英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第13話「答え合わせ」

翌日の早朝。雨雲一つとない空に日が昇り、セレナやユリアが学院に行った頃。


「ちわーっす。ヴィルガさん、いますかー?」


「アラン様、失礼ですよ?   失礼いたします、ヴィルガ様」


右大臣あたりがここにいたら極刑ものであろう態度で、アランはノックすらせずに書斎のドアを開け放った。


その後ろをアランの言動に困ったような顔をしたエルシェナが続く。


「どうした、こんな早くに?」


やはりと言うべきか、ヴィルガは黙々と事務をしていたようだ。


「いやぁ、ちょっと昨日エルシェナに聞いた事を纏めて、自分なりにフィニアの現状を考えてみたんですよ」


「そうか。なら、今すぐ聞こうじゃないか」


「あ……いやでも、仕事は?」


机の両端に積まれている書類の束。帝都襲撃の残り資料に合わせて、三日後には始まる魔剣祭レーヴァティンに関する書類だろう。


この量を察するに、この部屋にいない大臣達も事務や雑務で地獄と化していにる違いない。


だがヴィルガはうーんと、首を傾げると。


「心配するな。お前達が帰った後にでもやるからな」


「……そう、ですか」


この時アランは、ヴィルガが最初からアランを待ち構えていたかのように感じた。





「…………ふむ、そうか」


話すこと約十分。一通りの推察を述べたアランに対して、ヴィルガはとても落ち着いた表情をしていた。


……俺の気のせいか?


アランが粛々と語るその間も、ヴィルガは大して顔を歪めたことはない。眉は少し動いたが、その程度だ。


「俺の推察、何か違いますかね?」


自分の考えに疑心暗鬼になってしまったアランは、逆に尋ねる。


「いや、よくぞここまで考えられたものだと褒めるくらいだ」


だが、とヴィルガは言う。


「道を途中で逸れてしまったな」


「それはつまり……違う、という事ですよね?」


その問いに対してヴィルガは微笑みを返した。こういう時は、大抵が肯定を表す。


だが分からない。どこで間違えた?


オデュロセウスがアランについて悩んでいないと、証拠も無しに確定した所か?


オデュロセウスが大罪教に危惧の念を抱いたと勝手に決め付けた所か?


「うーん…………」


悩んでも悩んでも、答えは出てこない。というか情報が足りない。


……あと一つ、何かあればなぁ。


出来ればフィニアの財政や近辺での出来事に関する簡単な書類。それさえあれば大まかな予測は立てられる。じれったい気持ちがアランの心中を掻き乱した。


すると。


「……おっほん」


まるでこちらを向けとでも言うように、ヴィルガは咳を立てた。


「アランよ。お前今、あと何か一つ情報が欲しいって考えただろう?」


「え、ええ。まあ……」


今さら心を読まれたとしても余り気にしない。どうにも昔から、ヴィルガやリカルドといった人達には心を読まれ易いのだ。


「そんなお前にこれをやろう」


「これは……」


ヴィルガがアランに渡したのは一枚の便箋だった。だがこの便箋はあまりにも不自然だ。


冒頭に送り主への名前も無く、ましてや最初から「追伸」と書かれている。これではまるで、何かの手紙の二枚目のようだ。


……手紙、手紙、手紙……ってまさか!?


「ヴィルガさん、アンタあの時二枚目もあったのに、一枚目しか見せなかったな!?」


エルシェナが帝都にやって来る前、アランがエルシェナの帝都内における護衛を任された時に渡されたあの手紙には続きがあった。


……どおりで少し、不自然だと思った訳だ。


一枚目の便箋の下部分には、まだ三行ほど余裕があったのに名前が書いてなかった事や、便箋の裏に付着していた僅かなインクの染み。それをアランは見逃してはいなかったものの、無視していたのだ。


