英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第6話「顕現武装とは」

現時点における、あらゆる魔術の究極形態と称される魔術【顕現武装フェルサ・アルマ】。


肉体の記憶を保持する「心の紙片カルマコード」と呼ばれる物を魔術によって改変し、対象の霊体を昇華させてより高位の存在へと君臨させるこの魔術。


アランが十三歳の時に発見した著者不明の謎の理論文から要点だけをまとめ、わずが二年の月日を利用して完成させたこの魔術。


事が全て理論通りに進むならば、この魔術は軍と軍による戦争という現代の概念を大きく覆す、恐るべき魔術になるはずだった。


だがしかし、この異端なる魔術を普及させるには難点が大きく三つあった。


一つ、魔術の発動に必要不可欠な詠唱文が確立していない、かつ詠唱文が個人によって異なること。


二つ、深層意識に存在するという「心の紙片」をどうやっても見つけることが出来ないこと。


三つ、万一に上記の二つが上手く成功したとしても、魔力の消費が異常で長時間使い続けることが出来ないこと。


以上この難点により【顕現武装】は理論的に可能でも、現実的に不可能な魔術だと思われていた。


だがしかし、その現実を打ち破って魔術を最も完成に近い状態へと成した者がいた。それこそアランだ。


自ら提唱した三大難点を自らの力で解消し、二年後のアステアルタ魔術大戦においてアルダー帝国三大英雄を、瞬きすら許さぬ時の狭間で討ったのであった。


以後、アランの指導のもとヴィルガ、リカルドと【顕現武装】を使える者が増えるものの、アランは十八歳の時に第一騎士団を脱退。その後に【顕現武装】を扱えるようになった者は誰一人としていなかった。


だがそれから二年の時が経ち、【顕現武装】保持者の欄に新たな名「セレナ=フローラ・オーディオルム」が加わる。


そして今日、新たな名が刻まれようとしていた。





「……よし。準備は出来たか?」
「ごめん、アルにぃ。なんだか怖い……」
「安心しろ、出来るだけ優しくしてやるから」
「でもわたし、こんな事初めてだから……」
「最初は辛いかもしれんが、後々慣れてくるって騎士団の連中も言ってたから心配すんな」
「どれくらい痛いの……?」
「確か腰から下の感覚が無くなって、腹の辺りが激しく痛むんだと」
「わたし耐えられるかな……」
「だから心配すんな。もしもの場合は俺がなんとかしてやるから」
「うん分かった。優しくしてね、アルにぃ?」
「よし、いくぞーーーー」






「ちょっと待てぇぇぇぇッッ!?」






制止を命ずるようにセレナが咆哮した。その声は訓練場内を轟き、反響する。思わず他の生徒達は耳を塞ぐほどだ。


「「どうした(の)?   セレナ」」


「アンタ達、ただのイメージトレーニングに何で淫靡いんびな感じで会話してんのよッ!!」


「……そんな感じに聞こえたか?」


「セレナは勘違いしてる」


「いやいやいやいや!!」


「「??」」


どうやらアランとユリアの二人は、本気で普通に会話をしていたと勘違いしている。


さっきの会話文を筆でまとめて、男子生徒にでも見せてみよう。離れたところで前屈みになっている、あそこの生徒達と全く同じ様になるだろう。


はぁと大きくため息を漏らしてセレナは問う。


「私の時みたいに、気絶させて深層意識に自我を行かせるんでしょう?   だったら直ぐにでもすればいいじゃない」


【顕現武装】を身に付ける際に最も必要不可欠なもの、それは手にした者と証明する武装の証。セレナは紅い蝶、アランは交差する雷の印が手の甲にある。


そしてその証を手にするためには「心の紙片」をまとめる一つの部屋、深層意識に向かわなければならないのだ。


だがその部屋に入るには、一つ問題があった。そこに至るまでの知能を、実力を備えているか否か。


「ユリアはまだ扉に辿り着くまでに至ってないみたいだ。まあ、俺の直感なんだけど」


「扉?   でも私はそんな物を見た覚えが……」


「あれは俺が無理やり開けてやったんだ。元々お前は扉にまで至る資格はあった。けど扉の前に立つのと扉を開けるのでは別件。もう少しイメージトレーニングをしないと……ちなみにユリア、お前は何をイメージした?」


