英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第16話「《双角の雷獣》」

「おー。派手にやっとるなー」


皇帝城の展望台から遠目に見える殺戮番号シリアルナンバー達の戦いに、ヴィルガは微笑みながら感心していた。


特に敵数の多い北門側は、絶え間なく雷鳴と爆音が数キロ離れた展望台まで轟き、城下の国民達に不安による騒めきを与えている。


すると。


「お、お義父とう様!!」


「ん……セレナか」


授業中であろう学院から抜け出したセレナが、息を切らせながら大声でヴィルガに声をかける。その目には威圧的な力を感じさせた。


「単刀直入に尋ねます。いま帝都では、戦争が起こっているのですか?」


「そうだ」


何の含みもない淡々とした答えにセレナは虚をつかれたが、その場に踏み止まって再び尋ねる。


「敵はアルダー帝国と大罪教。数万を相手にして勝てるとお思いですか?」


「勝てるな」


「無茶です!!」


端的に言うヴィルガに対して、セレナは叫ぶように即座に否定した。


「アルダー帝国はイフリア大陸きっての軍事国家。それに加えて合成獣キメラによる軍備強化で、もはやオルフェリアでも手に負えません!!   このままでは、いずれ……っ」


セレナの言い分はもっともだ。半年と期間を空けずに戦争を続けるアルダー帝国兵士にとって、殺し合うのは至って日常。


だがオルフェリア帝国の主力は僅か三百人程度の第一騎士団と、五年前から帝国騎士として戦線に立った経験がある者だけ。数にしても二千人いれば良い方だ。


しかしヴィルガは、阿呆を見るような目でセレナの美顔を見つめた。


「オルフェリアじゃ手に負えない?   お前は本当にそんな事言ってんのか?」


「でもこうやって見ても、敵の数は二万を超えーーーー」


たったの二万・・・・・・じゃないか」


「は……はぁ!?」


皇帝に対していささか失礼な反応をするセレナ。憤慨せずにはいられなかったのだろう。


だがヴィルガは、またしても淡々と言う。


「敵の数は二万。そう、たったの二万だ。俺やリカルドにとって二、三万は当たり前だからな」


そう言ってニヤリと笑ったヴィルガは、北の方角に顔を向ける。まるでセレナに見てみろとでも言うかのように。


そこでは未だ、大地をつんざくような雷鳴が轟いていた。





「生きる伝説」「落雷の王」「真の英雄」。多くの人々は畏怖と敬意を込めて、彼に数多の異名を与え続けてきた。


だが殺戮番号たちにとって彼の異名はたった一つ。親しみを込めて「雷親父」だ。


「ふっ」


何気無く振るった剣撃によって、盾を構えたアルダー帝国の兵士数名が後ろへと吹っ飛ぶ。


「どりゃっ」


背後からの突きを避け、そのまま低姿勢で回し蹴り。よろめいた兵士を膝で蹴り上げて、剣の腹で叩き落とす。


この程度は並みの帝国騎士でも、訓練さえ行えば容易く出来るだろう。だがリカルドの行いは、そんな並みの帝国騎士の範疇を超えている。


なにせ、


「囲め、囲めぇぇッッ!!」
「敵の主力をブッ殺せぇぇッッ!!」
「殺せばこっちが有利になるぞ!!」
『オォォォォォォォォッッッ!!!』


鬨の声を雄叫びのようにあげる、敵陣のど真ん中にいるのだから。


リカルド一人に対して立ち向かう敵兵の数は一万を超える。もはやそれは端から観察すれば、ただの暴虐にしか思えないだろう。


だが当のリカルドは、背筋が凍るほど異常なまでに落ち着いて笑みを浮かべていた。この状況を心の底から楽しんでいた。


「ほらほら、俺を殺せる奴はいねぇのか!?」


リカルドほどの実力者ならば、眼前に群がる蚊柱のような彼らを、一瞬で殺せるだろう。


しかし敢えてそうしない。相手が外道をしない限り、顔を見合って、剣を握って、強く勇ましく全身全霊をかけて対峙する。それがリカルドの流儀なのだ。