「それに関しては謝るが、その手紙を読めば俺がそれを隠した理由もはっきりするさ」


促されるようにしてアランは早速手紙を読んだ。


『追伸。
先ほどエルシェナに駄々を捏ねられてそちらに送ったと言うのは半分嘘だ。
近頃、エルシェナの父であり私の子であるオデュロセウスの言動が何やら怪しい。まるで何か企んでいるかの様にな。
そこで暫くの間、そちらにエルシェナを避難させようと思っていた。ちょうどエルシェナからの訴えもあったから都合が良かった。
だが、この事についてはエルシェナには伝えないで欲しい。無論、彼にもだ。
フィニアの危機を二度も救ってくれた彼に、これ以上私の国のために尽力して貰うのは、私個人として心苦しい。
彼が帝国騎士に戻ったというのは既に耳にしている。だからどうか、彼には伝えないでくれ』


「フィニア帝国皇帝、アルドゥニエ=ツェルマーキン・フィエンド・フィニエスタ……」


「これは……どういう事でしょうか?」


横で一緒に読んでいたエルシェナが、首を傾げながらアラン達に尋ねた。


「エルシェナはオデュロセウスの言葉に乗ったつもりでこっちに来て……そしてあのクソジジイはエルシェナの想いを利用してこっちに送った……って事なんだよな?」


文面に書かれた「彼」というのは、おそらくはアランの事だ。五年前のアステアルタ魔術大戦における同盟関係と、四年前の炎竜撃退。アルドゥニエはきっと、それについて言っているのだろう。


「父が考えていたのは、アルダー帝国との来るべき戦争についてでは無いのですか?」


「恐らく違うだろう。フィニアに残した帝国騎士の一人から魔接機リンカーで得た情報によると、戦争への準備資材は内側ではなく外側から持ち込まれているらしい」


「我が帝国の首都であるリドニカは、万が一に備えて都内で武具が生産出来るように多くの鍛冶場を備えています。それを利用せず、外部から武具を運んできた……」


「それがオデュロセウスの企みに、何か関連しているのだとすれば……」


「内戦、だな」


ヴィルガがきっぱりと言った。


「だが、確たる証拠も無い。今の所はあくまで可能性の話だな」


「けど、その線が一番怪しいと私も思います」


アルドゥニエはオデュロセウスの企みについては詳しく書いていない。だがエルシェナを首都の外に出した事を考えると、首都リドニカで何か起きることは必然のようだ。


だが。


「まだ分かんねえ……」


アランの脳内に浮かぶ疑問の靄は、まだ晴れない。


なぜ内部で武具を生産せずに外部から武具を運んできた?


フィニア帝国の商売の中軸を担うのはオデュロセウスだ。なぜ内部で生産しない?


そしてどうして今の時期に内戦を起こす。何か彼にとって不都合があるのか?


そもそも武具はどこからやって来た?   フィニア帝国内か?   それとも……。


「あ。あと一つ、面白い情報があった」


ふと突然、ヴィルガが話を持ち出す。


「つい昨日の事なんだが……ベルダーをリドニカで見かけたらしい」


「ベルダーを!?」


先週の帝都襲撃事件以来、リーバスにて姿が見えなかったベルダー。それがまさかのフィニア帝国の首都にいた。


「しかもここからが驚きだ……帝国騎士でも無いアイツが、騎士のコートを身に付けていた」


「はぁッ!?」


可笑しい、それは絶対に不自然だ。


確かにベルダーは一時的とはいえ帝国騎士だった事を口にしていた。


だが、帝国騎士ではなくなった人物は、騎士のコートを皇帝に返却するという規則が存在する。


ベルダーはいま現在帝国騎士ではなく、だからコートを持っているはずは無い。


「見間違い……じゃあ無いんですよね」


アランの問いに、ヴィルガは頷く。


「その証拠にコートがある保管庫の扉が、襲撃を受けた日に壊されていたからな」


「そしてコートが盗まれたと」


ならばそれは、ベルダーで間違い無いだろう。


保管庫のあるこの皇帝城は、帝国騎士と一部の関係者しか入城することを拒む特殊な魔術結界が施されている。ベルダーならば入る事は可能だろう。


……だが、どうしてアイツが?