「ん、雷」


雷かぁ、とアランは色々と面倒くさそうな顔をする。


確かにユリアの父、アランの義父にあたる第一騎士団団長のリカルドは雷属性の魔術が得意であり、彼自身が有する【顕現武装】も雷属性だ。


魔術遺伝の法則より得意な魔術が親と似る確率は七割強と高いことから、ユリアの得意な魔術が雷属性という可能性も有り得る。


……だが、クソ親父は規格外もいい所だからなあ。


本来、火属性や雷属性を得意とする魔術師は数少ない。セレナやリカルドは特に珍しいタイプなのだ。


「……なあ、ユリア。ここは一つ別の属性でやってみないか?   例えば……地属性とか」


「地属性、どうして?」


ユリアの問いはもっともだ。なんせ魔術の相性的に地属性は雷属性に最も相性が悪い。ゆえに相性の悪い魔術は扱い辛いので学ばない、これが世間一般の常識となっているのだ。


「確かに理屈で考えれば地属性はあり得ないだろうが……むしろ逆だ。多分だが、地属性はお前とかなり相性がいい」


例えば重力魔術【グラビトン】。あれは本来地属性の魔術であり、物理防御魔術【プロテクションシール】も地属性の部類に含まれる。


そして【グラビトン】はユリアが得意とする魔術だ。ということは地属性を得意としている可能性も薄くはない。


それに火や水や風や雷と違い、地属性の魔術は最も物理的な魔術だと言っても良い。剣術を主戦力しているユリアにとって、地属性の【顕現武装】はおそらく強力な武装となるだろう。


「とりあえず試してみよう。ユリア、そこに寝そべってくれ」


「うん、分かった」


アランの言葉に従い、ユリアは服が汚れる事をいとわずに地面へと寝そべった。ひんやりとしてゴツゴツとした地面の感触に、ユリアは「はふぅ」と何やら思い入れのあるような声を上げる。


「いいか、ユリア。地面に意識を傾けろ。ゆっくりと地面の情報を感じろ。冷たく硬く、地中を介して音が反響し、全てを常に支えているのが地面だ」


「……うん」


「しっかりとイメージしろ。自分にとって地面とは、大地とは何なのか。そこまでに至ったならば、きっと見えるはずだから」


「………………」


ユリアは答えずにジッと意識を沈め始める。さすが生きた伝説の娘と言うべきか、少しずつだが意識的に深層意識へと自我を送り始めいる。


……やはりユリアは凄いな。


アランが意識的に深層意識へと行けるようになったのは、十七歳の誕生日を迎える前夜。それまでは睡眠中や気絶中が限界だった。


だがユリアは十五歳。理論や理屈に合わせて、きっと彼女は人智を超えた何かを持っているのだろう。


ほら、気付いた時には彼女は既に。


自身の世界へと潜り込んでいた。





それから三分ほどして。


「……………………ッ!?」


寝起きざまに爆音でも聞いたかくらい、大きく身体を震わせたユリア。どうやら向こうの世界から無事に帰ってこれたようだ。


「うっす。成果はあったか?」


「……ううん、ダメだった」


「そっか」


とりあえずユリアを起こして話を再び聞き始める。


「確かに気付いた時に、目の前に大きな扉があった。扉を開けてその向こうに大きな地竜がいた」


「地竜……てことは、ユリアは獣のパターンだったか」


「『獣のパターン』?   という事は、深層意識には幾つかのパターンがあるってこと?」


「ああ。セレナの場合は人だったと言ってたよな?   俺の知る限りだと『心の紙片』は獣か人の形をしていて、素直に力を与えてくれる奴と、ある条件を達成すれば力を与えてくれる奴がいる。計掛け合わせて四通りだな」


「私の場合は人で、しかも素直に力を与えてくれたって事なのね。そしてユリアは……」


「ああ、最悪な獣。しかも地竜ときたらそりゃあ最悪にも程があるぞ、これは」


だがそれは、裏を返せばかなり強力な力を有しているという事でもある。ユリアに課せられた条件は何にせよ、それを超えなければ力を与えられないことは未熟だという事の裏付けにもなる。


もしかするとユリアは化けるかもしれない。アランは期待に胸を膨らませた。


「もう一度。もう一度やってみてもいい?」


ユリアの焦る気持ちもよく分かる。だがアランは首を横に振った。


「一日一回が限度だ。そもそも『心の紙片』が納められている扉をそう何度も開けていると、精神崩壊を起こしかねないからな。今日は諦めて別の事をしよう」


「う……分かった」


素直でよろしいとアランはユリアの頭を撫でる。ユリアも気持ち良さそうに、その大きな瞳を細めた。





「……さて。ユリアが地属性の【顕現武装】を習得すると決まったところで、二人に地属性の【顕現武装】について話すとしよう」


【顕現武装】は各属性によって性能に大きな差がある。


例えば雷属性。アランの【顕現武装】である《雷神の戦鎧トーラ・シャクラ》のように、基本的に雷属性の【顕現武装】は速度に秀でている。


ただし、速度に比例して攻撃力は弱まり、雷速で移動する際の攻撃力は通常状態の百分の一程度にまで衰退する。逆に速度を落とせば攻撃力は上がるが、敵からの攻撃を受け易くなるので扱いが難しい。


