってもあながち間違いではない。人間の五感どころか獣がしばしば利用する第六感すらも置き去りにして動くアランに、もはや誰も付いて行くことは出来ない。


これに対応出来るのは常識外の権化とも言えるであろう、リカルド程度だ。


かつて五年前に起きたアステアルタ魔術大戦でアランが披露した三大英雄瞬殺劇も同様、たとえ英雄と謳われる伝説的な存在ですら、火の粉のように蹴散らしてしまう。


それが英雄殺しーーアラン=フロラストだ。


「……で、あの似非えせお坊ちゃんは?」


「グウェン様の事ですか?   いえ、ここでアラン様が罵るのですからグウェン様ですよね……はぁ」


緊迫とした雰囲気をぶち壊すようなアランの言動に、エルシェナは息を漏らす。そして一旦目を逸らして適切な情報だけをまとめ、一気に説明を行った。


「現在グウェン様は、大罪教怠惰司教『怠慢の王』ツウィーダを名乗る人物と対峙しています。そして父は……父は【血盟契約】という謎の魔術によってその姿を変貌。先ほどアラン様が倒したような巨人となっています。お祖父様は無事、だと思われます」


「あ、そこは推測なのね」


今回で最も重要な部分が不確かという、とんでも面白展開にアランは苦く笑った。


それはさておき。


「怠慢の王……ツウィーダ……それに【血盟契約】ねぇ……」


「……アラン様?」


「ん?   ああいや。別に大した事じゃ無いんだが……俺の端くれの知識が正確だとしたら、これはかなり面倒臭い事になりそうだなー、と思っただけ」


顕現武装フェルサ・アルマ】を解除せずに、アランはエルシェナをお姫様抱っこしながら空を飛ぶ。平時の真昼間にこんな事をしていたら城下は大変な騒ぎになる事だろう。なにせ現在の魔術では「飛行」は未だ不可能なのだから。


だがそこはアラン様ですから。などと至って落ち着いた表情で、エルシェナはすぐそばにあるアランの顔を見つめる。


雷速移動ではエルシェナを担いで移動できないので、通常速度で通路を飛び抜ける。それでも普通に速い。


「さぁ、目的の謁見の間に到着だ。降りてくれ、エルシェナ」


「ふふふ、もう少しアラン様の腕の中に居たかったですが……仕方ありませんね。それは今後のお楽しみという事にしましょう」


「お前なぁ……」


アランはため息を吐くしかなかった。


◆   ◆   ◆


その頃、オルフェリア帝国の帝都リーバスにて。


「……………………ん?」


どうしてだろう、何かどこか遠くで自分にとってとても不都合な事が起きている気がする。ユリアの直感が唐突に働いた。


この感覚、つい最近にも幾度か感じた覚えがある。そう、これはエルシェナがアランにアプローチを行った時に感じたものだ。


……どうしたものか。


こういう時は、大好きなアランお義兄にいちゃんの言葉を頼ろう。ええと……彼曰く、思い立ったら即実行。


なので。


「講師」


「ひゃい!   な、ななな何でぴょうか!?」


ユリアに声をかけられた女講師が、慌てながら返事をする。二十代前半の信任講師だ。はっきり言って、気がとても弱い。


本日最後の授業は古代語学。第一神聖語以外の言語を解読するための授業である。だがしかし、アランという専門家を家族に持つユリアにとっては、さして興味の無い授業だったりする。


そういうわけで。


「ちょっと行ってきます」


「確定事項なんですか!?   そこは普通、『すみません、少し外に出ても良いでしょうか?』とかじゃあ無いんですかねぇ?」


それじゃあ、と少し考えて。


「外に出てきます」


「何も変わっていない!?   だ、駄目ですよユリアさんっ。授業中に外に出ては……」


「でもセレナは出て行きました」


「あぐッ!?   そ、それは皇族という立場上、色々とありますから……」


「じゃあ私も貴族の色々で。じゃあ」


「き、貴族の色々って何ですか!?   って、あぁ……行ってしまいました……学院長から、しばらく生徒を外に出すなと言われてましたのに。トホホ……」


教室から外に出て行くユリアの背を見つめながら、悲嘆そうに項垂れて地に両手をつく女講師。


学院長が何故そんな事を命じたのかは分かっている。帝都を囲む城壁の外で起こっている戦争に備え、万が一を生み出さないための措置だ。


だがユリアは出て行ってしまった。万が一を生み出す可能性を漏らしてしまった。しかも貴族の令嬢を。これでもしもの事があれば、彼女は間違いなく懲戒免職だけでは済まないだろう。