ーーまあ、別の意味もあるのだが。


『オォォォォォォォォッッッ!!』


「はっはっは!!」


リカルドに立ち向かった兵士が一人、また一人と命を落とす中、次の瞬間、空から数千、いや数万の矢が降り注いだ。


味方の頭上は【プロテクションシール】で防御しつつ、絶え間なくリカルドに矢は飛来する。これによって軌道を誤った矢があったとしても、味方に被害は無くなるわけだ。


「良い判断だ。だがな……」


リカルドは剣に魔力を集中。バチィという音と共に剣は雷を宿し、薄白く光を帯び始めた。


「ぉんどりゃッ!!」


それを飛来する矢の方向へと振り下ろす。刹那、魔力が斬撃の形となって剣から離れ、次々に矢を食い破った。馬鹿力にも程がある。


……それにしても、きりが無いなぁ。


倒しても倒しても、その隙間を埋めて敵兵はリカルドを囲い続ける。まるで敵兵が無限大に存在するかのようだ。


だがそんな事があるはずがない。事実、リカルドの魔力感知ではだいたい一万と少しという認識だ。ゆえに敵の行動が永遠に続くとは限らない。


それでも妙に嫌な感じがする。リカルドは眉間に皺を寄せ、前後左右から襲いかかる剣撃を弾きながら考えた。


その次の瞬間だった。


「……なんだ、このバカ強い魔力は!?」


方角は北東。敵兵のはるか向こう側に、何やら大きな金属の塊が設置してある。だがそれはただの金属の塊では無いようだ。


大きな筒状の内部には、魔術師数十人分の魔力が高密度に圧縮され、今にも吹き出そうな状態でリカルドの方を向いている。


直撃はまずい。そう判断するや否や、リカルドは回避すべく西へと駆ける。


だが。


「ここを通すなッ!!」
『オォォォォォォォォッッッ!!』


大きな鉄楯を構えた兵士達が肉壁となり、リカルドの進行上に立ち塞がる。見るからに強固そうな鉄楯には、表面に不燃性の油を塗り衝撃緩和を備え、更には魔力で物質強化まで施してある。


「コイツら……っ」


元からこれが作戦だったのか。リカルドは毒吐くように思考を巡らせたが、次の瞬間、背筋に嫌な汗が垂れた。


……おい、待てよ。もし今の状態で、あれが俺に発射されたとしたら……っ!?


筒穴の方向と角度からして射線は一直線。その射程内には何百という味方がいる。それを承知で放つというのは、人命を軽んじているとしか思えない。


「くそ、ふざけーーーー」


『撃てぇぇぇぇ!!』


刹那、大地を砕く天変地異のような一撃が北の戦場を支配した。





「なん……なの、あれは……っ!?」


鼓膜を劈くような爆音と遅れてやってきた衝撃波に顔を歪ませながらも、セレナはしっかりと始終を見つめていた。


リカルドの立っていた位置から約二キロほど北北東の地点にある、謎の武器。六本の鉄脚に固定された長さ三メートルほどありそうな筒状の鉄塊は、その先端から白煙を上げている。


一撃。たったの一撃で直線上にいた敵味方を一切問わずに消し飛ばしたその閃光は、リカルドに触れると同時に爆発。舞い上がる土煙の所為で、未だ安否は確認できない。


「うっへぇ……なんだよ、あの魔道具は」


ヴィルガも知らない。それはつまり、オルフェリア帝国でも扱っていない技術によって作られた、未知という訳だ。


そしてそれだけにこの場にアランがいない事が、少しだけ心細い。ヴィルガが知らなくとも、オルフェリア帝国が知らなくとも、彼が知っている場合もある。


……でももし、アランすら知らなかったら。


しかしそこでセレナは思考を止め、頭をふるふると振った。これ以上考えても無意味だと悟ったからだ。


「お義父様、リカルド騎士団長は……」


もはやあれを受けて耐えられるはずが無い。防げると信じていたであろう敵兵達の【プロテクションシール】すら、紙切れのように容易く破壊したあの一線は、物理攻撃の域を超越している。


