久米先生編　１２

　どうせ洗うのはお母さんだし、両親共に「『あの』香川教授の医局に入れるなら何でも買ってやる」とも言われていた。
　絶望的な表情で帰宅してから部屋に引きこもった俺を見た後は、そんなことは全く言わなくなっていた――というか【引きニート】そのものの暮らしをしていたので、一日三食は部屋の前まで運んでくれていたし、ポテチやコーラを買いに行くのは両親が寝静まってからというもう、絵に描いたヒッキー状態なので言う方法も無かったというのが現実だっただろうが――お母さんもこの程度は笑って許してくれるだろう。
　仏壇に向かい合って報告した後に、神棚に「入局許可」の紙をお供えする時には、俺だけではなくお母さんも泣いていた、もちろんうれし泣きだ。
　診察時間終了と同時にクリニックを閉めて――普段は患者さんの、ぶっちゃけどうでも良い相談を長々と聞き続けるお父さんも、今夜ばかりは「巻き」で患者さんを捌いたに違いない――家族で行きつけの例の店に行った。
　シャンパンを頼んだお父さんも、そしてお母さんも「上機嫌」という紙を貼っているのではないかと思うほど笑み崩れていた。
　親孝行したんだな……と思うと俺もとても嬉しい。
　顔見知りのオーナー兼シェフ長が前菜のお皿をしずしずと持って現れた。
「香川教授の医局へ入局おめでとうございます。
　コース料理と承っておりますが、ご子息がお好きな料理をお任せ頂いて宜しいですか？」
　と、さも重大なことを告げるようにお父さんへと耳打ちをしている。
「ええ、もちろんです。愚息に好きなモノを好きなだけ食べさせてください」
　シャンパンの泡がフルートグラスに可憐に弾けているのも何だか前途が約束されたような気がする。
「後はお嫁さんね……。良いお話がたくさん舞い込むわ……。今までは学生だからとそういうお話も全部保留にしてあったのだけれども、研修医になったらほぼ一人前でしょう？私の中学校から大学まで同じだったお友達のお嬢さんで……」
　何だか少女マンガの――買っては読まないけど、ＰＣではたまに無料で読む――花とか星を散らした眼みたいな「夢見る乙女、いや小母さん――いやいやそれは流石に失礼か――」夢見る女性の眼差しで「現実的」なことを言われて、危うくシャンパンを噴き零しそうになるのを必死で耐えた。家ならともかく、近いトコでは医学部に入学した時とか医師国家試験に合格した時などのイベントには必ず来ているお店だけに非常識というかお行儀の悪い真似は出来ない。
　ちなみに母親はドラマでも有名な「白い○塔」の教授夫人達が卒業した大学のモデルになった女子大卒の、息子が――アニメオタクだけどマザコンではないと思う――客観的に見ても綺麗な人の部類に入るだろう。お父さんは……正直「微妙」な外見で、残念なことに俺は中身も外見も父親似だ。
「いや、それはまだ早いよ。とにかく仕事に慣れてからでないと……」
　二次元の女の子との恋愛しかしたことのない俺が、いきなり三次元、しかもお嫁さんなんてハードルが高すぎる。どうやって夢見るオバいや、乙女の妄想を止めればいいのだろうかと頭を巡らせた。
　ただ。