絶望を浮かべる講師に対して、生徒達からの同情の目が絶えなかったのであった。




◆   ◆   ◆




「元気に殺ってるかー?」


なんて言いながら、アランは謁見の間の扉を開け放った。背後でエルシェナが苦く笑う。


時刻は午後五時過ぎ。朱色の太陽が地平線の彼方へと沈み始め、硝子の割れた窓から金茶の光を薄っすらと注ぎ込んでいた。


「………………って、あれ?」


そして何より、謁見の間は静寂に満ちていた。割れた窓の遠方から響く爆裂の音だけが、部屋の中を柔らかく染め上げている。


そう、音がしない。それはつまり戦闘が終わっているという証明の裏付けでもある。


エルシェナの説明に出てきた大罪教「怠惰司教」と巨人化したオデュロセウスの姿も無く、そしてグウェンやアルドゥニエの姿すらこの場に存在しなかった。


「アラン様……これは」


「幻影魔術?   いや、魔力波動は感じないから、そんな大した代物じゃ無いはずだが……」


アランの言う通り、謁見の間には何も無い。気配も存在も魔力波動すらも。それはここに誰もいないという裏付けでもある。グウェン達が隠れる理由は、なに一つとして無いのだから。


だが、次の瞬間。


「ーーッ!?」


冷水を浴びせられたように、身震いをした。全身を虫が這いずり回る感覚に苛まれる。生温かい吐息が首元を撫でるような感触を覚える。鳥肌が立ち、あまりの衝撃的な事態に雷を伴った魔力が迸った。


迸った魔力は一瞬にして謁見の間を覆い尽くし、その空間全てを支配するかのようにあらゆる事象がリアルタイムでアランに伝わる。そこにある全てが、アランの一部になったかのように。


そして。


「そこか!」


直感で感じ取ったその場所ーー謁見の間を支える柱のうちの一つを、アランは容赦無く拳で殴った。常人を超えた膂力によって生み出された拳の一撃は、爆撃を行ったようにその柱を粉微塵に破壊する。


ーーはずだった。


「Urguuu……」


刹那、視界が歪んだ。それと同時に柱の姿をして・・・・・・隠れていた・・・・・巨人のオデュロセウスが姿を現した。重ね合わせた両手の手のひらで、アランの一撃を見事受け止めている。


「気配は無い、存在も無い、魔力波動すら無い。……けど、そこには確かに何か在る・・。それだけ分かれば十分だ」


そう言い放ったアランは拳を引いて即座に下がる。エルシェナの元まで戻ると、再び臨戦態勢に腰を落とした。


そして、それは姿を現す。


オデュロセウスに守られるようにしてそこにいる彼に、アランは見覚えがあった。


銀杏いちょうのような鮮やかな黄色のショートヘアに蒼玉のような深い蒼色の双眸。身長はアランよりもやや高い百八十センチで、ボロボロになった服の奥から見えるその肢体は、まさに剣士という風格漂う厚い筋肉が見えている。しかしそれでいながらむさ苦しい感じはせず、むしろ爽やかな雰囲気を見出していた。


「お久しぶりですね、アランさん」


「久しぶ……いいや、違うな。お前はベルダー=ガルディオスであって、だが違う存在だ」


一拍置いてアランは冷静さを掴み取り、思考の中にある絡まった紐を順に解いてゆく。


「【血盟契約】。この言葉をエルシェナから聞いて、即座に思い付いたのはベルダー、お前のことだ」


【血盟契約】は対象の肉体に取り込まれた血液の所有者の人格を、対象の心の紙片カルマコードに転写して強制的に肉体を乗っ取ることが出来る、現代における禁術だ。


「おそらくベルダーが捕まったのは帝都襲撃の頃じゃ無い。もう少し前……魔剣祭の予選が始まる前後ってところか」


「証拠は?」


「一人称の違い」


流れを止める事なく、確信を持って言った。


「確かあの日……大会の準決勝で俺に会った時に、お前は『僕』って言ったよな?   けど残念な事にベルダーは俺と話をする時は、決まって『私』だった。ここがずっと気になっていた所だが……ようやく合点がいった」


