香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 18

「た。田中先生……。すっご良いコトが書いてあるんでしょうけど、達筆過ぎて読めないですっ!!」
 冷えても美味しい唐揚げを食べながら冷酷な現実を指摘した。
 雨の字は何となく分かる、そして「→」も。しかし「    」は解読不明というシロモノだった。
「ああ、そりゃ確かに分からないな。心眼で見るしかないだろうな」
 おでんの「白滝しらたきをとても美味しそうに食べながら柏木先生が無茶振りをしてきた。
「心眼なんて持ってないです……ええとどうしましょう……」
 田中先生に泣きついてしまった。
「仕方ないですね。デートの終盤戦ですよね。このラウンジは……。だったら、今まで『うーん、ちょっとイマイチ』という評価を下していたとしても、ここでひっくり返すことが可能です。ほら、9回満塁ホームランみたいに。
 しかし、入局の決め手となった高いコミュニュケーション能力はどこかに行ってしまったのですか?外科医としての才能プラスその能力で入局を決定したと教授は仰っていましたよ」
 田中先生は怪訝そうかつ呆れたような感じで聞いてきた。
「患者さんだったら、ほら、ウチは基本中年以上の人ですよね。その方相手なら緊張せずに自然体で行けます。しかし、アクアマリン姫のような、乙ゲーから抜け出してきたような妙齢の女性となると、物凄く緊張してしまって台本がなければ話せないです。しかもその台本は二日くらいかけて完璧に覚えて行かないと。まさか二人きりの、そして良いムードになった時にカンペのようにこっそり見るのも無理ですよねっ!?」
 田中先生は魂がしぼんでしまうような溜め息をついている。
「じゃあ、口で言いますので書いて下さい」
 ワードの普通の大きさのフォントで印字された紙は赤い線でぐちゃぐちゃに消されていたり、田中先生の象形文字かと思うような大きな字で埋め尽くされていた。
 仕方ないので裏面を使おうとして、田中先生の――多分振られたことなんてないんだろう――女性が喜びそうな言葉を口で言ってくれた。雨→「『これからの季節は冬薔薇が見事ですよ。雨の中だと薫りがとても良いです。晴天でもとても綺麗ですから、次の薔薇園に乾杯!』ですかね」
 必死でメモを取ろうとしたものの、さっきまで腕で全体重を、しかもあんな不安定な感じで支えていたせいで指が震えて書けない。
「すみません!すみませんっ!!すみませんっっ!!瀕死ひんしミミズの断末魔だんまつまの足掻きのような字になってしまっていますっ!!!」
 その悲痛な声が可笑しかったのか、田中先生と柏木先生の肩が大きく揺れている。それに口に入れたおでんが危うく口から出そうになっていた。
 すると。

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