フィニア帝国にいることは別に不思議な話でも無い。帝国騎士も偶には遠方に行きたくなる。親交国であるフィニア帝国にならば尚更だ。


だがベルダーは違う。帝国騎士ではなく、アルカドラ魔術学院の剣術講師だ。彼の性格からして、自分の仕事を放ってまで自分の事をするような人間では無い。


では、フィニア帝国に行く必要があった?


それは何故?


ふと、アランの脳裏に昨日のエルシェナの言葉が浮かんだ。


『ただ、黒っぽいコートを着ていて、髪の色が明るい色だという事は分かりました』


「いや、まさか……」


黒っぽいコート。それはもしかして騎士のコートなのではないだろうか。


髪の色が明るい色。確かにベルダーの髪は金だ。それも果たして偶然で済まされるのか。


そしてベルダーについて色々と思い返していた、その時。


『僕の知る限りではーーーー』


魔剣祭レーヴァティンの予選にて、ベルダーと言葉を交えた時に聞いたその言葉。


ただ普通に聞いていれば、これはどこからどう聞いても気にしない。


だが。


「ベルダーが?   いや、でもそういう可能性は捨て切れない……」


アランの思考が激しく巡る。


「武器の外部入手、ベルダーというもしもの可能性、未だ帰って来ないクソ親父の滞在教討伐任務。これら全てを偶然では無いと予測すると……」


確たる証拠は無い。


根拠を説明しろと言われても、話せるような言葉に直せる自信は無い。


だがそれでも。アランの予想は最悪の展開へと進んで行く。


そして。


「ヴィルガさん、馬車とグウェンを貸してください。緊急事態です」


「おい、どこに行こうと言うんだ?」


「フィニアに」


その言葉にヴィルガは眉をひそめ、エルシェナは驚愕めいた顔をする。


「あとクソ親父も帝都に戻してください。ここからは俺の予測ですが、今日の午後あたりに敵が来ます」


「敵って……どこが?」


「アルダー帝国」


もしもベルダーがそうであるならば、おそらくはアルダー帝国が攻めてくる。


だがそうまでは言わない。言わなくても目で伝わる。


「……分かった。だったら急いで行って来い」


「助かります。エルシェナ!!」


「は、はいッ!」


「三十分で支度してくれ。すぐに行く」


「わ、私も行くのですか?」


「その方が上手くいくからな」


「はあ……」


ソファから腰を上げて書斎室を後にしようとするアラン。その背中にヴィルガは、


「死ぬなよ」


と半分冗談、半分本気で言った。


「そっちも頼みましたよ。帰って来たら帝都が壊滅していたなんて、御免ですからね」


憎まれ口を軽く叩いてアランは出て行く。


そして約束通り三十分後。アランはエルシェナとグウェンを連れて、フィニア帝国へと向かった。





「……で、どうして俺がお前と共に行かねばならん」


「そんな事言うなよ、相棒」


「黙れクソゴミカス。歳上に対する敬意も知らんアホの権化に、相棒などと言われる筋合いは無い」


「コイツ……言いたい事を言わせておけば……っ!」


「アラン様、落ち着いて!?」


馬車に乗ったアラン、グウェン、エルシェナの三人は帝都を出てフィニア帝国に向かう。


乗馬の技術はグウェンの方が上だが、馬車を操るとなるとアランの方が慣れている事もあり、今はアランが手綱を握っている。


今にも手綱から手を離そうとするアランをエルシェナが宥めながら、馬車はかなりの速さで土道を行く。


「それでだ、アラン。どうして俺がお前と共に行かねばならんのかを聞かせろ」


「戦力としてだよ」


きっぱりと言う。


「多分だが、もう既にフィニアでは内戦が始まっている。しかも敵はフィニアの叛乱群衆に合わせて、アルダー帝国と最悪の場合『滞在教』もいるだろう」


「滞在教が?」


「この前の帝都襲撃事件で、アルダー帝国と滞在教が結託している事は確認してある。今回はおそらく滞在教がオデュロセウスに話を持ち掛けて、それにアルダー帝国が参加している関係だがな」