生きていたとしても、もうこれ以上リカルドは戦えないだろう。


だがヴィルガの顔が苦悶に歪むことは無い。


「……なあ、セレナ」


「……?」


唐突に語りかけてきたヴィルガに首を傾げながらも、セレナは耳を傾けた。


「セレナは確か【顕現武装フェルサ・アルマ】については、一通りアランに聞いたんだったな?」


「はい。……え、もしかしてリカルド騎士団長は【顕現武装】を使って避けたのですか?   いや、でも詠唱の長さからして不可能じゃ……」


アランの詠唱といいセレナのといい、【顕現武装】の魔術詠唱はいかんせん長い。そして一句でも間違えると詠唱は無効、振り出しに戻ってしまう。


それゆえ二人でも安全性を考慮して、最短で十秒は必要とする。


だが先のリカルドには、十秒と時間は無かっただろう。魔力を感知していたセレナは、リカルドが戦場の敵陣のど真ん中で魔術詠唱をしている風には感じなかった。


どうみてもリカルドは【顕現武装】など使う隙間なく、光線を浴びて死亡、または死にかけているだろう。それがセレナの見解だ。


しかしヴィルガは呆れるように、そして脱力して言った。


「アイツはさ。ちと特殊な奴なんだよ」


これはヴィルガとアラン、そしてグローバルト家の人物しか知らない重要秘密情報だ。


「アイツは昔から魔力に異常があってな。魔力の中に微弱に雷が混じっているんだ。その所為でアイツは五属性のうち雷属性の魔術しか使えないし、その他の魔術も使えない。いわば超欠陥品なんだよ」


火属性なら熱が、水属性なら湿気がという風に魔力に、微弱に属性が混じっている魔術師は別段少ない訳では無い。


だが、だからといって他属性の魔術が使えなくなるのは極めて珍しく、リカルドも幼い頃はとても悩んでいたのだ。


「だがな。ある日アイツは気付いたんだ。雷属性以外の魔術を使えないのではなく、雷属性の魔術だけ・・を極めることに集中できるのだとな。で、その結果として……」


ヴィルガは白煙に指差す。


次の瞬間、セレナの全身を針が貫くような錯覚に見舞われた。これは威圧だ。敵だけでなく、周囲にいる全員に向けての強者たる主張だ。


そしてヴィルガは細く笑いながら言った。


「雷属性の魔術を無詠唱・・・で使えるようになったのさ」





光線が直撃する寸前、遥か上空から白雷は降り落ちた。そして爆発と同時に消えたかと思われた魔力は、次の瞬間には以前の数倍に跳ね上がって存在を示していた。


頭から生えるのは禍々しい対の白角。獅子のような足部の爪が、地面をひび割れるほど掴む。尾骶骨の位置から伸びる一メートルほどの尾は、まさに竜のそれだ。


バチバチィと音を響かせながら百以上の屍に囲まれているその様は、まさしく異質。腹の底まで響くような強く重い魔力と、辺りから漂う人肉の焼ける臭いによって、彼の奇妙さがいっそう増す。


アルダー帝国の最新兵器は確かに彼ーーリカルドに命中した。百を超える犠牲を払いながらも、確かに直撃に成功したのだ。


だが。


「うぇ……臭い」


鼻をつまんで眉間にしわを寄せるリカルドは、死んでいるどころか怪我一つ負っていない。敵は大勢死んだというのに。


「あれは……なん、だ……?」


アルダー帝国の軍隊副指揮官である男は、それを知らない。「リカルド=グローバルト」という規格外の化け物騎士がいることは知っていたが、彼は五年前のアステアルタ魔術大戦に参戦していないのだから。


顕現武装フェルサ・アルマ】というその身に魔術による武装を顕現、霊格を昇華させる魔術を知る者は数少ない。なにせ大戦に参加し、その姿を見たほとんどの兵士が報告を終える前に絶命しているからだ。


そしてそんな彼らにとって、未知なる存在となったリカルドから溢れる、尋常ではない魔力の量。戦闘経験の少ない兵士にとって、魔力の多さは敵の強さに比例していると錯覚し、戦意を完全に失ってしまう。