「偶然なのでは?」


「じゃあ立ち入りが厳しいはずの皇帝や騎士団長の椅子に、誰にも気付かれる事無く爆裂魔術を仕掛けたのは?   監視が強固だった会場内に結界魔術の魔術方陣を描けたのは?   どちらも会場の関係者……詰まる所、お前みたいな下準備係にしか出来ない事だ」


「ーーーー」


無論、その他の関係者もリストアップして、可能な限り調べた。結果は全員が潔白だった……消えたベルダーを残して。


そしてこの沈黙を、アランは肯定と受け取った。


「次に首を傾げたのは『ツウィーダ』っていう名前に対してだ。もうここまで来てしまえば、予備知識のある奴なら誰にでも答えは分かるよな」


右腕を上げ、ツウィーダに向けて指を差す。


「大罪教怠惰司教、『怠慢の王』ツウィーダ。いいや、お前にはもっと相応しい名前が有るじゃないか」


「ーーーー」


ツウィーダは応えない。だからこそ、アランが言う。その顔に、真実を見抜いた笑みを浮かべながら。






「元アルダー帝国『生体兵器研究所、統括管理者』であり、稀代の狂人。ツウィーダ=キメラニスってな」











アランの答えに対して、ツウィーダは全くの自然体だった。


「ツウィーダ=キメラニス。今から五十年以上も昔に名の知れた、天才すら嘲笑うかのような異才の持ち主。魔術生物学に数々の真実を記載し、帝国からの莫大な費用を得て生涯を魔獣の研究に費やした人物……が表の顔」


「ーーーー」


「実際は少し違う。研究していたのは魔獣なんかじゃ無い、もっと大きくて気味の悪いもの……そう、例えば『合成生物』とかな」


ツウィーダの眉が少しだけ動く。


合成獣キメラの由来はお前の名前。そして合成獣を作成していたのは単なる偶然。お前が求めていた研究の結果は生命の神秘。究極なる生命を生み出すため、だろ?」


究極なる生命。理性や知性を有した人間という生命すら上回る、最強の「個」を維持する生命のこと。あらゆる生命には存在せず、そしてそれを絶対だと表せるものなど一つしかない。


「不老不死。それがお前の研究課題だ」


魔力溜まりに生息する森人エルフと名の付く彼らですら、人の七、八倍の寿命を持つがそれは永遠ではない。不死の属性を有する魔獣もいるが、それは決して不老ではない。


不老であり、不死である。そんな夢物語のような事柄を求めるツウィーダは、間違いなく人々から狂人もしくは変人と謳われていた事だろう。


そう、謳われていた・・事だ。


「だが、お前は八年前に死んだはずだ。だから俺はその可能性を完全に除外していた……ツウィーダ=キメラニスなんて人物は、大罪教に関与していないってな」


無論、この情報は七年前にオルフェリア帝国に亡命してきた研究員ーービットから聞いた明確な情報だ。遺体もその目に見てきたと言う。


「なるほど……【血盟契約】はそういう事にも使えるって訳か……」


生者が生者の精神を乗っ取り肉体の支配を可能とするのであれば、死者・・が生者に乗っ取る事も可能であるという可能性。そしてそれを成功せたツウィーダ=キメラニス。判断材料は目の前に十分とあった。


