香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 94

 俺は海外に行ったことはない。世間ではーー奨学金を借りたりカツカツの仕送りで頑張っている学生もたくさん居るようなので一概に言えないことも分かっているけれどーー「大学生の間は時間に余裕があるので良いわね」とか近所の小母さん、いや奥様に言われたこともあった。
 しかし、医学部の場合はカリキュラムがぎっしりだし、レポートや論文も山のように提出しなければならない。尤もらしいウワサでは三桁、つまり100以上のレポートが必要とか言われている。ただ、オレが数える限りでは三桁には若干届かないという印象だった。ただ、レポートの出来によっては「再提出」という赤いハンコがべったり押されて返却されることもあるので、そういうのを入れたら三桁に行くかもしれないけれど。
 そういえば、香川教授にとんでもないことをやらかした井藤は逆らっても仕方のない教官にキレていたなと思い至って頭をブンブンと振った。
「旅行って国内ですか、それとも海外ですか?」
 恐る恐る聞いてみた。
 俺の学歴を聞いた人は「ではさぞかし英語もお出来になるのでしょうな」と感嘆の眼差しを浮かべられることが割とある。
 確かに英語を読むのと書くのは人並み以上には出来るだろうと思っているが、ヒアリング能力が全くないので会話なんて無理だと思う。
 それに外国の風習だってよく知らないし、俺の弱点は想定外のことが起こったらとんでもないリアクションを仕出かすというのが医局内での評価になっている。
 確かに夏の事件でも第一報を聞いて田中先生達が的確かつ敏捷に動いていたのに対してオレは何もないところで転倒したのだから打ち消すことも出来ずに甘受するしかないと思っている。
 飛行機は飛行機でも国内旅行なら日本語が通じるし地域差はあったとしても同じ日本人なのでそんなに挙動不審にはならないだろうが「異国」に行くのは全く自信がない。
「ハワイなんて素敵でしょうね……。野生のイルカと泳ぐプランも有るみたいですよ」
 アクアマリン姫の水着姿は絶対に見たい!それは厳然たる事実だけれどもオレの水着姿は見せたくないのも本音だった。
 救急救命室の控室とかで棚に隠したスナック菓子を食べている時に田中先生が入って来て、描いたような理想的な眉を顰めて「またそんな高カロリーの炭水化物ばかり食べて。コンニャクとかで代用出来ませんかね?」とか言っていた。
 田中先生は柚子胡椒が有ればコンニャクとかそういうカロリーの低いものでも美味しく食べられるそうだがオレには無理だ。
 それよりアクアマリン姫にどう言えば良いのだろうか。
 すると。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品