このような感じで火属性は攻撃特化、水属性は防御特化、風属性は魔術特化と様々な中で地属性はいたってシンプルなものだ。


「地属性の【顕現武装】は、特に物理に対して圧倒的な優位を誇る。物理防御と物理攻撃、これだけは他の属性よりも遥かに強いのが売りだ」


「具体的には?」


どうやらユリアも興味が湧いてきたらしい。


「そうだな……じゃあ、魔力による身体強化をしていない状態を『10』としよう。とすると身体強化をしている状態は『20』から『50』くらいになる訳だが……」


アランはニッと笑う。


「地属性の【顕現武装】状態は軽く『100』から『300』てところだな」


「さ、300!?」


「二倍から……十五倍?」


「【顕現武装】の性質でもっと上がる場合もあるが、その程度が基準ってところだ」


何にせよ、身体能力オンリーでの勝負では如何様な方法手段を用いたとしても、決して地属性の【顕現武装】には敵わない。


「ただやっぱり地属性にも弱点はある」


一つ。


「魔術攻撃に途轍もなく弱いこと。これは地属性の【顕現武装】が他属性と比べて特殊だからと言える」


「特殊?   なにか違いがあるの?」


「【顕現武装】の魔力障壁は体内から漏れ出た体外の魔力を、一時的に止めた形をしている。それに対して地属性の【顕現武装】は、体内の魔力をそのまま肉体の強化に使用しているから持久力は良いが、魔術攻撃には通常の倍以上のダメージを負うことになる」


単純な魔術を一撃でも喰らえば、即座に【顕現武装】は解除されて無防備になってしまう。大きな賭けでハイリスク大きな結果ハイリターンである。


「……でも。なら魔術を受けなきゃ良いんでしょう?」


だがユリアは、アランでも不可能でありそうな事柄を平然と言ってのける。思わずアランもギョッとした。


……さすがと言うべきか、何というか……。


関心と呆れを含んだため息をアランは漏らす。これがユリアなのだと、心のどこかで少し安心した。


そして二つ。


「他の【顕現武装】で使える無詠唱魔術が地属性では使えない。さっきも言ったが魔力が全て体内に止まっている所為で常に魔術を使える状態じゃないんだ」


魔術の発動キーである詠唱を行うことによって体内から魔力を使い、魔術方陣を生み出して施行する。この過程を行わなければ地属性の【顕現武装】では魔術が使えないのだ。


「え、でも詠唱をすれば魔術は使えるんでしょう?   だったら別に弱点っていう訳じゃ……」


「いや、超弱点だろ。相手よりも早くに魔術を放てるならともかく、ほぼ同時だとこっちの分が悪い。一撃でも喰らえば負けなんだからな」


「……つまり、接近戦をすればいいの?」


「その通りだユリア。地属性の【顕現武装】は魔術戦を諦めて、剣術や武術のみで戦うスタイルがベストだからな」


「うん、ならいっそう好都合」


何の迷いもなくそう言い切るユリア。


「私は剣術が得意。だから魔術なんて必要ない、剣術で押し切って勝ってみせる」


「よーし、いい気合いだぞユリア。それじゃあ今日は剣術訓練としよう。俺に有効打を一回でも当てられるまで終わらないからな?」


アランの放り渡される木剣を掴んで、セレナとユリアはアランに対峙する。魔力による身体強化で跳躍力と瞬発力を高め、


「「やぁぁぁぁッッ!!」」


カァンと乾いた木がぶつかり合う音とともに、実質的な訓練は開始したのであった。


◆◆◆


「……それで、例の計画はどうなっている?」


暗い地下牢のような空間に、その男はいた。天井から垂れる淡いカンテラの光が、薄っすらとその男の口元を照らす。


『計画通り、魚達は撒き餌に群がりました。このまま継続しても問題無いと思われます』


そうか、と言ってしばし考える男。


どこからともなく聞こえる謎の青年の声に、男は疑問を抱いた。以前聞いた声よりも少し若々しく感じたからだ。


「……貴様、またうつを移動したのか?」


『ええ、少し面白い問題がありましてね。緊急離脱用に使わさせていただきました』


「全く……あの身体を準備するのに、いったい幾ら必要だったのかお前には分かるか?   今後身体を無駄にするような行いをすれば次は無いぞ」


『御心配は無用です。予備ストックはまだ二十三体ありますので』


「そういう事を言っているのでは無くてだな……いや、まあ良い。それで計画は進んでいるのか?」


『魚は餌につられて更に奥へ。あと一週間は稼げるでしょう』


「一週間か……ふむ、少し不安だが無理も言ってられまい。こちらも予定を前倒しして行うとしよう」


『ありがとうございます』


「なに、礼など要らん。こちらも貴様らの手を借りているのだからな」


男は自分踵を返し、もと来た階段を登り始める。コツコツとブーツの踵が石階段を蹴る音だけが虚しく響き、今の男の現状を示すかのようだ。


計画はいたって順調。障害となる物は可能な限り断絶し、排除した。最も面倒と思われるオルフェリア帝国の彼も、今の段階では気付くことは無いだろう。


「ふふふ……ふははは……はっはっは!!」


男は高らかに笑い、自信に胸を膨らませながら地上へと姿をくらませるのであった。

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