「ばばば、化け物じゃないか……っ」


副指揮官の漏らしたその言葉に、兵士達の士気はみるみる減衰。戦ってもいないというのに、すでに四割の戦力を無力化することに成功した。


だが、アルダー帝国の中にも好戦家は羽虫の数のように存在する。リカルドの魔力に当てられて武者震いを起こし、口角をニタリと吊り上げ前へと踏み出す。


「いいね、いいねぇ……こんな相手をブッ殺せるなんて、やっぱし戦場は最高だぁッ!!」


ヒャッハァ!   と男は嬉々とした表情を浮かべながら、魔力による身体強化を付与しつつ突撃を仕掛けた。


だが忘れてはならない。好戦家が好きなのはあくまでも戦い合う事だ。剣を交え、肉を抉り、筋を断ち、骨を砕くのが好きなのだ。


だからこそ、思い知らさねばならない。【顕現武装】により雷を纏った状態のリカルドが余りにも異常で、そしてなにより無敵だという事を。


というわけで。


「ていっ」


『がぐぼげはッッ!?』


【顕現武装】状態のリカルドはアランと違い、雷速で戦場を駆け抜ける事はできない。だがその代わりとしてリカルドは、神にも等しい権能ちからを有する事となった。


それが今まさに、狂気に満ちた笑みを浮かべながら突っ込んでくる好戦家達に向けて放った落雷だ。空気中に漂う自分の魔力を利用して、上空にある雲の中に電気を貯蓄。タイミングを見計らって一気に放出したのだ。


無論、本来の落雷ならば確実に命中するはずがない。だが【顕現武装】状態のリカルドは、糸で操るが如く雷を操作できる。


移動速度としての速さを求めるのではなく、攻撃速度・・・・としての速さを求めた事によって、よりいっそうリカルドの存在は周知される。「落雷の王」と呼ばれる所以はここにあった。


「よっと……さて」


圧縮した雷魔力で形取った大剣を肩に担ぎ、リカルドは怯える敵兵士達を睥睨する。額には見るからに青筋が立ち、溢れる魔力は刺々しい。


ふぅっと生暖かい春風が優しく吹き、緊張と焦燥の余りに硬直する敵兵士達の顔を撫でる。だが彼らはそれにすら気付かず、沈黙を続けたままリカルドをじっと見続けた。


「俺さぁ、実はいま、結構腹が立ってんだよね。なんでか分かるかなー、はいっそこのおっさん答えてみろ!!」


「え、あ、えぇ?   えっと……」


「時間切れだぁ!!」


「ピギャァァァァァァッッ!?」


振り下ろされた雷剣によって生まれた斬撃が、答えられずにしどろもどろしていた男に襲いかかった。左肩から右脇腹にかけてズバンと切られた男は、勢いよく血飛沫を噴き出しながら地に伏す。その姿を見て、周りの兵士達は戦慄した。


しかしリカルドはそんなこと微塵にも気にせず、自分ペースで事を進ませる。


「はい、次の人は……そこの若いにいちゃん!!」


「えっと……み、味方を巻き込んで魔力砲を使った事、でしょうか!?」


「おう、正解だ。見逃してやるからちゃっちゃと帰んな」


「あ、あああありがどうございまずッ!!」


リカルドという絶対に勝てない敵に命を見逃された若い青年兵士は、涙目になりながら踵を返してすたこらさっさと逃げ出した。


無論、そのような事を副指揮官が見逃すはずがない。だが青年兵士に声をかけようとしたところで、再びリカルドから質問が飛んできた。


「では次の問題!   なぜ味方でもない俺が、敵である兵士が死んだ事で嬉しいはずなのに、こんなに怒っているのでしょうか?   回答者は……お前だ」


次の回答者を切っ先で指し示した。副指揮官だ。


男はごくりと生唾を飲み込んで、思考を巡らせる。いや、とうに答えならば出ているのだ。リカルドは敵の力量すら定かでない状況で、味方百人弱を犠牲にして攻撃を選択した事に腹を立てているのだ。


だが、それを答えても男が救われるとは限らない。むしろ「死んだ奴らを代表してお前を殺す」とか言ってきそうな気さえする。それくらい男に向いている切っ先には、殺意が染み込んでいるのだ。


……ど、どうする!?