「死を間近にした人物が、他者の肉体を強奪する事で表面的には不老不死……研究の結末がこれか」


「気持ちの悪いほど、正確な推理ですね」


そりゃあどうも、とアランは呆れたような目をベルダーの内に潜んでいるであろうツウィーダに向けた。


すると。


「そういえば、これ。お返ししますよ」


「あれ、俺ってベルダーに何か貸してたっけか?」


「いえいえ。もっと良いものですよ」


足元に転がっていたのであろうそれを、ツウィーダはにこやかな笑顔を浮かべながら掴むと、乱雑にアランの方へと投げ放った。


それは、


「ぐふ……っ」


襤褸と化した傷だらけのグウェンだった。いつも強気な雰囲気は見るも無く、まるで産まれたての小鹿の如く弱々しく、哀れという言葉しか浮かび上がってこない。


「グウェン……お前……」


「ーーーーぁ」


音にもならぬ声を喉の奥底から発し、血だらけの右腕をアランのコートの裾を握り締める。だがそれすらも弱いものだ。身動きを少しすれば、簡単に振り払えるだろう。


ここまでして、彼は戦ったのだ。血反吐を吐き、骨身が軋み、思考が霞むまで、彼は他国のために戦ったのだ。


そんな彼を誰が貶めるだろうか。いや、いるわけが……


「なにくたばってんだァッ!?」


「ごふぅッ!?」


いました、アランです。


胸倉を掴んで起こし上げるのかと思いきや、そのまま拳を天に突き上げてアッパーカット。無論、身体を支える事が出来ないグウェンは、そのまま後方へと吹っ飛んだ。


「こ、殺す気か!?」


「黙れナンバー持ち最弱!   これだから魔術師は打たれ弱いんだ!   ちょっとは丈夫になれ!   この似非坊ちゃんが!」


「貴様……殺す!」


「出来るもんならやってみろや、アァ!?」


なんという事でしょう。起き上がる事さえ困難なはずのグウェンが。体力が尽き果てて身動き一つ出来ないはずのグウェンがなんと、怒りの末に身体を起こし上げました。


そしてそのまま取っ組み合いが始まります。グウェンの飛び膝蹴りが炸裂!
しかしアラン、見事にそれを避ける!
おおっと、グウェンの後頭部に肘打ちが入った!
ぐらつくグウェン、だが持ち直したぞ!
そして次はーー!


「ちょ、ちょちょちょっとストップですよ、二人とも!?」


エルシェナからの制止の合図コールがかかった。ピタリと二人の挙動が静止する。


「今はお二人で争っている場合では無いと思うのですがっ」


「……確かに」


「では、この続きは後にするとしよう」


「「チッ」」


「舌打ち!?   い、いやまあ……それなら良しとしましょう……はぁ」


エルシェナの心労が止むところを知らない。というか一触即発な二人をペアにしている時点で、誰かが精神的に傷を負いながら止めるしか手立ては無いのだが。


なにを思ってリカルドはこうしたのか。突飛しすぎた天才の思考は、小指の先ほども理解出来ないと思ったエルシェナであった。


「さてと……どうしますよ?」


「敵もこちらも二人。なら一対一が妥当だろう」


「その怪我でアイツらと互角に戦えんのか?   というか無理でしょ。だから……ほいっと」


ベルトポーチから手のひら程の小型瓶とルビーの宝石を取り出し、グウェンに放った。魔道具「治癒能力活性薬」と「魔石」だ。


肉体は如何に損傷していようとも、まず初めに失った魔力から回復を始める。そして魔力がある一定以上に回復すると、次に肉体の治癒に魔力を利用する。


アランが渡した「治癒能力活性薬」はそれを加速させる調合薬だ。副作用なし、毒物不使用、しかも世には伝わっていない特有物。魔石と合わせて使用すると効果覿面。


「三十秒待ってやる。準備しとけ」


「二十秒でいい。さっさと行け」


ニヤリと笑い、臨戦態勢に戻る。ツウィーダは既にそのつもりだ。棘のような魔力と殺気が、二人の精神を削るように放たれている。


だが刹那、アランが消えーー


「Gaaaaaaaaaaaa!?」


悲鳴じみた呻き声が鼓膜に届いたのは、それとほぼ同時だった。背後で腰を屈めて構えていたオデュロセウスが、アランの一撃で容赦なく吹っ飛んだのだ。


「早……っ」


知覚の枠外。瞬きの瞬間すら危険。たとえ気付けたとしても、回避出来るかは問題外。世界を脅かす凶悪組織の幹部にすら通用する速さ。


それがアランだ。


だがツウィーダもそこで止まらない。ギュリっと足の裏に力を込め、縮地を活用して跳ぶ。合間に取り出した毒付きの短剣で、アランの顔を切り裂いた。


「よっと」


躱す。最小限の動作で最大限の結果を生み出す。そしてそのままツウィーダの二の腕を掴むと、膝で顎下を蹴り上げた。


「がハァッ!?」


口内から血の味が滲み出る。だが論外だ。即座にブーツの裏に隠していた仕込みナイフを取り出して、アランを蹴り上げた。


が、それも躱された。身体を左に逸らすようにして回避したアランは、そのまま身体を半回転。鳩尾を狙って蹴りを加えた。


「Agoaaaaaaaaaaa!」


「うおっ」


吹っ飛ぶツウィーダを尻目に、今度はオデュロセウスがやって来た。突き出された右脚を掴むとグインと振り上げる。このまま腕力を活用して振り下ろすつもりなのだろう。


だが甘い。アランは即座に自身を雷へと変貌し、その拘束から解放される。つい一瞬前まであったその感覚が無くなった事に、思考を奪われているオデュロセウスが気付くことはない。


