香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 21

 教授が今まで見たことのないほどの笑みを浮かべていたのが物凄く意外だった。
 元々整った顔をしている――それは先に執務室に入った田中先生も同様だが端整さのベクトルが異なる――人だが、割と無表情でいることが多い印象を受けていたのに、こんなに花の咲いたような笑みを浮かべられる人なのを初めて知った。
「久米先生、我が医局へようこそ。即戦力になりそうだと黒木准教授から伺っていますので、どうか宜しくお願い致します。何か困ったこととか分からないことが有ったら遠慮せずに仰って下さい」
 応接セットと思しき所に軽やかな感じで足を運びながら田中先生とオレを交互に見ていた。
「はい。不束者ですが、どうか宜しくお願い致します。若輩者なので色々と至らない点も多々有ると思いますがご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」
 一気に用意していた挨拶の言葉を述べた。そこまでは良かったのだが、細くて器用そうな指で着座を促す教授の仕草の優雅さに注意を払い過ぎて豪華かつ綺麗な京料理のお弁当の――この言葉が適切かどうか迷うほどの出来映えだった――お吸い物が零れるほど机に足をぶつけてしまった。
「あっと……。まあ、緊張は誰にも有りますから」
 田中先生が机を押さえてくれなければどうなっていたか分からない。
「すみません、本当に申し訳ありません!」
 思いっきり頭を下げてしまう。
「いえ、そんなに緊張しないで下さい。それに患者さんに迷惑が掛からないという前提が有れば、その程度のミスは全く問題ありません」
 教授が向かいに座りながら笑顔だったのと対照的に田中先生は瞳の力で圧力めいた感じを作っている。
「完全に密室だったから良かったものの、そして咄嗟にフォロー出来たとはいえ振る舞いには気を付けて下さいね。患者さんや外部の人間が見ている前では気を付けてください」
 注意されるのも尤もなので神妙に頷きつつ心の中に濃い文字で田中先生の言葉を刻んだ。
「では、久米先生の入局を祝って乾杯!――と言っても残念ながらアルコールはないですが、それは許して下さい」
 香川教授が晴れやかな笑みで薫り高いほうじ茶のお湯呑みを空中に掲げて下さったので慌ててオレも持って教授のお湯呑の下部に当てた。
 その様子を見ていた田中先生は一瞬驚いたような眼差しを浮かべてこちらに湯呑を差し出してきたので同じことを繰り返した。
「グラスなどの下部に当てるという礼儀作法をご存知でしたか……。そういうのもご家庭で学ばれたのですか?」
 向かいに座った香川教授が何故か興味津々という感じで質問して下さった。
 何故だろう?

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