切り札であった魔力砲は直撃したものの、ほぼ無傷。魔力砲は一度使用すると十分の冷却の後に二十分の再チャージ、計三十分が必要だ。つまり、もはや勝機はない。だがこの場から逃げたとして、彼を自由の身にしてしまうと戦況が一気に傾き、指揮官に命じられた務めが果たせなくなってしまう。


力こそ全てのアルダー帝国において上官の命令は絶対。逆らう事は即ち死を示していると言っても冗談ではない。この場で死ぬか、それとも逃げ帰って死ぬか。副指揮官である彼にはもはや道は二つしかなかった。


だが。


「…………ああ、うん。分かったよ、お前の顔を見てたらなんとなく分かるわ、お前の気持ちが」


うんうんと頷くリカルドは、手に持っていた大剣を地面へと突き刺してドサッと腰を下ろす。


「嫌だよなぁ、アルダー帝国。力こそ全てなんて、まるで弱者を見捨てるような仕組みがさ。貧民区域で生まれた子供達には暴力も権力も財力も知力も無いってのに……」


「ッ!?」


そう、その言葉はまるでアルダー帝国の現状を知っている者の見解だった。


アルダー帝国の首都ゴルッザには大雑把に貴族区域、平民区域、貧民区域に分かれている。特に平民区域と貧民区域の差が激しい。移動制限・商売制限・雇用制限等々……貧民の自由をこの上なく奪っているのだ。


そしてその上で、皇帝が高らかに言うのだ。「自由が欲しくば、戦え」と。薄い革鎧と粗雑な剣、盾だけを与えられた彼らは自由を求めて戦い続けるのだ。


リカルドの周囲に転がる焼死体となった彼らも、自由を求めて剣を握った貧民区域の人々だ。だからこそ、アルダー帝国は正規の兵士を失くした訳では無いので平然とした顔が出来る。


だがしかし。そんな兵士達と並んで一人だけリカルドの話に顔を歪める兵士がいた。そう、副指揮官だ。


彼は元々、貧民区域で生きていた。生きるために剣を握り、生きるために努力を続けた結果、五年前のアステアルタ魔術大戦以後の人員補充のために正規兵となり、その指揮の才能を認められて副指揮官となったのだ。


だがここで、上官である指揮官にこう脅された。「友人を恋人を家族を救いたくば、リカルド=グローバルトを命を賭して足止めしろ」と。


「どーせお前達は捨て駒役なんだろう?   俺がこの場から離れて戦場を荒らせば、軍隊はあっという間に壊滅。そうするとフィニアで起きている内乱に介入される。だからここに留めておけ、そんな感じだろう?」


まるで見聞きしていたかのようにリカルドは語る。その目にはったりを仕掛けている様子はなく、むしろそうで無いのならばどうして?   と問われている風に感じた。


「……ああ。俺達の役目は、あくまでも戦場の維持だ。お前を別の場所に向かわせないための捨て駒に過ぎないさ」


この際だから喋ってしまおう。副指揮官は眉を八の字にしながら、もうこれ以上は疲れたとでも言う風に、経緯を語った。


すると。


「……そうか。なら俺は戦わない事にしよう」


「なッ!?」


驚愕しすぎて口をあんぐりと開けて硬直する兵士達を前にして、リカルドは容易く【顕現武装】を解いた。傍らに突き刺さっていた雷剣も空気分解して姿を消す。


今のリカルドは完全に無防備だ。だがそれでも勝てない事を副指揮官は知っている。そこで問うてみた。


「なぜ……なぜ、戦わないんだ?」


するとリカルドは、胡座をかいて膝の上で頬杖をつきながら淡々と喋った。


「お前らの目的は帝都の襲撃ではなく俺の足止め。そして俺の目的は帝都を襲撃する者の排除。つまり互いに衝突しているようでしていない、俺たちの関係は平行線なんだよ」


「だからと言って……俺達はお前を殺そうとしたんだぞ!?   そんな簡単に許せるのか!?」


「殺そうと思えば殺す事なんて容易いさ」


はぁ、と息を漏らしながら言う。そして続けで「だがな」と反論を入れた。


「俺は『戦うため』や『殺すため』に戦場に立ってるんじゃ無いの。あくまでも『守るため』や『生きるため』に戦ってんの。だから俺は、俺を殺そうとする奴は殺すが意志の無い奴は殺さない。その証拠に、ほら。コイツを見てみろよ」