「俺達の時とは逆、ということか。いや、だが待て。どうしてお前は滞在教とオデュロセウスが手を組んだと推測する?」


「ベルダーだ」


アランは断言する。


「グウェン。お前は三年くらい前に殺した『嫉妬司教』を覚えているか?」


「ああ、『千面せんめんの淑女』だろう?」


滞在教は大きく八つの集団に分かれている。七つの大罪のうち一つを信念とした七つの集団に、大司教を奉る集団。


アランとグウェンは三年前、そのうちの一つである嫉妬を信念とする集団の長、「嫉妬司教」のケッツァを倒していた。


ケッツァは別名「千面の淑女」と呼ばれており、彼女の固有魔術【模造変装パーフェクトフェイス】は顔だけでなく声や癖、昔の古傷や魔力までもを完璧に模倣する。


「だが俺達は確かにケッツァを殺した。心臓を貫き、首も刎ねたんだぞ?   それでもまだ生きているのだとすれば、それはただの亡霊だ」


「そうだ。確かにアイツは殺した……だが、アイツの弟子は?」


「弟子、だと?」


そんな事は知らないとでも言うように、グウェンは訝しげな視線をアランに向ける。


「ああ。アイツは戦いの最中、確かに『師弟の関係も面白かったのだがな』と言っていた覚えがある」


「つまりお前は、今フィニアにいるベルダーは【模造変装】を使ったその弟子だと?」


「その可能性が高いってだけだ」


確証は無いのだから。


「だがそいつが本当に弟子だったとして、何故ベルダーに化ける必要がある?」


「理由は無いと思う」


「まあ、そうだろうな」


チッとグウェンが舌打ちをする。


ケッツァも同じように、変装をする相手に法則性は無かった。つまりもし、その弟子がベルダーの変装を既に解いていた場合、探す術がない。


しかも都市内だとすれば、グウェンの大規模魔術も使うことが難しい。どうやら今回、グウェンは役に立たないようだ。


「おい、貴様。いま俺の事を使えない奴だとか役に立たない奴だとか考えただろう」


「そんな事考えてねぇよ」


「……そういう事にしておいてやる」


「役立たず」


「おい、今本気で言ったな!?」


「言ってませんー。空耳じゃあ無いですかぁ?」


「こんのクズが……っ!!」


「二人とも止めて下さい!!   今はどうやって一秒でも早くリドニカに着くかを……」


「「森を抜ける」」


「えぇッ!?」


アランとグウェンの言う森とは、リーバスとリドニカを直線で結んだ道中にある魔の森のことだ。


「迷い殺しの森」に比べれば比較的安全な森だが、そこそこ危険な魔獣に合わせて人食植物などが多数生息し、入った者の大半を外には逃さない。


「そんな……自殺行為です……っ!!」


「そうか?   別に普通だろ、あの森は」


「腹立たしいが同意見だ。あの程度の森は障害物の多いただの道だ」


エルシェナの心配を他所に、アランとグウェンは平然とした顔付きで前を見る。


「ほら、見えて来たぞ。魔の森だ」


元は「迷い殺しの森」の一部とも言われている怪しげな森。内から外へと溢れるこの臭いは間違いなく死だ。


だがアランとグウェンは怖気ない。むしろ嬉々とした表情で森に対面する。


「え、うそ……本当に入るんですか、アラン様!?」


「うわっ、ちょ、引っ付くなエルシェナ!?」


「……フン」


こうして三人は、慌ただしくも魔の森へと突っ込んだのであった。

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