香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 81

 物凄く楽しそうな表情と足取りだった。
 田中先生は決して仕事には手を抜かない――というか、救急救命室で「救えなかった絶望感」が漂っている中でも一人黙々と開胸マッサージ、つまりは心臓に直接手を当てて拍動と同じリズムで動かし続けるという地味さと手の異様な疲れが残るので杉田師長に怒鳴られたのならともかく皆が率先して施すことはないのに、一人で黙々とし続けているのを何度も見たことが有る・
 ただ、杉田師長も言っていたのだれども「あれで、文句とか言い返しとかしなかったら、本当に良いスタッフになるのにね」だそうだ。
 確かに救急救命室の神とか天使とか言われてる杉田師長にも口答え出来るのは田中先生だけだった。
 Aiセンターへ画像が送られてきたというのが妥当な推測だけれど、あんなに嬉々として向かうのは何故だろうと思った。
 ただ、田中先生が救急救命室かAiセンターのどちらかで――死亡時画像病理診断だっけ?もしかしたら単語の順序が逆かもしれない――「田中先生――ひいては香川教授が心臓バイパス手術に使えそうな大きな未知の動脈を見つかった!」という知らせでも来たのかもしれない。
 「病院一の激務」をこなす田中先生はそのブラック企業も真っ青な勤務時間だ。
 上司として案じた香川教授も勤務時間を減らすように言っていたらしいが謝絶したと本人から聞いた。
 ウチの医局だけではなくて救急救命室やAiセンター長勤務に甘んじているのは「より大きな動脈が人間の体内にまだ有るハズで、それを探すためです」とも。
 
「お、香川……教授。お疲れ様です」
 医局のドアがスライドされた瞬間に柏木先生が声をかけた。これから帰宅するのだろうが、水色と青の真ん中のようなスーツ姿と、同色のワイシャツ、そして白と紺碧のストライプのネクタイが良く似合っている。
 元々が涼しげな雰囲気を醸し出している人なだけになおさらだった。
「久米先生の件で家内を説得して下さったのですね。物凄く喜んでいましたよ」
 医局員で教授のことを慕っていない人は居ない。だから自然に輪が出来る。
「いえ、医局員が幸せな私生活を送っていると仕事の能率も上がりますから、上司としては当然のことをしたまでです」
 香川教授は仄かな笑みを唇に浮かべてキッパリと言っている。
「久米先生は、直近の土日で、俺達がお伺いしても大丈夫な日をご両親に聞いておいてくれ。
 それはそうと……」
 柏木先生が不思議そうに首を傾けている。
 何だろう。
 

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