香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 118

 基本的に病院にはプライバシーがない。そりゃあ、ある程度の役職が上がれば個室を持てる――オレは二回くらいしか入ったことのない香川教授の執務室とかは昔、ウチが国立病院で、収入は患者さんから貰うのではなくて――いや、一部は貰っていたけれど――毎年税金がドカンと投入されてそれでまかなって居た時の豪華さと「教授」という権威に相応しい部屋を持ってはいる。
 まあ、デスクとか本棚などは見事だし――ちなみにウチの父さんの書斎なんかよりもずっと良い材質の木を使っているのが分かる。というか、香川教授の机とか本棚とかを見た瞬間「あ!お母さん……書斎にはお父さんしか入らないのを見越してケチったな」と分かってしまった。
 そういう「雲の上の人」にはプライバシーも存在するけれど、オレのような研修医、いやウチの医局員はみんなそうだろうが、手術前の消毒用のシャワー室もノズルがずらっと並んでいて、まるで宇宙船の中で――具体的には良く知らない――皆が身体を洗うといった感じなので、当然皆の裸は見られる。
 外科医なんて男ばっかりだから良いとは思うけど、女性の外科医が来たらどうするんだろ?とか思ってしまう。あ!その時には手術室ナースも同様の消毒をするので、そっちの施設を使うのかもしれない。
 混浴だと内心嬉しいんだけど……という考えは置いておいて、田中先生の身体は全部見たことももちろんある。
 スーツを着ていても分かる筋肉質の身体が、服を脱ぐと綺麗に腹筋も割れていて、とても羨ましい体つきだった。プロレスラーとかの格闘家に有り勝ちな「これ見よがし」の筋肉付けまくりました!って感じではなくて、仕事で身体を動かしているうちに自然についたという感じだった。
 ――柏木先生はビール腹のような気もするので羨ましいどころか何だか同族嫌悪じみた気持ちがしてしまう。
 香川教授は教授用のシャワー室が有るので手術着を纏った姿しか見ていない。けれども手術着は薄いし露出範囲も広いので、ぼんやりとだが筋肉の付き方は分かってしまう時がある。手術中に身体を動かしたりして隙間から見えたりとか。
 オレの場合は研修医が避けて通れない――といっても香川外科では一度の手術で「見込みなし」と教授が判断したら、手術スタッフの名簿には載らなくなってしまう――足持ちを長い間しているので、そういうふとした布がめくれてしまったとかで見た素肌は、田中先生ほどではないけれど、何だか俊敏そうな筋肉が必要最低限付いているって感じだった。それに田中先生は香川教授の指が素晴らしいと褒めていたことが有った。
 外科医の指は細いだけでは務まらない。確かに香川教授の指は「手のモデル」専業でも充分食べていけるんじゃないですか?と思えるほどに綺麗で優雅だ。しかし、その細くて長い指にどれだけの握力を秘めているのかと思うほど、力強く動いているのを何度も見たことがある。
 それに二の腕なんかもシュッとした感じでほっそりしているのに、患者さんをホールド出来るだけの力が出るのだから凄いと思う。
 やっぱり。

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