香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 60

「出来れば医局でそれなりの出世を果たしてからウチの病院を継いで欲しい。
 待合室にさりげなく掛かっている時計は知っているだろう?」
 さりげなくとか言っているけれど、病院入り口の自動ドアから入って来た患者さんの目に「絶対に」入るような高さだった。オレ的には「これ見よがし」と言いたいレベルなんだけど、そんなツッコミは出来ないシミジミとした表情と口調だった。
「それは知っているけれど……?『K大循環器内科同窓生一同』とプレートに書いてあるヤツだよね」
 お父さんは傷口に塩を塗り込まれたような表情を浮かべている。
 何か悪いことでも言ってしまったのだろうか?
「あれはな、大学病院らしいヒエラルキー制度の、しかも最下層を表現している。
 他大学出身の先生がウチに来ても気が付かないでスルーするが、K大出身の、そして今は同業者として付き合っている先生には鼻で笑われる。
 その屈辱に耐えてきたので、是非、息子にはその雪辱を果たしてほしい。父のたっての頼みだ!」
 言っている意味がさっぱり分からないものの、お父さんは何だか御前試合に負けた剣客のような風情だった。
「なんか違いでもあるの?」
 お父さんは重々しく頷いている。K大医学部に勤務したってだけで充分スゴいと思うんだけれど、まだまだ知らない階層カースト制度があるらしい。
「講師以上に出世した人間が実家を継ぐとか新しく開業するために大学病院を去る時には、教授の名前が刻まれる。
 お前の場合は『K都大学医学部香川教授』となるだろう。
 しかし、それ以下だった場合は『K大心臓外科同窓生一同』と。せっかく『あの』香川外科に入局出来たのだから、教授の名前入りの時計を貰いたいと思わないか?
 それに、患者さんからも『香川教授の元にいらっしゃったんですのね。もちろん、大学病院に優先的に回して頂けるのよね』とかコロっと騙され……もとい、思い込んで患者の数は鰻上うなぎのぼりで」経営も楽になるぞ!!」
 そんなーー普通の人には絶対分からないーー差別というか区別が時計には込められていることを初めて知った。
 そしてお父さんがその些細な違いで随分と劣等感を抱いていたことも。
「出世はするタイプだって、言われているんだけれどなオレ……」
 すると。

「香川外科の愉快な仲間たち」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「コメディー」の人気作品

コメント

コメントを書く