リカルドが指差したのは、さきほど雷剣でぶった切った兵士だった。うつ伏せになっており、死んでいるようにも見えるが僅かに息はしている。


「切ると同時に傷口を焼いてある。出血は少ないはずだ」


そもそも、それほど深くまで切ってもいない。リカルドの殺意が見せた、切るという概念を強化した幻覚に過ぎなかったのだ。


「コイツも貧民なんだろう?   何かを守るため、死んでも守るために戦ってる。そんなかっこいい奴をホイホイと殺せるような人間じゃ無いんでな」


「……そうか。どうやら俺達はお前という人間を少し誤解していたようだ」


「はん。そんなのは普通だろう。敵同士なんだからな」


互いに顔を見つめ合い、意気投合したかのようにニッと笑い合うと、二人は各々動き始めた。


まず副指揮官は魔力砲の回収準備。そして本部のある国境付近に使いを送り、戦線は維持しているという半ば偽りの報告を行う。これによっていま以上の死者は生まれず、かつ身内の安全が保障される。


だが死んだ者は戻って来ない。生存者の中にはそんな彼らと友好を築いていた者も少なくは無いだろう。だがその憤怒をリカルドに向けるのは余りにも身勝手だ。


だからこそ、この計画を立案した本人、軍隊指揮官に対しての怨念をグツグツと煮えたぎらせながら、彼らは焼死体の火葬を始めた。敵領土なので埋葬は出来ないし、ましてや焼死体を領土に持って帰る事も不可能だからだ。残った遺留品はのちに親族や恋人に返す事も忘れない。


そしてリカルドはというと。


「アイツらも腹が減ってるだろうから、あったか〜いシチューをありったけ頼むわ」


「了解しましたッ!!」


本来ならば敵兵と食を共にするというのは非常識この上ないはずなのだが、リカルドの頼みという事もあって使いっ走りの団員は、爽やかな笑顔を浮かべながら「団長からのお願いを俺が!!」とテンション高めに帝都へと戻って行った。


「さて。俺の仕事は終わったな」


もっとも戦況の揺らぎが激しかった北門側をあっさりと死守したリカルドは、ふぅと脱力の吐息をしながら空を見上げる。


ふと視界に入った三羽の鳩を見つめて、どういう訳か少年時代のアランを思い出した。あの頃はよく「ポッポ!!」とユリアが叫び、「ハトだねー」と姉のシルフィアが微笑み、「あっそ」と超無関心で読書するアランがずっと三人一緒でいたものだ。


だがものの十年で、アランは二人との別れの道に進んだ。さらに五年して元の場所に帰って来つつあるアランを見ていると、どうにも目尻のあたりが熱くなる。


「歳だねぇ……」


アランが帝国騎士を辞めて、目の前からいなくなった二年間はあっという間だった。大きな戦争もなく、比較的平和な日常だった。


その分、民衆はリカルド達の奮闘を賞賛するが、実際のところ最も戦ったのはアランに他ならない。


……アイツ、謙虚だからなぁ。


そうして暫しの間、昔の出来事に対して感慨に浸っていると、遠くからガラガラと何かを持ってくる音がした。荷馬車がこちらにやってくる音だ。


それにしても早いなと思いつつ、おそらく殺戮番号No.8のケルティアが、はなからこれを見越して準備していたのだろうと自己解釈する。さすが付き合いが長いだけある。


「よーっし、お前ら。たっぷり休んで良いからなぁ!!」


『はいッ!!』


十分ほどでシチューを配り終えたリカルドは、毒が入ってない事を敵兵達にアピールして、敵味方関係なく楽しく談笑しながら食を共にするのであった。





余談だが、この翌日にヴィルガが大変気に入っていた年代物の酒を酒樽ごと飲んでしまった事が発覚したことによって、皇帝城では爆音のような叱責が晩まで続いたのだとか。

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