雷速移動で反対側へと移動したアランは、手のひらに雷の魔力を集中。螺旋状に先端を尖らせる、槍のような雷が幾本も生み出された。


「ていっ」


それをオデュロセウスの手足に穿ち、全身に電撃を走らせた。再び呻き声が謁見の間に轟く。それを見ていたエルシェナが、アランに声をかけた。


「アラン様!   どうか父を殺さないで下さい!」


それは無茶な話だった。向こうは躊躇いもなく攻撃を仕掛けてくるのに、自分らは死に直結するような攻撃は出来ない。


まして意識や思考がなく如何に致命傷を負っていようとも、何度でも立ち上がる相手を殺さないというのは至難というだけには止まらない。


「そうか……うっし、了解した」


だがアランはその頼みを引き受けた。まるで日常的な頼みを引き受けるように、易々と平然に。


「考えが甘いんじゃ無いですかねえ!!」


背後に突如、ツウィーダが現れた。完全に気配を消した状態で縮地を行い、アランの気の緩みを狙った匠の技能だ。


「べつに甘かねぇよ」


「な……っ!?」


アランは笑う。刹那、ツウィーダは死角からの一撃によって受け身を取る暇もなく吹っ飛んだ。


「確かに奴の言う通り甘い考えだ……だが、気に食わない訳ではない」


グウェンだ。宣言通り二十秒で動きに支障をきたす怪我の全てを癒し、戦場に舞い戻ってきた。


「俺達は英雄を気取る訳ではない。だがそれでも……一人でも多くを救う。これが俺達の信条だ」


「そーゆーこと」


さて、とグウェンは言う。


「どっちを相手取る。お前に好きな方を選ばせてやる」


「……じゃあ、俺はベルダーを。お前もその方が良いだろう?」


「チッ……良いだろう。では任せた」


「あいよー」


適当な術符と魔石をグウェンのポーチに渡して、アランはツウィーダの元へと向かう。対するグウェンも簡易な結界魔術を間に生み出し、境界線を作り出した。


グウェンとアラン同様、ツウィーダとオデュロセウスも要は前衛と後衛の二人組だ。オデュロセウスが敵に突っ込んで、ツウィーダが死角から一撃で仕留める。先手と次手という形だが、それはアラン達と何ら変わりはない。


そして厄介なのはツウィーダだ。先ほどの気配を完全に消失した状態での縮地や、微力な魔力で敵の視覚を誤魔化せるほどの幻影魔術。それは間違いなく凡夫の成せる技でも、研究に明け暮れた人物が出来るような技巧でも、ましてやベルダーが使える訳でもない。


……可能性としては「経験の共有」みたいな感じかね。


それが真実だとすれば、近接戦闘を可能としている時点でグウェンに勝ち目はない。そしてアランですらも、一寸の余裕の無い戦いを強いられるだろう。


グウェンも。動きが単調とはいえど、一撃ごとの威力は言うまでもない。ツウィーダの援護が入ってしまえば、気をツウィーダの方に少なからず逸らしてしまうだろう。そこを空かさずツウィーダがオデュロセウスを操り攻撃を加える。それで終いだ。


互いに互いの命を背負う。それは奇しくも五年前の日々ーー戦場に明け暮れる事になった、たった二年間のあの日々に重なる。


だというのに二人は深刻そうな顔を浮かべない。むしろ歓迎するかのように、不敵な笑みを浮かべ続けていた。


「おい、似非坊ちゃん」
「おい、凡才」


二人は背を向けながら声をかける。ほぼ同時に、皮肉を込めた言葉を含みながら。しかし、次の瞬間に気配は一転する。


「「背中は任せた」」


それ以上の言葉は要らない。


互いの戦いがーー始まった。

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